CisLugI遺譚~残骸は安らぎを嘲笑う~   作:あんころもちDX

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【2019/9/18(水)】
 一部加筆修正しました。


後日談あるいは布石というべき何か

 数日後。

 

 場所は国会議事堂。その前で尊厳維持装置の反対派と賛成派が互いにデモを行っていた。

 話題に挙がるのは、パワードスーツを着たテロリストである白兎と、恐らく彼の関係者である少女。

 どういう経緯でこのような展開になったかは、各個人が自らの目で彼らの物語を拝見してほしい。

 とにかく、今は一触即発といったピリピリした空気であり、それを取材しにきた僕達も、あまりいい気分ではなかった。

 そして何よりも、空気が張り詰めている理由はもう一つあるだろう。

 

「今から我々は、一時間後に自爆をする。一人残らず、ここにいる五千人全員でだ」

 

 賛成派の者がそんなことを言い始めたのだ。

 勿論、そのことに僕達メディアの人間だけでなく、反対派の者達までざわついた。

 

「ただし条件をつける! 我々の自爆を止める唯一の条件だ。その条件はただ一つ! 白兎がここ、国会議事堂前に来る事だ! そうすれば我々は全員自爆を取り止めよう」

 

 なるほど、これは些か白兎にとっては厳しい選択だ。

 

「この一時間の間に白兎が来れるかどうか、見届けようじゃないか! 来なければ白兎は大量の自爆者を見捨てた事になる!」

 

 それは、つまり――

 

「それはつまり白兎という蒙昧な存在の敗北を意味する。ここにいる我々五千人は! 自らの尊厳を以てして白兎という虚像を打ち破るのだ!」

 

 なんともまあ、白熱していることだ。

 個人的には、それだけのエネルギーを他のことに使えばいいのにと内心呆れるが。

 僕はふと、人混みを見渡す。

 装着したゴーグルによって世界は赤黒い。それでも、奴だけは必ず認識できる自信がある。

 

 ほら、やっぱり。

 案の定、見知った顔があった。

 黒いスーツに胸元の青いドライフラワー。

 そう、奴は笑っている。

 

 なるほど、この状況を作り出し、賛成派を焚き付けたのはあの男か。

 相変わらず、悪趣味な“観察”とやらに耽っているのだろう。

 

「俺が呼ばれたのは、こういう理由か」

 

 僕達の隣には社長さんがムクロの格好で立っている。

 目に見えるのは彼だけだが、恐らく見えない所で彼の部下であるミミズが待機しているのだろう。

 万が一に備え、五千人の自爆死体を回収するために。

 ただ、心配なのはそれだけじゃない。

 

「こんな場所で五千人も自爆したら……」

 

「ああ、場合によってゾンビ化で地獄絵図だろうな」

 

 僕と社長さんがそう話していると、飛鳳先輩が「大丈夫です!」とガッツポーズで答える。

 

「白兎はヒーローなんです! だから、絶対に皆を見捨てないです!」

 

《そうですよ、お姉ちゃんの言うとおりです!》

 

「《ねー!》」

 

 灰咲姉妹がそんな僕らの不安を払拭するように笑顔を浮かべる。

 ……いや、雀萌さんに関しては音声しか聞こえてこないので笑顔がどうか分からないが、きっと声的に笑顔だろう。

 

 だが、辺りを見渡してもそうそうたる面々だ。

 進駐軍、自衛軍、警察隊、さらにはオートマトンと。暴徒鎮圧という名目で一挙に揃っており隙はない。

 この状況で単身乗り込むのは派手な自殺行為と言っても過言ではないだろう。

 

 現実は、フィクションのように決して甘くない。

 どう転んだところで、白兎に待ち受けるのは死だ。

 肉体としての死か、偶像としての死か、それとも……少女の悲劇によって既に命を絶ったか。

 

 どちらにせよ、一時間後になれば分かる。

 この場所で五千人が救われるのか、自爆するのか、ゾンビと化すのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聞いてください」

 

 

 果たしてどうだ。時間は一時間が経過した時、白兎は現れた。

 灰咲姉妹は「《ほら言った通り!》」とはしゃぎ、社長さんはボソッと「マジかよ……」と呟いていた。

 

 一方、僕はただただ。

 

 彼を、羨ましく思った。

 

 二年前、彼がすみれちゃんを救った時だってそうだ。僕はずっと彼に憧れている。

 人々の『希望』である存在に、どうしようもなく熱望してしまう。

 それは別にパワードスーツが問題なのではない。あの外骨格の中に潜むただ一人の人間の、その心の在り方に対して、僕は尊敬の念を抱く。

 こんな場所に来るなんて普通じゃない。明らかに無謀だ。

 それなのに、彼は駆け付けた。

 己が駆け付けることで五千人の命を救ってみせた。

 

 彼は語る。

 

「俺がここに来た理由は、反対派の為ではありません。ここで尊厳維持装置は必要だと叫ぶ人達の為です」

 

 彼の人となりが一発で分かる言葉だろう。

 彼は決して、己の支持者のために駆け付けたわけじゃない、捨てられようとしている命を拾い上げるために、ここへ来たんだ。

 

「俺は、“爆弾は必要だと叫びながらも、今も生き続けちまっているあんたらを、爆弾なんかで死んでほしくない”と、心から、自分勝手に思うのです」

 

 ああ、これは凄く身勝手だ。

 だがどうだろう、僕からすればとても体に染み渡る言葉だ。

 この言葉は、きっと彼だからこそ言えること。彼でなければきっと、意味をなさない言葉だ。

 彼の言葉にここにいる全ての人々が様々な反応を見せる。

 ふざけるなと激昂する人もいれば、生きていて何になると泣き出す人もいる。

 

 だけど、彼はきっと、『人が死ぬこと』を悲しいと、それだけで泣けてしまえる人間なんだ。

 それはきっと、死ぬことを尊いと(うそぶ)く者達よりも、何倍も強い。

 僕には、彼の方が正しく見える。

 彼の生き方は、まさしくアリウムの花言葉のままだと思うから。

 

 『正しい主張』の影には、『深い悲しみ』があると思うから。

 

 そうして、僕は本当の意味で理解できた。

 僕の身に襲うこの不快感。

 決して拭いとれないもの。

 その正体が、何なのか。

 

 そんなの当たり前じゃないか。

 気味が悪いと、思ってしまうさ。

 

「生者にとって、死が耐え難いほどの苦痛であるように……死者にとっても、生は耐え難いほどに、気味が悪いんだ」

 

 そう呟いた僕の手を、飛鳳先輩は強く握り締めた。

 

「今も気味が悪いですか?」

 

「……いえ。以前ほどは」

 

 だから、少しずつ慣れていこう。

 ここに産まれた人達は、皆等しく死と隣り合わせの状態で生きている。

 でも、恐怖だけを抱えて生きているわけじゃない。

 皆、死ぬことが恐くても、心のどこかではそれを受け入れているんだ。

 だから僕も、少しずつ受け入れていこう。

 

 この世界で、皆と、向き合って生きていこう。

 

 

――「生 き て」――

 

 

 

 母さん、命をくれて、ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

―――――   ―――――   ―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太平洋上。

 

 

 重傷を負って海にその身を落とし、力なく浮かぶ女の屍。

 

 奇妙なことに、女の体は綺麗に無事だった。それはまるでただただ眠っているかのように。

 そう、その傷口は綺麗に修復されていた。まるで傷など最初からなかったかのように。

 

 

 ふと、上空を、星条旗のマークが付いた輸送ヘリが通過した。

 

 

 その瞬間、女の目は開いた。

 輸送ヘリが通過するのを、ずっと待っていたかのように。

 

 血の涙を流しながら、その表情は恍惚としている。

 自分の中で行われたいくつもの問答。それを乗り越え、曖昧な思考は研ぎ澄まされ、女は自分の確固たる自我を取り戻した。

 後悔もした、懺悔もした、嘆きもした。

 いずれも自分がここまで行き着く過程において、生前に切り捨ててきたもの。

 再生力によって、再び自分の中で甦ったもの。

 しかし、女は自我を修復する上でそれらを再度捨てた。

 捨てて捨てて、ようやく、自我を取り戻した。

 

 女の心は、歓喜に震えていた。

 

 ついに、自分は、死を克服した、と。

 

 それでいて、憎しみがあった。

 

 自分を捨てたことを、後悔させてやる、と。

 

 無垢なるぼくは、黒く染まったボクとなり、新たな存在として生まれ変わった。

 

 

 その日、命の残骸だったものは。

 

 

 世界がくれた安らぎを。

 

 

 侮蔑するように嘲笑った。

 

 

 

 

 

「さよなら、ヤスラギ」

 

 

 

「おはよう、シスラギ」

 

 

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