目が覚めたらダークライ。そしてトレーナーは可愛い女の子。   作:ただのポケモン好き

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6話 彼女の答え

 その時のナナの声はあまりに怖かった。俺は不本意ながらナナに従って手を振ってあやしいかぜを撃つ。それがムンナに襲い掛かる。ムンナは苦しそうな悲鳴を上げて、吹き飛ばされてこちらを睨む。

 

「ムンナァァァァ!(人間の奴隷が!)」

 

 再びムンナが突進をしてくる。ナナはそれを見ながら再び冷たい声で言う。

『あやしいかぜで迎え撃て』と。

 

 僕は泣く泣く、それに従う。ムンナは容易く吹き飛ばされる。それと同時にナナはモンスターボールをムンナへと投げつけた。モンスターボールは綺麗な弧を描き、ムンナへと当たる。それこそ運動音痴のナナとは思えないくらい綺麗に……

 

 モンスターボールは数回揺れて止まる。ムンナが出てくる様子はない。恐らく捕獲に成功したのだろう。それから優しくムンナのボールを拾うとナナは僕に軽く告げる。ムンナの人生の背景にあるものを。

 

「……『三値説』。同種のポケモンの能力値は個体によって差があり、16進数を使って分別することが出来る。そして性格によって伸びやすい能力値が違うという説。最初は説だったのがやがて宗教になった。でも、ある日を境に国際法で信仰すら禁止されている邪教よ」

「……」

「それでも今も一部には熱狂的な信者はいる。恐らく、その信者の被害に遭ったのが、このムンナね。吐き気がする。気分が悪いわ」

「ナンデ……ソンナ『ムンナ』をツカマエタ!」

 

 三値教? そんなのどうでもいい。ムンナは放っておいてあげた方が良かったはずだ。これ以上、人の都合に巻き込むこともないはずだ。それなのにナナは……

 

「オマエはムンナの話ヲ……」

「あの子の特性はシンクロよ……」

「ダカラ、ドウシタ!」

「嫌でも、あの子の想いが届くのよ。寝ててもシンクロであの子の話が聞こえるのよ!」

「ソレナラ……」

「……あの子。捕まえなかったらどうなると思う?」

「……」

「ずっと人を恨んだまま寂しく死んでいくんだよ。そんなのってあんまりじゃん! 別に私がムンナを捕まえて、ムンナと旅をして、ムンナにまた人間が好きになってもらえるようにしたっていいじゃん!」

 

 ああ、そうか……

 それがナナの答えなのか。ナナは優しんだ。だからムンナを放っておくことが出来なかったんだ。でもムンナの人に対する恨みは恐らくナナの想像以上に深い。そんなムンナがナナに心を開くのだろうか……

 

「それに私はこのムンナで勝ちたい。このムンナで勝って、『お前らが捨てたムンナはすごく強いんだぞ!』って見返したい。どんなポケモンだって勝てるんだって証明したい」

 

 それだけ言うとナナはムンナをボールから出す。ムンナはボールから出るとこちらを強く睨んでいた。それに対してナナは笑顔を返して、ムンナを抱きかかえて傷薬を塗る。

 

「ムンナァァァァ!(お前なんか信用出来るか!)」

「ムンナ。これから私と一緒に旅をしましょう?」

「ムンナァ!(どうせお前も途中で捨てるんだろ!)」

 

 想像通りムンナはナナに対して反抗的な態度を示していた。しかしナナも譲る気は一切ないようだ。

 

「あなたの技の『あくび』。そしてダークライの特性『ナイトメア』。この相性はすごくいいわ。私はあなたみたいな優秀なポケモンを捨てたりしない」

「ムンナ! (噓つけ)」

「それとムンナ。あなたに『とっしん』を覚えてほしいのだけど……」

「ンナ!(は? どうして俺がそんなことを……)

「本来ならムンナはとっしんを覚えない。でも、あなたの動きを見てる限りだと覚えられる気がするのよね……」

「ムンッ!(だからなんだよ!)」

「それに技でもない体当たりであの威力なのだから、覚えたらとんでもないことになるわ」

 

 マイペースに話を進めるナナ。それはまるでムンナの警戒を解そうとしているようだった。それからナナは優しくムンナに一つの提案をした。

 

「ねぇムンナ。これから私と一緒にポケモンバトルをしない?」

「ンナっ!(誰がそんなことを!)」

「丁度ここにあまいみつがあってね。これを使うとポケモンの理性を一時的に奪って瞬く間に野生ポケモンが襲ってくるのよね」

 

 そういうとナナはムンナの話を聞くことなく迷わず、あまいみつを投げた。その匂いに釣られて物陰からグラエナが現れる。それに対してナナは少し笑っていた。

 

「グラエナ。悪タイプのポケモンで相性は不利だけど、この子と私なら余裕かしら!」

「グラッ!」

 

 意味を持たない鳴き声を上げて、グラエナがムンナにおそいかかってくる。それを見てナナはすぐにムンナに指示を出す。

 

「上に飛んで避けてのろいをして!」

「ムンナッ! (どうして俺がその技を覚えてることを知っている!)」

 

 ムンナも自分が痛いのは嫌なのか、ナナの指示通りに上に飛んでのろいをうつ。それによってムンナのスピードが一段階くらい落ちて、鈍足になる。

 

「あれほどの人への恨みを持ってるなら使えると思ったわ。続けて地面に降りてあくび!」

「ンナッ!(やればいいんだろ!)」

 

ムンナがグラエナの前に立って欠伸をする。そうするとグラエナがフラフラしながらガクリと倒れ込んで、いびきをかいて寝始める。もちろんナナはその隙を見逃さない。

 

「ムンナ。そのまま勢いをつけて体当たりよ!」

「ムンナァァ!(仕方ねぇな!)」

 

 すごい勢いでグラエナに突進するムンナ。それによりグラエナは吹き飛ばされる。そして寝たまま気絶してしまう。これは勝負あり。ムンナの勝ちだ。

 

「……これ改めてみると『やつあたり』かな?」

「ンナッ……?(そういえばグラエナってこんな弱かったか?)」

「それとムンナ。休む暇はないみたいだよ」

 

 ナナがそう言うと再びグラエナが出てくる。しかも、その数は三匹。恐らくこいつらもあまいみつにつられてやってきたのだろう。さすがにこの数はキツイだろう。恐らくグラエナの攻撃を一撃でも受ければムンナはやられる。つまり一瞬の油断すら許さない状況だ。

 

「ムンナァ……(まだ死にたくねぇぞ)」

「大丈夫。ちゃんと私の指示通りに動いてくれたら勝てるわよ」

 

 それから二時間近く戦いは続いた。あまいみつに釣られて無数に現れるグラエナ。一撃でも受ければ負けるといいう極限状態。それをものともせずにナナはムンナに的確な指示を飛ばして、グラエナの攻撃を捌いて、やつあたりで倒していく。最初は渋々従っていたムンナだったが、途中からは大人しくナナの指示に従っていた。ムンナも分かっていたのだろう。ナナの指示通りに動かなければグラエナの攻撃を受けてしまうということに。

 そして二時間が経ち、あまいみつの香りが消えてグラエナが寄ってこなくなる。さすがに二人とも疲れたのか、戦いが終わると同時にその場に倒れ込んだ。

 

「さすがにつっかれた!」

「ムンナァ……(もう、動けねぇ……)」

「ムンナ。お疲れ様」

 

 ナナは労いの言葉をムンナにかけてボールに戻す。そしてナナは倒れたまま動かず、僕に話しかけてきた。

 

「ダークライ。ムンナのことよろしくね」

「アア……」

「あの子。相当強いわよ……正直グラエナを一撃で倒せるくらいの攻撃力があったから良かったけど、それがなかったら危なかったわね……」

「モシ、ムンナが負ケテイタラ……」

「そしたらやばかったわ……でも不思議とムンナと一緒なら負ける気がしなかったのよね。それこそグラエナが千匹いても勝てた気がするの」

 

 そういうとナナは立ち上がり、僕の方を見て一言だけ言った。

 

「そしてダークライ。今から戦える?」

 

 ナナの一言と同時に茂みから野生のトロピウスが現れたのだった。僕の倍近くある巨体は凄い迫力で思わず後退りしそうになる。その姿はまるで怪獣だ。そしてトロピウスは首を振って、僕の体を吹き飛ばそうとする。それに感付いたのかナナが『伏せて!』と一言だけ言って辛うじて回避する。息を突く暇もなくバトルが始まった。

 

「ダークライ! あやしいかぜ!」

「ウスッ! (貧弱! 貧弱!)」

 

 あやしいかぜを撃つがトロピウスは翼を羽ばたいて、風をなんなく払う。そして上空からはっぱカッターで追撃をしてくる。僕はそれを横に動いて回避。再びあやしいかぜを撃つが、トロピウスには届かない。

 

「あのトロピウス。相当戦い慣れている……恐らく、ここら辺のヌシだわ」

「ドウスル?」

「とりあえず策が思いつくまで、攻撃を避け続けて!」

「リョウカイ!」

 

 このトロピウスにあやしいかぜは通用しない。つまり他の攻撃方法を考えなければならない。しかし僕が使える技はあやしいかぜだけ……どうすればいい?

 そんな矢先にナナが叫んだ。

 

「ダークライ。はっぱカッターを避けてナイトヘッド!」

「……?」

「ナイトヘッドは恐ろしい幻を見せて相手を襲う技よ! そのイメージでやってみて!」

 

 なるほど……つまりこういうことか?

 僕は幻を見せるイメージで手に力を込めて掲げる。なんとなくダークライの体について分かってきた。基本的に技を使うときは腕だ。やりたいことをイメージして腕に力を籠める。そうすると胸から腕へと力が伝わり、技を引き起こすことが出来る。するとトロピウスが少しだけ暴れ始めた。

 

「……ダメージは入ってるけど、全然効いてない!」

「セウスッ(そんな小細工通用するか!)」

 

 トロピウスが首を降って僕の腹を叩いた。それはクリーンヒットで思いっきり吹き飛ばされた。あまりに重い一撃だが、スピアーのシザークロスよりは痛くない。もっとも痛くないわけじゃないが……

 

「ダークライ!」

「平気ダ……」

 

 トロピウスはバサバサと音を立てながら、降り立つ。そして僕には目もくれずにナナの方へと向かっていく。まさか、このトロピウスの狙いはナナか!

 

「セウ、セウス……(よくも私の可愛いグラエナを痛めつけてくれたな。その代金は高くつくぞ)」

 

 話が見えてきた。このトロピウスはナナの考察通りヌシ。そして恐らくグラエナはトロピウスの部下のようなもの。そのグラエナをナナが傷つけた。だから怒っているんだ。

 

「ナナに……手を出すな!」

 

 トロピウスは首を降ってナナを殴り飛ばそうとする。僕は間一髪でナナとトロピウスの間に入り、トロピウスの一撃をナナに代わって受ける。

 

「……ダークライ! ボールに戻って! ここから逃げるよ!」

 

 ダメだ。おそらくトロピウスはここから逃がしてくれない。どこまでも追ってくるだろう。ここで倒さなければナナの命が危ない。僕はナナに対して首を横に振る。なんとしても、このトロピウスだけは倒す!

 

「ダークライ。戻って!」

「ダメダ!」

 

 モンスターボールの赤い光が僕を連れ戻そうとする。それを無理矢理、手で弾いて拒否する。それに体力がゴソッと奪われる。ボールの拘束力は想像以上に強いな。でも今だけは従うわけにはいかない。

 そういえばトロピウスは草タイプのポケモンだったな。今は未完成の技。あれを完成させれば勝てるかもしれない。たしかナナは言っていた。怨念に近いなにかで炎を出すと。炎自体は出ている。しかし火力が足りない。おそらくエネルギーが足りていないから。そして炎を出すエネルギー。おそらくそれは怨念や呪いという類のもの。

 呪え。もっと呪え! そうしないとトロピウスには勝てない! ナナを守れない!

 そんな時だった。ナナが衝突にムンナの話をした。凄惨な扱いを受けた無垢なムンナの話を。

 

「……ダークライ。ムンナの話、覚えてる?」

「……」

「あれどう思う? 許せないと思わない? やきつくしてやりたいと思わない?」

 

 その一言でなにかが吹っ切れた。手で空気を薙ぎ払う。青色の炎が地面を駆ける。ああ、ほんとにムンナの話は聞いてるだけでイラっとする。でもやっと分かった。この怒りこそが憎しみ。それこそが怨念に近いなにか。その様子を見てナナが声を大にして叫んだ。

 

「ダークライ! やきつくす!!」

 

 地を走る青の炎は、そのままトロピウスを襲う。トロピウスの周りを囲い、言葉通りにトロピウスをやきつくした。トロピウスは足掻くが、炎からは逃れられない。炎はまとわりついてやきつくすまで離れない。

 やがてトロピウスは力尽きて倒れ込む。それと同時に炎を払い、解除する。これがやきつくすという技。無我夢中だったけど正解した。

 

「……やったね! ダークライ!」

「ナントカ……勝テタ……」

「とりあえずここから離れましょう……いつトロピウスが起き上がるか分からないわ」

 

 そんな時だった。ドシンと地響きが響く。まさか!

 

「セウス……(なかなかやるな)」

「まさか今の攻撃でまだ動けるというの!」

「セウウウウウスッ!(私の全力の一撃を喰らうがいい!)」

 

 トロピウスが大きく空を飛んだ。それと同時に辺りに花が生える。それは綺麗な花畑だった。それを見てナナの顔が青ざめていく。ナナは震えながら小さな声で呟いた。

『ブルームシャインエクストラ……嘘でしょ』と。

 




The補足
『三値説』はポケモンは努力値、種族値、個体値の三つの観点から数値化することが出来るという説である。作中でナナの言っていた通り最初は説だったが、これを盲目的に信仰してポケモンを道具のように扱うトレーナーが溢れて宗教になる。それからはポケモンを虐待したり捨てるトレーナーが増え、その事態に危機感を覚えた世界政府は遂に国際法で信仰すら禁止される邪教として認定した。
三値の真偽は現在も不明だが、殆どの人間が信じていない。

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