ダンジョンに英雄を求めるのは間違っているだろうか 作:空太郎
「そうだ、フィン!お前のあの話を聞かせてやれよ!」
「ん?あの話?」
「あれだって、帰る途中で何匹か逃したミノタウロス!最後の一匹、お前が5階層で始末しただろ!?そんで、ほれ、そん時いたトマト野郎の!」
僕が耳が離せなくなってしまった横で復活したかのように先ほどのことがまるで嘘だったみたいにエアくんはまたパスタと対面していた。
パスタを見た瞬間ちょっとだけ眉を寄せてフォークを握っているエアくんに思わず苦笑いが漏れる。
おおいんだなぁと思って手伝おうか?と言おうとしたのと同時に獣人の男の人、種族は
「ミノタウロスって、17階層で襲いかかってきて返り討ちにしたら、すぐに集団で逃げ出していった?」
「それそれ!奇跡みてぇにどんどん上層に上がっていきやがってよっ、俺達が泡食って追いかけていったやつ!こっちは帰りの途中で疲れていたってのによ〜」
自分達のことだとわかっているせいか内心恥ずかしい。
だけどここにその張本人がいるとかバレればさらに厄介なことになるとわかっているからモヤモヤを胸の中に押し込んだ。
「それでよ、いたんだよ、いかにも駆け出しっていうようなひょろくせえ
隣のエアくんは未だにパスタに手をつけずにフォークを弄っている。
「抱腹もんだぜ、兎みたいに壁際へ追い込まれちまってよぉ!可哀想なくらい震え上がっちまって、顔を引きつらせてやんの!」
「ふむぅ?それで、その冒険者どうしたん?助かったん?」
「フィンが間一髪ってところでミノタウロスを細切れにしてやったんだよ、なっ?」
「はぁ…」
「それでそいつ、あのくっせー牛の血を全身に浴びて……真っ赤なトマトになっちまったんだよ!くくくっ、ひーっ、腹いてえぇ……!」
「うわぁ……」
ダンダン前向きに考えていた思考が下を俯き始める。
「フィン、狙ったんだよな?そうだよな?頼むからそう言ってくれ……!」
「そんなことないよ?」
あの時、エアくんよりも足が速かった僕がもし前を走っていたらもっと何かが変わっていたのかもしれない。とあの日から何回も考えてしまうから……だから、思わず下唇を噛んであの時の情景をまた頭の中で再生する。
「それにだぜ?そのトマト野郎に守られてた方、叫びながらどっか行っちまってっ……ぷくくっ!うちの団長さま、助けた相手に逃げられてなんのおっ!」
「……くっ」
「アハハハハハッ!そりゃ傑作やぁー!冒険者怖がらせてもうたんかフィン!!」
「ふ、ふふ……す、すみません団長っ、でも流石に我慢できなくて……!」
「……」
「ああぁん、アイズほら、そんな怖い目しないの!可愛い顔が台無しだぞー?」
しかも前を向いて見れば罵倒され、まるで僕を庇ってミノタウロスの血をほとんど被ってくれたエアくんが笑い者のような扱いを受けていることに絶望する。
僕のせいだ。
しかも、エアくんが慕っているかもしれないあの人にすらあんな顔をさせて、こんな結果を望んでいたわけではないのに……なのに、僕は静かに愕然とするだけしか出来なかった。
僕の…せいだッ
「しかしまぁ、久々にあんな情けねぇヤツを目にしちまって、胸糞悪くなったな。野郎のくせに泣くわ泣くわ」
「……あらぁ〜」
「ほんとざまぁねえよな。ったく、泣き喚くくらいだったら最初から冒険者になんかなるんじゃねぇっての。ドン引きだぜ、なぁフィン?」
ほんとだ、こんな自分がとても情けない。
「ベート、君もしかして酔ってる?」
「ああいうヤツがいるから俺達の品位が下がるっていうかよ、勘弁して欲しいぜ」
あの時助けられるべきなのは僕じゃなかった。
五体満足でよかったねで終わることじゃなかった。
だって……
「いい加減そのうるさい口を閉じろ、ベート。ミノタウロスを逃したのは我々の不手際だ。巻き込んでしまったその少年に謝罪することはあれ、酒の肴にする権利などない。恥を知れ」
そんなのおかしいだろ?本当はあの時最善の選択を出来なかった僕だけを責めればいいだけなのになんでエアくんが……
「おーおー、流石エルフ様、誇り高いこって。でもよ、そんな救えねえヤツを擁護して何になるってんだ?それはてめえの失敗をてめえで」
自分が涙目になっていることに気付かず。
自分が隣にいる尊敬を抱いている人から呼びかけられていることにも気付かず。
「これ、やめえ。ベートもリヴァリアも。酒が不味くなるわ」
__ガリガリガリ。
「アイズはどう思うよ?お前もあの時あそこにいただろ?自分の目の前で震え上がるだけの情けねえ野郎を。あれが俺達と同じ冒険者を名乗ってんだぜ?」
「あの状況じゃあ、しょうがなかったと思います」
__ガリガリガリ、ガリガリガリ。
「何だよ、いい子ちゃんぶっちまって。……じゃあ、質問変えるぜ?あのガキと俺、ツガイにするならどっちがいい?」
「…ベートそろそろ酔い覚ましに水でも飲んだ方がいいよ?」
「うるせえ。ほら、アイズ、選べよ。雌のお前はどっちの雄に尻尾を振って、どっちの雄に滅茶苦茶にされてえんだ?」
__ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ。
「……私は、そんなことを言うベートさんとだけは、ごめんです」
「無様だな」
「黙れババァ。……じゃあ何か、お前はあのガキに好きだの愛してるだの目の前で抜かされたら、受け入れるってのか?」
「……っ」
__ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ。
「はっ、そんな筈ねえよなぁ。自分より弱くて、軟弱で、救えない、気持ちだけが空回りしてる雑魚野郎に、お前に隣に立つ資格なんてありはしなえ。他ならないお前がそれを認めねえ」
何かが削られていく________……
その瞬間僕は椅子を飛ばして、立ち上がった。
近くにあった椅子を蹴飛ばすような勢いで無我夢中で外に飛び出した。
道行く人々を追い抜いて、周囲の風景を置き去りにして、自分を呼ぶ声も背後に押しやって。
僕は、夜の街へ駆け抜けた。
何も考えたくないくらいに頭の中がグチャグチャで、でも、それでもエアくんの口元を綻ばせただけの笑顔が何故か頭から離れなくてさらに速度を上げる。
何回も何回も転びそうになりながらも前に進む。
それが正解じゃないことに、心の隅で気付いているのに僕は、息を乱しながらダンジョンを目に写した。
僕は_________________……
…強くなりたい。
ルビのこと完全に忘れてて深夜に編集パラダイスよ!イェア