目が覚めたらダークライ。そしてトレーナーは可愛い女の子。   作:ただのポケモン好き

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72話 博士の元で

「ありがと……にゃん」

 

 あれから二週間近くが経とうとしていた。僕は様々な検査を受けた。体毛や血液を採られたり、レントゲン検査をされたりと色々だ。そしてナナはメガシンカの論文を読むと同時に博士から仕事を任せられていた。

 

 ……猫耳メイド喫茶のメイドというとんでもないやつだ。ナナは頬を赤く染めながらフリフリのメイド服を着て、語尾に『にゃん』を付けて日中は接客に励む。もちろんただのメイド喫茶というわけではないが。

 

「さすがアルセ博士からの派遣メイド。これで百連勝」

 

 通称メイドバトル喫茶。本来のメイド喫茶に加えてバトルもする必要がある。そこでナナはスピアーとムシャーナだけを使って圧倒的な力を示していた。

 

「しかし素顔も可愛いから、こんな男装メイクしないで普通に働けばいいのに」

「絶対に嫌です。もっと言うなら声も男性に変えたいくらいです」

 

 ナナは青色に近い黒髪の長いカツラに黒目のコンタクトレンズを使用して男装女子メイドとして働いていた。もちろん本名は使わない。『タクト』という偽名を使っての接客だ。ちなみに偽名は適当にダイスを振って決めているところを目撃済み。

 

「まぁ悪夢姫ナナ。世間で話題騒然の美少女最強ポケモントレーナーがメイド喫茶でバイトしてましたーなんて分かったら大変なことになるものね」

「まったく……どうして私がこんな格好を……ていうか身バレは絶対に避けたいのでタクトと呼んでください」

「はいはい」

 

 まぁそんな感じで店長と会話しながら職務に励むナナ。これに一体なんの意味があるのだろうか。ちなみに僕は現在ナナのボールの中にいる。アルセ博士に束縛されていないのはどうも彼女が僕に関する興味深いデータが出たからということらしい。なんでも特性がナイトメアから『きずなへんげ』というものに変わっているとか。

 

「しかしナ……じゃなくてタクト。本当に身バレを防ぎたいなら口調に戦い方や戦術も変えるべきよ。私が若いころなんかゲンガーを使って高速催眠とか流行っていたし、そういうのはどうかい?」

「高速催眠……」

「おっと。次の客だよ。蹴散らしてやりな」

「はい」

 

 そして再びポケモンバトルが始まってナナが更に連勝記録を伸ばすことになった。夕方になる頃にはナナもメイクを落としてカツラを取って、いつもの黒いロリィタ服を着て博士の研究所へと帰る。やっぱりそっちのナナの方が僕は可愛くて好きだな。もっともノーメイクでメイド服を着るなら話は変わるが……

 

「博士。戻りました」

「はい。報告をどうぞ」

「今日のメイド喫茶で倒したトレーナーは約四十八人。そのうち炎タイプを使ったのが……」

 

 ナナがいつものように定期報告をする。倒したポケモンのタイプ。そのトレーナーの特徴。ポケモンバトルをしていてなにを思ったのか。全て話していく。大変面倒な作業だがナナは愚痴の一つも言わずに行う。博士はそれを作業しながら聞く。これに意味はあるのだろうか……

 

「メイド喫茶で働き始めて一週間。そろそろ気付く頃じゃないか?」

「ええ。気付いてますよ。私の戦術にはレパートリーがない」

「うむ……続けたまえ」

「羞恥心から私は自分がナナだと隠そうとした。だけどバトルでどうも私の癖が出てしまう……それを分からせたかったんですよね?」

「正解だ。羞恥心があれば自分を隠そうとする。そうすれば隠すためには自分のどこを偽るか考えることになる。つまり自分という存在について嫌でも考えることになる」

「それでまだ続けるのですか?」

「結構だ。私から店長に連絡しておく。そして今日ナナに読んでもらう論文はこれだ」

「はい。ありがとうございます」

 

 ナナがいつものように分厚い論文を受け取る。なんでもメガボーマンダに対する考察論文らしいが……

 

「それとダークライについて一つナナに報告だ」

「なんですか?」

「そこのダークライ。ナイトメアは完全に消滅して特性が『きずなへんげ』に変わっていたぞ」

「……きずなへんげ?」

 

 博士が椅子をクルリと回転させてナナの方を見る。そして真面目に説明を始めた。

 

「きずなへんげ。その特性のあるポケモンは絆の力で姿を変えると言われている」

「まさか……」

「察しが良くてなにより。恐らくダークライとナナの間に強い絆があるから起こったのだろう。そして絆の力での変化を私達はキズナ現象と呼ぶ」

「それがダークライに?」

「恐らくそうだろう。しかし絆の力で周りに悪夢を見せる特性を克服か。少しイッシュ地方で起きたストレンジャーハウス事件の話をしよう」

「お願いします」

「もっとも真相は不明で考察の域を出ないが、この事件はダークライが少女を殺したとされている」

「なんですか! それ!」

 

 ナナが驚きの声をあげる。僕もその話は初めて聞いた。ダークライが人を殺した?

 物騒な話だが、どうしてそんなことが……

 

「ダークライの特性ナイトメア。それは悪夢を見せる。そして悪夢を見続ければ体力は消耗して衰弱死する」

「そう……ですね」

「そして少女の近くには様々な物的証拠や周りの証言からダークライがいたのではないかと言われている」

「ダークライの特性で人を殺した?」

「そうだ。しかしこの事件に関してはダークライに悪気はなく、少女を好きで一緒にいたかっただけではないかとされている。これは殺人じゃなくて悲劇なんだよ」

「それがどう繋がるのですか?」

「人との絆を得ることで悪夢を見せなくする。それはダークライがトレーナーを苦しめたくないという想いから起こった奇跡のようなものなのかもしれない。ただ一つ言えるのはダークライはナナとの絆で自分の呪いから逃れられたんだ。それを私は素敵なことだと思うよ」

 

 なるほど。博士の言いたいことは分かった。簡単に言うなら『トレーナーとの絆で不幸を回避するなんてめちゃくちゃエモい』ということ。それを言いたいためだけにストレンジャーハウスの話を出したのか。

 

「絆があればどんな試練でも乗り越えていける。ナナにはそれを忘れないでいてほしいな。この世界で一番強いのは伝説のポケモンでもZワザでもなければ、レベルの高いポケモンでもない。メガシンカだ。メガガルーラ、メガリザードンにメガボーマンダ。そしてヌケニンと組み合わせたメガヤミラミ。どれも伝説ポケモンあるいはそれ以上の強さを誇った」

「結局それですか……」

「だけどメガシンカが強いのはトレーナーとの絆があるからだ。この世界で絆に勝る力なんていうものは存在しない。だからメガシンカは強いのだと私は思うよ。もっとも確かな知識を持たずに行うメガシンカなんて愚の骨頂だ。だからこそナナには二週間でメガシンカについて学んでもらったわけだ」

「……メガシンカを使う覚悟も出来てます。だけどやり方が分からない」

「やり方?」

「どのくらいの時間、メガシンカをさせてもいいのか。もしもメガシンカで暴走した時にポケモンをなだめる方法……そういうのが分からないんです。論文にはその辺りも書いてありました。だけど、それ通りに動いて問題ないでしょうのか?」

「それはトレーナー判断だ。論文なんて所詮は理論。個体差も当然ながらある。だからナナの課題はポケモンと対話して、そのポケモンについて知るしかない」

「なるほど……」

「とりあえず今日のところは論文を読み終えたら寝なさい。明日にこれからの方針とキズナ現象についてまとめておくから」

 

 そうしてナナは軽く論文に目を通すとシャワーを浴びて寝間着に着替えて部屋へと戻っていく。部屋に戻るとそこにはノエルがいる。ノエルとナナは同じ部屋だ。異性と同じ屋根の下で寝るのはどうかと思うが、空き部屋がないのだから仕方ないとのこと。

 

「ナナ。お疲れ」

「ええ」

「それと今夜は月が綺麗だよ」

 

 ノエルは窓の方を見て、ナナに話しかける。ナナは軽く月に目をやる。それはノエルの言った通り綺麗な満月。ナナは窓に近づいて、月へと手を伸ばす。

 

「……月にはどんなポケモンがいるのかしら」

「きっと俺達が知らないポケモンがいっぱいいるんだろうな」

「いつか行けるかな……」

「行けるさ。夢は諦めなければ必ず叶うから……本気で願えばどこにだって行ける。何者にもなれる」

 

 そしてノエルがナナの顎を掴む。ナナも無言でそれを受け入れる。何故か良い雰囲気になってるな。ここで口出しをするのは野暮か。

 

「俺は必ずチャンピオンになって、お前の兄にも負けないナナに相応しい男になる」

「無理ね。チャンピオンになるのは私よ」

「……ナナ。ポケモンリーグでの決勝でどっちが強いトレーナーなのかバトルしようぜ。俺はお前との約束を忘れてないからな」

「『私とノエルの初めてのポケモンバトルはリーグの決勝戦』でしょ? 私も忘れてないわよ」

 

 そういえばノエルと一度もポケモンバトルをしたことはないな。それは意図的なものだったのか。しかしポケモンリーグの決勝なんて出るだけでも大変だ。それなのに二人は微塵も自分が出ることを疑ってない。それどころか相手が決勝まで来ると思ってる。

 

「それでナナ。ポケモンリーグで俺が勝ったら……」

「続きは決勝戦で聞くわ。そっちの方がロマンチックでしょ? それに私もノエルの言葉を聞くために頑張ろうって気力が涌くもの」

「……負けるんじゃねぇぞ」

「そっちこそ。早くキンランさんを倒してジムバッジを8つ集めなさいよ」

 

 ナナがベッドに体を投げる。ノエルもそれに合わせて電気を消す。それでも窓からは月の光が入ってきて優しく照らす。

 

「俺はナナを最高のライバルだと思ってる。成績は最下位だけど優れた観察眼で一番最初に発見するのはナナだった。俺は心の底から強いと思ってる」

「私も同じよ。ノエルは成績一位で誰よりも強かった。だから私は勝ちたいと思うの」

「そうだな……ナナが問題点に気付いて、俺が解決案を言って、メアが最終調整をしてボルノが実行に移して課題をクリアしていく。あの日々は楽しかった」

「でも今はもっと楽しいわよ。初めて見る景色にポケモンと一緒に困難を乗り越える。それは、あの日々と同じくらい楽しいものだわ。もちろん旅をすれば辛いこともある。それを差し引いても私は楽しいと思うわ。ねぇ……私達はどんな大人になるのかしら?」

「分からない……だけど素敵な大人になれると思う」

「おやすみ。ノエル」

「おやすみ。ナナ」

 

 そうして二人は眠りにつく。意外とノエルとナナの関係を親密なんだな。まるで恋人のようだ。そういえばナナに好きな人とかいるのだろうか。少なくともナナの口から恋愛に関する話は聞いたことがない。もしかしてナナの好きな人って……いや、確証もないことを話すのはやめておこう。ただこんな日々がいつまでも続くといいな……

 いや、もう日々は壊れてるか。今は偽りの平穏だ。ここにメアがいない。それなのにどうして平穏など言えるのだろうか。メアは今の現状を守るために自分を犠牲にした。だけど、それは間違ってる。何故ならメアがいないと本当の意味での平穏は訪れないから。

 きっとナナもメアが戻ってくることを望んでいる。その望みを叶えるためには僕がもっと強くならなければ。今のままじゃダメなんだ。ナナに願いを叶えることも現状維持も出来ない。どんなポケモンが相手だろうがナナと一緒なら負けないくらいに。僕はダークライだ。それが出来るくらいの素質はあるはずだ……

 

 朝日が顔を出して二人は目覚める。ナナは歯を磨いて顔を洗ってお気に入りのロリィタ服を着て博士の元に行く。ノエルも同じように身支度を整えていく。リビングに行くと既に博士は起きていて準備が出来ていた。

 

「さて二人共揃いましたね。あなた達は強くなりたいんですよね?」

「「はい」」

 ナナとノエルが同時に返事をする。博士を特に表情を変えることなく話を進めていく。

「あなた達はエラニ森の少し奥にある屋敷に行ってある人物に会ってもらおうと思います」

「ある人物ですか?」

「名前はアリス。ゴーストタイプの使い手にして現在の四天王。そして私の教え子の一人です」

 




The補足
アニポケのスズラン大会でサトシを倒したタクトというダークライ使いのトレーナーとナナは同一人物なのか。そこに関してはノーコメントとしておきます。
もしかしたら同じかもしれませんし、偶然の一致の別人なのかもしれません。ただ少なくとも本編でサトシが出ることはないので、あのタクトだとしても物語に関係することはないです。ダークライ所持とラティオス手持ち入りのフラグ建築済みから生まれた小ネタです。

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