「平和的」独裁者の手放せない相談役   作:高田正人

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第41話:魔王

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

「長官殿はいらっしゃいますよね? お別れに一言申し上げたいのですが……」

 

 彼女はほほ笑む。

 

「出てきて下さらないのでしたら、病院の方を何名か同族にして連れて行くのも一興でしょうか」

 

 エルドリーデの脅しに動揺する隊員たちを尻目に、アシュベルドは不敵に笑った。

 

「面白い。私が奴と戯れている間に、貴公らは本体を探しておけ」

 

 そう隊員たちに密かに命じると、彼は車を降り、堂々とエルドリーデの前に立った。

 

「相変わらず、小賢しいところは変わらないな、エルドリーデ・メルシェンラッハ。今の貴公は実に醜い。血族の力を振るう貴公を見ると虫酸が走る」

 

 病院の人間が囚われているにもかかわらず、彼はエルドリーデを痛罵する。

 

「ご心配なさらないで下さい。今は誰も傷つけるつもりはありませんから」

 

 彼に蔑まれてなお、エルドリーデは楽しそうに笑っている。

 

「それで、いつになったら一言申し上げる? せっかくだから聞いてやろうではないか」

 

 彼が促すと、一瞬だけエルドリーデはためらうような素振りを見せた。だが、すぐに一度目を閉じ、深呼吸してから口を開く。

 

「ウーザークフトでのあなたは、今まで会ったどんな殿方よりも素敵でした」

 

 突然のエルドリーデの告白に、内心アシュベルドは驚愕しただろう。

 

「ほう? 私がしたことは、血族を捕らえるためならば平然と嘘をついて約束を破るような行為だが?」

 

 がんばれアシュベルド。君の鉄面皮は保たれているよ。

 

「でも、あなたはそれを微塵も悔いていない」

「当然だ。私が約束を守って何になる? 連邦に不利益をもたらすだけだ。良心など単なる感情の雑音に過ぎない。合理的に考えたまえ。人は己自身の主人だ。無意味な罪悪感など捨てた先にのみ、強者への道は開かれている」

 

 彼の口からは、冷徹な合理主義者が言いそうな言葉が次々と出てくる。

 

「ふふふ、やはりあなたは誰よりも強く、恐ろしい方です」

 

 どうやら彼女、アシュベルドに約束を破られたことなど気にしていないらしい。むしろなぜか嬉しそうだ。

 

「実は私、ちょっとだけ悪女になってみたかったのですが、本物の悪の前には私の悪など霞んで消えてしまいました」

 

 は? 本物の悪? いやいや、アシュベルドは君が思うようなご大層なものじゃないんだが?

 

「それではご機嫌よう。私の――」

 

 その言葉と同時に、エルドリーデが動いた。実にさりげなく、しかし素早く。交尾の際に雄を捕食する雌のカマキリのように。

 

「――素敵な魔王様」

 

 頬への親愛のキス。ただそれだけだ。それだけの行為をエルドリーデはアシュベルドに捧げると、その姿を霧へと変えていった。まるで恋人に愛を囁く少女のように、恥ずかしそうにうつむきながら。

 

「厄介な女性に好かれたようだね」

 

 すぐさま隊員たちに病院へ突入するよう命じるアシュベルドに、私は近づくと囁く。なぜか、私の機嫌は急速に悪化している。

 

「……魔王って、何?」

 

 彼もまた小声で私に囁く。

 

「私に聞かないでくれたまえ」

 

 身から出た錆、とはこの事を言うのだろう。ならばこそ、私が不愉快になる理由はないはずだった。

 

 

 

 

 私は、エルドリーデ・メルシェンラッハは、幼い頃からずっと「いい子」だった。

 

「お前はいい子だ、エルドリーデ」

「いい? ちゃんといい子にしているのよ、エルドリーデ」

「貴族であるメルシェンラッハの家名に恥じない、いい子になるんだぞ、エルドリーデ」

 

 周りの大人たちは、口を揃えてそんなことを言ってきた。

 

(いい子って……何?)

 

 表面上は聞き分けのよい素直な少女の顔をして、私は内心で呟く。

 

(わがままを言わない。きちんと勉強して、お祈りして、女の子らしく大人しくしていること。いつもにこにこして、誰にでも優しくて、礼儀正しくすること。これがいい子なの? 馬鹿みたい。これってただの人形じゃない)

 

 自分自身への嫌悪感で吐き気がした。

 

「はっはっは! あのメルシェンラッハのご令嬢が俺の同胞だと!? 今夜の俺は実に運がいいな! これで爵位をさらに上げられる!」

 

 私を血族にした男が間抜けな顔で笑っている。これが血族? 人に敵する夜の一族が、家名や爵位なんかで一喜一憂するなんて、興ざめもいいところだった。

 

(馬鹿みたい。血族も所詮人間と大差ないわ)

 

 だから……。

 

 私は吹っ切れて悪い子になってみた。父を裏切るだけでなく、人間に戻れるチャンスもふいにして、病院を占拠して人質を取る。悪に関しては素人の私が、精一杯背伸びして演じた悪女の演技。でもそんなものは、真正の悪の前では児戯同然だった。

 

「――貴公との約束は反故にする。気が変わった」

 

 あの時の彼の言葉が、まだ私の耳に残っている。

 

 母は常々「いい子は約束を守るのよ」と言っていた。母よ。ここに約束を守らない悪い人がいます。なんてひどい――なのに、なんて美しい――悪人。黄金の鷹よ。こんな病院ではふさわしくありません。いつか私の城にあなたを招き、一緒に踊りましょう。あなたこそ、私の理想。私を壊す悪逆。私を救う邪悪。

 

 私の、私だけの――愛しい魔王様。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 




なお、この自称悪女が帝国の王女と顔を合わせた場合、推しに対する解釈の相違から喧嘩となる模様

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