My FMO   作:長瀬敬

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序章

 女は旨そうに煙草を吹かしていた。

 愛機の足下に寄りかかり、頭上のヴァンツァーを見上げる。

 緒戦で無理をさせたのだろうか、女が搭乗した愛機が、恨めしそうにこちらを睨んでいる気がしてならない。

 

「おい。そいつは身体に良くないぜ」

 住宅の傍に駐機している一機のヴァンツァーから声が掛かった。

 コックピットの搭乗口から、額が後退しかけた男が笑っている。

 窮屈そうなパイロットスーツの上からでも、鍛え抜かれた身体と一目でわかるその男は、袖を捲り上げて隆々と盛り上がる二の腕をハッチに乗せていた。

 

「黙れ禿げ親父。至福の一時を邪魔するな」

 

 女は不機嫌そうに毒づいたが、目は笑っている。

 

「我らのボスはまったく素直じゃない。もっと喜びというものを出したらどうなんだ」

 

 二人はしばらく睨み合ったが、そのうち小さな笑いが漏れ出した。

 

「これでも充分、喜んでいるつもりだよ、ヴィル。友軍の多くを救ったんだからな」

「ったく。初実戦での戦果が期待以上だぜ。アンタの戦い振りに撤退中の友軍は呆然としてたぞ? ありゃあ基地に帰ったら噂の種になっているな」

 

 共に前衛を張るアサルト機のヴィルが、寒気を覚えたかのように身震いしてみせた。

 女は眉根を寄せる。

 どんな噂になるか知らないが、大袈裟すぎるのではないかと思っていた。

 そんな活躍した覚えはない。

 

「そうだよ姉御。みんなすっごい褒めてたみたいだよ!」

 

 ヴィル機の背後から重苦しい歩行音をさせながら会話に入ってきたのはアンジーだ。

 そばかすを散らした童顔の彼女は、前衛を支援する支援機に搭乗しており、ヴィルと同じくハッチからを上半身を出しながら、興奮冷め切らぬ口調で喋っている。

 その間も下半身のみでヴァンツァーを歩行させているのだから器用なものだった。

 

「ほんと、実戦が初めてだなんて詐欺じゃないかしらね」

 

 珈琲の香りが女の鼻腔をつく。

 コーヒーカップ片手に苦笑して歩み寄ってくるのは、アンジーと同じく支援機に搭乗しているヴィヴィアンだ。

 彼女は完全にヴァンツァーから降りており、戦場には似付かわしいくないほど優雅に珈琲を飲んでいる。

 

「いやいや、実際すげぇのは事実ってもんよ? 俺もセンサーで敵機がどんどん消えていくの見てたら、正直、O.C.U.で良かったって思っちゃうもんね」

 

 やけに軽い口調が通信機から流れる。

 彼の名前はケリーだ。

 この場におらず、一人離れた場所で警戒をしている。

 部隊の目であるレコン機に搭乗しているので、今頃は鬱陶しい前髪を払いつつもモニター画面とにらめっこ中なのだろう。

 

「まったくだ。お前が標的を見つける度に、このボスが真っ先に飛び出すんだから、俺も苦労するもんだ。心労で額が広がる一方だぜ」

「そらちょうどいい。俺の前髪が長すぎるからさ、帰還したら切ろうと思ってたんだ。良かったら植毛にどうだい、ヴィルじい?」

「若造が、調子にのるな!」

 

 豪快に笑ったヴィルは丸太のような腕で通信機を叩いた。

 その勢いは通信機越でも強烈だったらしく、ケリーの盛大な呻き声が隊内通信で響き渡る。

 

「クラッシュって呼ばれるていたな、撤退中の部隊に」

 

 重々しい動作で女の愛機に並んだヴァンツァーから、からかい口調が飛んだ。

 それに搭乗するのは、色白で東洋系の顔をしたケイだった。

 重武装重装甲のアサルト機を操り、隊の盾役として常に最前線に立ち続ける彼の度胸は並大抵のものではないだろう。

 

「まるで狂人扱いされているようで非常に不快なんだが?」

 

 しかめっ面になる女だが、口元は緩んでいる。

 

「いよ、色男。激しい援護射撃は助かるぜ。ボスも安心して突っ込めるみたいだが、あまりじゃじゃ馬にすると付き合うのが大変だぞ?」

 

 悪い気がしていない様子の二人を茶化すヴィルに、女は殺意の眼差しを向ける。

 

「上等だなヴィル。U.S.Nのヴァンツァー共々鉄屑に変えてやろうか?」

「おっと、マジな口調だなこれ」

 

 あまりに堂々とした宣言に、ヴィルは命の危険を察知して素早くハッチを閉めてヴァンツァーに籠もってしまった。

 煙草を吸いながら、女は改めて周辺を見渡した。

 フリーダム郊外であるここは、友軍が撤退する上で重要なルートだった。

 突如の宣戦布告と共にヴァンツァー初の大規模空挺作戦で押し寄せたU.S.N.軍の猛攻は、O.C.U.軍に支えられるようなものではなかった。

 市街中心部では未だに抵抗を続けているようだが、軍上層部のフリーダム放棄は決定している。フリーダム市の大部分がU.S.N軍に抑えられ現状では、仕方のない決定だろう。

 この郊外にも早々と侵攻されるのは時間の問題だ。

 女の部隊に与えられた任務は、夕刻のタイムリミットまで、市街地から撤退する友軍の援護だった。

 言い替えれば、フリーダムに展開していた全部隊の撤退を援護という大役だ。

 もちろん、部隊の戦力を上回る程の敵機が押し寄せた場合は、指揮官判断で撤退しても良い。

 決して、全滅覚悟の殿というわけではない。

 そんな中で、市街地から散り散りとなって撤退する友軍を深追いした敵部隊と交戦し、さきほど撃破したばかりだった。

 

「タイムリミットは……、あと一時間か」

 

 女は腕時計を確認して呟いた。

 そろそろ潮時かもしれない。

 敵は追撃に失敗したが、あくまで先行しただけの部隊だ。

 本隊がやってくる可能性は充分にある。

 離脱が遅れると自分達が捕捉されかねない。

 

「あー、皆さま、フレンドリー反応感知しましたけど……、悪いニュースを聞くかい?」

 

 予感は的中するものだった。

 通信機からケリーの声が流れた瞬間、女は煙草を投げ捨て愛機にするりと搭乗した。

 

「おいおい、良いニュースだけにしてくれって」

 

 ぼやくヴィルだが、既に臨戦態勢を整えている。

 

「良いニュースならロケット弾がたくさん残っていることよ」

 

 アンジーは自信満々に言ってのける。

 

「奇遇ね。私のミサイルもたっぷりあるわ」

 

 女と同じく素早く搭乗したヴィヴィアンがアンジーのニュースに乗っかった。

 

「残っている”弾数”だけを言えば、俺の残弾は500発と断トツで勝ちだな」

 

 部隊内の交信に耳を傾けながら、女はゆっくりと呼吸する。

 愛機のコックピットは狭い。

 だが、この狭さに居心地の良さを感じる。

 僅かな明かりしかないコックピットには、小さなパネルやキーボード、モニター類と無骨で頼もしい操縦桿がある。

 実戦は女の闘争心を刺激するものだった。

 生きているという実感が、ダイナミックに身体に伝わるからだろう。

 操縦桿から伝わるヴァンツァーの鼓動に身体中を高揚感が駆け巡る。

 

「で、悪いニュースはなんなんだ、ケリー?」

 

 女は改めて問う。

 

「撤退中の友軍を追って、相当数の敵ヴァンツァーが食いついています」

「数は?」

「三個中隊ほど」

 

 ケリーの真剣みの帯びた言葉に、全隊員の口から溜息が漏れたようだった。

 いよいよ本格的な敵大部隊の登場だ。

 

「ケリーよう……、そりゃあ一個大隊って言うんだぜ」

 

 ヴィルが呆れたような口調で突っ込む。

 

「まあ、少しでも良いニュースっぽく聞こえるように、な」

「全っ然なってないよ」

 

 と、アンジーが言えば、

 

「もっと捻りを入れなさい、お馬鹿さん」

 

 と辛辣な口調のヴィヴィアンだ。

 

「どうする? リーダークラッシュ?」

 

 おもむろにケイが聞いてくる。

 

「クラッシュはやめろ。まるでわたしの頭がどうかしているみたいだ」

 

 そう言い返したものの、他の隊員達は女の命令を待っている。

 ヴァルキリー隊の編成は6機2個小隊という変則的な戦力だ。

 実に五倍の戦力差である。

 これだけの物量差ではかなり厳しい戦いになり、下手を打てば包囲殲滅も免れない。

 

「友軍はどれくらいだ?」

「現在、交信中、ちょいとお待ちを」

 

 女の頭には友軍を見捨てて撤退はない。

 前哨戦の快勝で部隊の士気は高く勢いがある。

 対してU.S.N.軍は調子に乗って深追いをしているのだ。

 そこに勝機はある。

 

「どうやら壊滅した部隊の混成軍のようですが、避難中の民間人も一緒だと……」

 

 ケリーの答えで、心は決まった。

 

「ヴァルキリー隊、全機前進!」

 

 女の掛け声と共に全員から頼もしい声が上がる。

 

「オーケーボス!」

「やりますか、姉御!」

「U.S.N.におしおきね」

「まあ、なんとかなるだろ」

「ナイス判断だ、クラッシュ」

 

 民間人を救わなければならない。

 友軍も見捨てられない。

 ただ、それだけの想いで、女はヴァンツァーを走らせた。

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