目が覚めたらダークライ。そしてトレーナーは可愛い女の子。 作:ただのポケモン好き
「ムンナ。ありがとう。戻りなさい」
ナナは静かにムンナをボールに戻す。ムンナが弱ったわけでもない。そしてアザレアに背中を向けて、その場を後にしようとしていた。
「ちょっと待って!」
「私はジム戦をしてきたの。あなたとヒードランの関係を修復しようとか、そんな気はないわ。あなたがちゃんとジム戦をする気がないから帰る。そのなにが問題なのかしら?」
「それは……」
「私はヒーローでもなければヴィランでもないただの挑戦者。あなたはジムリーダー。それ以下でもそれ以上でもない。救ってほしいなら別の人に当たりなさい」
その時だった。ナナのボールが激しく揺れた。揺れたのはドラミドロのボールだ。どうやら彼女はナナに言いたいことがあるらしい。ナナは軽くドラミドロのボールを見るが、無視してアザレアの方を眺める。まるで彼女の動きを伺うかのように……
「このヒードランは……」
「あなたの身の上話に興味はないわ」
「もういいよ! ジム戦とか立場とかどうでもいいから助けてよ! こちらから出せるものもない。あなたの善意に甘えるしかない。でもヒードランを倒して世界の広さを伝えてよ!」
「……分かったわよ。助けるのは一度だけだからね」
ナナが振り返ってボールを投げてドラミドロを出す。どうやらナナも戦う気になったらしい。しかし最初のナナは明らかに戦う気がなかった。それなのに……
「いくわよ。ドラミドロ。少し雑に扱うのは許しなさい」
「ドラァ……(礼を言う……)」
ああ。ドラミドロが戦いたいと言ったから戦うことにしたのか。しかしドラミドロが戦いと言うなんて……彼女の性格的に言わない気がするんだが……
それにボール越しでドラミドロの想いを察するナナの観察眼に感服するしかない。
「ドラ……(このヒードラン。幼い時の妾をみているようでな)」
「ゴフッ(あーだりぃ……)」
「なんでもいいからやるわよ。ドラミドロ。あまごい」
「ドラァァ!(任せろ!)」
ドラミドロが叫ぶと同時に暗雲が立ち込める。そして大粒の雨が降り始める。ナナがニヤリと笑う。ヒードランの方を見ると興味がないと言わんばかりに寝ていた。それをチャンスと言わんばかりにナナはドラミドロに次の指示を出す。
「ヘドロばくだんでヒードランの足元以外の地面を溶かしなさい」
「ドラッ?(え?)」
「あなたの毒は金属も溶かす。地面を溶かすくらい簡単に出来るはずよ」
ドラミドロの毒ってそんなに強力だったのかよ。そして彼女はナナの指示に疑問を抱きつつも地面を溶かしていく。そんな中でアザレアは止めようとヒードランに指示を出すが、ヒードランはうるせぇと言わんばかりに無視する。
そしてヒードランの足元だけを残してフィールドを完全に溶かした。毒で溶けたことで大穴が空いている。そして天候は雨で穴に水が溜まっていく。またナナの手には青色の宝石が握られていて、ナナがしれを投げる。まさかナナの狙いは!
「そろそろ責めるわよ! それと特大サービス! ドラミドロ! なみのり!」
ナナが投げたのはみずのジュエルと呼ばれる宝石だ。それは使い切りアイテムだが、使うと技の威力を大きく上げるという効果がある。またノーマルジュエル以外は何故かイッシュ地方でしか採掘出来ず、輸入頼みとなってしまう。しかも輸入量が少ないだけではなく、効果を知ってる人はベテラントレーナーくらいのため需要が殆どない。そのため流通量が少なくなり市場に出回ることは滅多にない。
そのくせ不幸なことに出回ったとしてもベテラントレーナーという大金持ち同士のオークションになりやすく、相当の大金を出さないと買えない代物。最近では簡単に出来る小遣い稼ぎとして広まり、少しは価格が落ちたみたいだが微々たるもの。
ナナはそんなものをいつの間に……
そして宝石が空中で割れる。ドラミドロが軽く輝く。そしてドラミドロは大波を起こすと一気にヒードランを飲み込んだ。しかもドラミドロの起こした水は穴に飲み込まれて大きな水溜りを作っていく。ナナの狙いは水溜りを作ることにあった。ドラミドロは水生ポケモン。本来の舞台は水中。だからドラミドロが全力を出せるように水を貯める舞台を整えていたのか!
「う、うそ!」
ヒードランが水に飲み込まれて溺れていく。ドラミドロは泳ぎながらヒードランのいた陸地も粉砕。これで完全に足場はなくなった。完全にドラミドロ有利の舞台だ。
「ドラミドロ! ヘドロばくだん!」
「ヒードランは炎と鋼の複合タイプ……毒技は効かないのよ?」
「言わなかったかしら? ドラミドロの毒は金属も溶かすって!」
「まさか!」
「ドラッ!(喰らうがいい!)」
ドラミドロがヒードランにヘドロばくだんで攻撃する。そしてヒードランに少しだけダメージ与える。あまりに無茶苦茶だ。そんな中でヒードランがドラミドロを睨む。完全に怒っているな。
「ゴフッッッッッ!(うぜぇぇぇぇぇぇぇぇx!)」
水中からいくつもの火柱が姿を見せる。それは竜巻のように動き回り、水を蒸発させて水位を下げていく。あまりに無茶苦茶だ。そして水面から岩が一つだけ飛び出る。あれはストーンエッジか。その岩の先端にヒードランを這うようにして上ってくる。これでヒードランが水中から脱出したわけか。
「マグマストーム……初めて見たわ」
「ゴフッ……(小娘が……)」
そして水に炎を流し込む。それにより水は沸騰する。水が一気に熱湯へと変わった。あのポケモンは想像以上に規格外だ。苦手な水の中でも冷静に行動できる落ち着き、水を瞬時に沸騰させるくらいの熱を持つ炎。そんな化け物みたいな強さを持つポケモンとどう戦えばいいのだろうか……
「ヒードラン! あなたなら絶対にそうすると思ってたわ! ドラミドロ! 後ろから出て!」
「ゴフッ(なに)」
「あなたはそこで勝ったと思い込んで必ず油断する! ドラミドロ! きあいだま!」
そういうことか。全てはこの一撃を当てるために。ドラミドロが渾身の力で大きな波動のような玉を出す。それはヒードランに見事に命中する。しかし……
「ゴフッ……(その程度か)」
まさか効いてない? そしてヒードランは飛んでドラミドロを押し倒して水中に沈めた。それからドカンという大きな爆発が起こる。それと同時に水は干上がった。そこには戦闘不能になったドラミドロがいた。
「ありがとう。ドラミドロ。これで充分よ」
ナナはドラミドロをボールに戻す。あまりに無茶苦茶な強さだ。完全にドラミドロの方が有利だった。それを純粋な力で正面から突破した。ナナの残りはムンナとスピアーだけ。いったいどうすれば……
「このヒードランは父から譲り受けたポケモンで弱い私をトレーナーだと思っていない。そしてヒードランは今まで一度も負けたことがない……」
「なるほど。つまりヒードランは退屈してるのね。そりゃ退屈よね。適当にやっても勝てるのだもの。それなら私が退屈から救ってあげる! ムンナ! ドラミドロの敵を取るわよ!」
ナナがムンナを出す。ムンナもやる気だ。しかしヒードランはあまりに強い。並大抵の攻撃は通用しないだろ。それこそZワザクラスの攻撃を撃たないと……
「ンナッ……(どうやって倒すんだよ……)」
「時が満ちたわね。正直に言うと私はヒードランを倒すのはこれしかないと思うのだけど、ムンナはどう?」
ナナが石を出す。あれはつきのいしだ。まさか遂にやるというのか!
「ゴフッ……(ほう……やってみせよ)」
「ンナッ!(これなら勝てるな!)」
「いくわよ! ムンナ! ううん……ムシャーナ!」
ナナが笑顔で石を投げる。ムンナもそれをしっかりと掴む。石に触れたことでムンナが光に包まれる。そして姿が変わっていく。初めて見る。これがポケモンの進化……
「ムシャ……(うむ)」
そしてムンナの姿は変わった。前みたいに可愛らしい姿はない。まるでバクだ。それに頭からは紫色の煙が出ている。これがムンナの進化系のムシャーナ……
「紫色の煙。たしか悪夢だったかしら……」
「ムシャァァァァ……(まぁダークライのせいだね)
いや、俺のせいかよ!
「……って! ちょっとあれはなによ!」
そんなやり取りをしていると突如として水の巨人が現れた。それに対してアザレアが叫ぶ。あれはなんだろうか? ポケモンなのか? そして水の巨人は大きな拳でヒードランを叩きつけた。それにヒードランは少なくないダメージを受けたようで呻いている。
「言い忘れてたけどムシャーナは夢に出てきたものを実体化することが出来るのよ」
「なに……今の威力……」
「威力自体は大したことはないはずよ。ただ痛いと思い込めば相応のダメージは受けるんじゃないかしら」
「まさか!」
「ムシャーナの攻撃は痛いとポケモンが思えば思うほど大きくなる。裏を返せば思い込みがなければ大したことはないはずよ」
なるほど。ムシャーナの攻撃はノーシーボ効果みたいなものか。実際は痛くないものでも痛いと思い込んで受けることで実際の痛みになる。そしてムンナの時に僕の影響で多くの悪夢を食べてきた。その影響でムシャーナは多くの悪夢を知っている。つまりムシャーナが実体化するのは悪夢。すなわち他人が怖いと思った記憶だ。他人が怖いと思ったことのあるものを具現化できる。なんて攻撃性の高さだろうか……
そうしてるうちに背景が変わる。まるで絵本の世界のような場所だ。もっというなら魔法少女系の作品で出てくる結界の中のような……
「これは!」
「夢の世界よ。ムシャーナは夢を具現化する。とりあえず私の通り名らしく、こう言いましょうか。ようこそ。悪夢の世界に!」
「ムウウシャァァァ(勝負といこうぜ)」
「ゴフッ(こざかしい)」
「ムシャーナ。サイコキネシス」
ムシャーナが念力でヒードランを吹き飛ばした。それから数百体の玩具の兵隊のような人形がマスケット銃を持って、行進する。それからヒードランに向けて一斉射撃。それにヒードランは呻く。
しかし、ヒードランはふらつきながらも立ち上がってくる。なんて耐久の高さだ。だけど不思議とムシャーナが負ける気はしなかった。何故かムシャーナならヒードランを倒してくれるという心強さがあった。そして今度はクトゥルフ神話に出てきそうな容姿をした化け物が出てくる。それは言い表すことすら躊躇う容姿だ。それでも強いて言うなら蛇型の化け物といったところだろうか。それによりムシャーナ以外の全員が震え上がる。特にナナの震え方が尋常ではない。
「ムシャーナ。私の悪夢から使わないでくれると……助かるわ」
「ムシャァ(仕方ない)」
これはナナの悪夢から引っ張ってきたものか。しかしナナよ。どんな悪夢を見てるんだよ。まじで笑い事じゃ済まないレベルだわ。しかし夢の具現化って想像以上に怖い能力だな……
そして蛇の化け物はブクブクと膨れ上がって、血を撒き散らせながら爆散する。明らかにグロテスクな光景だ。ムンナってこんな恐ろしい存在に進化するポケモンだったのかよ。そしてヒードランは怯えきって完全に青ざめた顔をしていた。そんなヒードランの背後から顔のない人が現れて、肩を優しく叩く。まさしく悪夢だ。どんな強いポケモンだろうが関係ない。恐怖心が存在しているポケモンならムシャーナの攻撃を防ぐ術はない。
「ムシャーナ。さすがにそろそろ解除してあげましょう」
「ムシャァ……(仕方ねぇな)」
そして場面は先程のフィールドに戻る。もしもバトルを続けていたら間違いなくムシャーナが勝っていた。もっというならバトルにすらならなかっただろう。それほどまでにムシャーナの夢の具現化というのは理不尽な力だった。そんな中でナナは静かにヒードランに話しかける。
「ヒードラン。あなたは随分と臆病なポケモンなのね」
「ゴ……フッ(なん……だと)」
「自分が強いと思い込んで狭い世界しか見てなくて、周りが全然見えていない。ここに前に来たであろうノエルというトレーナー。あなたは彼と戦ってたら間違いなく負けてるわよ」
「ゴフッ!(そんなわけないだろ!)」
「私のお兄ちゃん、キンランさん、ゴォー団のラルムとマリア、それにメアやボルノ。私に勝てないような貴方如きには絶対に勝てないトレーナーは星の数ほどいる。それなのに簡単に勝てるから退屈? そんなのあなたが外の世界を見たことがないだけじゃない」
「ゴフッ!(うるせぇ!)」
「ムシャーナ。サイコキネシスでヒードランを叩きつけなさい」
ナナの指示と同時にムシャーナがヒードランの体を浮かして地面に叩きつける。そして再び浮かせて、もう一度地面に落とす。そんな動きを何度も繰り返す。ヒードランは念力から抜け出そうと足掻くが、その力よりもムシャーナの方が強い。
「普段のあなたなら念力から抜けてるでしょうね。だけどドラミドロの攻撃で体力と熱を消耗した貴方なら無理よ」
「ゴフッ!(なに!)」
「熱だって無限じゃない。あれだけの水を蒸発させる程の熱を使えば、それだけ体に負担になる。特に既に消耗してる体ならなおのこと。その狙いを隠すためにきあいだまを当てることが目的だと思わせたりして周りの目を欺くのは疲れたわ」
なんだと……?
まさか水の蒸発きあいだまでヒードランがやられないのも計算内だというのか。もっというならドラミドロはヒードランの消耗だけが目的だったのか?
そして消耗したヒードランにムシャーナを当てることが狙い。最初からヒードランはムシャーナで倒すつもりだったのか。そしてナナが付け加えるように補足説明をする。
「みずのジュエルと雨。その二重効果のなみのり。どんなに強いポケモンだろうが炎タイプなら戦闘不能は避けられない。それでも耐えた。それは熱で水の威力を殺したから。もしも、なみのりで熱を使わなかったら、水の蒸発くらいでは衰えなかったでしょうね。だけど貴方は消耗している。それに気付かずに水を蒸発させるなんて愚かなものね」
つまりなみのりでヒードランを消耗。そしてヒードランは消耗したことに気付かず、水を蒸発させたことで体に大きな負担になった。そのため今のヒードランにムシャーナのサイコキネシスを抜ける力はないということなのか?
「でもアザレアなら私の小細工に気付いたでしょうね。アザレア。一つだけ聞くわ。自分のポケモンの疲れや消耗は分かるかしら?」
「ええ……自分の使い慣れたポケモンなら」
「だそうよ。もしも貴方が普段からアザレアとバトルの練習をしていたらアザレアも貴方の身体の特性を判断して、熱の消耗を見分けられたでしょうね。これはアザレアを弱いトレーナーだと判断した貴方の敗北よ。ムシャーナ。サイコキネシス」
そしてムシャーナがヒードランを遥か上空に持ち上げて地面に叩きつける。その一撃でヒードランは完全に戦闘不能になる。ヒードランとの勝負を制したのはナナだ。
「完敗ね……ナナ。あなたの勝ちよ」
アザレアがヒードランをボールに戻す。本気でやってナナにこの上なく負けたのだ。それも自分で扱えなかったヒードランすら完璧に攻略して。これを敗北と言わず、なんていうだろうか。アザレアはナナにジムバッジを渡そうと準備を始める。しかしナナが彼女を引き留めた。
「どこに行くつもり?」
「ジムバッジを……」
「まだポケモンが二匹残ってるでしょ。ポケモンバトルハウス終わってないわ。アザレア。早く次のポケモンを出しなさい」
「ナナ……」
「続けましょう。ジム戦を」
そしてナナはジム戦を続ける気のようだ。互いに残りのポケモンは二体。アザレアとのジム戦は最終局面に突入しようとしていた。
The補足
ヒードランの流れ
最初はアザレアの父親に捕まえられて、彼のポケモンとして共に旅をする。だが、ある日に不治の病で死去。そんな中でヒードランは彼の娘のアザレアに渡される。
そしてアザレアと一緒にポケモンバトルをするが、簡単に勝ててしまう。それどころかアザレアの指示が足手纏いになる状況。そのためアザレアに見切りをつけてバトルを真面目にやらなくなる。やがてアザレアは自分の手に負えなくなったヒードランを扱えるトレーナーになるまで使わないと決めて封印する。
それからアザレアはヒードランに相応しいトレーナーになるために必死に勉強してジムリーダーに就任する。そしてアザレアは既にヒードランを扱うくらいの実力を身につけているが、足手纏いだったアザレアの印象がヒードランの中で強く、心を開くことはなかった。そんな中で悪夢姫という通り名で知られる凄腕の新人トレーナーが現れて……