目が覚めたらダークライ。そしてトレーナーは可愛い女の子。 作:ただのポケモン好き
ナナは窓ガラスが割れる音で目覚めた。その時に人影はなく、既にボールは消えていた。空はどんよりとした天気。今すぐにでも雨が降りそうだ。
消えたモンスターボールはスピアーのものだった。モンスターボールというのはポケモンとトレーナーの思い出の結晶。どんな鬼畜だろうが盗むなんてことはしない。もしも盗もうとするやつがいたら人間じゃないと誹謗されてもおかしくないだろう。
「……スピアー。無事でいて!」
ナナはすぐにジュンサーさんに報告した。それから五分も経たず、ジュンサーさんがやってきて調べた結果、ホテルの裏通りで割れたモンスターボールが見つかった。それと同時に一体で街の外を目指しながら動くスピアーも……
状況から見て、泥棒ではない。恐らくスピアーの逃走。スピアーは自分でボールから出て、窓ガラスを壊して、自分のボールを持って逃亡した。そして目立たない場所でボールを破壊したのだろう。
幸いにもジュンサーさんはゴゥー団の事件を知っており、スピアーの事情も把握していた。そのためナナがお咎めを受けたり、罪に問われることはなかった。
「ナナ! 大変なの!」
スピアーを探しに行っていたメアが大慌てでナナの方へと息を切らしながらやってくる。その様子からして明らかに大変なことになっているのは間違いない。
「……スピアーが逃げる途中で何人かのトレーナーを瞬殺しちゃったの!」
「え!」
「それ自体は問題ないんだけど、そのせいでめちゃくちゃ強い野生のスピアーがいるとトレーナーの間で話題になっていて、みんなスピアーをゲットしようとしてる!」
ナナがすぐに走り出した。手には新品のモンスターボール。まさか!
「ダークライ! ムンナ!! お願い!」
僕とムンナがやっとボールから出される。言いたいことは分かる。スピアーを探せということなんだろう。しかし、それがスピアーのためになるのだろうか。
あくまでスピアーは自分の意志で逃げ出した。それなのに連れ戻すのは……
「言いたいことは分かる! でも、あのスピアーを他のトレーナーに渡しちゃダメ!」
「ンナッ(そうだな)」
そうか! もしもスピアーが悪質なトレーナーの手に渡ったら、さらに人への不信感が強まり、傷が深まる。逃がすかどうかはさておき、スピアーを守るためにも今は再度捕まえる必要があるのか!
「スピアーを捕まえたらエラニの森に行くわ! そこでスピアーを逃がすわよ!」
そうして僕達は分かれて探すことになった。一人で飛び回っていると背後からムンナがやってくる。
「ムンナ! 分かれて探すんだろ!」
「ここは都市だ。考えてみたら別れるとお前が危険だ」
「どういうことだ」
「お前は幻のポケモンだろ。人のポケモンだろうが欲しい輩は無限にいる」
「そんなこと……」
「スピアーに続いて、お前まで消えたらナナがどうなるか考えろ! あいつはしっかりしているように見えるが、まだ十二歳なんだぞ! 俺達がフォローしないといけないだろ!」
考えてみたらナナは十二歳。それは日本だったら、まだ小学六年生に該当する年齢。ナナは大人びて見えるが子供なのだ。本来なら僕達が支えないといけないくらいの年齢なんだ。
「ナナだって完璧じゃない。今回みたいなダークライを単独行動させるようなミスだってする。そのミスに俺達は気付いてフォローしないといけないんだよ!」
「そうだな……」
「スピアーは人間にトラウマがある。こんな人が多い場所はすぐに離れたいはずだ。そうなると街の出口付近を目指すはず……」
「なら、そこに行けば!」
「そうだ。しかしここには出口が三つある。俺達が来た平原に封鎖地域。そして次の街に行く道だ」
「……なら」
「そしてスピアーもエラニの森に帰ろうとしてるなら行こうとしてる場所は明白だろ!」
僕達が通ってきた平原か。しかし最悪だ。あそこはバトルロードという場所でトレーナーも相当多い。つまりスピアーが誰かに捕獲される可能性が高い……
「行くぞ! ダークライ!」
「ああ!」
バトルロードに繋がる道を目指す。すると途中でスピアーを見つけた。何人かのトレーナーがスピアーを捕まようとポケモンを出す。しかしスピアーは素早い動きでシザークロスを撃って、全て蹴散らしていく。その強さを見て、トレーナー達はさらに目を輝かせる。
「すげー! 絶対にあのスピアーほしい! ゆけっ! ヤナップ!」
「ピアッ!(もう俺は自由になりたいんだ!)」
再び撃たれるスピアーのシザークロス。それはヤナップを吹き飛ばした。そのまま逃れようしたが今度はスピアーの前にエアームドが立ち塞がる。
「こいつの技はシザークロスだけ! それならエアームドで完封だぜ!」
スピアーはエアームドにシザークロスを撃つ。しかしエアームドにはダメージが殆ど入らない。そしてエアームドがスピアーに向かってブレイブバードを撃つ。それによってスピアーが吹き飛ばされる。そしてトレーナーはスピアーを捕まえようとモンスターボールを投げた。まずい!
「……やれやれだ」
しかしモンスターボールがスピアーに当たることはなかった。なぜならスピアーの体が浮いて、こちらへとプカプカと浮いてきたからだ。おそらくムンナがスピアーを浮かしたのだろう。しかし。そのせいで視線がこちらへと集中する。
「なんだ! あの黒いポケモン!」
「すげー初めて見た! 俺あいつ欲しい! いけっ! ブーバー!」
狙いは僕か。僕はナナのポケモンだからボールを投げられても入らないんだけどな。しかし、こいつらをどうするか……
「ピアッ!(もう嫌なんだ!)」
そう言っているうちにスピアーが逃げ出す。まずい! 早くスピアーを追わないと!
しかし、僕の頬を炎が掠った。ブーバーのかえんほうしゃか! まずはこいつらを倒すのが先決か……
「ムンナ。どうする?」
「逃げてナナと合流してスピアーの捕獲が先決だな。しかし、それまでにスピアーが捕まらないか不安……」
「なら、私がナナちゃんに報告するよ」
そんな時だった。憎々しいあいつがビルの屋上から話しかける。あのメアのニンフィア。僕を見下し、小馬鹿にするやつ。誰がこいつの手なんか……
「ダークライ。今はそういうことをしてる場合か? よく考えろ。私情とナナ。どっちの方が大事なんだ?」
「もうめんどくさい! 私は勝手に報告に行くから、あなた達は勝手にしなさい!」
「助かる!」
ムンナがそう言うとニンフィアはビルの屋上から飛び降り、見事な着地をして道路を走りながらナナの方に行った。悔しいが今は頼るしかないか。とりあえず僕達はスピアーを追わなければ!
「待て! 僕の黒いポケモン!」
それとあいつら。完全にスピアーを忘れて狙いがこっちに変わったな。僕たちが移動すると同時に付いてくる。そして、たまに攻撃を仕掛けてくる。めんどくさいし邪魔だ。
「邪魔だな!」
ムンナはそれだけ言うと攻撃体制を取った。まさか! 僕は恐れながらムンナに問う。
「ムンナ。どうするつもりだ」
「どうせナナが対応してくれるさ!」
ムンナがあくのはどうを飛ばす。あくのはどうが的確にブーバーに命中して一撃で戦闘不能に追い込む。それから他のポケモンにもあくのはどうを撃って一撃で確実に仕留める。こんなことをして大丈夫かよ! あとで問題になったりしないか?
「行くぞ!」
「ムンナ……」
「ナナを信じろ! きっとどうにかしてくれる!」
そうして街から出て、スピアーを追う。スピアーもダメージが蓄積されていったのか木陰で休んでいた。僕達はスピアーに近づこうとするがスピアーは威嚇する。
「く、くるな!」
「別に連れ戻しにきたわけじゃねよ」
ムンナはそれだけ言うとスピアーの横に座る。スピアーは警戒しながら、それを眺めていた。そしてムンナはスピアーに語りかける。
「俺だってお前と同じで人間が大嫌いだ。滅べばいいと思ってる」
「うそだ!」
「……ゴミ性格と言われ、生まれて間もない時に捨てられた。そして他のトレーナーに捕まって再びゴミだと言われて放置された。人間を嫌うなっていう方が無理な話だろ」
「なら、どうして……」
「最初は俺もすぐに逃げようと思った。だけど、あの女。いきなり『あまいみつ』を投げてグラエナの群れを呼んだんだ! 一撃でも受けたら致命傷の状況だ」
「それで?」
「彼女に従った。そうしないと俺も死ぬからな。それで戦っているうちに思ったんだよ。ナナの指示に従うのも悪くねぇかなって」
ムンナ。そう思ってナナと旅をしていたのか。今まで聞いたことも語ることもしなかったから驚きだ。
「今だってナナ以外の人間は反吐が出るほど大嫌いだ」
「……だから、なんだっていうんだよ!」
「なんとも言わねぇよ……ただナナはお前をエラニの森に戻そうとしている。それがお前にとって一番だと判断したんだろうな」
「え?」
「しかし、お前は他のトレーナーに捕まらないでエラニの森まで行けるのか?」
「……」
「今のナナが恐れてるのはそれだ。だからナナは他のトレーナーに捕まらないように俺たちに追うように命じた。それだけだ」
そんな時だった。ポツリポツリと雨が降り始めた。僕も雨から逃れるべく木陰に移動する。数分すると土砂降りの大雨だ。当分はここから動けないだろうな。
「……なぁムンナ」
「なんだ。スピアー」
「吾輩はどうしたらいい?」
このスピアー。一人称は吾輩だったのか。初めて知った。
「人間は怖い……でも……ナナに従うのも悪くないと……少しだけ思う」
「……続けろ」
「ナナは優しい。あの人達とは違うのは分かる。だけど、人を見ると凄く怖くて体が震えるんだ」
ナナがゴゥー団とは違う。それはスピアーも分かっていたのか。それでも完全に信じられなくて、ナナに近づくことは出来ないか。難しい問題だな……
「スピアー。どうしてナナから離れたりしたんだ?」
「……ナナは僕のことをどこまでも気に掛ける。毎日寝る前にボール越しに『おやすみ』と『おはよう』を言うんだ……それが辛いんだ」
「どういうことだ?」
僕は初めてスピアーに話しかけていた。ナナが優しい。それが辛いとは……
まさか厳しくされたいとでもいうのか?
「……こんなにも優しいのに怯えることしか出来ない自分。それに嫌気がさしたんだ。ナナと一緒にいると自分がどうして無力でどうしようもないクズの気がして……」
そんな時だった。スピアーに電撃が飛んできた。瞬時にムンナがスピアーを庇ったおかげでスピアーは無傷。しかしムンナが致命傷を受ける。それからねっとりした声が雨音に紛れて聞こえる。
「とっても強いスピアー。それとダークライみぃつけた」
目の前にはマルマインと黄色いカッパを着た大人の女性がボールを構えてこちらを見ていた。
The補足
街中で野生ポケモンが暴れるのは基本的にはありません。この世界の野生ポケモンは滅多に人を襲わないからです。しかし街中にはヤミカラスやコイルといった野生ポケモンはいるので、バトルになるのは珍しいことではありません。そのため作中のスピアー争奪戦も街ではありふれた光景なのです。しかし街中のバトルで人は建造物に危害を加えた場合はトレーナーの責任となります。
そしてポケモンがトレーナーから逃げ出すというのは通常なら虐待を疑われる案件です。しかしナナの場合は作中でも述べた通りジュンサーさんがスピアーの都合を把握していたため免れています。
また割れた窓ガラスに関しましては宿屋ナナが謝って弁償して、財布が空っぽになったという裏話があったりします。