カラワリ   作:譜千

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ようやく完結です。


違う空の下 歌は繋がる

 こうして私の行った「カラワリ」もとい塔と機密への不正アクセス事件は終結した。ただこの事件は奇妙な点ばかりで、私は拘束されたものの証拠不十分で解放された。今は監視されながら、神様用のレポートを三つほど提出することになった。一つは事件のこと。これは当たり障りのない事件のあらましだ。私が時間稼ぎに話した人の意識を覚醒させるのに、電子の脳を利用する実験の概要のようなものだ。二つ目は花譜とラプラスについてだ。これは神様との約束である。三つめは子どもたちについてだ。

「今度はどんな手を使ったんですか?」

「そう睨まないで欲しい。連日監禁されていて私は疲れているんだ」

「それは結構なことで」

 警備主任は相も変わらず気に食わない奴を見る目で睨みつけてくる。

「あなたのせいで私も減給よ。まったく忌々しい。その上あの方とまた話ができるなんて」

 そんな会話の後、私は生身の神様と話をして今回の事件のことを少しだけ話した。

 なんといつものドームではなく応接室のような部屋で話すことになった。

「テクスチャですか?」

「よくわかりましたね?」

「特徴的ですから」

 テクスチャというのは簡単に言うと人の見た目を見せたいものにする技術の呼び方の一つだ。子どもを大人に見せることはできるが、どうしても違和感が起こるためだいたいは肉体に近い見た目をしている。

 花譜も神様も本来のデザインよりも幼いのは「次世代」の体を使っているためだ。

 神様とは今回の事件のことと、花譜とラプラスの正体について少しだけ話した。

「あなた方の影響で塔の人たちや周囲でいろんな影響がでています」

「でしょうね。天使、あるいは魔女といった声も上がって議論を求めるようにランクを下げる申請を多く寄せられているとか」

 ランクというのは終末睡眠のランクだ。最高ランクはそれこそ一人だけの幸福な終末だが、ランクが下がると電子の世界で他者との意見交換や、仕事なども行うことができるようになる。

 「カラワリ」以降そういった声が非常に増えているのだ。

「ええ。そこは私もあなたの言った通り、考えが足りていませんでした。人の意識は刺激があると目覚めて幸せを求め始めるのですね。さてそれよりもラプラスとはいったなんだったんですか?」

「よくわからないというのが正直なところです」

「みんなを守らないといけない私には一番厄介な話ですね」

 因果律の魔だったのかもしれないし、あるいは他の存在でもおかしくはないのだ。議論を発展させても、それは妄想の延長線上でしかない。私たち人間の小さな脳では神様もラプラスも未知の事情であることは間違いない。

 事件の後処理と私の処遇の話をして終わりかと思ったが、最後に一つ厄介事を押し付けられた。

「先生。この子のことお願いしますね」

 といって神様は自分の体を指さした。私の面倒はまだ終わらないようだ。

 

 簡単に言うと私は左遷された。ただ私は一人ではなかった。

「先生ここで暮らすんですか?」

 目の前には白い四角い建物を見ながら、白髪の少女は私に話しかける。歳は十歳ほどで、白髪を後ろでまとめている。

「そうだ」

 彼女の名前はコロルという。どこかの言葉で「色」という意味だ。私が彼女を預かることになったのは神様から頼まれたからだ。

 花譜が入っていた「次世代」の子ども。そこに目覚めた意識がコロルだ。「次世代」の中でも彼女だけがここまではっきりと意識を持っているようだ。他の個体は眠っているに近いと伝えられている。

「ずいぶん田舎なんですね」

「研究都市の外はこんなものだ。さっさと中に入るぞ」

 中に入ると荷物はすでに届いていた。荷をほどきあらたかの片づけてようやく一息つくことにした。アイスはないが、コーヒーだけ用意する。私はミルクも砂糖も必要としないが、今後は用意しないといけなさそうだ。

 理由は私のコーヒーを飲んだコロルが恨めしそうに見ていたからだ。

「先生」

「なんだ?」

「そういえば私あの人の夢を見たんですよ」

「誰だ?」

「花譜」

 コップに伸ばした手が止まった。不可解な事象だ。すでにコロルの中に花譜はいないし、この時代にラプラスもいない。

「どんな夢だった?」

「えっと歌を歌ってました。綺麗なちょっと寂しい歌」

「そうか」

 あいつらしいと思いながら、私はコーヒーを口に運ぶ。苦味ばかりが広がって少し甘いものが欲しくなる。具体例を挙げるならアイスだ。

「えっと確かこんな感じの曲でした」

 といって鼻歌を歌って見せる。

「まてコロル。その歌を私は知らないぞ」

「そうですか? じゃあ聞きますか? 私、花譜ほど歌上手じゃないけどいいですか?」

「かまわん。お前が本気で上手くなりたいならこれから練習していけばいい。……時間はあるのだからな。付き合ってやる」

 少しだけ早口でコロルに伝えた。コロルはニコリと笑ってから小さく咳ばらいをした。

「コホン。では歌いますね」

 

 

 窓の外で桜が咲いていた。少女はあの子と同じ髪の色だとぼんやり感じた。

 これから少女は新しい一歩を進める。なのに気分が少しだけ乗らないのは、作業のために飲み物を用意しようとしたらいつものがなかったからだ。

 実に子どもっぽい理由だと思い、代わりに用意したものが温かいコーヒーで「プチ大人チャレンジ」と思うようにした。

 気分転換にアイスを用意したけど、甘くて苦くて、冷たくて温かいというバランスにどうしてか奇妙な懐かしさを感じた。

 小首を傾けながら、自分のために新しく買ってもらったパソコンに向き直り操作をする。

映像を確認しつつ、自分のための曲を歌い始めた。

 

 

わたしのはじまりのうた。みんなとわたしだけのうた。この世界の誰かの為のうた。

仮想世界からあなたへ。ただいま。

 

「雛鳥」

あなたの温もりを覚えている

繋いだ右手と触れ合う右肩と

あなたの笑顔を覚えている

ふと見せる暗い顔も素敵で

息ができないような綺麗事も

あなたのおかげで許せる気がした

さよならだよ全部

忘れてしまえ

日暮れの匂いと共に霞む言葉

前だけを見なよ

私を置いて

君のいない夏へ

君のいない空へ

夢を追うって言っておいて

「だったら私は」って言っても何もない

胸の高鳴りも日々のもどかしさも

君が全てを操ってたんだよ

あの日出会った時確かに

私の中に何かが生まれた

さよならなの全部

いつか忘れる古びた時計が刻む愛の終わり

涙は飲み込んで

大人になるの

君のいない夏で

君のいない空へ

人生が痛みだらけでも

生きる意味を知らなくても

翳むあの日々の匂いに揉まれ君がいる

大人になったら

うまく飛べたら

君より高く飛んで

空から見下ろして

「ばか」って

それで終しまいにしよう

さよならだよ全部

愛おしくても

木々も日暮れも変わらず笑う蝉も

前だけを見なよ

早くしないと置いていくからね

君のいない空へ

 




 ここまでありがとうございました。空想花譜小説「カラワリ」を読んでいただきありがとうございます。

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