CisLugI遺譚~残骸は安らぎを嘲笑う~   作:あんころもちDX

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貴方にとって自殺は、――『やり直したい』

「死 に た い」

 

 誰かの、その言葉が聞こえた。

 

 その言葉を呟いたのが誰なのか分からず、頭にぽっかりと穴が空いたので意味さえももうよく分からない。記憶すら朧気(おぼろげ)だ。

 単純な実験だったからなのかもしれないし、自分自身の好奇心によるものだったからかもしれないし、はたまたもっと譲れない感情的なものがあったからかもしれない。

 うーん……分からない。

 どんな可能性を考慮してもやはりしっくり来ない。そう、来ない。

 所詮、人間というのは水とタンパク質の塊。それがどんなにぴーちくぱーちく喚こうが地球(ほし)からすれば些事に過ぎない。

 地球(ほし)が定めたシステムの一つに過ぎない。そんな一つ一つのクレームに対処してたらキリがないだろう。

 だからぼくが理由を模索することにも、決して意味はない。つまらくて、関心を得るような権利すらなくて。

 誰にとっても、どうでもよくて。

 でも。

 

 どうして、ぼくは、命を、もっと、信じられなかったのだろうか?

 どうして、人は、死を、容易く望むと、勘違いしていのだろうか?

 

 ぼくは、何のために、――を目指した?

 ――を、生かすため? それとも、死なせるため?

 

 頭の中にノイズが走って思考が定まらない。吐き気にも似た不快感が襲ってくる。

 

――ああ、気味が悪い。

 

 手首に着けられた起爆リングに向かって目玉だけを動かす。

 ――『尊厳維持装置』。人々に、よりクオリティの高い死を提供するための舞台装置。

 ただ一言「死にたい」と呟けば、脳内に仕込まれた爆弾を起動させ、数秒の後に死を与える。

 カウント内であれば、「生きたい」と呟けば取り消せるらしいが、個人的にこれは蛇足な機能だろう。「死にたい」という言葉の重みを軽んじている。

 「死にたい」と決意した覚悟を、嘲笑(わら)っている。

 だからこれもまた、ぼくを嘲笑(わら)っている。そうに違いない。

 

 一瞬の衝撃、穴が空いた頭、痙攣する四肢。

 衝撃は収まり、穴は塞がり、四肢は静止する。

 ぼくは死んだ。それでいてぼくは始まった。

 安らぎは果たして、ぼくにとっての『救済』か、それとも――『嘲笑』か。

 誰かにそれを、見定めてほしい。

 それだけを、今は願う。

 

 

「さよなら、ヤスラギ」

 

 

 

「おはよう、シスラギ」

 

 

 

 

―――――   ―――――   ―――――

 

 

 

「迷惑だなぁ、死に場所くらい考えろっての」

 

 

 そう、誰かが呟いたので目を開いた。

 いつも通り、ゴーグル越しに見える世界は少し薄暗く赤い。それを安心したように思う僕は、もう既に感覚が麻痺しているのだろう。

 辺りを見回して、眠っていた頭を動かそうと状況把握に努める。

 僕が乗っていた電車は停車しており、気づけば人だかりができているようだ。

 様子から察するに、誰かが電車内で『自爆』でもしたか。……全く、ホントにいい迷惑だ。

 現在の駅を確認すれば……おいおい、取材場所までまだまだ先じゃないか。

 思わず溜め息を吐く。電車は一時的に停車予定、次に動き出すのは未定。とりま、目的地まで歩きなのが決定。

 ……韻を踏んでる場合か。

 とりあえず自分が勤める会社の社長にメールで連絡を入れようと携帯電話を取り出してメール画面を開く。

 動物園には間に合いません、と。

 送信してから数分も経たず、メールが返って来た。

 

『代わりのネタ掴んでくるまで帰って来るな』

 

 ははは。これは残業決定だろうか。

 

「さて、どうすっかなぁ……」

 

 まあ、ネタならこの自爆騒ぎがあるからちょうどいいのだが。

 せめてどんな奴が自爆したのか、顔だけでも一目見てやろうと人だかりを掻き分けて件の自爆者を見つめることにする。不謹慎だが、あわよくば写真が撮れれば御の字だ。

 所属する会社の先輩から戴いた中古のミラーレスカメラを握り締めながら歩く。

 すいませんねぇと声をかけながら一歩、また一歩と足を進める。

 

「――っ」

 

 僕は、彼女だったもの(・・・・・・・)を見た。思わず、口を閉ざしてしまった。

 少女はシートに座っていた。座ったまま、瞼から血を流して死んでいた。まるで涙を流しているようだった。

 床に目玉が転がっていることから、目を開いたまま脳内の爆弾を起動させ、その衝撃で飛び出したということが容易に想像できる。

 転がる目玉と己の目が合う。何故か心がざわついた。

 目玉の奥に何かこちらに伝えようとしている意志の残滓のようなものが感じられる。

 それが何を意味しているのかは、分からない。

 ただ、と、不謹慎にも安堵してしまった。端から見れば眠ったように停止していることに。

 彼女は、感染(・・)していない。彼女は、動かぬ死体(・・・・・)のままだ。

 

「……それがせめてもの救いか」

 

 写真を撮ろうなどと思う気持ちは、呆気なく霧散してしまった。

 もし彼女が死体のままじゃなかったら……そう思うだけで吐き気がする。

 そんな最低最悪事態にならなくて良かったと、本当に思った。

 

「……あ、ミミズだ」

 

 すると、誰かがそう口を開いた。

 視線を向ければ、死体回収を目的とするマスクを着けた黒服の集団――『ミミズ』が人混みをどけるようにして進軍してきた。

 そして、それを率いるのは赤い腕章を着け、黒いカラスのマスクを着けた男――『ムクロ』。

 ムクロはこちらを一瞥した後に、部下に対して少女の死体を回収するように指示をした。

 その後、死体回収の邪魔になるからと無理矢理に電車から降ろされた。

 

「赤い腕章付きか……」

 

 自分の手首に巻かれた腕輪状のデバイスに目を向ける。

 人の尊厳死を司る『尊厳維持装置』。――別名『起爆リング』。

 これに一言「死にたい」と伝えれば、脳内に埋め込まれた小型爆弾が十秒ほどで起爆し、速やかに死に至る。

 人は、自殺してもいい権利を得たというわけだ。

 赤い腕章を持つ者は、その尊厳維持装置の保全を目的としているならあらゆる手段を行使可能な権限を国合から与えられている。

 

 なんとなく、黒いカラスのマスクを着けた男に対してカメラのレンズを向けた時。

 

 そんな時だ。

 

 ふと、視線を感じた。

 辺りを見渡した際に、寒気が背中に走る。いや、歓喜とでも言うべきか。

 

「……」

 

 遠くの方で佇む、胸に青いドライフラワーを着けた男が立っていた。

 喪服のような黒いスーツ、それ故に胸元のドライフラワーの青さが際立つ。

 男は穏やかな笑みを浮かべていたが、それでいて静かに涙を流していた。

 

 そんな様子で、()を見つめていた。

 

「――っ」

 

 まるで、僕という存在を全て見透かしているようなその男に、とてつもない苛立ちを感じた。

 

――お前に、何が分かる……っ!!―

 

 苛立ちはやがて怒りに徐々に変わっていく。

 きっと全てを知っていたであろう男、にも関わらず、言いたいことだけ言ってそれを見逃した男。

 忠告はしたと、そう告げて。

 今すぐにでも男の元まで駆け出したかったが、電車から下車する人々の波に流されてしまい、思うように動けない。

 

「くそ……っ!」

 

 自分の唯一の味方である本能が告げる。あの男は決して逃がすな、と。

 人の流れに逆らおうとすると、無理矢理にでも人混みを強引に掻き分ける。

 案の定、あちらこちらから苦情の声が聞こえてくる。

 

「ちょっと、いきなり何よ!」

 

「人の迷惑も考えられんのか!」

 

「いってえな、このクソガキ!」

 

 そんなの関係あるか、お前らの指図を受ける気はない。

 その思いで、歩みをただただ進める。あの男に手を伸ばす。

 

「待て!!」

 

 どんどん、あの男の背中が小さくなっていく。あの男に追い付かない。

 見失わないように視線で追うが。

 

「……あ、ぶつかってしまい、申し訳ない」

 

 普通のサラリーマンのような人物、とても顔色の悪いのが特徴的だった。

 どこかで見覚えがある気もするが、今はそんなことはどうでもいい。

 だが、ここははこちらも謝っておくべきだ。

 

「いえ、こちらこそ申し訳ありません」

 

 そう謝ると、男の方も軽く会釈してから僕の横を通り過ぎていく。それにしても、ずいぶんとやつれた印象を与える男だった。

 そんな男と正面からぶつかり、僕の歩みは簡単に止まってしまった。

 結局、僕の勢いは大衆に呑まれ、流れに身を任せるしかなかった。

 あれほど人混みを掻き分けてでも前に進もうとする意志を失ってしまった。

 何故か。

 

 今の一瞬でもう、あの男を完全に見失ってしまったからだ。

 

「あいつは一体、どこに……」

 

 見失った影を見つけようと辺りを見回すものの、まるで最初からいなかったかのように姿を消していた。

 そこで、耳元で怪しげな声が通り過ぎる。

 

――「『安らぎ』を得られなかった君を、俺は救えない。それがただただ、悲しいよ」――

 

「――……」

 

 人に流される。流されるまま、体に力が沸かない。

 俯いたまま辿り着く先は、渋谷駅の改札口。

 そこから広がる町並みとそれらを包む太陽光と、喧騒とした人々の営みの声。

 

「見間違いなんかじゃなかった」

 

 あの日から二年間。ついに進展が起きた。

 

「――ようやく、見つけた」

 

 探し人は意外なところで見つかるものだ。

 二年前、あと一歩のところで獲物の尻尾を掴めずに取り逃した。

 その獲物の行方に繋がるかもしれない存在と、まさかこんな形で相まみえることになるとは。

 耳に掠め通り過ぎていったのは決して憐れみの言葉ではない、あれは自分に対する明確な宣戦布告。

 ……上等だ。

 青白くなった自分の拳を強く握り締め、もはや機能不全となった起爆リングを見つめる。

 

「ついに見つけたぞ、桐谷革恭……っ!!」

 

 探し求めていた男を見つけた。

 この身にかけられた呪い、それを解くための手がかりとなる男。

 呪いの元凶たるあいつ(・・・)へと繋がる重要な男。

 あのミミズを率いる男と同じ赤い腕章、それを持つ男。

 くすぶりかけていた己の魂が、もう一度小さく再燃し始めたのを噛み締める。

 そこまで考えた後に、先ほど自爆した少女の姿が頭に過る。

 

 静かに死を――安らぎを選択した少女。目を閉じていれば楽なものを、最期の最期まで世界を見つめ続けた少女。

 彼女にとって、死の間際のこの世界はどのように映ったのか。

 死にながら生きてる(・・・・・・・・・)自分が見つめて認識している世界と、どのように異なるのだろう。

 自爆した少女に、死を崇拝する男。今日という日にここまで心を揺さぶられる状況に遭遇したのは決して偶然ではないように感じられる。

 いや、そもそも彼女は本当に自分の意思で自殺したのだろうか。……よそう、そんな可能性は考えるだけ無駄な話だ。

 これは誰かが仕掛けた罠か、それともただの悪戯(いたずら)か。

 

「関係ない。そんな意味のない思惑(おもわく)なんて、クソ食らえだ」

 

 

 僕達にとって、全ては五年前に始まった。

 その因縁に、今度こそ終止符を打ってみせる。

 

 

 なぜ少女は死んだ? 意味なんてない。

 なぜ男は現れた? 意味なんてない。

 なぜ僕はこの町に立った? 意味なんてない。

 三つの事象に密接な繋がりもなければ、そこに見出だすべき意味なんてない。

 世界に意味があることなんて決まっている。

 

 人は『死』に支配されて『生きる』か。

 人は『生』を克服して『死ぬ』か。

 

 対立する生命の尊厳への解答だけだ。

 

 僕の目的はあの日から変わらない。生命の尊厳を奪われてから何一つとして変わるわけがない。

 そんな自分の覚悟を一つ一つ咀嚼していくように、営み溢れる町中を歩く。一歩一歩に力を籠める。

 

 そう、これは生命への反逆。

 恐らく地球上で唯一『死にたい』と願う生命体に対する皮肉の物語。

 止められた命を抱いて、それでも歩き続ける者の、『安らぎ』への嘲笑なのだ。

 

 死への『安』心『安』全『安』寧、そんな『安』易なものを一つ残らず消し去ってみせよう。

 

 

 どうか全ての者に、生きる意味……

 ――死す『 』らぎ、があらんことを。

 

 

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