オラリオディズニーダンジョン   作:カイバーマン。

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後生ですからこのお話のタイトルをググって一度だけでもいいから曲を聞いてみてください。

本当に素晴らしい歌ですから、本当に


ゴー・ザ・ディスタンス

祖父が亡くなり半年後

 

神々の住む街、オラリオに行くことを決めた少年、ベル・クラネル。

 

その事に何度も育ての親であるティモンとプンバァに反対され続けたが、彼はめげずに、祖父譲りの頑固さで必死に説得を試みた。

 

雨が降ろうと風がなびこうと、朝から晩まで事あるごとにしつこくお願いし

 

「いい加減にしろ! もう頭がおかしくなっちまう!」

 

とティモンに怒られても一向に諦める様子を見せず

 

「俺はよくわからないけど、ん~……そこまで行きたいってなら試しに行ってみたら?」

 

遂には最初に折れたお人好しのプンバァを味方にして

 

オラリオ行きを決意して半年後、つまり祖父が亡くなってから一年が経った頃……

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、行ってくるよおじいちゃん」

 

田舎でしか暮らした事のない世間知らずの少年は

 

遂に大都会に行くことを認められたのであった。

 

最後に亡き祖父の墓石に挨拶すると、全財産が入っている荷物を背負ってベルは草葉の上を立ち上がる。

 

「難しいとは思うけど、やっぱり夢なんだ、僕はおじいちゃんが一番好きだった英雄、ヘラクレス様みたいな立派な英雄になりたい……」

 

墓石の下に埋葬されているであろう祖父に話しかける様にベルは己の夢を吐露する。

 

埋葬してくれたのはティモンとブンパァらしい、自分が祖父の死に酷く悲しんでいる間に、こっそりと埋めてやったと本人達から聞いた。

 

何故か歯切れの悪そうな感じであったが、疑う事を知らないベルは特に追求する事無く彼等の言う事を信じた。

 

そしてベルが墓石の前からゆっくりと後退して歩みを進めると、その先に立っていたのは

 

「おう、じいさんと別れの挨拶は済ませたか、この不良息子」

 

「ティモン……」

 

ふくれっ面で明らかに機嫌悪そうにしているティモンが立っていた。

 

半年かけてようやくベルの頑固さに折れて、オラリオ行きを許した彼ではあるが未だ納得してないぞというのが一目でわかる。

 

そしてその隣には心配そうにベルを見つめるプンバァの姿が

 

「あーとうとうこの時が来ちゃったんだね、俺達の可愛い可愛い坊やが遂に巣立つ時が」

 

「プンバァ……ごめん」

 

「いいんだよ、シンバの時もそうだった、でもやっぱりお別れは辛いなぁ……」

 

今にも泣き出しそうにしながらプンバァは昔の事を思い出しつつ嘆きの声を上げる。

 

ティモンとプンバァはオラリオには行かない、なんでも彼等がかつて育てたというライオン、シンバから連絡があったらしい

 

かつて自分を育ててくれたように、子供達の教育係をやって欲しいからプライドランドに来て欲しいと

 

つまり今まで家族としてずっと一緒にいたベルと2匹は、この日、しばらくのお別れとなるのである。

 

祖父亡き後もなんとかやってこられたのは二匹が傍にいてくれたからこそ……当然ベルもこのお別れには心痛めた様子で胸をギュッと押さえるが

 

そこへずっと不機嫌そうにしていたティモンがスタスタと彼の方へ歩み寄り

 

「ほらよ坊主、持っていきな」

 

「え?」

 

ティモンが突き出すようにベルの前に渡したのは青色のスーツケース。

 

コレは常日頃からティモンが大事なものを入れていたモノだ。

 

「俺様がこの日の為に色々と役立つモンを用意してやったんだ、有難く思えよ」

 

「役立つもの?」

 

「ああ、例えばだな……」

 

カチャっと手提げ部分に付いてるボタンを押すと、ティモンの持っていたスーツケースがベルの前で開いた。

 

すると色々詰まっているスーツケースの中にティモンは頭を突っこみ、ゴソゴソと色々なものを取り出す。

 

「まずはコレ、お前がちっちゃい頃に読ませていた英雄譚の本、えーヘラクレスにピーターパン、それにアラジンに……アルゴノォト? よく知らねぇの混ざってるがとりあえず全部突っこんどいた」

 

「うん」

 

「それとお前がちっちゃい頃に遊んでいた恐竜のおもちゃ、レックスだ、懐かしいよなコレ、いつも俺が声当ててた、我ながら名演技だったぜ」

 

「う、うん?」

 

「俺の毛玉とプンバァの尻尾の毛、寂しくなったらいつでもこの毛の匂いをかいで俺達の事を思い出せよ、あ、けどプンバァのは気を付けろ、嗅ぎ過ぎると臭くて失神しちまう」

 

「う、う~ん……」

 

スーツケースの中にどうしてそんなに色んなモノが入るであろうとベルが密かに疑問を抱く中

 

ティモンは得意げに赤色のボタンが付いた不思議なものを取り出す。

 

「それとコレがとっておき! 「イジメっ子撃退スイッチ」だ!」

 

「イジメっ子撃退スイッチ?」

 

「ああ、どうせお前みたいな田舎もんは都会の連中にイジめられるのは目に見えてる、けどすぐにこのボタンを押せば……」

 

イヒヒヒヒッとティモンはニヤリと笑うと

 

「オラリオに向かって核ミサイルが発射! イジメっ子達は全部消し飛んでお前はハッピーさ! あ、ついでにオラリオも消し飛ぶぞ」

 

「い、いらないよ! そんな物騒なモノ!」

 

とんでもない代物を渡されそうになって慌ててベルはそれをティモンに返す。

 

核ミサイルというのがなんなのかはわからないが、とにかくとんでもなくヤバいモノだというのは察した。

 

「とにかくスーツケースは受け取っておくよ、他にも役立ちそうなモノが入ってるかもしれないし……ありがとうティモン」

 

「フン、よせやい、俺はただプライドランドに持っていく必要もねぇし、ただ捨てるのも勿体ないからやるだけだ」

 

鼻を鳴らして腕を組みながらぶっきらぼうにそう呟くと、ティモンはクルリとベルに背中を見せて顔を背ける。

 

「とっとと行っちまえよ、こっからオラリオに行くまで数日かかるんだぞ、せいぜい行く途中でモンスターに襲われても知らねぇからな」

 

「うん、わかった」

 

つんけんどんな態度のティモンにベルは笑いかけながら頷くと、彼から貰ったスーツケースを手に取った。

 

「それじゃあねティモンとプンバァ、えーと、プライドランドにいる僕のお兄さんによろしく」

 

「いーから行けって、俺達の事なんて忘れて都会で遊びたいんだろ、毎日ディスコで踊り狂っちまえ、シッシッ」

 

「ねぇベル、ティモンはこんな事言ってるけど本当は君と別れる事が寂しいんだ、だって俺も凄く寂しいし……」

 

「寂しくなんかないっての! ようやく子育てに解放されて精々してんだよ!」

 

「……」

 

長年の付き合いであるプンバァに心を見透かされてムキになった様子で否定するティモン。

 

そして今までずっと自分を育ててくれた彼等に、ベルは一旦スーツケースを地面に置いてしゃがみ込むと

 

そっと二匹に両腕でを伸ばして強く抱きしめた。

 

「二人共本当に今までありがとう……僕も別れるのは凄く辛いし寂しいけど、それでも知りたいんだ、この世界を……」

 

「……ああ、行っておいでベル、君が望むままに……俺達は離れてもずっと家族さ、だよねティモン?」

 

「……」

 

感謝の意を伝えるベルに抱きしめられながら嬉しそうに口を開くプンバァ。

 

一方でティモンはどこか思いつめた表情をして無言。

 

両腕を開いて2匹を抱きしめるのを止めると、ベルは再び手荷物を持って立ち上がる。

 

「それじゃあ……」

 

「……”ハクナマタタ”」

 

「え?」

 

踵を返して歩き出そうとしたその時、不意に背後から黙り込んでいたティモンが口を開いたので咄嗟に振り返るベル。

 

「ハク~ナマタタだ、忘れるなベル、この言葉が俺たち家族のモットーだ。どんなに辛い事があっても、ハクナマタタを思い出せばきっとお前を支えてくれるさ」

 

「ハク~ナマタタ、人生なにがあってもどうにかなる! 悩まずにくよくよしないで生きて行こうって事!」

 

「……うん!」

 

ハクナマタタ、それはティモンとプンバァから教えてもらった彼等の教訓でありモットー

 

悩みも忘れて自由気ままに生きて行こうという正に彼等の生き方を象徴する言葉。

 

振り返ったベルはその言葉に笑って強く頷くと、ティモンも二カッと歯を見せて笑い返した。

 

彼の隣に立っていたプンバァもそれを見て嬉しそうに笑い

 

「じゃあねベル! 俺達は俺達で! プライドランドでハクナマタタにやっていくよ!」

 

「いつでも俺達の所に戻って来てもいいんだぞー!」

 

「うん! ありがとう二人共!」

 

「困った時は年上の人に助けて貰うんだよー!」

 

「悪い奴には騙されんじゃないぞー!」

 

「向こうで落ち着いたら手紙書いてねー!」

 

「ちゃんと良識ある神様の所で暮らせよ! 俺達みたいな!」

 

「体に気を付けてねー!」

 

「爺さんみたいに見境なしに女の子と仲良くすんじゃないぞー!」

 

別れ際に何度も助言を叫ぶ二匹に手を力強く降ると、ベルは遂に彼等に背を向けて旅立った。

 

少年は遂に己の夢を叶える為に歩き出したのだ。

 

そのどんどん小さくなっていく彼の背中を見て、ティモンとプンバァはようやく叫ぶのをやめる。

 

「行っちまったな……」

 

「行っちゃったね……」

 

10年以上育て上げて来た我が子が、みるみる見えなくなっていくのをしばらく見つめていると

 

次第に二匹は嗚咽を漏らし始めると……

 

「うわぁ~~~~ん!!! ベル~~~~~!!!」

 

「達者で暮らせよベル~~~~~!!!!」

 

遂には感極まった様子で二匹で抱き合い号泣してしまうのであった。

 

願わくば、彼とまた会える事を願いながら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

育ての親と別れた後、ベルは時折「ハク~ナマタタ~♪」と鼻歌交じりに歌いながら目的地であるオラリオへと向かう。

 

山を越え谷を超え、川を越えてまた山を越え、一旦野宿して夜が明けるのを待ち、朝になったらまた山を越える。

 

思ってた以上に長い長い道のりに疲弊しながらも、ベルは何度もこの日の為に用意した地図を広げて方角を間違えずに真っ直ぐに進む。

 

途中で持っていた食料が尽きて焦ったが、偶然丘の上にいた親切な家族に助けられ、リゾート施設を満喫していたとある国の王様と共に一晩泊まらせてくれたどころか食料まで分けて貰えた。

 

「パチャさん、泊めてくれた上に食料を分けてくれてありがとうございました」

 

「ハハハ、気にするな、オラリオはまだ遠いから気を付けなさい」

 

「はい! えーとクスコ王もお元気で」

 

「またな平民、は~全く貧乏人は大変だな、あんなヘンテコな国に行かないといけないなんて、王様に生まれて良かったよ僕」

 

「クスコ王……ベルが行こうとしているオラリオは国じゃありませんよ、都市です」

 

「そうなの? ま、どうでもいいけどね、ふわぁ~、パチャ、僕そろそろ朝食欲しいんだけど」

 

「全く、たまにはご自分で作ってみたらどうですか?」

 

「おい、それ王様に言うのか? まあいいけど、たまには自分で作ってみるのも悪くない」

 

「ハハハ……」

 

気さくで頼もしく、一家の大黒柱として真面目に働いている農民のパチャと

 

ワガママで意地悪で傲慢で自分勝手なクスコ王がどうして仲良くやっているのか不思議に思いつつも

 

ベルは彼等に別れを済ませてすぐにオラリオへと出発する。

 

再び山を越え、谷を越え……

 

天気が変わって突然空から雷鳴が鳴り響き、嵐になり

 

「た、助かりました……ありがとうございます」

 

「大丈夫、クロンク、人の役に立つのが大好き」

 

土砂崩れが起きて巨大な大岩によって塞がり、通れなくなってしまった道の前で立ち往生していると

 

親切な大男、クロンクが持ち前の怪力で大岩をヒョイッとどけてくれたので事なきを得た。

 

「絶対にオラリオに……行くんだ……!」

 

滝の様な大雨に打たれながら、半端じゃない風で吹き飛ばされそうになりながらも

 

前だけを見つめて懸命に目的地を目指すベル。

 

そして遂に……

 

 

 

 

 

「み、見えた……! アレがオラリオ……!」

 

数日掛けてベルはようやく迷宮都市オラリオを拝む事が出来たのだ。

 

「でもまだまだ全然遠い……! 蟻んこぐらいにしか見えない……!」

 

それは微かに見えるぐらいであり、辿り着くにはまだまだかかるかもしれないが。ほんの少しでも見えた事にベルはホッとした様子で道の真ん中でため息をこぼす。

 

「思ってた以上に遠かったな……今日は休んで明日の朝出発しよう」

 

そう呟きベルは早速何処かで野宿をしようかとキョロキョロと辺りを見渡していると

 

「どけどけぇ~! 邪魔だ邪魔だ邪魔だ~!!」

 

「わ!」

 

突如背後からビクッとする様な大声が飛んで来て思わず飛び退くベル。

 

すると先程まで彼がいた道に、鞭を鳴らして猛スピードで馬車が走って来たのだ。

 

いきなりの出来事にベルがその場で固まっていると、馬車は乱暴に彼の前でピタリと止まり

 

「おいそこの白髪頭! なに道の真ん中でボーっとしてんだ! 轢き殺されたいのか!」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「フン! 田舎もんが……」

 

馬車を運転し手綱を握っていたのは、ベルよりもずっと大柄で毛深く、片足が義足の大男だった。

 

配達でもしているのか馬車の中には大量の荷物で一杯だ。

 

「おっと、こんな所で油売ってる暇ねぇんだった、明日の朝にはオラリオに着かねぇと行けねぇってのに……」

 

「え? オラリオに行くんですかこの馬車?」

 

「……それがどうしたってんだ、この俺がオラリオにいっちゃ悪いってのか? ええ?」

 

「い、いえそうじゃなくて!」

 

馬車の上から大男の表情が一層険しくなる。

 

明らかに怖い人だと思いつつもベルはもしかしたらと思い……

 

「え~と……もしよろしければその……僕もオラリオに行きたいので乗せてって貰えたりとかは?」

 

「なにぃ~!?」

 

「ひぃ! ごめんなさい!」

 

恐る恐る頼んでみたその瞬間、大男の顔が更に怖くなる、思わず謝ってしまうベルであったが……

 

大男の視線が僅かに彼が手に持っているスーツケースを注目する。

 

「それならそうと言ってくれよ~」

 

「……へ?」

 

「よし、ちょっと待ってろ」

 

無理な頼みに激怒するのかと思いきや、意外にも大男はニンマリと笑いながら態度を急変

 

馬車の上から巨体を揺らして飛び降りると、彼は馬車を開けて中の荷物を整理し始める。

 

「……よーし、これでお前さん一人ぐらいは乗せられるだろ」

 

「い、いいんですか!?」

 

「おう、世の中助け合いよ~!」

 

わざわざ整理してくれてまでご丁寧に乗せてあげると言ってくれた大男にベルは目をまん丸にしながら驚く。

 

どうやら人は見た目だけで判断してはいけないみたいだ……彼の事を内心怖い人だと勝手に思い込んでいたベルは反省する。

 

「おっと、けどタダじゃ流石にダメだぜ、世の中ってのは助け合いも大切だがやっぱり金の方も大事だ」

 

「そ、そうですよね、でも僕そんなにお金が……」

 

「へっへっへ安心しろ、30ヴァリスで乗せてやる」

 

「さ、30!?」

 

30ヴァリスと言えば子供のお小遣いレベルだ、それぐらいなら簡単に払える。

 

コレはきっとこの大男が、いかにも田舎者である自分に気を使って、安くまけてくれたに違いない……

 

そう考えながらベルは一人勝手にじ~んと感動する。

 

「払います払います! あの! 本当にありがとうございます!」

 

「ヒッヒッヒ、良いって事よ、さあさあ、そろそろ冷えて来る頃だ、馬車の中へお入り」

 

「はい!」

 

なにからなにまで親切だなと思いつつ、ベルははしゃぐように彼の馬車に乗った。

 

確かに中は荷物のせいで少々狭いが、十分休めるスペースは確保されている。

 

「これで明日の朝には勝手にオラリオに……うわ~ラッキーだな~」

 

「おう坊主、そういえばまだ俺の名前言ってなかったな」

 

間もなくして馬車がゆっくりと動き始めると、運転席の方から大男が気さくな態度で。

 

「俺はオラリオ住まいの”ピート”ってんだ、よろしくな」

 

「あ、僕はベル・クラネルって言います、よろしくお願いしますピートさん」

 

「あいよ、馬車の中はちぃと窮屈だが我慢しろよベル」

 

「全然快適です! 野宿よりずっとマシですから!」

 

大男、ピートに向かって元気よく言葉を返した後

 

危険も無く疲れもせず、勝手にオラリオへと進んでくれるというこの快適さのおかげで

 

ふとここに来るまでの道中を思い出す余裕が出来た。

 

大変ではあったが、思えば色々な人達が助けてくれたおかげでここまで来れたのである。

 

彼等、そして今馬車に乗せてくれたピートがいなければきっともっと過酷であったに違いない。

 

「世の中って僕が考えてたよりもずっと良い人ばかりなんだなー……」

 

そんな呑気な事を馬車の中で一人ボソリとベルが呟いてる一方で

 

馬車を運転しているピートの方はというと……

 

「へっへっへ……やっぱり騙すのは世間知らずの田舎もんと神に限るぜ……! たっぷりと搾り取らせて貰うからな……!」

 

下衆な笑みを浮かべながら鞭を飛ばし、オラリオに戻ったら久しぶりに豪勢に遊んでやろうと企むのであった。

 

世の中というのは良い人もいれば当然悪い人もいる。時には甘い言葉で誘惑されて酷い目に遭わされる事だってある。

 

それをベルが理解するのは、オラリオに辿り着いた直後であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてなんにも知らないベルが、呑気にピートの馬車に乗せられているその頃

 

彼等の目的地であるオラリオで、半年前から下界生活を堪能している女神・ヘスティアはというと……

 

「やあやあそこの君! ボクのファミリアに入らないかい!」

 

熱心に眷族集めをしている真っ最中であった。

 

半年前に下界に降りて、三ヶ月は友人の神の所に厄介になって居候しながらのんびり暮らし、その自堕落な怠慢っぷりに激怒した友人に追い出され

 

それからは寂れて今は使われてないオンボロの教会を拠点として、ようやく自分のファミリアのメンバー集めを開始したのだ。

 

最初はすぐに集まるだろうと思っていた、しかし彼女の思惑とは裏腹に、3ヵ月経っても未だにメンバーはゼロだ。

 

おかげで今の彼女は焦りに焦っており、こうして友人に紹介されたバイト中にも関わらず、隙あらば通りがかった人に声を掛ける始末である。

 

「ボクの眷族になってロキの奴よりも凄い立派なファミリアを作ろう!」

 

「ほっほっほ、お嬢さん、悪いがこれはわしが作ってる人形じゃよ」

 

「ええ!?」

 

ビシッと指差して勧誘するヘスティアであったが、彼女が指差した方向にいるのは返事も何もできないただの木製人形。

 

そこへ持ち主である穏やかそうな老人が彼女に優しく指摘すると、その人形をヒョイと両手で抱き抱える様に持ち上げた。

 

「これはもうすぐ完成する人形での、名は「ピノキオ」と言うんじゃ」

 

「そ、そうだったんだ……ううむ、神の目を持ってさえわからなかった……ここまで上手く作れるなんて中々大した腕を持ってるじゃないか!」

 

「ハハ、神様が褒めてくれるとは、ピノキオ、大したもんじゃなお前」

 

「ボクはおじいさんを褒めたんだけどな……という事でおじいさんがボクのファミリアに入らないかな!?」

 

「なんと? わしがか?」

 

相手がただの人形だと気づいてガックリ落ち込むのも束の間

 

もはやなりふり構っていられないようで、今度はその人形の造り手である老人をファミリアに誘う始末。

 

そんなやや暴走気味のヘスティアの下へヌッと一人の人物が背後からゆっくりと歩み寄り

 

「お前さん……こんな所でなに油売っとる」

 

「ひ! い、いたのかいスクルージさん!?」

 

ヘスティアの後ろから機嫌悪そうに話しかけてきたのは、彼女と半年前に色々と縁があったスクルージ・マクダック。

 

彼が現れたその瞬間、彼女は二つに結った髪をビクッと逆立たせた。

 

「じゃが丸くんは全部売れたのか? わしは今日中に全部売り捌けと言った筈じゃが?」

 

「い、いやぁ……近頃どこも不景気みたいで、売り込んでもあまり買ってくれる人いなくて……」

 

「売り込んでる? 今やってたのは本当に売り込みか? わしが見る限りどう見ても別の目的があったように見えたんじゃが?」

 

「え、え~と……」

 

ヘスティアがやってるバイトは友人、ヘファイストスに紹介された

 

ジャガイモを油でカラっと揚げた「じゃが丸くん」を売る仕事だ。

 

そして何を隠そう、このじゃが丸くんをプロデュースし、企画発案して商品展開しているオーナーは

 

このヘスティアが降臨した直後にトラブってしまった相手の、スクルージ・マクダックである。

 

「おい! まだまだ全然在庫が残っとるぞ! もう夕方じゃというのになにやっとる! こうなったら全部売るまで残業やってもらうからな!」

 

「え~そんな! あ、残業代とかは……」 

 

「絶対に出さん!」

 

「だよね~……」

 

一番好きな事が金を貯める事、一番嫌いなのは金を使う事であるスクルージにとって無駄な出費は絶対に拒否するるのが当たり前だ。

 

言っても無駄だとわかっていたので、ヘスティアはがっくりと肩を落とし「残業やだな~」と呟きながらため息を零す。

 

すると先程彼女が勧誘していた人形の造り手である老人が「まあまあ」とスクルージに声を掛け

 

「いいじゃないですかスクルージさん、1日ぐらい売れん時もある、神様も疲れてそうですしたまには大目に見てやってもいいじゃないですか」

 

「ゼベットさん……コイツは1日だけじゃない、わしの下でバイト始めてからずっとこんな体たらくなんじゃ、売り上げはさっぱりじゃしたまにサボって眷族の勧誘ばっかりするし、付き合いの長いヘファイストスの紹介でなきゃとっくにクビにしとるぐらいにな」

 

「酷い!」

 

「酷くないわい! わしはお前さんを雇ってるオーナーじゃぞ! 相手が神だろうがクビに出来る権利を持っとる!」

 

老人ことゼベットにスクルージはジロリとヘスティアを睨みつけながら堂々とダメ出しを告げる。

 

出会った当初から最悪の印象しかない彼にとって、一々反発して来るこの女神に対しては苛立つ思いがあるのだ。

 

「残業が嫌なら他に手もあるぞ、残った在庫を全部お前さんが買い取れ、つまり給料から天引きじゃ」

 

「こ、こんなに残ってるじゃが丸くんをかい!? そんな! それじゃあボクの今月分の給料無くなっちゃうよ!」

 

「金は無くても食料があれば生きられるじゃろ、じゃが丸くんで乗り切ればいい」

 

「いやいや! こんだけあったら飽きるって流石に!」

 

「飽きなければいいじゃろ!」

 

「無茶言わないでよ~!」

 

無茶な要求をして来るスクルージに勘弁してくれとヘスティアが今にも泣きそうな様子で叫ぶ

 

すると不意にゼベットが顎に手を当て「ふーむ……」となにか考え込んだ後

 

「それならわしが代わりに買い取ってやろうかの、それなら神様も金を払わんで済むし、スクルージさんにも金が入るじゃろ?」

 

「ええ!? いいのかいおじいさん!?」

 

「ゼ、ゼベットさん! そりゃあ流石に……!」

 

「ハッハッハ、いいんですよスクルージさん、なにもわしだけ食べるんじゃない、ウチにはフィガロとクレオもおる、丁度みんなで油っこいモンを食べたいと思っていた所なんじゃ」

 

ヘスティアを庇うかのように咄嗟に身を乗り出してきたゼベット、これにはスクルージも困惑気味で表情を引きつらせる。

 

いくら金にうるさい彼でも、善良な市民であるゼベットにそんな真似させるのは罪悪感を覚えるのであろう。

 

ちなみにゼベットが一緒に食べると言ったフィガロは猫、クレオは金魚である。

 

「うう、仕方ない……ゼベットさんに悪い、今回はわしが全部買い取ろう……」

 

「本当かい!? よーしじゃあ今から全部揚げるから待っててねスクルージさん!」

 

「お前さんこういう時だけは手早いの……くぅ~自分の金で払った商品を自分で買うハメになるとは……!」

 

悔しそうに自分の財布を取り出すスクルージに対し、満面の笑みを浮かべながらじゃが丸くんを作り始めるヘスティア。

 

そしてチラリとゼベットの方へ目配せして

 

「ありがとうおじいさん、助かったよ……」

 

「気にせんでいい、わしの子を褒めてくれたほんのお礼じゃ」

 

そう言って優しく微笑むと、ゼベットは両腕で人形、ピノキオを我が子同然に抱き抱えながら去って行った。

 

思わぬ助け人が現れてくれた事にヘスティアはその背を見送りながら笑っていると

 

スクルージは不機嫌そうに彼女にお金を払いながら

 

「フン、ゼベットさんに助けられたのお前さん、次はこうはいかんからな」

 

「おう! 望む所さ!」

 

「なにが望む所じゃ全く……こうなったら買い取ったじゃが丸くんをわしが直々に売り払う事にするか」

 

グッと拳を掲げてポーズを取るヘスティアに呆れながら、スクルージは大量のじゃが丸くんを受け取って帰って行った。

 

時刻はすっかり夕方になった頃、今日の仕事を無事に終えたヘスティアは気持ちよく赤くなった空を眺める。

 

「……ホント、色んな子がいて面白いなー下界って」

 

 

 

 

「ボクの眷族になってくれるのはどんな面白い子なんだろ」

 

 

 

 

 




ディズニー豆知識

『ティモンのスーツケース』

ライオンキングの外伝でありテレビアニメシリーズ「ライオン・キングのティモンとプンバァ」にて登場したアイテムであり

ティモンが事あるごとに何処からともなく取り出す事が出来、なんでも入っている不思議なスーツケースである。

食べ物やその場で役に立つモノも入ってるが、大抵はおかしなモノ、もしくは物騒な兵器とかも収納されている。

収納スペースの限界は未だに謎、四次元空間の可能性もある

本作でベルに渡したのはこのスーツケースであり、ティモンが彼の為に一体何を入れたのかはお楽しみに


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