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「殿下、人々が見たい姿、信じたい姿を演出なさいませ。そうすれば、盤石の権力という玉座が向こうから進んで、陛下に座っていただきたいと身を差し出すことでしょう」
そう言って、彼は持論を締めくくる。まさにそれは、アシュベルド・ヴィーゲンローデの権力に対する所信だった。彼は一度現世という舞台に立ったら、踊りきる自信があるのだ。
「貴君には、私に今言ったことと同じ覚悟があるのだな。やはり、貴君は素晴らしい」
「恐悦至極に存じます」
一度頭を下げたアシュベルドだが、顔を上げるとリアレの方に少し近づく。
「……それと、一つだけ、お耳に入れたいことがあります」
「なんだ?」
「これはとても個人的なことなので、どうかお聞きになったらそのまま忘れて下さい」
「ふふ、面白いことを言うのだな。いいぞ」
茶目っ気を見せつつ、リアレは改めて聞く姿勢を取る。
「私と致しましては、殿下の今のお姿もとても魅力的です。白銀の名花と聞き及んでおりましたが、一目見て真にそのとおりだと実感いたしました。殿下、ご自分の外見をどうか恥じないで下さいませ」
――まさか、そんな賛辞を彼の口から聞くとは。
「そ、そうか? いや、その、わ、私としては嫌っているわけではないのだぞ。だけど、その、き、貴君がそう言うのならば……や、やぶさかではないな」
――そして彼の賛辞が、なぜ普段よく聞く世辞と同じなのに、こんなにも胸を高鳴らせるのか。
「わ、笑わないでくれ。珍しく、て、照れているだけだ! 貴君はまったく口が上手だな!」
本当に調子が狂ってしまう。アシュベルドには弱みを握られてばかりだ。けれどもそれが、なぜかリアレには少しも嫌に感じなかった。
「それと、どうか時をお待ち下さい。必ずや、殿下は強く美しく凛とした、帝国の頂点にふさわしいお姿になられます」
アシュベルドは力強くそう断言してくれる。
「貴君のような、か?」
「私などとても……と申し上げたいのですが、人物画にモデルが要るように、時には練習台が必要なこともあります。もし殿下がお望みならば、不肖このアシュベルド・ヴィーゲンローデ。殿下の目指すべき里程標にして、いずれ追い越すべき通過点として、これからもあり続けましょう」
彼のその約束が、闇を煌々と照らす灯火のようにリアレは感じた。
この光に沿って自分は歩めばいいのだ。その先に必ず、黄金の鷹は翼を広げて待ってくれている。
「貴君、約束だぞ。必ず、必ず果たすのだぞ」
リアレの差し出した手を、アシュベルドは握りしめる。
「はい。月の盾の誇りにかけて、私は殿下に約束いたします」
誰も見ていない、けれども厳かで真摯な誓いが、確かに今、ここで結ばれたのだった。
帝国王女を迎えた祝賀会を、血族が襲撃するという衝撃的な事件から二ヶ月が過ぎようとしていた。国賓が襲われるという前代未聞の事件でありながら、事態はあっさりと終息した。帝国も連邦も、失態の責任を互いになすりつけることがなかったのが大きい。今もこの二つの国の関係は良好である。もちろん「表向きでは」という前置きがつくが。
リアレ王女の侍従長であるヒューバーズ。彼が今回の感染源である。彼が侍女たちを血族に変えて駒とし、大々的な襲撃を計画したのだ。その目的は、王女を血族に転化させることだったらしい。あいにく彼の内部の線虫はアポトーシスで死に絶えてしまったため、詳細は分からない。今回の件は、肝心の部分で真相が究明できなくなってしまった。
通常ならば、ここぞとばかりに月の盾は大きく出るだろう。聖体教会の防疫の不備を指摘し、さらに連邦の要人を危険にさらしたことに対する責任を追及。賠償やら何やらも要求することだって可能だ。帝国だって、今回の失態を世界中に大声で喧伝されてはたまったものではない。月の盾のどんな要求でも、聖体教会と帝国は飲むしかないはずだ。
――しかし。
「君、また聖体教会から手紙だよ。彼らもしつこいね」
「丁重にお断りするしかないなあ。今度はなんて言ってお引き取り願おうか」
月の盾の本部の執務室。ぴかぴかに磨かれた立派な机に向かうアシュベルドに、私は手紙を渡す。差出人の名前は、帝国の聖体教会だ。月の盾長官にぜひ会いたい、と彼らは何度も接触を図ってきている。
「教会も、君が何もしないから戦々恐々としているのだろうね。人はまだ見ぬものをこそ恐れる。見えぬからこそ、人は恐れを際限なく肥大させる。古人曰く、幽霊の正体見たり枯れ尾花。適当な難癖でもつけて、主教の一人か二人呼びつけて謝らせれば、きっと向こうも気が済むだろうな。今からやるかね?」
「いや、そんなことはしたくない」
私の提案に、彼は首を左右に振る。アシュベルドは今回、何一つ帝国と聖体教会に要求していない。言い訳や責任転嫁もしていない。今回の事件について、月の盾がまとめたあらましは簡潔だ。現在の防疫体制では感知できない血族が祝賀会に侵入し、同胞を増やして襲撃を図ったものの、無事に撃退できた。このように、事実を淡々と公開して終わりだ。
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