「起きて! のび太さん! 起きてってば!」
はぇ? そんな気の抜けた声を出しながら、のび太は目覚めた。
意識はまだふわふわとしているが、目の前にしずかがいることだけは認識していた。
「どうしたの? しずかちゃん」
「どうしたって、のび太さんまだ寝ぼけてるの?」
「んー?」
ふわふわとした意識のままのび太は辺りを見渡す。
どこだここ……森?
なんで?
…………あ、思い出した。
「僕たちはあれに吸い込まれて……」
「そうよ、それで目が覚めたらこんなところにいたの」
「あれ? ジャイアンとスネ夫は?」
「二人ならのび太さんが起きる前に探索に向かったわ。ここがどんな場所なのか調べてくるって」
なるほどね、とのび太は返事を返す。
すると、森の奥からガサゴソと音が聞こえた。
こちらに向かって走ってくる音だ。
のび太は獣か何か現れたのかと咄嗟に警戒する。
いざとなれば、僕がしずかちゃんを守らないと。
そう心に誓いながら、覚悟を決める。
「あれ? のび太起きてたのか」
森の奥から出てきたのはジャイアンとスネ夫であった。
なんだぁ、ジャイアンたちか。のび太は安心した声で言う。
「それより聞いてよみんな!」
すると、スネ夫が慌てたように話を切り出す。
「家があったんだ! それもかなり立派なのが! この世界、とりあえず最低限の文明があることは確かだよ!」
「それがどうかしたの?」
何故スネ夫が喜んでいるのか分からないのび太はキョトンとした顔で尋ねる。
「馬鹿のび太。文明があるってことは凄いことなんだぞ? もし文明が栄えていない世界に飛ばされてみろ、僕たちはサバイバル生活をしないと駄目なんてことになってたかもしれないんだぞ?」
「ひゃー、確かにそうだ」
「ま、とりあえず行ってみようか。運の良いことにほんやくコンニャクもあるし、コミュニケーションは取れるだろう」
スネ夫の提案に納得し、四人はその家へと向かうことにした。
そして、歩くこと数分。
「あれだよあれ」
スネ夫が家を指差しそう言い、のび太にほんやくコンニャクを出すように促す。
「はい、これ」
「千切って少しずつ食べよう。今後も必要になるかもしれない」
スネ夫に言われ、のび太はほんやくコンニャクを少しずつ千切ってみんなに渡していく。
「どんな人が住んでいるか分からないわ。慎重にね」
「分かってるよ。こういうのは僕に任せて」
住人との接触はスネ夫率先して行うことになった。
スネ夫は口が回るから、こういう時には最適ということだ。
そして、四人は家の前に立つ。
「こうして見るとかなり立派だね」
のび太は家を見上げて思わず呟く。
「のび太、迂闊にそういう発言はするなよ?」
「なんで? 褒めてるのに」
のび太が訳がわからないという表情でそう言うと、スネ夫は呆れたようにため息をついた。
「確かにこの家は立派さ、でもそれは僕たちの住んでる世界の、それも一般的な家と比べたらの話だろ? 例えば、この家がこの世界では貧乏扱いされるくらいに小さいものだとしたらどうするんだ? それに対して立派だなんて言ったら皮肉と捉えられてもおかしくないんだぞ?」
「考えすぎじゃない?」
「確かに、考えすぎかもしれない。けど、こんな状況だ。出来るだけ慎重になった方がいいよ。だから、立派だの貧相だの、大きいだの小さいだの、何かを評価したような発言は出来るだけやめよう。文化の違いは常識の違いだ。どんなところで怒りを買うか分からない」
「わ、わかったよ」
スネ夫の力説に圧倒され、のび太はしゅんとして答えた。
「じゃあ、開けるよ」
スネ夫の声に全員が頷く。
それを見てスネ夫はゆっくりと扉を開いた。
「お邪魔しまーす……って、誰もいない?」
スネ夫が入っていくのに続いて他の三人も家に入っていく。
「本当だ。もしかして空き家?」
「いえ、つい最近掃除された跡があるわ」
「というかここ、なんか道場みたいだな」
ジャイアンがそう言うと、他の三人ははっとしたような表情になり辺りを見渡す。
「確かにこれは……道場みたいというか、道場としか思えないな」
スネ夫は言いながら中を探索していく。
のび太としずか、ジャイアンも続いてウロウロと何かないか、誰かいないかと探索する。
「おや? お客さんかのぉ?」
すると入り口から低く不気味な声が聞こえた。
しまった……四人全員がそう思った。
こんな様子見られたら怪しいと思われて仕方がない。
つい、全員の動きが止まる。
「返事なしか?」
「えっと!」
スネ夫が何とか声を振り絞る。
「あの、ぼ、僕たちは……」
流石に口が回るスネ夫といってもこんな咄嗟には言葉が中々出てこない。それに、変なプレッシャーも感じて身体が震えている。
「ほほ、焦らんでも良いよ。安心せい、わしは子供には何もせん」
すると、スネ夫が緊張しているのを感じ取ったのか、声の主は話し方を柔らかなものにした。プレッシャーももう感じない。
ほっと全員がため息をつく。
「とりあえず場所を移そう。こんなところで立ち話もなんじゃしな」
声の主に言われるまま、四人はついていくことにした。
ーーーーー
少し歩くと、小さな家が道場の横に立っていた。
恐らくここがこの人の居住スペースなのだろうと四人は察する。
「ほれ、お入り」
促され、四人は家の中に入る。
入って真っ直ぐ歩いていくと、大きな円形の机が置いてあった。
周りには椅子が十つほどあった。
これなら四人全員座れるだろう。
「さ、遠慮せず座って座って」
言われるままにスネ夫、のび太、しずか、ジャイアンの順に椅子に座った。
「さて、じゃあ早速話を聞かせてもらおうか……っと、その前に自己紹介じゃな」
「わしの名前は
言って龍竜は白く伸ばしたヒゲを揺らしながらニカッと笑った。
四人はドラゴン拳? 何言ってるんだこいつは……と、呆れ気味になりながら、とりあえず自己紹介した。
「僕はスネ夫と言います」
「僕のび太」
「私はしずかです」
「俺様はジャイアンだっ!」
ちょっとジャイアン失礼だよ、スネ夫はボソリとジャイアンに呟く。
「良いんじゃよ、子供は元気が一番じゃ」
ほっほっほっ、と龍竜は快活に笑う。
「じゃあ、自己紹介も終わったところで話してもらおうか。お主ら、あんなところで何しておった? しかもこんな人里離れた山奥で、山賊というわけでもなかろうし、身なりからして孤児というわけでもあるまい」
どう説明したら良いのか困ったのび太、しずか、ジャイアンは黙ってスネ夫の方を見た。
スネ夫はそれに気づきやれやれ僕が説明するしかないのか、とため息をつく。
「そうですね、ではまず僕たちがどこから来たかから説明します」
スネ夫は状況を説明した。もともと日本という場所に住んでいたということ、変な渦に巻き込まれてここにきたということ、そして迷っているうちにここにたどり着いたこと、全てを正直に話した。
こんな話、あまりにも荒唐無稽で信じてもらえないかもとは思ったが、ここはあえて正直に話すことにした。
それっぽい信じてもらえそうな嘘をつこうと思えば簡単だが、スネ夫はこの老人、龍竜が只者ではないと見抜き、嘘はすぐバレるだろうと感じたのだ。
だったらどれだけ信じられないような話でも正直に話した方が良いと判断したのである。
「ほぉ、なるほどのぉ」
「えーっと、信じてくれますか、ね?」
「君の目は嘘をついていない目じゃ。信じるよ」
言って龍竜は優しく微笑んだ。
四人はホッとした表情になる。
「よし、お互い素性も知れたことだし飯にしようか。
龍竜がそう言うと、部屋の奥から一人の女性が出てきた。
雪のように白い肌、美しく伸びた黒い髪、四人は思わず見とれてしまう。
「何? おじいちゃん、騒がしいと思ったら珍しくお客さん?」
「あぁ、かなり遠くから来たらしい。若い子たちじゃからな。たくさん作ってくれ」
「はいはい」
適当に返事して、龍雪は部屋の奥へと帰っていった。
確かにのび太たち四人は凄くお腹は空いていたので、これは助かった。
何だかんだ、もうここに来てから二時間は経っている。
気絶していた時間がどれくらいかは分からないが、家で朝ごはんを食べてから何も食べてたいなかったのび太たちの空腹はもう限界に達していた。
「さっきの女の人、お孫さんですか?」
「あぁ、可愛いじゃろう?」
のび太が尋ねると、龍竜はニヤニヤとしてそう言った。
「そうだ、聞きたいことがあるんですけど」
すると、突然スネ夫がそう言って話を切り替えた。
「ん? 孫のことか? ま、可愛い子じゃしなぁ、気になっても仕方ないか。よーし何でも聞いてくれ」
「いや、違います……。えーっと、この場所の常識? が知りたいんです。歴史とか、地理とか、そういうの」
「何でそんなんが気になるんだ?」
ジャイアンは純粋に疑問をぶつける。
「何でって、そりゃあまぁ理由はいろいろあるけどさ、一つは安全確保の為かな? 少しでも情報を集めておけば、いざという時役に立つかもしれないだろう? 見知らぬ土地に来たんだ。知識はあるに越したことはないよ」
「ふーん」
スネ夫の長い説明に飽きたのか、ジャイアンは投げやりに返事した。
「歴史に、地理か……ふーむ、わしもそんなに何でも知ってるというわけではないが、まぁ、出来るだけ知ってることは教えよう」
それから、食事が出来るまでスネ夫は龍竜に質問をし続けた。
ここがどこか、時代はいつか、宗教や流行病など、とにかく細かく聞いていた。
「ご飯出来たわよー」
一時間ほどして、奥から料理をもった龍雪が出てきた。
美味しそうな匂いが離れていても伝わってくる。
「やー、美味そー!!」
のび太は言って、さっそく食べ始めた。
続いて他の三人も食べ始める。
「にしてもラッキーだったぜ、こんなところで本場の中華料理が食べれるなんてさ」
ジャイアンは料理を口に入れたままそう言って、ガハハと豪快に笑う。
「行儀が悪いよ、ジャイアン……。ま、でも中国ってのは確かに良かったかも。全然知らない国というわけじゃあないからね」
四人が来た場所は中国だった。
時代は隋。
日本史で言えば、聖徳太子や小野妹子が登場する辺りだ。
「それで、君たちは今後どうするつもりなんじゃ?」
食事が始まり数分後、もう腹が膨らんだのか龍竜は箸を止め突然そう言った。
「どうする……か。とりあえず山を下りて働く場所を見つけて、お金を稼ぐってのが一番なんだろうけど」
スネ夫は考え込み、下を向く。
のび太はそれを見てどうしたの? と心配し、話しかける。
「いや、この山相当な大きさなんだよ。ほら、これを見て」
言うとスネ夫は龍竜から先ほど見せてもらった地図をみんなにも見せた。
「ひゃー、これは……よくわかんないや」
「はぁ、馬鹿のび太。ま、分からないなら分からないで良いよ。とにかく広いとだけ思ってくれ」
はーい! のび太とジャイアンは同時に返事した。
ジャイアン……君もか。
スネ夫は呆れた気分になりながら、渋々説明を続ける。
「多分、この山を下山するとなると相当な日数がかかると思う。登山用に道が整えられたりしていないし、食料の確保も大変だ。下手したら遭難なんてこともあるかもしれない」
「そんなぁ、じゃあどうすれば」
のび太がそう言うと、ほっほっほっと龍竜は急に笑い出した。
四人は何事かと龍竜の方に視線を集める。
「お前ら、わしの弟子にならんか?」
「ちょっとおじいちゃん本気!?」
龍竜の言葉に龍雪は驚き、立ち上がる。
のび太たちもどういうことかと困惑してしまう。
「本気も本気じゃよ。若いし、何よりも目が輝いておる。この子たちはきっと立派に育つよ」
「でも、ドラゴン拳は門外不出の伝説の拳法。こんな、出会ったばかりの人たちに教えるなんて……」
「わしももう年じゃ、長くはもたん。身内もお前だけじゃし、このままじゃあドラゴン拳は消えるだろう。それならば、この子らにわしは継がせたい! 運命を、不思議な運命を感じるんじゃよ」
「おじいちゃん…………わかった。そこまで言うなら私はもう何も言わないわ」
「ふふ、ありがとう。龍雪」
言うと龍竜は再びのび太たちの方を向く。
「さぁ、後は君たち次第だ」
「君たち次第と言われても……」
急に弟子になれと言われても困る。
それも聞いたこともないドラゴン拳という拳法だ。
のび太たち四人は考え込んだ。
「弟子になるというのなら、最低限の生活は保証しよう」
「へ?」
その言葉に四人全員が食いついた。
山を下りるというのはリスキーであるし、仮に下りれたとしてもどんな生活が待っているのかは分からない。
だから、ここで生活を保証してくれるというのはとても良い話である。
ドラゴン拳というよく分からない拳法を習うことになるとしても、相当魅力的な誘いであった。
「どうする?」
スネ夫が三人に尋ねる。
「良いんじゃあないかな?」
「私も賛成よ」
「俺もだ! ドラゴン拳ってのも興味あるしな!」
のび太、しずか、ジャイアン、どうやら全員賛成のようだった。
返事を聞き、スネ夫も深く頷く。
「龍竜さん。僕たちを弟子にして下さい!」
スネ夫がそう言って、四人は龍竜に頭を下げた。
「ふむ、君たちは今日から家族だ。よろしく頼む」
「はい!」
ーーーーー
それからのび太たちのドラゴン拳の修行が始まった。
午前はまず、川に水を汲みに行くことや、魚をとること、山での山菜集め、木こりなど、生活に必要なことをしつつの体力作りだ。
「こりゃあ大変だぁ」
のび太は川から水を運びながら呟く。
生活に必要な分の水を毎日運ぶというのはすごく大変なのである。
「ふぅ、やっと着いた」
「この量じゃ後二十周はせんとな」
「えぇっ!?」
一周ですらフラつきながら何とか持ってきた重さの水を後二十周。
のび太は考えるだけで吐いてしまいそうだった。
その頃、のび太以外の面々も与えられた仕事に苦戦していた。
しずかは川で魚をとり、スネ夫は山を駆け巡り山菜集め、ジャイアンはずっと木こりをし続けた。
その中で一人、とんでもない才能を開花させた者がいた。
「おいおい何匹あんだよ」
ジャイアンが驚いたようにそう言ってしずかが取ってきた魚を指差す。
「これは……」
龍竜は思わずしずかの方を見る。
「三十匹くらいかしら? 川の動きと魚の動きを理解すれば簡単だったわ」
簡単なものか……ここの川の流れは早く、魚も動きが機敏、読み取るのは至難の技じゃ。わしでも、この時間じゃあ十匹が良いとこだろう。それを三十匹……ふふ、とんでもない才能だ。
龍竜は思わず頬を緩めてしまう。
「面白くなりそうじゃ」
龍竜は静かに呟いた。
午後は本格的なドラゴン拳の特訓だ。
のび太たちはドラゴン拳の基本技、ドラゴンクロウを教えてもらっていた。
「良いか、拳を握り中指を少し出し……こうじゃっ!!」
そうして放たれた拳はブンッ!! と風を切る音を響かせる。
見ただけですごい威力の技ということを感じさせ、のび太達はおぉ〜っと、思わず声を出す。
「こう?」
「こうだね!!」
「こうだ!!」
のび太、スネ夫、ジャイアンがチャレンジする。しかしどれも龍竜と比べると速さも威力も足りず、ただの気合が入ったパンチでしかない。
「もっと全身を使って放つんじゃ。必要なのは力ではない、技術じゃ。人は工夫次第でいくらでも強くなれる!」
「こうかしら?」
ブンッ!! しずかの方から風を切る音がした。
龍竜と比べると少し劣るが、ほぼ完璧なドラゴンクロウと言えるだろう。
龍竜はしずかのあまりの才能に、言葉が出なかった。
ただ、これは化けると確信した。
そんな日々が二ヶ月ほど続いた。
四人は体力もつき、少しずつドラゴン拳も習得し始め、ドラゴンクロウ以外にも技を学び、成長を感じていた。
そして、いつも通り修行していたある日……。
『ドンッ!!!!!!!!』
山中にそんな爆発音のようなものが響いた。
「な!?」
「え?」
「な、なんだ!?」
「なんなの!?」
のび太たち四人は思わず爆発音がした方を見る。
「あれって……僕たちの家の方じゃ」
のび太が呟く。
「これは……嫌な予感がするのぉ」
龍竜は目を細め、自分の予感が当たっていないことを信じ、走り出した。
「あ、師匠!」
のび太たちも急いでそれについて行く。
数分ほど走りそろそろ家が見えるかというくらい近づいたが、いつもと違い中々家が見えてこない。
全員が走りながら少しずつ恐怖を感じていた。
いったい何が起こったのかと、不安に襲われながらとにかく走ることに集中する。
「おいおい、嘘だろ?」
ジャイアンが一番最初に声を出した。
そして、全員が言葉を失う。
家が崩壊していた。
完膚なきまでに潰されて、もう跡形も残っていない。
ほとんどが粉々になり、風に流されている。
残ったのは少しの瓦礫だけであった。
「龍雪……?」
龍竜は呟く。家に残してきた自分の孫の名を。
その言葉に四人はハッとした表情になる。
家が崩壊していた……それなら、龍雪は?
全員が嫌な予感を感じながら、瓦礫をどけていく。
「う、嘘だろ……」
ジャイアンがボソリと呟いた。そして身体をワナワナと震わす。
「龍雪!!」
それを見て、龍竜は急いでジャイアンの方へ向かう。
「あ、あ、あぁぁぁぁぁあっ!!!! 嘘じゃ! こんなの!!」
龍雪は、死んでいた。
瓦礫に潰されて、腕や足は見られないくらいに酷い様になっており、腹からも血が大量に出ていた。顔には生気がなく、かつての美しさは見る影もなかった。
龍竜だけでなく、のび太たちも顔を歪ませた。
龍雪の作ってくれた料理や、美しい笑顔、この二ヶ月で刻んだ記憶を思い出して、泣いていた。
「誰が……こんなことを」
龍竜は怒りに肩を震わせる。
「俺だ」
突如聞こえたその声に、全員が身体を震わせた。
全身に悪寒を感じ、まるで地獄にでも来たかのような気分になる。
「お、お前は……」
龍竜だけはその声の主を知っているようで、そちらを向いた。
「久しぶりだな、親父。……おっと、昔の名前は呼んでくれるなよ? 今の俺の名は、
その正体は、龍竜の息子……虎神。
ドラゴン拳を殺すために生まれた拳法、タイガー拳の創始者である。
「貴様ぁっ!! どういうつもりだぁっ!!!!」
龍竜は思わず声を荒げる。
「どういうつもり? ふむ、まあ簡単に言うと……ドラゴン拳を殺しにきた。ただそれだけだ」
「な、なぜだ」
「ふん、簡単な理由だ。最強を示すため。ただそれだけだ」
「それなら正々堂々わしに勝負を挑めば良いだろう!? 龍雪を殺す必要はなかったはずだ」
「おぉ、確かにそうだ。すまないな」
虎神は全く表情を変えることなく、さらりと謝罪をした。
反省しているような様子は一切見えない。
「すまないなぁっ……? 貴様、娘を殺しておいてなんだその態度は!!」
「ふん、謝ったではないか。何が気にいらない?」
「……完全に腐ってしまったようじゃの」
「腐っているのは貴様の肉体だろう? 老いぼれジジイ」
ニヤリと虎神は笑う。
そして気づくと、虎神は龍竜の目の前にいた。
「な!?」
思わず龍竜は後ろに飛び退く。
なんじゃ、この速さは……わしでも捉えきれんかったじゃと?
龍竜は心の中でそんなことを考えつつも、焦りと驚きを表に出さないように振る舞う。
「ふっ、隠しきれていないぞジジイ。貴様は今、恐怖している。俺に、この俺の底知れぬ強さにだ」
「な、貴様なんぞに恐怖など」
「ははっ、おいおいジジイ……滑稽なものだな。今度は足が震えているぞ? 心中を読まれて動揺しているのが丸わかりだ」
そう言ってから虎神は地面に転がった龍雪の死体の顔を踏み潰した。
「なっ……!?」
そのあまりの残虐さに、龍竜は動揺を隠すことができなかった。
あまりの出来事に、身体を震わせる。
のび太たち四人は先ほどから起こり続けるあまりの出来事に身体も頭も付いて行かず、ただ黙って現状を見ていることしかできなくなっていた。
「貴様ぁっ! 無事で帰れると思うなよぉっ!!」
怒りのパワーなのか、龍竜の後ろにはうっすらと龍のようなオーラが見える。
「見せてやろう。ドラゴン拳の力を」
言って龍竜は虎神に飛びかかる。
「下らん、貴様のドラゴン拳がどれだけ滑稽なものか、俺のタイガー拳で証明してやる」
「ドラゴンクロウ!!」
龍竜が最初に放ったのは、ドラゴン拳の基礎の技ドラゴンクロウ。
洗練された動きによる強烈な一撃が虎神に放たれた。
「タイガー拳を使うまでもないな。まさかここまで落ちぶれていたとは」
「う、嘘じゃろ?」
ドラゴンクロウは虎神に確かに当たった。
普通ならただではすまない破壊力のはずだが、虎神にはその攻撃が少しも通用しなかったのである。
「わざと一撃食らってやったというのに……もう良い。死ね」
虎神の強烈な一撃が、龍竜の腹を貫いた。
血飛沫が飛び散り、世界を真っ赤に染めていく。
のび太たち四人は絶望するしかなかった。
「さて、どうしたものか……お前ら、ドラゴン拳を習い始めてどれくらいになる?」
そんな中、殺した龍竜を気にすることなく虎神は冷静にのび太たちにそう尋ねた。
もちろん、誰も答えられない。
恐怖で動くことができない。
「ふぅ、やれやれ最近の子供はまともに話すことも出来ないのか……?」
言って虎神はのび太たちにゆっくりと詰め寄っていく。
「ん? こいつ……」
すると、ある程度進んだところで虎神の動きが止まった。
「はっ」
「ははっ!」
「はははっ!!」
「素晴らしい、素晴らしい才能だっ!! こんなドラゴン拳なんかにいるには惜しい……惜しすぎる人材だ。よし、気に入った」
言うと虎神はしずかに詰め寄り、その細い腕を掴んだ。
「しずかちゃん!!」
のび太は思わず叫ぶ。
「近くで見れば見るほど素晴らしい……」
「ひっ!?」
しずかは恐怖に震え、尻餅をついた。
「おいおい、しっかりしてくれ。お前は俺の仲間になるんだ」
「な、仲間になんか……」
恐怖しながらも、しずかはしっかりと抵抗の意思を示す。
「いいや、なるさ。お前は俺の仲間になる。これは決定した。誰も覆すことはできない。俺の決めた未来は絶対のものだ。今までそうなってきたし、これからもそうなる」
そう言って、虎神はのび太、スネ夫、ジャイアンの方を向く。
「運が良かったなぁ、お前ら。この娘の代わりに、お前らの命は助けてやろう」
「な、しずかちゃんをどうするつもりだっ!!」
のび太は声を荒げて、虎神に向かい一歩踏み出す。
「大丈夫だ。安心しろ……仲間になるだけ、それだけだ」
そんな言葉を信頼できるわけがなかった。
あれだけ良くしてくれた龍雪を殺し、のび太たちの立派な師匠だった龍竜も殺した人間の言葉を、のび太たちが信じられるわけがなかった。
「もう限界だ!! 僕は行く!!」
その時、走り出したのは意外にもスネ夫だった。
もうこれ以上大切な人を失いたくない! その思いがスネ夫に勇気と力をもたらした。
ここに来て二ヶ月、スネ夫も人間として成長したのである。
「見せてやる!! ドラゴンクロウっ!!!!」
スネ夫の渾身の一撃が、虎神の腹に直撃する。
それは二ヶ月間、これまで打ち続けてきたドラゴンクロウの中で最高の一撃だった。
流石にただでは済まないだろう。スネ夫はそう思った。
「ふふっ」
しかし、現実はそんなに甘いわけがなかった。
小学生が、それも平和ボケした現代からやってきた軟弱な小学生が、たった二ヶ月修行したくらいで、一つの拳法を極め、鍛え上げられた肉体の大人の男にダメージを与えられると思うなんて考えが甘すぎたのである。
「ジジイの教えは生ぬるいからな。俺が教えてやろう。身体で覚えろ……これがドラゴンクロウだ」
「がはっ!?」
虎神から放たれたドラゴンクロウはスネ夫の下半身を吹き飛ばした。
まるでだるま落としのように、上半身だけが地面に落下する。
「おっと、せっかく教えてやったのに……死んでしまっては意味がないじゃないか」
「嘘だ……スネ夫が」
「あ……あ……」
ジャイアンとのび太は、しゃがみ込んだ。
なんでこんなことになってしまったんだと、自らの運命を恨んでいた。
しずかは虎神に腕を掴まれたまま気絶し、動かない。
「あ、あ、あぁぁぁぁぁあっ!!!!」
気づくとのび太は走り出していた。
僕がみんなを守るんだ。そう強く思い、がむしゃらに虎神に向かっていく。
「ふん、愚かなだな。力も策もなく向かってくるなど、馬鹿のやることだ」
虎神は容赦ない一撃をのび太に放つ。
しかし、その一撃はのび太に当たることはなかった。
「ほぉ?」
虎神はニヤリと笑う。
「ジャイアン!!」
のび太は叫んだ。
虎神の攻撃はのび太に当たらず、のび太を庇い、前に出たジャイアンに当たっていたのである。
「な、なんで……」
「なんでって? そんなの決まってるじゃねえか」
ジャイアンは腹から血を垂れ流しながらのび太の目をしっかり見た。
「お前のモノは俺のモノ、俺のモノは俺のモノだ……そうだろ? 心の友よ」
ジャイアンはガキ大将らしくニヤリと笑い、そのまま絶命した。
「ジャイアン……そ、そんな……」
のび太から涙はもう出なかった。あまりにも無茶苦茶な現実に、もう感情が死にかけていた……そして、あまりに強烈なストレスによるショックに身体が耐えきれず、気絶した。