目が覚めたらダークライ。そしてトレーナーは可愛い女の子。 作:ただのポケモン好き
遭難生活が始まった。ナナは光るコケを見ながら目を瞑っていた。寝てるわけではないが無言でまったく動かない。そしてコケは明るく輝き、昼間のように明るい。ちなみにナナは明日から本格的に動くと言っていた。もっともこんな状態じゃ時間も分からないが。そんな時にナナの方からグゥーとお腹が鳴る。
「……ナナ」
ナナは恐らく体力を相当消費している。初めてのZワザを使った後にノエルと二人でとは言え、二度目のZワザを使ったのだ。普通なら倒れていてもおかしくない。意識を保っているだけ凄いのだ。
「お腹空いたわね。ここから出たらなにを食べようか。ダークライ」
「……」
「パンケーキとかも良いわね……でも今はそれよりムンナ、スピアー、ツタージャに会いたいわ」
ナナは手持ちの三体をノエルに預けて逃がした。そして僕だけを連れてラティオスを助けようとした。ちなみにラティオスは未だに目を覚まさない。ナナの素人診断によれば命に別条はなく、寝ているだけみたいだ。そういえばナナの性格的に僕を預けてもいい気がする。しかし事実としてナナは僕を連れてきた。それは何故だろうか?
「ダークライ。この際だからハッキリと言う。あなたはナナのパートナーなの。だからナナは少しだけダークライに頼りたくなったの」
ナナの一人称が変わる。そういえばナナと初めて会った時も一人称は自分の名前だった。でも一人称が自分の名前だったのはあれっきりだ。
「ナナは……目の前が真っ暗になって不安に押しつぶされそうになると一人称が自分の名前になるんだ。あの時もダークライに会うまで成績最下位の私はポケモンを捕まえられなくてトレーナーになれないんじゃないかって不安だったの」
「ソウカ……」
「でもダークライに会って少しは変われた。あれから一人称はずっと私。でも今だけはナナでも許してよ……」
誰が責めるものか。ナナは間違ったことをしてない。常に最善手を打ってきた。その結果として完全に食料もない場所に孤立した。これは仕方ないことでナナを責められることではない。しかし、まだ十二歳の女の子が。それで不安になるなという方が無理な話だ。だけどナナはこの瞬間まで不安の欠片も見せなかった。それは立派なことで、強い人だから出来ることだと思う。
「……ナナ達は……このまま死んじゃうのかな?」
「……ボクが……死ナセナイ」
「その言葉。信じるよ? 私のパートナー……ううん、こっちの方がいいか。私の相棒」
ナナに足りない部分は僕が。僕が足りない部分はナナ。それでも届かない時はムンナやスピアーにツタージャがいる。もう一人で背負う必要はないのだ。ナナはもっと力を抜いて僕達を頼ってほしいと思う。
「ナナはチャンピオンになりたい。今まではお兄ちゃんのようになりたかった。チャンピオンになって一番自分が優秀だと証明したかった」
「ウン……」
「でも今は違う。チャンピオンになって私という存在を変えたい。強くなりたいからチャンピオンになりたいの。強くなって私は歪みのない普通の人になりたい」
「……ナナは充分ニ普通ダロ」
「ううん……普通じゃない。周りが私を普通だと言っても私自身が私を普通だと思えない。だから私はナナのことを普通だと肯定出来るくらい強くなりたい――そしてダークライの大切な人になりたい」
なにを言っているのだろうか、もうナナは僕にとって大切な人だ。少なくとも命を賭けて守りたいくらいと思うくらい大切だ。ナナのためならなんだって……
「ダークライにとって大切なのは私なの? それとも私に似ていた人?」
その言葉と同時に背後から鈍器で殴られたような衝撃に襲われた。僕はナナが大切だ。でも、それは地球時代に付き合っていた彼女の桜月奈菜と瓜二つだから。もしもナナの容姿が奈菜と違っても僕はナナを大切だと言えるのか?
ナナはずっと奈菜と比べていたんだ。それで僕にとって奈菜と同じくらい大切な人になりたいと思っていたんだ。あの日の僕の何気ない発言がずっとナナを苦しめていたんだ。恐らく、あの時の言葉はナナと僕の時間が経てば経つほど重く辛いものとなっていた。
『ナナは求めていない。奈菜を求めている』
そんな風にナナを縛っていた。ナナと奈菜は違う。理屈では分かっている。それでもナナに奈菜を重ねないかと問われると難しい。そしてナナはずっと心にお面を被せ、必死に息を潜めて醜い感情を隠していた。誰にも悟られないように。だから僕達はナナに全てを任せて常に全力を出せていた。ナナならどうにかしてくるという安心があったから。
でも、絶対にどうにかしてくれるという安心がナナにプレッシャーという重りになっていた。ナナはそれでも折れずに僕達を不安させまいと歯を食いしばっていた。改めて思う。ナナは強いトレーナーだ。でもナナはまだ自分が弱いと思っている。だからこそ絶対に崩れることのないものを崩れてしまうのではないかと心配して不安になってしまう。
ナナは自分を信用することが出来ない。また、それがナナの最大の悩みでもある悪役適正に繋がっている。ナナの悪役適正は攻撃性の高さにある。ナナは自分に自信がないから周りに攻撃的になって、無意識のうちに自分は強いのだと自分自身を騙そうとしている。ナナの悪役適正は自分に自信がないからこそ存在してしまっているものだ。
もしもナナが望む強さを手に入れるにはナナがナナ自身を認めるしかない。それは難しい課題で大きな壁だ。しかし、それが出来なければ……
「教えてよ。ダークライ」
僕がこれから示すのはずるくて卑怯な回答だ。その問いかけに対する回答を僕は一つしか待ち合わせていない。だけど、それはありふれた回答で平凡な回答。
「……両方トモ」
「なら私か前の大切な人。どちらかとしか選べないとしたら?」
「絶対にナナだ」
桜月奈菜と僕の関係は彼女の死で終わり。ピリオドが打たれた物語は続かない。最初は現実を受け止められなかった。だけど時間が経って受け入れられるようになった。桜月奈菜は死んだ。死んだら終わりだ。それ以上を望むのは奈菜の今までに対する冒涜だ。それに今の僕は人間じゃなくてダークライ。ダークライとして新たな人生を歩んでいる。それなのに前世のことを持ち込むのは無しだ。奈菜も死んだし、僕もダークライに生まれ変わった。僕と奈菜の物語は完全に終わっている。幕が下りた物語にとやかく言うものではない。
だから僕は奈菜じゃなくてナナを選ぶ。これは奈菜と僕の物語じゃなくてナナとダークライの物語なのだから……
「……本当に?」
「アア」
僕の恋人は桜月奈菜。ダークライのトレーナーは可愛い女の子。それ以上でもなければ、それ以下でもないと僕は思う。どんなに悪役に近い存在だろうが、弱い存在でもダークライのトレーナーはナナであることには変わりはない。だってダークライがナナの傍にいることを望んでいるからだ。
長々と考えたが言いたいことは一つ。僕とダークライは同じ記憶があるだけで完全な別人だということ。少なくとも今の僕はそう考えている。だから僕は人間か問われたら首を横に振る。人間の記憶が存在しているだけのポケモンなのだから。今の僕はポケモンだ。
「ダークライ!」
ナナが目を開いて宝石のように綺麗な真紅色の目を輝かせて僕に抱きついてくる。僕はそれを優しく抱きしめる。
「僕はナナが好きだ。奈菜じゃなくてナナが好きだ」
「私も!」
それ以上の言葉はいらない。もちろんナナにも僕にも恋愛感情はない。恐らくそういう関係になることは絶対にない。それでもずっとナナの傍にいるだろう。
「ダークライ! 絶対になろう! みんなでチャンピオン……ううん、ポケモンマスターに!」
ポケモンマスターとは随分と大きく出たものだ。今まではチャンピオンだったのがポケモンマスターか。それこそチャンピオンよりも大変だ。そもそもポケモンマスターなんて概念的なもの。なる方法も分からない。強いて言うなら周りにポケモンマスターだと思わせるくらいの強さを見せつけること。
「……今の私なら何者にもなれる気がするの!」
まぁポケモンマスターになるかどうかはさておき、少なくとも僕は変わらずチャンピオンにはなるつもりだ。変わったことはチャンピオンがゴールじゃなくて通過点になったこと。
「チャンピオンにナッタ後は?」
「考えてない! だけどダークライといけるところまで行きたいの!」
ナナの目はさっきと少し違う。迷いの吹っ切れた目をしている。ナナは確実に旅を通じて成長している。色々な人やポケモンと出会って色々な考えや思想に触れて、足で新しい大地を踏んで、目で見たことない景色を見て、肌で自分がここにいると実感する。ナナは旅の全てを自分の経験値にしてレベルアップしている。この遭難したという経験すらナナは経験値にするだろう。ナナは自分の感じたこと全てを自分の力に変えて成長出来る。敗北も勝利もナナの前では経験値になる。だからナナは強いのだ。ナナは絶対に止まらない。だから僕も止まるわけにはいかない。
「僕も同じだ! ナナとどこまでも!」
「うん! まずはここから出よう!」
ナナが笑顔になる。ナナと一緒なら僕が足を止めなければどんな高みにもいける。だってナナは無限に強くなるから。そして僕も無限に強くなれば理論上は絶対に最強になれる。そしてナナが僕から離れて走り出す。手にはダイブボール。ナナが叫ぶ。
「ねぇ! なにを捕まえる?」
「強イヤツ!」
「そうだよね! コイキングやクズモーじゃない! 折角ならここら辺で一番強いドラミドロを捕まえて出よう!」
そして海底洞窟からの脱出。ナナの五匹目のポケモンの捕獲が始まる。