目が覚めたらダークライ。そしてトレーナーは可愛い女の子。 作:ただのポケモン好き
あれから体感で相当な時間が経った。ここでは時計も無ければ腹が空くことも眠くなることもない。だから正確な時間は分からない。僕の目の前に影のようなムチが飛んでくる。僕はそれを考えるより先に右に避けて回避。しかし次のムチが下から襲いかかる。
「次は下よ!」
ナナから遅れて指示がくる。もちろん回避できずに僕は吹き飛ばされる。体中が割れるように痛い。呼吸する度にムチで叩かれた場所が内部から痛む。そして僕を叩いたポケモン『ギラティナ』は退屈そうにこちらを見つめていた。重くて速い一撃。それを息切れ一つ起こさずにしてくる。こんな規格外。どう勝てばいいのかまったく分からない。
「これで負けは三百は超えた……」
ナナは下唇を噛む。まだ四天王には遠く及ばないと改めて実感する。そんなナナの元にノエルがやってくる。
「また派手に負けたな」
「攻撃の方向にタイミング……全て見切れるのに指示が間に合わない。ダークライに音として届く時には既に攻撃は始まってる」
「見切れても避けれない攻撃。あれはポッ拳の類だな」
「ええ……技ではないから攻撃に移るまでの溜める時間がない。あくのはどうやシャドーボールもエネルギーを貯める必要がある。しかしポッ拳はポケモンの動作の総称だから隙がなく、素早く放つことが出来る」
「ポッ拳に対応するにはポケモンの技量が求められる。ポッ拳に関してはポケモンの技術でトレーナーが外部から言えるものじゃない。外部からポッ拳の指示を出すにはコンマ一秒の遅れも許されなくなる」
ポッ拳か。少しは使えるが完璧とは言えない。それにポッ拳に対応出来ないのが問題となるとトレーナーではなくポケモンの問題となる。つまりギラティナに負けてるのは僕達のせいだと言っても過言ではないだろう。今になってキンランさんの言っていた『ポケモンがダメ。だからナナは勝てない』の言葉が重くのしかかる。
もうナナのレベルはこの上ないくらいまで上がっている。あとは僕達の問題なのだ。
「そうなると俺達がやるのはポケモンを鍛えることか」
「……そうね」
「どうした? ナナ?」
「優れたトレーナーはどんなポケモンでも勝つ。本当に強いトレーナーなら今の私達のポケモンでもギラティナにも勝てるのかなって思ってね」
「それは無理だな。どんなに優れた指示を出そうがポケモンが反応出来ないんじゃ意味がない。どんなポケモンでも勝てるというのは幻想だ」
「幻想ね……とりあえず私はポケモンを強くする以外に方法でギラティナの攻略を考えてみるわ」
「そんな方法はない」
正直言って僕はノエルに全面同意だ。ギラティナと戦ってるからこそ分かる。あれはトレーナーの技量でどうにかなる敵でないと思う。そんな時にナナが口を開いた。
「……ノエル。スピアー以外の私のポケモンを鍛えてくれないかしら?」
それは驚きの発言だった。ナナが僕達を別のトレーナーに渡すことなど基本的にない。そんなナナがノエルに僕達を預けると言っているのだから。
「恐らくこれはポケモンだけで勝てる話でもトレーナーだけでも勝てる相手じゃない。そんなことは分かってる。だけどギラティナはどんなポケモンでも勝てると胸を張って言える作戦を最強のポケモンで挑むことで初めて適う相手じゃないかと思うの。だからこそ誰かがトレーナーだけでも勝てると盲信的に信じて最善の策を考える必要がある」
「たしかにその通りだな」
「理屈上はポッ拳を極めれば勝てる。しかしポッ拳を鍛えてポケモンを強くしたから勝てましたっていうのは違うと思う」
「そういえばアリスさんが気になることを言ってたな。『個性がない』って」
「……個性。意味としてはその人にしかない物。なるほど。そういうことね。私はなんとなく勝ち方が見えてきたわね」
「どういうことだ?」
「個性は恐らく『そのトレーナーにしか出来ない戦術のこと』だから私達トレーナーは『個性』。そしてポケモン達は『ポッ拳』を習得。そして最強のポケモンで私達にしか出来ない戦い方をする」
※ ※
私は大事なポケモン達をノエルに預けた。あまりこういうことは言いたくないが正直に言うとレベルが足りていない。ここら辺で壁に当たるのは分かっていた。それに私の育て方で得られるものは既にない。だからこそノエルに預けた。トレーナーが変われば考え方も変わる。つまり他のトレーナーに鍛えてもらうことでポケモンの視野も広がる。そして視野が広がれば別の強さを見出せるだろう。
そして私は『個性』について考えなければならない。個性は独自性。つまりトレーナーとしてのアイデンティティを指している。だから私というトレーナーにしか出来ないことを考えなければならない。
「スピアー。出番よ」
私は唯一手元に残したスピアーをボールから出す。手元にスピアーを残した理由、スピアーにはメガシンカがあるから。私はメガシンカを使いこなせていない。ギラティナと初めての戦いで実感した。だからこそ私はスピアーに出来ることがまだある。
メガシンカはポケモンに大きな負担がかかる。しかしトップトレーナーは簡単に使いこなす。それは何故だろうか。ずっと考えていた。しかし答えが出ない。
そして個性の話。私は聞いた時から自分にしか出来ないことが何故か分かった。そんなことが出来るのか不安もある。だけど使えば大きく強くなれる。
「私の個性」
私は考えることが出来る。分析も出来る。そして応用して人の考えも読める。未来予知に等しい読みが出来る。それを次の段階にする。そして個性として身につける。
「……人格トレース」
今までポケモンバトルをした相手のことを考える。その人はバトル中にどんなことを考えて、どんな思いでポケモンバトルをしたのか。それを完璧に理解して私に投影する。私はその人物に成りきることで、その人の技術を盗んで、そのまま手にする。ここにいるのはスピアー。それならスピアーに一番詳しい人物。スピアークイーンに。
「スピアークイーン。トレース」
彼女の思考が手に取るように分かる。そして彼女ならどうするのかもわかる。そして彼女の出来ることなら、なんでも出来るだろう。私の個性は完成した。
私の個性は『人格トレース』だ。今までバトルした相手を分析して、その人と同じ思考をする。バトルの経験を全て力に変えることが出来る。そして頭が痛い。私が痛みのあまり顔を手で抑える。その時に生暖かい感触がする。慌てて手を離す。そうすると赤い血が手にべったりと付着していた。その時に気付く。私の目から血が流れていることに。
「ピアッ!」
「大丈夫よ」
スピアーが心配して私に駆け寄ってくる。それに対して私はスピアーを撫でる。その時だった。スピアーの全てを理解する。スピアーの体温や血の流れから現在の体調から思考まで全てわかる。恐らくスピアークイーンの人格をトレースしているからだろう。
なるほど。スピアーはメガシンカした時にそう思っていたのか。全てが分かる。それならメガシンカはもう少し遠慮なく使ってもいいいかもしれない。
「トレース解除」
私は人格複製を辞める。体から一気に力が抜ける。目から血も止める。完全に分析をして人格を脳内で複製して、その人と同じことをしているのだ。負担はあって当たり前か。
「スピアー。今までごめんなさい。これからはメガシンカ。遠慮なく使うわよ」
「ピアッ!」
スピアーは喜びの声を挙げる。恐らくキンランさんをトレースしたら同じだけ強くなれる。それにお兄ちゃんのトレースも可能だ。これならギラティナと戦える。しかし負担が大きすぎる。というより人間というデータ量に脳の処理が追いついていない。だから出血を起こす。この個性を感覚的に出来るようにする。これが私の課題となるだろう。
待て。この人格トレースはバトル以外にも使える。ポケモンの育て方をトレースして私の出来ない育て方をすることが出来る。それなら……
「……メア。トレース」
メアの全てを思い出して分析する。脳が焼き切れそうになるのは気にしない。恐らくやればやるだけ脳も成長して慣れるだろう。そして今ならメアの思考も全てわかる。その中には私では絶対に思いつかないような育成理論もある。この育て方なら……
「トレース解除」
やり方も掴めてきた。これの高みも分かった。人格トレースは言うならばコピーだ、コピーは本物には勝てない。しかし私の人格トレースは自分の戦ってきた相手なら誰でもトレース出来る。つまり相手のトレースではなく相手が苦手なトレーナーのトレースをすることで真価を発揮する。
「……この短期間で個性を見つけられるんだ」
後ろからアリスが私に話しかける。彼女の足元にはギラティナを模したボロ布を被ったミミッキュがいる。随分と珍しいミミッキュ。ミミッキュの雰囲気から察するに強いギラティナに憧れてギラティナに近づこうと思って、このボロ布にしたといったところだろう。ギラッキュなんて呼ぶと可愛いかもしれない。
「トレーナーを完全に分析して、そのトレーナーと同じ思考を出来るようにする人格トレース。そんな頭をぶっ飛んだことが出来るなんて想像以上。もはや天才……というより人間なのか疑いたくなるよ」
「そうですか?」
「ナナ。おめでとう。これでスタートラインに立てたね」
「まだです」
今の私じゃこの力は使いこなせない。これを完全に自分の力にして初めて対等になれる。私はアリスを無視してギラティナの元に向かう。今の私は不完全。それでもトレーナーのいないポケモンくらいなら勝てる。
「お兄ちゃん。力を借りるよ」
私はチャンピオンである兄をトレースする。お兄ちゃんと過ごした記憶からお兄ちゃんの趣味嗜好から価値観に性癖まで全て情報として整理。そして動画で見たバトルにハクガ山で戦った時の記憶から情報の精度を上げていく。
「メガシンカよ!」
そしてギラティナとのバトルが始まろうとしていた。
※
ドシンとなにかが落ちる音がした。一体なんだろうか?
「まさか!」
ノエルが驚きながら声を挙げた。ノエルとの訓練を中断して僕達は音のした方に行く。そこには瀕死のギラティナ。それに顔が血だらけのナナとスピアーがいた。ナナは右目を抑えて呻いている。まさかギラティナに勝ったのか。しかしナナの手持ちはスピアーだけ。どうやって……
「ナナ! なにがあった!」
「……だ……いじょうぶよ」
「大丈夫じゃないだろ!」
そしてナナが力尽きたように倒れる。僕はスピアーに駆け寄る。スピアーは無傷だ。一体どうなっている。
「おい。スピアー」
「ギラティナは倒した。ナナが倒した」
「ならナナはどうして血だらけ……」
「個性と言っていた。なんでも『戦ったトレーナーを分析してトレースする』とか。それでナナはチャンピオンをトレースして……拙者でギラティナを倒した」
トレース?
明らかに異能力の類だ。この世界にそんなものは存在するのか。いや違う。ナナのトレースは誰にでも出来ることだ。全ての情報を処理して分析。それから高速で演算することさえ出来たのなら。そしてナナは出来た。恐らくこんな神業はナナにしか出来ないだろう。しかしギラティナを倒すほどの力……
「ナナは最初にスピアークイーンをトレースしてスピアーの知識を手に入れた。それからメアをトレースして彼女の歌を身につけた。もちろんメアには及ばないが聞くと体から力が湧いてきた。そして最後に……」
「トレースすれば、した人物の記憶やスキルも自分の物に出来るわけか」
「ああ。もちろん歌や料理などは劣化する。しかし筋肉の使い方等の使い方を知識として身につけるわけだから最低限の真似は出来る……」
その結果がこれか。恐らくナナの思考に体が追い付いていないのだろう。脳を回転させすぎて出血する。
「とりあえず俺はナナに言われた通りにお前達を鍛える。いいな?」
そして僕達の修行が再開された。それから数時間が経つとナナが目覚める。その時のナナは右目がまったく見えないと言っていた。そのためナナは当分の間は眼帯で過ごすことになった。しかし視力が使えないのは一時的なもので二週間もすれば復活すると自己判断していた。そして今の状態でトレースをしたら……
ナナはどうしてそこまでしてチャンピオンを目指すのだろうか。自分の体をそこまで傷つけてまで……
その日の夜。もっとも本当に夜なのか分からないが、夜に該当するだろう時間。僕はナナと二人でいた。ナナはなにを目指すのだろうか……
「最初はここまでやる気はなかった」
ナナは僕の方を見ながら話す。彼女の右目は黒いバラの眼帯をしていて少しだけ様になっていた。見た目は痛々しいくもない。それどころか美しいとすら言える。
「だけど近くにミミッキュがいて……そのミミッキュが私をキラキラした目で見ていた。だから期待は裏切れないと思ったの」
「ウム……」
「そのミミッキュ。あとから聞いた話だとギラティナに憧れているみたいなの。それでギラティナを超えたいと思っている。だけどどうしたら強くなれるか分からないみたい」
「……」
「それでギラティナを倒す私を見たら、一緒に行きたいと言い出したの。だからもしかしたらミミッキュを手持ちに加えるかもしれないわ」
そんなことはどうでもいい。ただナナにはこんな無茶をしないでほしい。もう二度とやめてほしい。それをナナの顔を見て伝える。ナナはそんな僕を見て軽く指で弾いた。
「……それが私の気持ちよ」
「ン?」
「あなたがナイトメアシフト100%を勝手に使った時の私の気持ち。私の気持ちも知らないで勝手に無茶をするあなたが言えることじゃないわ」
「ソレハ……」
「だけど心配してくれてありがとうね。人格トレースは相当なことがない限りはしないわ。するとしても少しだけ情報量を抑えて不完全なものね」
ナナが少し笑う。それは天使のように可愛らしい。ナナは本気を出せば伝説にも勝てる力を得た。この短期間でナナは四天王と同等以上の力を手に入れた。しかし使うと片目の視力を失うという大きいデメリットがある。もしもそのデメリットを克服出来たなら……
「私の人格トレース。そしてダークライがナイトメアシフト100%を使いこなせるようになればお兄ちゃんにも勝てる。私達の課題は多いわね」
「ソウダナ」
「そういえばノエルの訓練はどうだった? 私のやり方と違って勉強になったでしょ。ダークライはノエルの技術をしっかり盗みなさい。それはあなたの強さに繋がるわ」
ノエルの訓練はナナとは少し違い、ポケモンの基礎体力を伸ばすことに特化したものだった。バトル形式などの実践的なものはない。しかしノエルの教え方のおかげで今まで以上に体が動かしやすくなった。そしてノエルのポケモンは特別凄いわけではなく基礎能力が高いということも分かった。そして如何に今までナナ頼りだったのか強く実感させられた。
「……そういえばアリスさんとメアの話をしてたの。メアの歌による身体能力強化は間違いなく個性だそうよ。メアは既に旅を始めた段階からこの領域に辿り着いていたみたいね」
なんとなく予想はしていた。そしてこれからの戦いでは、ポケモンではなくトレーナーもなんかしらの手を打ってくる一流が相手となる。今まで以上に過酷な戦いになるだろう。
「とりあえずギラティナを倒して個性を手に入れた。私の視力の回復が終わったらテレポートで次のジム戦に行くわ。それまでにノエルに揉んでもらいなさい」
そしてナナは去っていった。ナナはさらに強くなった。果たして僕は……