凶暴に照りつける太陽に隠れるように身を潜めるヴァンツァーがいた。
砂漠に適した迷彩を機体に施し、偽装ネットを頭から被って巨体をうまく隠している。
ネットの隙間からメインカメラに連動したライフルが突き出ており、遠くから見てもそれらを含めて砂漠の小山のようにしか見えない。
茹だる様に暑いコックピットの中では、女パイロットが額に汗を滲ませている。
操縦桿を握り締め、カメラに連動した4台のモニターを睨み付けていた。
砂塵の霞む先に、5機のU.S.N.ヴァンツァーが展開している。
女は目を見開いて、そのヴァンツァーを凝視していた。
狙撃ライフルのアイビスを構え、照準をメインカメラと同調させている。
しかし、引き金を絞る気配はない。
女は浅い呼吸を繰り返しながら、ただ硬直しているだけだった。
――ロクスタ砂漠。
フリーダム市とグレイロック市を挟んだ、海水湖が干上がって出来たハフマン島最大の砂漠地帯。今やその地域はO.C.U.軍とU.S.N.軍が乱れる激戦区に指定されている。
原油産出が期待できる資源の宝庫だが、北は“2ed Huffman Highway”に南は“1st Huffman Freeway”が砂漠を迂回するように敷設され、砂漠内の交通は不便だった。
その為、砂漠を横断するルートの中継地点の確立を兼ねて建設された町がラークバレーだ。
ラーカス事件を理由に宣戦布告をしたU.S.N.軍は、開戦劈頭に地上主力部隊を陽動とし、フリーダム市の防衛線突破を狙って大規模な空挺作戦を決行した。
これが、史上初の大規模なヴァンツァー同士の激突である。
結果、O.C.U.軍の防衛線は崩され、僅か一日でフリーダム市は陥落してしまう。
U.S.N.がフリーダムを占拠してからは、両軍はロクスタ砂漠を挟んで対峙する、膠着状態が続いていた。多くの部隊の主な任務が砂漠の哨戒任務というから、まるで一世紀以上前にヨーロッパ大陸であった”まやかし戦争”にそっくりだとも揶揄されている。
その情勢下で、1機のヴァンツァーが偵察任務に当たっていた。
砂に脚を取られないよう慎重に歩行している砂漠迷彩のヴァンツァーには、六つの認識票を下げた女が搭乗している。
彼女はフリーダム撤退戦時、自ら指揮した部隊を全滅させてしまった。
自分一人だけ生き残ってしまった事に自責の念を持ち続けているのだろう。
それが敵地偵察を主任務とする偵察機動部隊に志願した動機であった。
偵察機動部隊はヴァンツァーからなる少数編成で敵地に侵入し、フォートモーナスのU.S.N.主力部隊や、ソレイト、ベルチカ等の敵軍情報を収集する目的とする部隊である。
最前線よりも危険で、生還率も非常に低い部隊だ。
彼女にとってそれは、好都合だった。
単独行動も多いのも真に都合が良かった。
失態を犯して死ぬのは自分ひとりだけなのだから、と。
しかし、偵察機動部隊は簡単に入れるものではなく、それ相応の能力が求められた。
その一つに、ロクスタ砂漠での単独偵察任務があり、これが彼女の選抜試験の内容らしい。
数日間と限られた時間で、敵部隊の哨戒コースを割り出せというものだった。
――単独偵察は、思いのほか厳しいものだ。
女は自分の気性を把握していたからこそ、もっとも適正のあるストライカーを選んだ。
だからこそ、忍耐力を試される偵察任務は性に合わない。
ひたすら待つ続けることが必要な、退屈で過酷な職種だった。
敵機を発見し、確実にやれる時があっても、あくまで任務は偵察であり戦闘ではない。
ただただ、女にとってストレスの溜まる内容ばかりであった。
しかも、今回の選抜場所は砂漠地帯だ。
関節部の異常は日常茶飯事である。
おかげで多くの時間を野外整備に取られてしまった。
まだ不満はある。
砂漠特有の日が沈んでからの急激に冷え込みにも辟易した。
最初は余りの寒さに寝付くことが出来ず、サバイバルキットにある防寒用アルミシートを身体に巻いて、ようやく安眠を得た始末だ。
装備のほうにも不満はあった。
重量軽減の必要性から、もっとも軽いセンサーを積んだのだが、探知能力が低く、砂嵐が吹き荒れてしまうと使い物にもならない”ポンコツ”センサーだ。
これのせいで選抜試験が始まってから、一度も敵影を捉えられない。
女は大きく肩を落として溜息をつき、コックピットのハッチを開け放った。
蒸しきったコックピット内の空気では気が滅入る一方だ。
闇雲の歩き回ったところで成果はない。
そう判断した女は、情報収集とヒューマンメンテナンスも兼ねて、ラークバレーに立ち寄ることにしたのだ。
砂漠で唯一の町でO.C.U.軍勢力圏にも近いから補給にはぴったりである。
「選抜試験だからと自重していては、良い結果も出せない、か」
言い訳がましく呟いた女は、付近に索敵用赤外線マーカーを設置し始めた。
一時間ほどかけ、監視所に指定した付近を中心にして網を張る。
女は携帯端末と連動したのを確認し、問題なく作動しているのを念入りに確かめてから機体を降りたのだった。
「あんた、余所者かい?」
恰幅の良い女性が訝しげに声をかけてきた。
歳は四十代くらいで気っ風が良さそうな人だが、目を細めて警戒するかのように、女のいるカウンターへと近付いて来る。
女には、その”女将”に見覚えがあった。
記憶が確かならば、ラークバレーにある孤児院の職員もしていたはずだ。
そこでの愛称は“優しいお母さん”だったが、目の前にいる女将の目付きは険しい。
「ん? 前にこの町に来たことあるかい?」
「……まあ、一度……、観光で」
呟くように答える女に対して、女将の口調は更に険しくなった。
「ああ、そうかい。……あんた、軍人だったんだね」
吐き捨てるように言い放つ“優しいお母さん”を見て、女に後ろめたさが圧し掛かった。
人口数百人にも満たないラークバレーは、観光地として発展しているわけではない。
数件の雑貨店があるだけで、観光として見るべきものは皆無だ。
唯一、町にある孤児院が戦争の傷跡を物語り、現在のハフマン情勢の一端を知らしめる場所として、ラークバレーの存在を際立たせている。
このラークバレーには、部隊の仲間と、一度だけ訪れた事があった。
紛争勃発以前の、とある休暇時だ。
部隊員全員でロクスタ砂漠を四輪駆動で走破するツアーに参加したが、メール河を超えてペセタへ行くはずがなぜだか見事にコースを外れ、予定時間を大きく過ぎてしまった。
思い出が蘇る中、女は心臓がきりきりと締め付けられるのを感じていた。
息が、苦しい。
今にでも吐きそうななり、眩暈も覚えてきた。
それでも、脳裏は過去の出来事の再生を止めない。
結局、その日にロクスタ砂漠を横断するのは困難になった為、一夜の宿を求めてラークバレーに立ち寄ったのだ。
砂漠の寒さを経験出来なかったのは、季節柄なのか夕暮れ時だからなのか。
とにかく、雑貨店に併設されたモーテルに入った時に、たまたまこの女将がいたのだ。
「用が済んだらとっとと出て行っとくれ。あんたらの馬鹿騒ぎでまた戦争孤児が増えちまう」
女将の敵意を隠そうともしない態度で、脳裏の過去は潮が引くように消える。
不快な表情を浮かべ、女の動向を監視するかのようにカウンターに佇む。
「……これを」
女はカウンターに注文の紙を置いた。
「必要な物を受け取ったら、すぐ出て行く」
女将は注文用紙を無造作に掴むと、のしのし歩きながら紙袋に品物を詰めていく。
「戦争が始まってからここいらも物騒になってね。O.C.U.とU.S.N.だかがしょっちゅう戦ってんだよ。あんたもその一味なんだろ? まったく、いい迷惑さ」
偵察機動部隊の選抜内容は戦闘行為ではない。
だが、そんなのは女将に関係のない事だ。
向こうから見たら、同じ軍人だのだから。
いつだって戦争は理不尽に始まる。
その理不尽の犠牲になっているのは、女将自身であり、孤児の子供達だ。
女にとっても、その理不尽で部下を失った事に変わりはない。
ただそれが、はっきりと自分の失態と理解しているだけに、軍人であるがゆえに、理不尽という言い訳が通用しないだけのだ。
「だいたい戦争の発端が、O.C.U.軍のラーカス地区襲撃だって言うじゃないか。まったく、いい加減にしてほしいわね、こっちは」
――ラーカス事件。
耳朶に響くその言葉に唇を噛み締めた。
O.C.U.軍のヴァンツァー4機が、ラーカス地区非戦闘区域で工場を襲撃。
U.S.N.側の発表で死者62名を出した悲惨な事件である。
この事件に対してU.S.N.は条約違反と抗議するが、O.C.U.は事実無根とした為、互いの関係が更に悪化し、緊張が高まった。
それを契機に始まったのが、この第二次ハフマン紛争だった。
当時の詳しい状況は分からない。
しかし、偵察任務の失敗がこの事態を招いたとすれば、そのせいで仲間を失ったとも言える。
女は、女将に気付かれないよう小さく溜息を付いた。
こんな考えは、ただの逃避だ。
仲間を失ったのは、ヴァルキリー隊のリーダーである自分のせいだ。
偵察した兵士達だって、まさかこうなるとは思ってもいなかったに違いない。
――どうしても人のせいにしたいのか、わたしは……
またしても胸がきりきりと痛み出したので、強く抑えつける。
偵察機動部隊の入隊を決意した理由のもう一つは、任務の特性上、ラーカス地区にも潜入できるからだ。
詳細を知りたいという思いがある。
ラーカス事件が戦争の直接の起因であるならば、現場を確かめてみたい。
それが、自分の仲間に対する一つの償いでもあると、信じたいのだ。
ふいに胸を抑えている腕が震えた。
女の腕にある携帯端末が振動しているのだ。
設置した赤外線マーカーが何かの反応を捉えたのである。
「悪い、女将。急いでくれ」
「女将なんて気安く呼ぶんじゃないよ」
そう言って、品物の詰まった紙袋を乱暴にカウンターへ置く。
女は、仕方がないとはいえ、その理不尽な対応に胸をざわつかせた。
「……助かるよ、”優しいお母さん”」
つい口から皮肉が飛び出してしまった。
代金をカウンターへ置き、紙袋を掴み取ると、急いでその場を離れようとする。
その背中に大声が飛んできた。
「あたしにはモーリーって名があるんだよ! ただね、いいかい? あんたにはその名も、あたしの愛称も呼んで欲しくないね!」
女は振り返ることなく、身体で扉を押しのけ、雑貨店から逃げるように駆け出して行く。
やるせない怒りと悔恨に、唇を強く噛む事でしか耐える術がない。
誰かに当たる事で気が晴れるなら、女だってそうしたい。
だが、しかし、女がやれる事といえは、ヴァンツァーに乗って戦うしかないのだ。
――結局は、それしかない。
女はラークバレーから離れた場所に駐機させていたヴァンツァーに辿り着いた。
すぐさま愛機に乗り込み、起動キーを挿してモニターのチェックに入る。
ここに駆けてくる間にも、他の赤外線マーカーから続々と反応があった。
二点の反応地点から正体不明機のルートを割り出し、待ち伏せが出来る体勢に持ち込みたい。
――待ち伏せ……、わたしは何を考えているんだ。
今は偵察任務が主体だ。
なのに、敵を待ち伏せてどうするんだと、自分の馬鹿さ加減に苦笑する。
頭は未だ最前線にいるつもりなのだろう。
大体、赤外線マーカーに反応があっただけで、その機能自体はヴァンツァークラスの物体が通過した時に反応するものだ。
敵味方の識別機能が備わっているわけではない。
女は自機に搭載させているセンサーバックパックを確認する。
操縦桿を傾け、自機の反応を極力隠す為にゆっくりとヴァンツァーを進めた。
センサー遮断効果のあるネットで敵センサーを欺瞞出来るが、慎重に越した事はない。
赤外線マーカーの反応地点にセンサー範囲を絞ってを向ける。
反応は、なかった。
それはそうである。
反応を拾った時間から大分、経過しているのだ。
ヴァンツァーであればその数十分間に離脱出来てしまうだろう。
女はどっと疲れが出て、肩を落とした。
何の成果も得られない。
このままの状態で選抜試験が終われば、間違いなく偵察機動部隊に入れない。
僅かばかり途方に暮れてしまい、何気なくパネルを弄くる。
初めてレコン仕様のヴァンツァーに搭乗したが、運動性の悪さに操作感が掴めない。
セットアップ次第で速度は出せるものの、高性能のセンサーを積もうとすると重量が増し、偵察用の狙撃ライフルも持てないとくる。
軽量化を求めれば低性能のセンサーしか積めず、ライフルを持つアームも反動補正の効かない軽量パーツになり、役立たず甚だしい。
選抜試験が始まる前のセットアップに、女は相当の時間を費やしていた。
どうにか余剰出力の遣り繰りをして、狙撃ライフルを持てるようにもした。
良好な反動補正が得られない代わりに、胴体のメインカメラとライフルの照準をリンクさせるようにCOMを調整して、遠距離の偵察にも支障がない程度までにはなった。
これでアームの射撃補正を多少なりとも補えるだろうし、そもそも狙撃が任務でもないので可もなく不可もないセットアップだろう。
ふと、女の目はパネルに表示されている、ある機能に吸い寄せられた。
ECMDだ。
これを、一度も試していない。
軽い胸騒ぎに身を震わせ、嫌な記憶が頭の片隅に表れてきた。
フリーダムでの苦い記憶に頭痛を起こしそうだったが、激しく頭を振って振り払った。
ついで、深呼吸をしてからセンサーをECMDに切り替えた。
予感は的中し、ECMDは一点の敵ヴァンツァーを捉えたのである。
センサーを無効化するECMを搭載したジャマー機だ。
ということは単独行動ではない。
ECMに隠れて複数機が存在しているのだろう。
ただ、動きを見る限りではこちらに向かっている様子は無い。
では、どこへ向かっているというのか。
敵影は赤外線マーカーから離れた場所に位置し、ルート推測でもマーカーの範囲外から来ていたようだ。
速度も最大戦速に近い。
女は、はっとなった。
敵の進行方向にもセンサーを向ける
一瞬にして動悸が高まった。
――フレンドリー反応
「赤外線に引っかかったのは友軍機か」
反応はたったの3機。
哨戒部隊ではなさそうだが、数が少ない。おそらく数機が撃破されたのだろう。
これは完全に、敵の追撃を受けている状況だ。
友軍の構成はレコンが1機、後は足の遅い重武装のミサイラーのようだ。
センサーで敵を捕捉すれば、長距離ミサイルで破壊が可能なのだが、いかんせ敵の構成が上手のようである。
ECMを搭載したジャマーがミサイラーの攻撃を完封するのだ。
ジャマー機のアンチロックシステムは優秀で、誘導ミサイルの軌道を完全に狂わす。
彼等にとっては天敵の相手だ。
選抜試験の内容は偵察であり、単独行動の自分だけで友軍機の救援は論外。
敵機の数も把握できない現状、下手に介入したらこちらの身が危うい。
――だが……、今は、見過ごす事が出来ない。
敵の背後を取れる最適なルートを探し出すと、女はヴァンツァーを急がせた。
――いや……。U.S.N.軍を見逃す事が出来ないんだ。
知らないうちに膨れ上がった憎悪が、女の心中を覆っていた。
砂塵を巻きあげて疾走する部隊は、必死に敵の追撃を逃れようとしている。
しきりに救援要請の通信を送っているようだが、残念ながら近くにO.C.U.軍はいない。
女のヴァンツァーは割り出したルートに先回りしていた。
機体の半分を砂の下に埋めて、更に上から砂漠迷彩用の防護ネットを被らせている。
相変わらずのポンコツセンサーはまったく役に立たず、敵の位置が特定出来ない。
かろうじて拾える友軍の通信だけが頼りだった。
選択したルートは最適解なので、友軍に通信が繋がるのも時間の問題だろう。
女に焦りも不安もない。
だが、未だに機体レーダーの反応がないのに、少々の苛立ちを感じていた。
呼吸を落ち着かせ、神経を集中させる。
今は、待つしかないのだ。
待つ事が、偵察部隊の矜持なのだから。
その時、女の耳に友軍の逼迫した声が届く。
「こちらO.C.U.軍遊撃機動中隊のドラグーン隊だ! 現在敵の追撃を受けている。誰か応答してくれ!」
快活明瞭な音声が通信機から流れる。
近くに友軍が現れた証拠だった。
「こちらヴァルキリー……」
返信しようと女が口を開いたが、すぐに言い直す。
「こちらは、偵察部隊所属のクラッシュだ。状況を知らせてくれ」
一呼吸遅れて、安堵の応答が返ってくる。
「ドラグーン隊のクロウだ。フリーダム威力偵察中に敵部隊と遭遇し交戦した。仲間が何機もやられて後退したが、敵は俺達を逃す気がないらしい。相手にジャマー機がいるおかげで、ミサイルが当たらないんだ」
「相手は何機だ?」
「アサルト4、ジャマー1だ。敵のほうが脚は良い。いずれ追いつかれてしまうだろう」
「了解。援護する」
友軍は明らかに安心した口調で礼を告げてきたが、女は苦笑して言った。
「ただし、わたしも偵察中で単機の応援だ。出来る限り援護するが期待しないでくれ。貴君の現在地を知りたい」
女は相手の返答が戻ってくる前に、モニターの有視界角を広げた。
遠く豆粒のように映っているのは、後退している友軍機だろう。
敵ヴァンツァーはその手前ぐらいを駆けていた。
友軍の情報通り、ジャマー機が1、アサルト機が4だ。
ルート計算通り、背後は取れた。
しかし、大きな問題がある。
「敵機を確認した。が、この距離では敵機の装甲を撃ち抜けない」
狙撃ライフルと連動させたメインカメラでようやく捉えられるほどの距離だったのだ。
とてもじゃないが敵機の脚すら破壊不可能だろう。
「なんてこった……」
通信機から友軍の悲壮な声が漏れてくる。
女は唇を噛み締めた。
それは、自分で意識していない行為だった。
友軍を救えないかもしれないという気持ちではなく、
敵機の撃破が叶わないかもしれないという想いからの行為だからだ。
女は更に、自機の脚の遅さに呪詛を送った。
ストライカー仕様の愛機だったら、自慢の脚で悠々と追いつけた。
――迂回せずに正面から行けば、まだマシだったか。
そうすれば配置に付く時間はかなり短縮され、狙撃ライフルの有効射程圏内に収まっていたはずだ。
しかし、静かに燻る憎悪が、女の思考を冷静にさせていた。
すぐさま一筋の閃光が奔る。
「ドラグーン隊、応答せよ。ミサイルの残弾はどれくらい残っている?」
「ピズの残弾はたっぷり残っているけどよ……」
アンチロックが確認できた時点でミサイル発射を抑えたのだろう。
上出来だった。
「了解。これより背後からジャマー機のECMバックパックを撃ち抜く」
バックパックの破壊なら、この距離でも可能だろう。
「後はそちらのミサイルで撃破してくれ」
「分かった。貴君のスナイプに期待する」
『いいか良く聞け。アイビスはな、大口径で破壊力は抜群だが、冷却機構に難があるんだよ。数発も撃てば銃身が加熱して使いもにならねえ。射撃管制システムが強制的に撃てなくする。まあ、冷えれば復活するが、これもパイロットの生存率を上げるシステムだよ。撃ちすぎて銃身が駄目にならにようにな』
脳裏に過去のレクチャーが再生された。
ヴァンツァーの銃器に詳しい禿親父の教訓が、今になって唐突に出てくる。
――なぜこのタイミングで思い出すんだ。
女は固まっていた。
敵機は背を向けている。
バックパックを狙撃するには絶好のチャンスなのも分かっている。
だが、超長距離狙撃は初めてであり、アームの射撃補正にも不安がある。
COMには予想される射撃の補正を入力済みだが、初めての経験を補える程なのかは不明だ。
初弾を外したら再度補正をし、すぐに二発目を撃たなければならない。
それなのに連射が不完全なアイビスを選んでしまったのは不運だ。
一発必中で終わらせなければ、敵機は狙撃に気付くだろう。
狙撃に失敗したら友軍機はやられ、こちらの位置も知られてしまう。
そうなれば、脚の遅いレコン仕様機では逃れられない。
――死んでからもプレッシャーを与えてくるのは、何の冗談なんだ。
開きっぱなしの目は乾き、額から流れる汗が入っても閉じることはない。
胸の鼓動がコックピット内で響いているように聴こえ、心臓は激しく踊り狂う。
女は自分でも意識しないうちに、独り言を呟き始めた。
「ヴィルのクソッタレ。謝る気があるなら、狙撃が成功する事をあの世から祈れ」
女の呼吸が徐々に浅くなっていく。
鼓動が落ち着いていき、視界が鮮明になってくる。
驚くように汗が引き、自分が身体をコントロールできている事を実感している。
時間が、静止したかのようだった。
モニターの敵機が、歩みを止めたようにゆっくりと動いている。
女の首から下がる六つの認識票が光った。
肩が、
腕が、
手が、
指が、
すべてが、一連の素早い連動をみせた。
アイビスは、照準を合わせた敵に、高速の一撃を解き放つ。
弾丸は音速を超え、砂塵を巻き上げて一直線にジャマー機に突進した。
しかし、だ。
ジャマー機のバックパックは無傷だった。
後方斜め地上に着弾。
女の狙撃は、
ただ、虚しく砂塵を巻き上げただけだった。
「ヴィルのクソ馬鹿野郎!!」
思わず咆えた女は盛大に毒づいた。
ものの見事に初弾を外してしまった。
途端に冷や汗が溢れるが、異変に気付いたジャマー機が歩みを止めたのが僥倖だった。
静止した状態の好機は逃せない。
『あとな、言い忘れてたが、ヴァンツァーでの狙撃に姿勢は影響を与えないぜ。なんたってヴァンツァーは人間じゃねえ。呼吸やガク引きで乱れたりはしねえよ。おまけに立ったほうが視界が広がるから、最初はむしろおすすめだよ』
伏せていた女のヴァンツァーは砂塵を上げて立ち上がり、防護ネットが風で靡く。
「先に言えよ、死に底ないが!」
自分の記憶にしか残っていない相手に、女の罵声が止まらない。
それほど精神的に追い詰められているのだろう。
アイビスから薬莢が排出されて地面に落ちる。
その間、素早く射撃補正をインプットし、照準に反映させた。
女は補正されたメインカメラ越しに、二発目を撃った。
数秒ほどして、今度は敵ヴァンツァーの肩に浅く当たって弾かれた。
「――――!?」
またしても外してしまう。
言葉にならないあらゆる呪詛が、コックピット内に漏れる。
更に悪いことが起こる。
たった二発の射撃で管制システムが銃身のオーバーヒートを告げた。
砂漠の熱と連続射撃で、予想以上に加熱したのだろうが、あんまりだった。
『オーバーヒートつっても、銃身が過熱し過ぎているわけでもねえ。射撃管制システムを切れば普通に撃てる。機関銃でもねえからそこまでライフリングにも影響してねえよ。弾も曲がるこたあねえ』
何の悪夢だろうか、敵機の動きがゆっくりと映し出される中、ひたすら禿親父のレクチャーだけが妙に鮮明に蘇ってくる。
「管制システムを切って狙えとか、正気の沙汰じゃない……」
メインカメラとの連動を切れば、照準を合わす事すら困難だ。
当たる筈もない。
『だーかーらー、頭部カメラで直接、狙撃スコープを覗いて撃つんだよ』
女は半ば無意識に記憶に従って、ヴァンツァーにエイムさせる。
頭部カメラに映るのは、標準的な光学照準器だ。
倍率が小さすぎて敵機は豆粒よりも小さい。
これで、どう命中させろというのだ。
『狙撃はレーザービームじゃねえ。放物線を描くんだよ。十字線のグリッド単位は、ヴァンツァーに合わせた標準規格のスコープで大体200メートルってとこか。それを自分で補正するんだ。後は風向き、湿度、距離が滅法離れてたらコリオリも考えなきゃいけねえが、まあCOMに射撃補正させればすぐに分かるさ。そこまで神経質にならんでもいい』
COMの射撃データから相手との距離、風向き、湿度、ついでにコリオリまで加味した補正情報を片目で確認する。
スコープの中心線を上方に向け、やや左に移動させる。
敵ジャマー機が振り返ろうとする。
大きくを息を吐き出して、止める。
操縦桿から伝わるヴァンツァーの指先を、全力で感じ取る事に神経を集中させた。
女はヴァンツァーの操縦桿越しに、引き金を絞った。
――まったく、クソッタレな教官だよ。
スコープ越しに見えたのは、火花を散らせた敵機のバックパックだった。
その戦果が成功と言える証が、すぐに確認出来る。
遠い友軍機から撃ち上がった幾筋の軌跡が、何よりの証だ。
ロクスタ砂漠の小さな戦闘は一方的に終わった。
ECMのアンチロックシステムが働かないジャマー機の末路は言うまでもない。
追撃されていたO.C.U.部隊から放たれた五線の軌跡はU.S.N.軍機を鉄屑に変えた。
女は愛機から降り、脚に背中を預けて煙草を吸う。
激戦区のロクスタ砂漠で、しかも機体を晒したまま降りて一服などは本来なら論外だ。
あまりに無防備で、孤独な状態の中だというのに。
しかし、今の女にはそんなことはどうでも良かった。
どうしてか、満足感が得られない。
フリーダム以来、戦いに対して感じる事が変わったのかもしれない。
とにかく、心が空虚に感じる。
大きく煙草を吸って吐き出した紫煙が、砂漠の風と混ざる。
敵機撃破後、ドラグーン隊は感謝の意を述べて基地に帰還していった。
その際、女が偵察機動部隊の選抜試験中だったことを告げたら、今の戦闘記録が良い結果になっているとも言われた。
おまけに、彼等は威力偵察した時のU.S.N.軍警戒ラインの情報を寄越してくれた。
これは、正直に言えば有難い手土産だ。
警戒ラインの情報は選抜内容の課題だから。
女は左手に六つの認識票を握る。
静かに目を閉じ、苦い味を噛み締めて思う。
――ヴァルキリー隊は、解散か。
東の空から響く轟音で、女の静寂は切り裂かれた。
不吉な飛行音、まるで戦闘機を想像させる、何かが空を飛んでくる。
上空を白い噴煙を引いて通り過ぎるのは、
「巡航ミサイル!?」
あの高度は、着弾目標が近い事を示している。
女がヴァンツァーの影に退避した瞬間だ。
眩しい閃光が砂漠を覆った。
ついで、砂塵を巻き上げた突風が女を襲ったのである。
「どこに、落ちた……?」
方角を確認しようとして、愕然とした。
ラークバレーのある空に黒煙が昇る。
意味は明白だ。
ラークバレーに、巡航ミサイルが着弾したのだ。
ラークバレーには数百人の人間が住んでいる。
なんの軍事拠点もない、ただの町だ。
戦争孤児が集う、孤児院のある町だ。
両肩を抱いて震えだした女は、恐怖に慄いた。
あの町には女将がいた。
女将が世話をする子供達だっていたはずだ。
それがあの巡航ミサイルで犠牲となった。
――なぜだ。なぜこうなってしまうのか。
最後に険悪な雰囲気となったのは分かっている。
自分ではどうしようもない、悪い感情が芽生えたのも、自覚している。
だからといって、こんな事を望んでいたわけでは、断じてない。
関わりを持った人間は全員、こうなってしまうのか。
先程は友軍を救えた。
でも、それの代償がラークバレーの破滅なのか。
これが、抗えない罪に対しての罰だとでもいうのか。
力なく地面に崩れ落ちた女の脳裏に、仲間を失った時の情景が再生される。
消そうと思っても消えず、死に間際の姿が映って、初めてそこで消えていく。
最後には、棺が並んだ状態で、暗幕が閉められるように映像が消えた。
女にとっては、ただの悪夢にしか見えなかった。
ヴァンツァーの影で、一人打ちひしがれ、しゃがみ込む事しか出来なかった。