「平和的」独裁者の手放せない相談役   作:高田正人

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第40話:約束

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 約束、とエルドリーデに言われ、アシュベルドは気のない返事を返す。

 

「確か、貴公の身の安全の保証だったな」

「ええ。あなたは私の手引きで父を拘引できたのです。私は約束を守りましたよ。今度は、あなたが約束を守る番でしょう? まさか黄金の鷹ともあろう方が、あっさりと約束を破ることはなさいませんよね?」

 

 挑発するような彼女の言葉に、ようやくアシュベルドはそちらに向き直る。

 

「なるほど、確かに約束は大事だ。守らなければならないな」

 

 だが次の瞬間、城の広間に響いたのは一発の銃声だった。

 

「――とでも私が言うと思ったか? 血族の分際で私に約束を守らせようなど、思い上がりも甚だしい。貴公との約束は反故にする。気が変わった」

 

 銃口から硝煙の漂う拳銃タイプの投薬武装を手に握り、アシュベルドはそう言い放ったのだった。利用するだけ利用して使い捨てる。この悪辣そのものの行動にも眉一つ動かさず、アシュベルドはかつての協力者に告げる。

 

「エルドリーデ・メルシェンラッハ。貴公を潜血症の疑いで確保する。これは強制執行であり、貴公に交渉権や拒否権などない」

 

 

 

 

 ウーザークフトでの一件を片づけた私たちは、連邦首都にある月の盾本部に帰還していた。

 

「やや落ち込んでいるようだね。大丈夫かな?」

 

 時刻は夜。私の部屋が、私が御伽衆として働く主な場所だ。大きめのソファ(件の「人類を堕落させるソファ」とは別物だ)に座るのはアシュベルド。私はその隣で、彼の言葉に耳を傾けている。

 

「ああ、別に落ち込んでいるわけじゃないんだ。ただ……」

「エルドリーデ・メルシェンラッハを騙す形で確保しようとしたのが、気掛かりということかね?」

 

 私がそう言うと、彼は手に持った湯飲みから濃いめの抹茶を一口飲んでからうなずく。

 

「その場の勢いであんな事になったけど、彼女は俺を怨んでるんじゃないかな」

 

 確かに今回のアシュベルドの行動は、実に悪役然としたものだった。ジェラを裏切る代償として身の安全を約束しておきながら、いざその段になったら「気が変わった」と手の平を返すのだから。一部始終を見ていた月の盾の隊員たちは、顔を引きつらせていたな。「長官の気分次第で自分たちも粛清されるんじゃないだろうか」と怯えていたんだろう。

 

「だったら、約束云々については触れずに、問答無用で彼女を確保すればよかったじゃないか。君はいささか回りくどいね」

 

 私は聴き手を務めつつ、彼に正直な感想を述べた。すると、なぜか彼は顔を少し赤らめる。

 

「いや、だって、その、やってみたかったからさ」

 

 何を? と思ったのもつかの間。私はすぐに彼が何を言わんとしているのか理解した。

 

「まさか……『貴公との約束は反故にする。気が変わった』っていう、真正の悪役の演技を?」

 

 アシュベルドの意外に見栄っ張りな性格ならば、充分あり得る可能性だ。衆目の元冷酷な悪役を演じるのは、彼にとってまたとない自己陶酔の機会だろう。……案の定、彼は恥ずかしそうにうなずいた。どうしてそこでうなずくのかなあ!?

 

「そこで肯定するのはどうかと思うよ私は!?」

 

 自分の気持ちにこの上なく正直になって、私は叫んだ。

 

「だ、だって、絶好の機会じゃないか! 一度やってみたかったんだよ!」

「あ~あ、君はまた絶妙に面倒くさい性格をしているねえ」

 

 私は彼の隣で頭を抱える。いや、君の気持ちは分かるがね。でもどうして、そこで自分を抑えられないのかなあ。

 

「何だか、今になって不安になってきたんだよ。ちょっとやり過ぎたかなあ」

 

 黄金の鷹として振る舞っている時は平気でも、素のアシュベルドに戻った今、急に不安になってきたのだろう。

 

「大丈夫大丈夫。感染している時は感じないだろうけど、誰だって血族だった時の記憶なんて不快以外の何ものでもないのだよ」

 

 となれば、我ら御伽衆の出番だ。

 

「たとえ騙されようと、自分の血から線虫を消し去ってくれたのだから、君に感謝こそすれ、怨むことなどあるまいよ」

 

 私は彼の不安を言葉で取り去っていく。もちろん、心にもない世辞ではない。それなりの本心でなければ、他者の心は動かせないのだ。もちろん「それなり」だがね。何しろ私は御伽衆。舌先三寸で国さえ動かす一家の出なのだから。

 

 

 

 

 ――これで事態が収束してくれれば、私としても万々歳だったのだが。この後、アシュベルドのところに月の盾指定の病院から一報が入る。内容は「治療中のエルドリーデが拘束をはずし、病院を占拠している」というものだ。病院は彼女の血族としての異能を軽視したらしい。急行した私たちが目にしたものは、ウーザークフトの古城の再現だ。

 

 超常の霧に覆われた病院と、包囲する月の盾の隊員たち。しかし、ここから事態は古城の時とは異なる様相を呈した。アシュベルドと私が到着するや否や、病院を包んでいた霧が消えていく。変わって入り口に姿を現したのは、エルドリーデその人だ。浴びせられる投薬武装の集中砲火は、彼女の体を素通りしていく。どうやら霧で作られた幻像らしい。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 





A:自分にとって不利な約束を守る必要などない、と開きなおる


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