遠くでうっすらと立ち昇る黒煙をモニターに捉えながら、女の黒一色で塗りつぶされた愛機は疾駆していた。
その隣を並走しているのはO.C.U.軍の標準カラーリングを施したヴァンツァーで、両手にショットガンを握っている。本人同様、威圧感たっぷりのヴィル機だった。
ここは既にフリーダム市街地だ。
両機は周囲を警戒しながら目標地点に向かっている。
「ケリー、敵の反応はどうだ?」
「衛星画像を拾ったが、絶賛友軍を追撃中。こちらにはまだ気付いていないようだね」
おそらく追撃戦で警戒を怠っているのだろう。
好都合である。
「作戦通りで行くぞ、ヴィル」
「おっかない作戦だけどな」
「何か不満か?」
「いやあ、これしかないだろうよ」
忍び笑いを噛み殺したかのようにヴィルが呟いた。
「ボスと俺が接敵間際、ヴィヴィアンとアンジーとケリーがミサイルとロケットの砲撃支援、敵の機先を制して側面から突撃し、相手を攪乱。その間に友軍に戦線離脱してもらう。まあ、うまくいけば最高のビールが飲めそうだ」
ヴィルはもう基地に帰還した時の事を考えているようだ。
「安心しろ。標的をわたしたちに変えて追撃してきたところをケイが待ち伏せて一網打尽だ」
「熱いね、お二人さん」
「いまこの場で貴様の毛髪を毟り取るぞ」
女は軽く舌打ちをして、荒々しい語調となる。
「とはいえ一個大隊にたったの2機での突撃じゃあ肝が冷えるぜ?」
「わたしがすべてを一撃で葬る」
その断言に通信機から口笛が漏れた。
隊内通信なので今の会話は全機に聞こえている。
口々に褒めているやらからかっているやらの”お喋り”が始まった。
「無駄話はここまでだぞ、死体ども(ヴァルキリー隊)」
「リーダークラッシュ、撤退中の友軍から通信ですよ。今、繋ぐんでどうぞ」
「クラッシュはやめろ」
もはや自分の名前がクラッシュと定着しつつあるのが頭痛の種になりそうだった。
「こちらO.C.U陸防軍機動部遊撃機動隊所属のヴァルキリー隊。現在、撤退中の友軍援護を任務している。息をしているのなら応答しろ」
問いかけから応答がない。
女は若干の間を置いてから再び同じ通信を繰り返すが、やはり反応がない。
「本当に通信回線が開いているのか?」
「ちょっと、待って下さい……、今、市内に現存する防犯カメラ映像をハッキングしてるので」
やはり双方向通信に異常があるのだろう。
ケリーは別の手段で状況を伝えようとしている。
「これは、通信が妨害されているか、思った以上の激しい追撃か、二つに一つだろうな」
いつもの軽い調子を抑えて真面目に呟いたヴィルだ。
「あるいはその両方、か」
女も冗談を言う気になれなかった。
「よし、ハック完了。映像合成まであと15秒」
「合成は不要だ。すぐに映像を流せ」
「了解。これが生のライヴ映像です」
女のモニターに防犯カメラ画像が乱立した。
そこには友軍ヴァンツァーが何か対して発砲している様子や、退避中の軍用トラック列の最後尾にいる装甲車から幾度もマズルフラッシュが煌めいていた。
別の映像ではU.S.N軍のカラーリングを施したヴァンツァー数機が、建物の陰から発砲を繰り返している。
「クソッ、尻に噛みつかれてやがる!」
窮屈なコックピットで猟犬のように唸ったヴィルだ。
これは悠長な光景ではない。
友軍ヴァンツァーの機体はどこも損傷していて満身創痍が確認できるし、トラック列の最後尾を守る装甲車から発砲は、すぐ近くまで敵ヴァンツァーが迫っているという証拠だ。
「全機前進、近接格闘戦準備!」
女の決断は早かった。
中陣に控えていたケイは、その重武装を前面へと動き出す。
ヴィヴィアンとアンジー両機は遠距離砲撃支援を中止、前線にて近接火力支援に移行の為、移動を開始した。
ケリーも同様に、より前へと進出し、少しでも多くの火力を敵に集中させようとする。
当初の作戦では友軍に誤爆の恐れがあり、かといってたった2機が側面を突いたところで、火力支援のない状況では一個大隊を攪乱するのは難しい。
たちまち包囲殲滅の憂き目にあうだろう。
残された手段は一つ。
部隊の火力を一点に集中し敵の追撃を押し止め、その火力の飽和中に敵アサルト勢を突破、後方にいる指揮官機を潰す。
まったくもって女向きの作戦だった。
「ケリー、敵の詳細は?」
「ただいま前進中。そろそろセンサー範囲に収まるはずだ」
レコン機を操るケリーはヴァルキリー隊の目だ。
いかに有利な位置取りが出来るかはケリーの腕にかかっている。
「急げよぅ、お前の千里眼だけが頼りなんだぞ」
ヴィルはまるで獅子のように残り少ない頭髪を逆立てていた。
これから始まる絶望的な火力戦、5対1の圧倒的な火力差に戦慄でもしているのだろう。
「敵構成はアサルト9、ミサイラー6が現時点での詳細だけど……」
ケリーのセンサーが捉えた詳細は各機体に表示された。
「大隊規模にしては少ない。もっといるはずだが」
「悩んでいる暇はねえぞ」
女の懸念にヴィルが口を挟む。
逼迫した状況に敵戦力が不明瞭だからといって、前進を止めるわけにはいかない。
撤退する友軍の援護が任務なのだから、躊躇はしていられないのだ。
「こちらO.C.U陸防軍機動部遊撃隊ワイルドグースのエドガー! 無線が通じている味方は応答を願います! 繰り返します、こちら―――」
ふいに撤退中の友軍からの通信回線が開いた。
女は直ちに応答する。
「ワイルドグース隊、聞こえたぞ。わたしはO.C.U.陸防軍機動部遊撃機動隊所属のヴァルキリー隊。現在、撤退中の友軍援護を任務している。そちらの状況は?」
一瞬の静寂後、無線からは悲壮の叫び戻ってきた。
「現在、敵機と交戦中! 状況は劣勢です! 弾薬が尽きれば全員が死にます!」
「落ち着け、ワイルドグース! そちらの戦力はどうなっている?」
「―――ワイルドグースは自分1機を残して全滅。隣で共に交戦中なのはO.C.U.軍遊撃機動中隊のドラグーン隊最後の生き残りであります!」
「了解した。もう間もなく到着する。それまで頑張れるか?」
「弾がある限りはなんとか!」
女はその通信を聞き終わる前に、更に自機の速度を上げた。
部隊一の最軽量仕様のヴァンツァーである女の機体は、随伴するヴィル機を徐々に引き剥がしていく。
他の隊員のヴァンツァーは重武装なのでもっとも顕著に離されていった。
「へい、ボス。一人で突っ走っても死ぬだけだぞ」
ヴィルの注意は耳を素通りするだけだ。
もう少しでバトルゾーンだ。
焦る衝動を抑えようにも、女の性格はそれを許さない。
―――いま、すぐそこに迫る危機があるのだ。
機体限界速度ぎりぎりで疾走し、ようやく有視界に退避中の車列を捉えた。
崩れた建物を縫って進み、南西へと脱出を図る車列に近付く。
「対岸はまだ味方の勢力圏内だ! 急いで川まで退避しろ!」
女が拡声器で呼びかけると、ドライバーや搭乗している兵士達が喝采を上げた。
「おお、神様! 天は俺達を見捨てなかった」
「味方のヴァンツァーか! とっととU.S.Nのクソッタレ共をぶち殺してくれ!」
「脱出したらレディに一杯奢らせてくれよ!」
「戦場の女神様とは、まさしくアンタのことだったのか!」
それこそ蜂の巣を突いた程の大騒ぎとなった。
こちら目掛けて大きく手を振っている兵士もいれば、あろうことか投げキッスまで送ってくる糞馬鹿野郎までいる。
「……なんだ? ……まさか、わたしが女だからか?」
溜息交じりに呟いた女だ。
ヴァンツァーの拡声器から女の声が流れたらこの有様である。
が、女は苦笑をしながら、無理もないと思った。
O.C.U軍のフリーダム防衛線は崩壊し、ほとんどは壊滅状態で敗走している。
開戦時の前線構築中に、フリーダムでは大規模なヴァンツァー戦が繰り広げられていた。
目の前の車列にいる兵士達はその中を生き残って脱出してきたのである。
敵にいつ包囲殲滅されるか分からない重圧は想像以上のものだったのだろう。
絶望下で友軍の助けがくれば、誰しも歓喜を上げるものだ。
「こちらはヴァルキリー隊だ。退避中の部隊行動を指揮している者はいるか?」
女が通信機に問いかけると、程なくして応答が返ってきた。
「ヴァルキリー隊へ、援護感謝します! この車列は壊滅した部隊の混成隊です! 母体はO.C.U.陸防軍第一軍戦車師団戦車中隊ウォンバットであり、自分はそれに所属しているビーンであります!」
音声に混じって激しい射撃音が流れる。
「貴殿らの状況は?」
「現在、車列最後尾の装甲車を運転中であります! すぐそこまで追撃しているU.S.N軍に追いつかれそうです!」
モニターを拡大させれば、車列最後尾から断続的なマズルフラッシュが光る。
「もう貴殿らを捉えている。ところで旋回機銃はヴァンツァーに有効なのか?」
「12.7mmでも装甲の薄い部分を狙えば有効だが、いかんせ悠長に撃っていられなくてね。ここから脱出できたら必ず奴等の頭上にクラスター爆弾をお見舞いしてやる」
通信機はビーン以外の人間の声を流す。
「爆弾、とは貴君は防空軍の者か?」
「空防軍実略部攻撃戦術航空団ブルーバード所属のノンだ。今は撃墜されてこの装甲車機銃射手をやってる身分だけど、ね!」
再び乾いた射撃音が通信機から流れる。
「残った味方は貴君らですべてか?」
「O.C.U.軍残存兵力は市中心部で孤立、徹底抗戦をしている一部を残して、自分等が最後であります!」
女の問いかけに応えたのは操縦者のビーンだ。
「了解した。撤退を援護する。そのまま南東方向に全力で離脱しろ。背後のいるU.S.N.の犬はわたしが躾けてやる!」
最後の加速と言わんばかりに女の機体が震え、アスファルトを削る地響きが風の如く装甲車を通過していく。
「な、なんだ!?」
余りにも常識外のスピードに、殿にいたワイルドグース隊のエドガーは呆気に取られた。
同様に一瞬、射撃を止めてしまったドラグーン隊のヴァンツァーだ。
「ケリー! 戦術データリンクを確立、ヴィヴィアンはわたしの眼前200m広角90度にロケット掃射、アンジーは機体レーダーに捉えた敵機にミサイルだ!」
早口に吠えた女は殿のワイルドグースとドラグーンを抜き去り、道路に燻っている車両を飛び越えた。
その先にいるのは――
U.S.N.のヴァンツァーだ。
「ヴァルキリー全機、殴りこむぞ!」
再び吠えた女は、漆黒の機体を突撃させた。
これに度肝を抜かれたのはU.S.N.軍のパイロット達だ。
追撃戦は彼等にとって楽なもので、敗走するO.C.U.機を七面鳥狩りのように撃ち取るだけの簡単な仕事だった。
ここまで来るのに孤立していたO.C.Uヴァンツァーを何機も撃破していたのだ。
「な!? 馬鹿かコイツ――」
ところが、馬鹿正直に正面から突っ込んでくるヴァンツァーがいた。
引きつる顔のU.S.N.軍パイロットだったが、的が勝手に銃口に向かってくるのだから撃つだけでいいはずだった。
うすら笑いを浮かべ、その漆黒のヴァンツァーに発砲する直前。
「!?」
凄まじい砲撃がU.S.N.軍機に降りかかった。
着弾の激震と舞い上がる粉塵で視界は完全に奪われる。
直撃はなかったものの、その衝撃にモニター画面がちらつき、通信障害も発生した。
そして、気付いた頃には遅かった。
爆煙から漆黒の機体が躍り出る。
速度の乗ったナックルがU.S.N.機に炸裂した。
まるで砲弾が直撃したかのような衝撃にヴァンツァーは吹き飛び、ビルに激突する。
唖然とそれを見ていた僚機のU.S.N.機は、我に返り銃口を女の機体に向けるが、その瞬間にミサイル警告がコックピットに響き、回避する間もなく爆散した。
「はっはぁ、ボスが突破した!」
なんとか追従してきたヴィルは女の機体が走り去っていくのを確認する。
それに釣られたU.S.N.機に対し、ヴィルは両手に装備してショットガンで粉砕。
見事なスイッチに胴体を貫かれたヴァンツァーは見る影もない。
「待って、それ喜ばしいことじゃない。データリンクから隊長の反応が消えたわ」
ヴィヴィアンがコントロールパネルから女の機体反応を拾おうとする。
「通信途絶、だが悠長に探してられないぜ!」
ケリーが叫ぶ。
「ちっ、敵さん、もう態勢を立て直しやがったか」
ヴィルはモニターに映る敵機が自分達を包囲しようと動いているのが見えた。
「アンジー、ロケット弾は残ってるか?」
「さっきので全弾使い切ったよ!」
「オーケー、じゃあ俺の援護だ。ヴィヴィアンも消えたボスより援護に回れ。ケリーは引き続きボスを追い、何かあったらすぐ知らせろ。ケイ! 追いついてこれるか?」
女の代わりに威厳を保ってヴァルキリー隊をまとめにかかるヴィルだが、表情は険しい。
機体レーダーにはこちらの倍はいるU.S.N.機の反応があるのだ。
「もうすぐだ。朗報を持ってそっちに合流する」
「朗報ってなに?」
アンジーが無邪気に聞く。
「撤退中の友軍と擦れ違った。民間人も無事だ」
「まあ、朗報と言えば朗報だけど……」
明らかにがっかりした口調で呟くアンジーに、ヴィルが高らかに笑いながら言い放った。
「おいおい、俺達はこの為に来たんだぜ? 任務成功じゃあないか!」
狭いコックピットで大声で笑い叫ぶヴィルに、後衛の面々は盛大に溜息をつく。
「その後が問題なのよ」
ヴィヴィアンが頭痛を堪えるように額に手をやる。
「分かってたとはいえ、こうも敵に包囲されちゃあ……、萎えるぜ」
ケリーのほうは胸元で十字を切った。
「ボスが指揮機を仕留めるまでの辛抱だ。各機、ケリーを中心に方陣を組め」
ヴィルは建物から飛び出してきた敵機にショットガンを続け様に放つ。
こういう防御戦にもっとも不向きな武器だが仕方ない。
レーダー画面を見れば、敵ミサイラーからのロックオンが表示されている。
うまくビル群を遮蔽物に直撃は避けるが、包囲の輪が縮まればそれも出来なくなる。
「あんたにとっては機動戦のほうが楽だよな」
ケイから通信にヴィルは肩を竦めた。
「ヴァンツァー自体に防御戦闘なんて向かないさ。こういう時は戦車だな」
ようやく市内の交差点、崩れた建物や自動車で築かれたバリケードのある地点でヴィヴィアンとアンジーに合流する。
だが、それは同時に、十字砲火の危険があることを指し示していた。
「うわぁ、禿親父と一緒になっても嬉しくない」
アンジーの容赦ない一言に、流石のヴィルも眉根を寄せる。
「いくら俺が鋼の精神を持ってても傷付くぞおそれは……」
禿親父と童顔少女の年齢差は実に父娘レベルだ。
ちょっぴり気の毒どころか、大いに同情を誘うものだろう。
「違うって! そういう意味じゃなくて、U.S.N.軍も一緒ってところだよ」
「それくらいヴィルも分かってるわよ。貴女をからかってるだけ」
ヴィヴィアンがわざわざ注釈を添える。
「……こんな時の冗談は冗談って言えなくない?」
唇を尖らせるアンジーに、遅れて合流したケリーが小さく笑った。
「禿親父の悪ふざけはいつものことだろ?」
「いっそのこと、ヴィルを残して撤退するのもいいんじゃないかしら?」
今度はヴィルが冗談の的になっているのだが、その間にも敵ヴァンツァーが迂闊にも姿を現した瞬間を、ヴァルキリー隊は見逃さない。
4機からの集中砲火にたちまち鉄屑となった。
「お前らなあ。それこそボスが敵をぶっ飛ばして帰還する時に退路がなかったら、ボスは俺達を攻撃してくるぜ」
段々と敵砲火の激しさが増す中でも、遮蔽物をうまく利用して反撃し、軽口をやめない。
「うわ、姉御ならやりかねない」
「退路がないのにどうやって俺達を攻撃するんだか」
アンジーが嫌そうな顔をすれば、ケリーが素直な疑問を口に出す。
「馬鹿ね。隊長の行動に矛盾は通じないわ」
ヴィヴィアンが放った直接照準による追尾ミサイルは器用に建物を躱し、敵機目前で上空へと飛翔、すぐさま垂直落下して敵に命中させた。
「やっと2機か」
アンジーの無意識な呟きに、ヴァルキリー隊の面々は焦燥の色を隠せない。
未だ女と通信が途絶している状況だ。
敵指揮官機を撃破するのが先か、弾が尽きるの先か――
「1機追加してくれ」
ケイからの通信が入る。
どうやら退路を守るケイも敵ヴァンツァーを撃破したみたいだ。
「怖いね~、毎分6000発の高速徹甲弾で貫かれたら、挽肉だよな」
身震いするかのようにケリーはレーダー画面で敵機が消えるのを確認した。
それでもU.S.N.軍の包囲は完成しつつある。
本格的に包囲されたら、そこから敵の怒濤の反撃が始まるのだ。
ヴァルキリー隊各機はその予感を肌で感じていた。
「ケイもこっちきて援護してほしいな」
「馬鹿言わないの。退路を守るケイがいなくなったらそれこそおいしい珈琲が飲めなくなる」
「軍のコーヒーがうまいなんて言えるの、おめえだけだぞ?」
もはや砲火に切れ間がない。
濃密になる火線に晒されても、アンジーはそれでも冗談を言い、ヴィヴィアンは突っ込みになってない突っ込みを入れ、ヴィルは軽口を叩く。
「あー、みんな、ちょっと聞いてくれ」
そこへ、ケリーも冗談の輪に加わろうかと言わんばかりに口を挟んだ。
「なに? いい話ならいっぱい聞きたいけど」
アンジーはまったく期待していない調子で答える。
「ちょっと悪い話と、更に悪い話だ」
「拝聴しようか」
ヴィルが遮蔽物から機体を晒してショットガンを放つが、それ以上の弾丸が襲いかかり、腕や胴体に被弾した。
「レーダー妨害著しいから試しにセンサーをECMDに切り替えた」
一端、言葉を切ったケリーの額はじっとりと汗を滲ませる。
「相手にECMを搭載したジャマー機が複数いた」
「……別にジャマーくらい珍しくないでしょ?」
ヴィヴィアンは返答しながらも、喉が異様に乾いていくのを感じた。
「レーダーや通信機の妨害もジャマーの存在で納得ってだけだよね?」
アンジーの背中はただならぬ悪寒に震え出す。
「敵は大隊規模、じゃなかったことか?」
ヴィルは鋭い眼光でケリーの顔が映るモニターを睨んだ。
「一瞬だけ映った機影を分析した結果、三個大隊規模と判明」
その途端、各機のコックピットにアラームが鳴り響いた。
「じゃあ、当初の三倍ってこと!?」
ロックオンされた状況に対してアンジーはヴァンツァーの腕を交差させ、ミサイル防御の姿勢に移した。
「問題は数じゃねえ!」
ヴィルも被弾した面を極力遮蔽物に隠す。
「それだけの規模なら、砲兵火力が充実しているってことね」
ヴィヴィアンがメインカメラを上空に向け、拡大映像をモニタリングする。
そこには白煙を走らせる飛翔体が何十個も確認出来た。
「ミサイル、ロケット弾、砲弾のオンパレードってやつだよ!!」
ケリーの叫びの後、交差点のバリケード共々、鋼鉄の旋風がヴァルキリー隊を襲った。
それこそ、指揮官機に突貫する女のヴァンツァーにも反応が拾えるほどの火力だった。
敵アサルトを突破した女は、そのままミサイラーが布陣する箇所へと自機を走らせる。
開けた公園に6機のヴァンツァーを捉えた。
相手も機体レーダーで気付くも遅すぎる。
いや、例え気付いたとしても余りの早さに対応出来ないだろう。
振り向きと同時にU.S.N.機は引き金が絞ったが、間に合うわない。
漆黒のヴァンツァーが速度に乗せたナックルがミサイラー機を盛大に吹き飛ばした。
十数トンの重量を誇るヴァンツァーが吹き飛ぶ様を見た敵機は硬直している。
あり得ない光景を前に、U.S.Nパイロットはすぐに反応出来ない。
ヴァルキリー隊率いる女のヴァンツァーは両腕にナックルだけ装備した、近接格闘戦オンリーのストライカー機だ。
普通ならこんな装備は選ばない。
並大抵の度胸がないと格闘戦なんて難しい。
格闘戦を選ぶ時は、それこそ支援用の機体が敵機に接近された時の、防御戦闘に仕方なしに移行する時だけだ。
にも関わらず、女は好んでこの装備にしている。
視界が悪い都市戦こそ、この装備が生かされると確信していた。
その一撃必殺で派手に敵を葬る偉業が、多少の皮肉を織り交ぜて“クラッシュ”というように呼ばれたのは記憶に新しい。
女は棒立ちした敵機に無慈悲にナックルを叩き込む。
息を吹き返したU.S.N.各機はようやく反撃を試みるが、極限まで軽量化したO.C.U.軍が誇る漆黒のゼニスを照準に収められなかった。
高速疾走に翻弄された敵機は視界外から、猛り狂う一撃をお見舞いされる。
不意打ちみたいな一撃に、腕もろとも胴体を揺さぶられ膝を突く。
残りの敵機は狂ったように軽マシンガンを連射するも、女の機体を捉えることが出来ない。「動きが鈍すぎるぞ!」
吠える女は瞬時に接近し、ヴァンツァーの胴体を走り抜けざまに打ち砕いた。
一方的に追い詰められたU.S.N機に更に苛烈な一手がお見舞いされる。
愛機の各所が限界負荷の警報音を鳴らすも、身体全体にアドレナリンが行き渡る女には聞こえてなかった。
しかし、頭は視界映像を冷静に見据え、敵の挙動が手に掴むように判断出来る。
瞬き一つせず、自分が叫び声を挙げているのにも気付かず、考える前に機体を動かす。
鈍重なU.S.N.機のミサイラーは、その漆黒の機体の高速運動にまったく付いていけない。
女は傍の敵機を盾にしつつ、間を置かずして飛び出し、苛烈な拳を放ち続けた。
胴体を貫かれ、膝を着いたヴァンツァーが傾き、僚機を巻き込んで倒れる。
それには目もくれずに、残った1機に向かって温存したローラーダッシュで急接近。
スピードを乗せたナックルが頭部を粉砕する。
完全に敵機は沈黙した。
女は愛機のコックピットで、荒い呼吸を繰り返していた。
肩が上下に大きく揺れている。
居心地が良かったはずの空間も、今では蒸し暑く不快な場所へと変貌していた。
深呼吸で気持ちを静めると、改めて周りを見渡した。
黒煙を上げているU.S.N.ヴァンツァー6機が地面に身を沈め、勇壮な姿であった戦場の花形は、今やただのスクラップだ。
「こちらヴァルキリーリーダーだ。状況を報告せよ」
足下に沈むU.S.N.機のどれかが指揮官機だろう。
前線に展開しているアサルトもこれで退くはずだなのだが……。
「ヴィル、応答しろ」
通信機は砂嵐のような音を垂れ流すのみで、他は何も聞こえない
「ケリー、わたしの通信は拾えるか?」
再度、呼びかけても誰も応答しない。
漠然とした不安が、徐々に膨らむ。
――ジャマーがいたか。
「聞こえるかヴィヴィアン? アンジーでもいい」
女の問いかけは砂嵐に消えるだけだった。
――まさか、分断されたのはこっちだったのか?
女は操縦桿を目一杯倒し、最初の接敵ポイントに急行する。
最悪の状況が頭に浮かんだ。
――包囲殲滅
もはや後戻りできない状況になっているのは分かりきっている。
軍人として、最悪の事態の想定は容易く浮かぶものなのだ。
「ケイ! 応答しろ!!」
ふいにモニターの片隅で閃光と黒煙が待った。
瞬時に衝撃が機体を震わせる。
今のは間違いなく砲撃だ。
その衝撃におかげで思考が一瞬、冷静になる。
女は一度、機体を停止させ、モニター画面にフリーダム市の市街地図を表示した。
もし分断された場合、退路となる地点はどこか。
また、仲間が戻ってこれるよう死守するポイントはどれか。
「この交差点か……」
女は、無意識に溜息を吐き出した。
方角は先ほどの砲撃地点。
U.S.N.軍はそちらに気を取られているだろう。
今なら、交差点を大きく迂回すれば、敵機に会わずに済む。
しかし、そんな選択肢は女にはなかった。
自分の目で確認したかった。
ちゃんと把握しておきたかった。
大通りを駆け抜け、角を曲がった先には――
コックピットの中で、微かな息漏れが聞こえた。
仲間の誰かと思ったが、ほどなくして自分の口から出ていることに気が付く。
「じょうだん、だろう…」
交差点中央は無残なものだった。
黒焦げになったヴァンツァーが燻っている。
膝を突いているのは、形状からしてケリーのレコン機で間違いない。
仰向けで突っ伏しているのはヴィヴィアンの機体だろう。
肩に装着されたミサイルで分かる。
少し離れた所では、建物に背中を預けて座っているアンジーの機体があった。
ヴィルの機体は、
それこそ砲弾の直撃を受けたかのような腕や脚のパーツが吹き飛んでいる。
――わたしの、せいか?
「ケイは……、どこだ?」
少なくともここにケイはヴァンツァーは見当たらない。
だが、これほど激しい砲撃だ。
ヴィルと同じように直撃して機体がばらばらになったのかもしれない。
まともに考えれば、ケイも敵に捕捉されているはずなのだから。
――わたしだけが、生き残っている?
女は信じたくなかった。
いや、現実では認めている。
ただ、受け入れられなかった。
ヴァルキリー隊のリーダーとして、一人だけ生き残ってしまった残酷な事実に。
ふいに機体レーダーが反応した。
U.S.N.を示す敵影を映し出したのだ。
それでも、女は機体を動かせないでいる。
自分の責任で部隊を壊滅させ、部下を死なせてしまった。
自責の念が、女に枷を掛けていたのだ。
女は生気の失った目で、その画面を眺めているだけだった。
もうすぐそこまでU.S.N.軍の増援が迫ってきている。
女が急行してきた通りから、U.S.N.機が姿を現した。
女はぼんやりと機体の映像から敵ヴァンツァーを眺める。
しかし、その瞳は何も映していない。
今の女に出来ることは、
茫然として敵に倒されるほかなかった。
「馬鹿野郎! さっさと逃げろ」
その時、コックピットの通信機から声が聴こえた。
――ケイ?
反対側の通りからケイのヴァンツァーが飛び出してきた。
自慢の重装甲に多くの弾痕を刻ませながらその勇姿を誇る。
「ケイ……か? わたしは……駄目だ……」
女が力なく呟くと、大きく機体を軋ませながら、U.S.N.軍にチェーンガンをお見舞いする。
「ヴォルキリー隊のリーダーはお前だけだ。お前がいればヴァルキリー隊はいつでも再建できる。俺の機体は脚が遅いから敵を粉砕してから合流する」
ケイは厳しい口調で話しかけた。
「お前は良くやった。こうなったのは誰のせいでもない。戦線を離脱しろ」
一呼吸おいたケイは、穏やかに言葉を紡ぎだしていた。
女は部隊の現状に、嗚咽を漏らすのみで一歩も動こうとしなかった。
激しい後悔の念が後から後から湧いて出てくる。
もっと考えていれば、
もっと慎重にしていれば、
もっと状況を把握していれば、
もっと戦術を考えていれば、
――調子にのっていなければ
「迷うな」
連続した爆音が市街に響き渡った。
「俺はお前の盾だ」
ケイのヴァンツァーの姿は、もはや大破といっても過言ではない。
それでも立ち塞がるケイは、チェーンガンで群がる敵機を寄せ付けない。
「だが……、わたしは……」
「いいから、早く行け!」
有無を言わせない口調だった。
ケイのヴァンツァーが女の愛機を肩で押しのける。
まるで戦意喪失した兵士はいらないとばかりに、何度も強引に押しのけるのだ。
女は機械的に機体を動かし、一歩ずつ漆黒の愛機を後退させる。
「そうだ。怖気づいた兵士は戦場に必要ない。とっとと失せろ!」
機体を反転させて速度を上げ、ケイから離れていく。
速度を上げて全速力で戦線を離脱する女を捉えながら、ケイは口角を吊り上げる。
「その……、調子……だ……」
徐々に通信機がノイズで乱れ始めた。
「おまえは……、死ぬ……なよ…………―――」
最後の言葉がECMに邪魔をされた。
後は砂嵐の音しか流さない壊れたテレビのようになった。
女は何も考えられなかった。
何も考えずに、ただひたすら敗走していった。
ようやく戦域を抜けた頃に、市街のほうで爆発が起こった。
ゆっくりと黒煙が立ち昇り、やがてそれも見えなくなった。
それが、ヴァンツァーの撃破された瞬間であったのは、周知の事実であった。
静まり返ったバリンデン基地の一角に、O.C.U.の国旗が掛けられた多くの棺が置かれていた。
開戦劈頭の大規模なヴァンツァー戦で命を散らした兵士達の遺体である。
縁のあった者達が眠っている仲間のもとへ訪れて、静かに冥福を祈っていた。
そこに、一人の女性士官が入口から歩いてくる。
胸元には名誉勲章を提げていた。
『貴君の活躍に寄り、多くの友軍が敵性区域から離脱出来た。よって、ここにその功績を称え、名誉勲章を授けると共に、階級の引き上げを持ってO.C.U.の感謝を捧げる』
女は無表情に敬礼を返し、それを受け取った。
勲章を授与されたその足で、そのままの格好でここに来たのだ。
五つの棺の前で歩みを止め、静かに見詰めていた。
――筋骨逞しい禿げ親父のヴィル。
第一次ハフマン紛争から闘っていた、前線で一番頼りになる男。
――童顔で少女のようなアンジー。
自分を姉のように慕っていた、可愛い妹分。
――勝気で溌溂としたヴィヴィアン。
軍のまずい珈琲をうまそうに飲む姿が眩しかった。
――理屈屋でお調子者のケリー。
常に隊のムードメーカーだった、な。
――そして、ケイ。
いつも、いつも冷静で、リーダーの素質が自分よりもあった。
『俺はお前のサポート役だ』
そう言って、リーダーの席を譲り受けた。
「……ばかやろう」
女は小さく呟くと、名誉勲章と階級章を強引に引きちぎって床に叩き付けた。
――なにが名誉だ。
仲間の死と引き換えにこれを得た……。
こんなもので、仲間が帰ってくるのか……。
やり場の無い怒りが込み上げてくるが、それはどうしようもないものだった。
女はポケットから五つの認識票を取り出し、自分の首に付けた。
二度とこんな目に合いたくない。
仲間なんていらない。
――ヴァルキリー隊は、おまえたちだけで充分なんだ。
涙なんて出るはずない。
悲しさなど微塵もなく、ただ自分が憎くて仕方がない。
やがて、女は棺の前で敬礼し、踵を返す。
その背中は、激しい後悔を背負いながら、仲間を後にして行った。