目が覚めたらダークライ。そしてトレーナーは可愛い女の子。 作:ただのポケモン好き
既にナナはスピアーから降りて、いつも通りのポケモンバトルをしていた。走りながらスピアーの動きを一番良く見える場所で叫んで指示を出して言える。
「スピアー! シザークロス!」
「スピッ?(あれ?)」
スピアーはシザークロスを撃とうとする。しかし不発で終わる。ナナが舌打ちする。
「覚える技の限界ね! エレキネットを覚えたことでシザークロスを忘れたってところかしら!」
ああ。そういえばポケモンって個体差はあるが、覚える技の限度があるんだよな。たしかスピアーは6つ。現在覚えているのは『メガホーン』『こうそくいどう』『ミサイルばり』『いばる』「アクロバット」『エレキネット』だ。
覚える技の限度なんて僕とムンナには無縁の話だからな。ナナも頭から抜け落ちていたのだろう。
「隙ありっ! スピアー! メガホーン!」
「ピアッッッッ(ウガァァァァァ!)」
お尻の針が肥大化し、足も針に変わって羽が6枚に増えた禍々しい姿のスピアーがこちらに襲いかかってくる。しかしどこか苦しそうだ……
そしてナナのスピアーは遠くに吹き飛ばされる。
「スピアー! まだいけるわね!」
「スピッ!(ああ!)」
しかしナナのスピアーも物ともせずに起き上がる。もちろんナナもスピアーが耐えることを疑ってもいないようだ。そして相手のメガスピアーは様子を見るかのようにこちらを睨んでいる。恐らくナナのスピアーを最大限に警戒してのことだろう。
「あれがメガシンカ……やっぱりポケモンへの負担は大きいみたいね」
「負担してでもスピアーは勝ちを望んだ! だから私はこの子を勝たせてあげるの!」
「ピッッッッア!(私は最強のスピアーよ!)」
それがメガスピアーの動き出す合図だった。神速で近づいてくるメガスピアー。ナナはそれを見切り、スピアーに指示を出しながら凌ぐ。針と針の激しいぶつかり合い。一瞬でも気を抜いたら手痛いダメージを受ける。そして相手のメガスピアーの方が針は多くて有利か。事実としてナナのスピアーが押されている。
「……苦しくても勝ちたい。トレーナーのためならどんな苦しい思いも耐えられる。そんな絆の力がメガシンカ。トレーナーを想うことでポケモンが理性を保っていられるってわけね!」
「分析してる場合?」
ここで勝負を決めんと言わんばかりに一気にスピアーがお尻の針をスピアーに突き刺そうとしてくる。だけどナナのスピアーは直感的に反応してメガスピアーの攻撃を避ける。しかし再び激しい連撃がスピアーに襲いかかる。
「右、左、フェイントで上!」
ナナは相手のメガスピアーの動きを先読みして叫ぶように指示を飛ばしていく。だけど言うのは方向だけ。回避は完全にスピアーに任せきりだ。
「埒が明かない。スピアー! メロ……」
「スピアー! 今よ! そのままアクロバット! 追い打ちのメガホーン!」
その時だった。スピアーが軽やかに動き、自分より一回り大きくなった相手をスピアーは吹き飛ばして、それからメガホーンを叩き込む。見事な連撃。メロメロを発動するまでの一瞬は無防備になる。ナナはそこを突いたのだ。ナナはずっとメロメロを撃つ一瞬を狙っていたのだ。しかしメロメロのタイミングを完全に読み切らなければ出来ない芸当、それを意図も容易く行うことからナナの実力が伺える。だけどメガスピアーもすぐに立ち上がる。しかし少なくないダメージがあるようだ。
しかし、その一撃で勝負は一気にナナのペースになる。
「更に追い打ちのアクロバット」
「まだ負けてない! 私達は負けられないの! スピアー! ヘドロばくだん!」
「まずい! アクロバットを止めてエレキネットで自分を覆って守りなさい!」
スピアーは少し大きめのエレキネットを作り、それをシェルターのように利用して相手のスピアーの一撃を見事に防いだ。完全にエレキネットという技をマスターしているな。そして技を防がれたことでメガスピアーに動揺が走る。メガシンカはポケモンの体力を蝕む。長引けば長引くほどストレスになり、冷静な判断が出来なくなる。そして普段なら流せるミスも大きなプレッシャーとなっていく。
もちろんナナはメガスピアーの動揺を見逃さない。
「ここで勝負を決める! アクロバットからのアクロバットからのアクロバット!」
ナナが噛みそうになりながら指示を出す。その指示を受けたスピアーは軽やかに動いて三回くらいメガスピアーを吹き飛ばしていく。見事な連続攻撃だ。同じ技を連続的に三回出すことで短時間で何度も殴っている。ナナはメガスピアーが動揺してると同時に少しの焦りがあることを見抜いていた。普段のメガスピアーなら避けれただろう。だけど体力消費の影響もありメガスピアーには『引いたら負ける』という強迫観念があった。だからこそ確実に当たると確信を持てて、ナナは大技を使えた。
「……ノエルのグソクムシャ。良い勉強になったわ」
なるほど。あのオラオララッシュの応用か。ノエルはグソクムシャのであいがしらを何度も叩き込むことでオラオララッシュをしていた。その要領でスピアーにも同じことをさせたのか。完全に経験を物にしているな。
「スピアー!」
「ピアッ……(まだやれる……)」
しかしメガスピアーは激しい攻撃にも耐える。
いや、悲しませまいと気合いで耐えた感じだな。泣いても笑っても勝負は次の一撃できまるだろう。メガスピアーも必殺技を使わんとばかりに構えに入る。
「うん! まだ負けてないわよね! メガホーン!」
「こっちも追い打ちのメガホーン!」
ナナが容赦なくトドメを刺しにいく。それは相手のメガスピアーとメガホーンを打ち合う形になる。しかしナナのスピアーは正面から受けず、メガスピアーのメガホーンをしゃがんで回避。
「しまった!」
「そのまま決めるわよ!」
スピアーはお尻の針で下から力強くメガスピアーを突き上げるようにして遠くに吹き飛ばす。メガスピアーが天高く舞っていく。また舞ってる途中でメガシンカが解除されて戦闘不能になる。そしてドサッと地面に落下する。
「ス、スピアー!」
「スピアー対決。私達の勝ちよ」
『な、なんということだ! ナナ選手! 全てのスピアーを戦闘不能に追い込んで事実上の勝ちを掴んだ! たしかに妨害ありの攻撃ありでルール違反はしていない! しかしこれをレースと呼んでもいいのだろうか……ただ一つ言えることはナナ選手が強すぎる! まさしく悪夢姫の名前に相応しいプレイ。この惨劇を悪夢と言わず、なんと言うのだろうか!』
「……レースになってないってルールがガバガバ過ぎるのよ」
遠くで聞こえる実況に対してナナが静かに呟く。考えてみたら全てのスピアーをナナが退場させたんだよな。こりゃたしかに悪夢だし、悪夢姫の名前通りだよ。
そしてここまで圧倒的な実力差を叩きつけたら話題になるなという方が無理な話。
実力もOK。ルックスもOK。血統もOK。このOK三拍子が揃ってたら話題になるわ。そもそもチャンピオンの妹ということでただでさえ注目されてるからな。そう考えるとナナの人気も妥当なのか?
「お疲れ様。良いバトルだったわ」
「……次は負けないから!」
「その次を楽しみに待ってるわ」
ナナとスピアークイーンは固い握手をした。スピアー同士の戦いはナナが勝利を収めた。メガスピアーにいスピアーで勝つとはよくやったものだと思う。
「とりあえずゴールインしましょうか」
そしてナナはスピアーに乗って静かにゴールする。周りからは歓声は上がらない。みんなナナの実力に怖気づいてしまっているのだ。良い勝負をしたというのに悲しいものだな。それからしばらくしてナナの勝ちを告げる実況が鳴り響く。
『ゴォォォォォォォォルゥゥゥゥゥゥ! 優勝はナナだ! 圧倒的な実力差を見せつけて華麗にゴールイン!』
そして司会の声で一気に歓声が沸く。司会の声でナナが勝ち、大会の優勝者が決まったということを理解出来たのだ。裏を返せば理解が追い付かなくなるくらいナナの実力が圧倒的だったとも言える。
『それじぁあ優勝者にインタビューに……』
ナナの元にマイクを持って男が駆け寄ってくる。そしてマイクを渡すとスタスタと去っていく。ナナはマイクを受け取ると静かに言った……
「こういうインタビューには慣れてないんですよね。えー……なにを言えばいいのかな? まぁ一般的には思ったことをそのまま言えばいいのでハッキリと言わせてもらいましょう。少しだけ棘のある内容になるのはご了承ください」
しかし、これはマズい。間違いなく毒を吐く流れだ。ナナは今から絶対に地雷を踏むぞ。きっと大炎上するぞ。そしてナナはそういうのは気にしない人で……
「みなさんのスピアーはどれも強くて、色々な戦い方をしていて大きく参考になりました。それとレース形式にも関わらず私の得意分野であるポケモンバトルに持ち込んでしまってすみません」
あれ? 意外と普通だ。ナナのことだったら『弱すぎる』とかストレートに言うと思ったが、まさかここまで柔らかい言い方をするとは……
「しかし、それはレースという土俵では私じゃ勝てないと判断したからです。もっと言うならポケモンバトルを仕掛けるしかないくらいまで私は追い込まれました。彼等の専門はポケモンバトルではない。それに対して私はチャンピオンを目指すポケモントレーナー。自分の得意ではない舞台で、よくここまで頑張ったなと思います」
まぁ無難だが言うならば『ポケモンバトルで私に適うわけがないだろ』という自意識過剰も含まれてるよな。いや、事実としてはそうなのだろうが……
「自意識過剰。世の中にはそんな言葉があります。正直に言うと今の私はそれです。観客の中には十二歳の小娘が偉そうにと思う方もいるでしょう。しかし私は思うのです。自意識過剰になれるくらいの自信も無いのは自分のポケモンに失礼ではないかと。さて、長くなりましたが最後に一つだけ……」
自意識過剰の印象を与えたのは敢えてなのだろうか。ただ一つ言えることは僕と出会った頃のナナならここまで丁寧な言い方は出来ない。まだ荒削りで改善点も多くあるだろうが、間違いなく前よりも良くなっている。
「応援ありがとうございました! おかげで優勝することが出来ました!」
ナナはマイクを置いてからしばらくして表彰式が開かれた。それを終えると適当に近くの休憩所に行って腰掛ける。ナナは無事にスピアナイトを受け取った。しかしいどこか浮かない顔をしている。
「お疲れ様。しかしインタビューは随分とナナらしくなかったですね」
近くにベアルンがやってきて缶ジュースをナナに手渡す。ナナはそれを一気飲みする。
「周りに喧嘩を売っても得られるものはないわ。適当にペコペコしてるのが一番賢い選択よ」
「その割には周りを随分と煽ってましたけど」
「ウソッ! どの辺りが?」
「『チャンピオンを目指す~頑張ったと思います』の下りですね。あれ遠回しですが相手を下に見てると受け取られてもおかしくないですよ」
「自意識過剰に聞こえるのは途中で気が付いたけど、そういう受け取り方をされるのか。インタビューって難しいわね。苦手だわ」
「まぁこれから練習すればいいのですよ。今回の大会はナナより下のトレーナーの集まりだったのは事実ですし……」
「下? そんなことはないわよ。スピアーの扱いなら私より上手いトレーナーが何人もいた。ポケモンバトルなら勝てるけど、それ以外なら普通に負けるわ。特にスピアークイーン。彼女は間違いなく私より上だった。スピアーのレベルでも負けていた。勝てたのは相手がバトルの経験が少なかったからよ」
ナナがビー玉サイズの宝石を見ながら喋る。ナナが持っているのがスピアナイト。スピアーをメガシンカさせるのに必要になる道具、これで理論上はメガシンカを使えるが……
「メガシンカ……ね」
「どうしたのですか?」
「あんまり好きじゃないのよ。メガシンカはポケモンにかける負担が大きすぎる。だから正直に言うと使う気はない」
「なら使わなければ?」
「でもスピアークイーンとのバトルで気付かされたの。メガシンカは絆の力ってことを改めて。ポケモンの勝ちたいという想いに応えるのがメガシンカ。それならメガシンカをしないのはスピアーへの冒涜なんじゃないかって」
「なるほど……」
「メガシンカがポケモンに良いのか悪いのか私には分からない。だけど私自身としてはさせたくないのよ」
「とりあえず夕食にしましょう。ナナも疲れたでしょうね」
「そうね」
ナナはいつでもメガシンカが出来る状況にいる。しかし色々と彼女も思うところがあり、メガシンカに積極的ではないようだ。それどころか消極的とも言える。もしもメアがこの場に言ったらナナになんとアドバイスするだろうか……
そして夜になり、夕食を食べて風呂に入り、歯磨きをして眠りにつく。今後の予定も決まった。明日にはテレポートをしてラビットタウンでジム戦をする。普段なら歩いていくが、メアの件もあって早急に強くなる必要があり、悠長なことも言ってられなくなった。
「……いやーエレキネット凄いな」
「だろ?」
だけどナナが寝ている深夜。そんなことお構いなしに我々ポケモンだけの謎の雑談か会が開かれる。もっともボール越しの会話で相手の顔も見えないし、おつまみも無いのだが。ちなみに発案者はムンナ。
「……あなた達。いつもこんなことしてるの? 私は眠いのだけど」
ツタージャが眠そうに会話に入ってくる。しかしクールなツタージャが話に入ってくるなんて珍しいな。
「眠かったら寝てもいいんだぞ」
「私も気になるのよ。新入りのことが」
「あー……」
そういえばナナは一度もドラミドロをボールから出していない。つまり顔合わせをしていないのだ。もっともゲットしたら流石に気付くみたいだが……
「せめて私達に名乗ってもいいんじゃないかしら? 同じ仲間として」
「……妾の名はドラミドロ。そなたらと慣れ合う気はない。そもそも妾はナナというトレーナーを認めておらぬ」
ドラミドロが威圧するように言う。だけど誰も気にしていないようだ。
「ドラミドロ! 水生ポケモン。つまり水技が使えるじゃねぇか!」
「まさか!」
「ついに勝てるんだよ! 俺達でもウルガモスに!」
「そうなるのか?」
「ああ! 俺達三人がウルガモスと相性が悪いのは知ってのこと、ツタージャも炎でやられる。つまり全員がウルガモスに弱かった! そんな中で遂に水技を使えるポケモンが……」
それどころか水技を使えることでムンナとスピアーが盛り上がっている。たしかにドラミドロは水技も撃てる。だけどメインは毒技とドラゴン技なのだが……
ていうか僕含めて四体ともウルガモスに弱いってパーティーバランスどうなってるんだよ……
「ウルガモスなら岩ポケモンの方がいいわ。そしてドラミドロは最強と名高いドラゴンポケモンの一種。それなら純粋なアタッカーとして……」
「そなたら。妾が水生ポケモン。つまり地上での活動は限定的ということを忘れておらぬか?」
「あ……」
「まったく……妾を地上で戦力として数えられるのは少し困るのじゃが……」
「でもナナならどうにかするんじゃない?」
それからムンナはスピアー達からドラミドロを質問攻めにされる。慣れ合うつもりはないというのは一体なんだったのか……
「さて、ドラミドロのことは分かったけど、少し真面目な話をしましょう」
ツタージャが咳払いをして話を遮る。彼女は完全にまとめ役としてパーティーに馴染んできたな。
「次のジムはナナから聞いた話だと炎タイプみたいよ。私とスピアーの相性は最悪。つまりダークライとムンナがどれだけ相手を消耗させられるか。それが重要になると思うの」
「……そうだな」
「あなた達も少しは緊張感を持ちなさい」
「ツタージャ。少し言いにくいが明日の一番手お前らしいぞ」
「ふぁっ! 私は草タイプよ! なにを考えてのかしら!」
「さぁ? まぁナナを信じろ!」
ナナのことだから作戦はあるのだろう。無策で出すようなトレーナーではない。
「……やっぱり、あの技を完成させるつもりなのかしら?」
「あの技?」
僕は少し疑問に思い、ツタージャに問いかける。
あの技とは一体なんなのだろうか……
「アクアテールよ。この三日間でナナとひっそりと練習してるのだけど……」
アクアテールか。たしかに水技で覚えたら炎タイプ相手に有利に立ち回れる。それに今までツタージャは草技だけだった。そろそろ他の技が欲しいところでもあるが……
「水を出すって感覚が分からないのよ。体のどこを意識したら水が出るのかしら?」
「そういうのはナナに聞いた方がいい」
「ナナは蒸散の理屈だと言っていたけど……」
蒸散。植物が体外に水を出すことをいう言葉だよな。
中学校の理科で習った覚えがある。
「私も草タイプだし蒸散は常にしてる。だけど蒸散の理屈で水を一点に……っていうのが難しいのよ。意識して蒸散というのが上手く出来なくて……」
「なるほど」
僕は草タイプじゃないし、まったく分からん。
たしかに技の出し方は苦労した。10まんボルト、れいとうビーム、きあいだま。どれも覚えるのは苦労したものだ。でも技って何気ないことできっかけで急に使えるようになったりするからな。
もしかしてナナはツタージャにアクアテールを覚えるきっかけを与えようと先発に選んだのか。たしかに今日のスピアーみたいにバトル中に技を覚えることは珍しくない、もしかしたらツタージャも……
「とりあえず明日に備えて寝るわ。おやすみなさい」
「ツタージャが寝るなら俺達も寝るか。おやすみ」
そうしてムンナ達も眠りについていく。明日は久々のジム戦だ。とりあえず、どんなポケモンが出てきて、どんな戦い方をするのだろうか。楽しみだな。