カラワリ   作:譜千

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 物語が大きく動き始めました。


「カラワリ」決行

 

「作戦は分かったな?といっても君は歌うだけだ。一番頑張るのはラプラスだが問題ないだろう」

 作戦決行の当日がやってきた。私は外套を用意し、花譜も黒基調とした装いに変化している。ラプラスとシンクロしているのか、服装の一部は時々青く発光しているように見える。彼女にはレールを徒歩で歩いて塔に向かってもらいことになっている。

 偽物の子どもたちは塔の地下で眠っているからだ。

「あのこれが失敗したら?」

「失敗はしないよ。全て成功だ。私たちの行為はただの問いだ。もっともどちらにしても私と花譜はお別れだ。君の正体は話したろ?」

 私の言葉に彼女は片腕を強く握りしめる。

「君は仮想世界の住人だ。その体は返さないといけない」

 突き放すような言葉になってしまう。彼女に背を向けると後ろから抱きつかれる。

「立ち止まりはしないよ」

「分かってます。だけどここでお別れだから」

「そうだね」

 私は彼女の手を取る。手を引いたまま空いた手で小型冷蔵庫を開く。握った手を外して、慣れた手つきで自作のアイスを二つ取り出し、彼女に渡す。いつもの席に座って、いつものようにアイスを食べる。これも今日で最後だ。

「このアイスしょっぱいです」

 彼女の頬を雫が伝う。

「そうか」

 確かに少ししょっぱいかもしれない。これでは泣いてしまうのもしかたない。

「あのあなたの本当の名前教えてもらえますか?」

「×××××。もしも出会うことがあっても、他人だよ」

「私も同じです。あなたの知っている私は、今だけです」

「あぁ。……写真でも撮るかい?私は苦手なのだけど」

「私も苦手です。けど持っていけないですよ」

「私の手元に残る」

「寂しくないですか?」

「はっ今更そんな寂しさなどいくらでも背負ってやる。それに君は死ぬために向かう訳ではない。もっとも私の理論が正しければの話だけどね」

 椅子から立ち上がり、フィールドワークで使うカメラをロッカーから取り出す。

「ラプラスお前も来い。シャッターは任せたぞ」

「カンザキさん。ラプラス使いが荒いですよ」

「だってそいつ便利なんだもん」

 実際こういったユーザインターフェースが手元に欲しいぐらいだ。これが終わったらそれとなく調べてみるか。

 カメラを机に置いて向かい合う位置に二人とも移動する。二人しかいないので近づく必要はないが、花譜はピッタリとくっつく。彼女の右肩が私の左腕に当たる。これから先が不安なのか、ぎこちなく彼女が私の手を握る。おかしなものだ。偽物だと確認しても、この体温は本物だ。

ウィーンと動作音が聞こえ、シャッターがきられる。

 カメラに映った私たちはぎこちなく笑っていた。二人ともカメラ慣れしていないのが良くわかるものだった。

「さて行くか」

「あの待ってください」

「なんだ?駄々っ子か?」

 振り返ると花譜は少しだけ頬を膨らませる。

「そんなんじゃないです。その作戦に名前とかあるんですか?」

「名前? あぁそうだな。「カラワリ」がちょうどいいな」

「カラワリ?」

「分厚い卵の殻を破りに行くんだよ。私たちでね」

「はい!」

 外套を纏った研究者。黒服の少女。正体不明の浮遊する巨大魚。勇者のパーティーとは言えない。差し詰め神様に反旗を翻す魔女の一味だ。

 

 

 花譜と別れ、私は私の役目を果たすために神様に会いに行く。もっともただお喋りをしに行くだけだ。いつもの通りアポをとり、警備の主任に「非常識です」と小言を言われた。深夜の来訪ではあるが、神様には些細な問題だ。

 ドームに入ると彼女が早速現れる。薄い金髪の麗しい女性が姿を現す。

「お久しぶりです神様」

「お待ちしてました。急に話がしたいんだなんて私ワクワクしてますよ」

 私も同じ気持ちだが、今日は少しだけ事情が違う。

「まずお願いがあります。今晩私はとある実験を行いたいと思っています。それを静観して頂きたいです」

「内容は聞かせてもらえないのですか?」

「承諾していただければ話しますよ。いやそうしてもらえないと話せないのです」

 機械の知性相手にこんな物言いがどこまで通用するのだろうか。ただ過程があるから予測は立てられるもの。少なくとも彼女は私がどんなカードを持っているかは知らないはずだ。

「塔の地下のプラント。先日見せて頂いたものです。そうですね「次世代」と呼んでましたね。私の予想では何名か、抜け出してますよね?」

 と尋ねるが私は確信が持っている。なぜなら「花譜」がそうなのだから。

「そこまで分かっているなんて、一体どこで知ったのですか?」

「おっとこれ以上は約束をしてからにしてもらいたいです。そのための駆け引きですから」

 拍手しながら笑う彼女に合わせるように、私も芝居がかった口調で返す。警備がやってきて拘束してくる可能性や、私の脳が暴かれる可能性も考えていたが杞憂だったようだ。

「確認しますが、それによって人が不幸になる。あるいは被害は発生しますか?」

「そうですね。多少の混乱は発生するでしょうが、すぐに収まるでしょう。破壊活動ではなく、あくまでも実験なので誰かが始末書を書かされるぐらいでしょう」

「分かりました。では黙認させていただきます」

「ありがとうございます」

 と私が答えると室内の明かりが一瞬点滅した。

「今のが実験ですか?」

「いいえ。これからが実験です」

 遠くで言葉が聞こえる。メロディが聞こえる。私にとっては聞きなれたものだが、みんなにとってはどう聞こえるんだろうな。

 

……

……

 notice notice

愛しいかな?別れは

崩れ合う言い分けで混ざっていくんだ

forget forget

忘れてしまえ

すれ違う視線は知らないから

ホオズキの花が咲いたら

君を連れて街の風になろう

あの日の意味もまやかしも全部忘れないように

君と笑う夏の日々を

何十年だって思い出すんだよ

真実をまやかして

気づいてしまうから

 

 

 いつもの曲が終わると息を吸う彼女の声が聞こえた。そして次の曲を歌い始める。優しく、よく響く、鳥が鳴くような声だ。心地良い。

 歌の途中で花譜の姿が投影される。私が今まで見た姿よりも少しだけ成長している。十五歳ぐらいだろうか。

「これが実験ですか?」

「まぁそうですね。これ塔で行っているんですよ」

 私の言葉に彼女が慌てて空にモニターを表示する。どうやら塔の監視カメラのようだ。しかし、どこにも彼女のらしき人物は映らない。それもまた当然だ。

「まさかあの子はこちら側ですか?」

 こちら側。すなわち電子の世界の住人だ。

 そうだ花譜。歌え。今だけはその世界はお前だけのものだ。音が鳴り響く間はずっとお前の居場所だ。

「ええ。見落としを恥じる必要はありません。私が少し仕込みをしました。これは塔の内部でやっているゲリラライブみたいなものです。すっかり死語ですね」

 もっともらしく言うが、九割ラプラスの力である。私の予想通りあの謎の魚を模した存在は、現在の科学の上を行く何かのようだ。

「どうして眠った人を起こすような真似をしたんですか?」

 悲哀に満ちた瞳を私に向ける。

「眠った人を起こそうと思ったのですよ。なぜなら彼らは生きている。幸せになる権利を持っているからです」

「意味がわかりません。彼らは幸せに死のうとしていたのに」

「そこですよ。幸せって与えられるものじゃない。幸せは勝ち得るものだ。今に甘えて眠ることを幸せだと言うならば、そいつは疲れているだけだ。別に私はそれが悪だとは言わない。だけどいつまでも平和で穏やかな卵の殻に籠っててはいけない。ましてや卵の殻の中で死んだら、何も生まれていない」

 私の言葉にアイは反論をしない。彼女の弱点と特性をついた作戦なのだ。効果がないと困ってしまう。

「アイ。あなたも甘えてしまっている。「こうすれば人は幸せだと」どこかで停滞している。生きている人間は単純ではないし、あなたが本当に人を幸せにする機械なら私のような人間は今日まで生き残れていない」

 それこそ私のように不和をもたらす可能性は処理され、終末睡眠に放り込んだほうが絶対に人類にとっては幸福だ。それをしていないのは、彼女の大きすぎる「人を幸せにする」という命題が難解であり、未だに彼女がその答えを探しているからだ。個人の幸せも、種の幸せも、未来の幸せも、すべて解決しようとする存在が彼女なのだ。

「あなたの殻は居心地が良い。だけど最初からそれでは将来の可能性が消えてしまう。たかだが四十年程度で死に急ぐ人間が現れるのはあなたのせいでもある。人は弱く楽なほうに流されるものだ。あなたも手を離すことを恐れず、独り立ちする姿を見守っていただきたい」

 こんな風に私はあの時、友人を叱咤できただろうか。きっとできなかった。私がこんな風に強く言えるのは、世界を壊したい、死に急ぐ人たちを見たくないと、言った少女と出会ったからだ。

「先生の伝えようとしていることは分かりました。ですが、こんなことをする必要はあったのですか?私には少し理解できかねます」

 頭の中に別の情報が飛び込んできた。どうやら私の役目は終わったようだ。

 

「えぇ。そんな必要はありません。これまでの話は時間稼ぎですから」

 




 次回は近いうちに投稿したい。
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