My FMO   作:長瀬敬

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3章

 熱気と油の匂いが充満するハンガーでは、自機のセットアップに夢中な者や無茶な改造で整備士と激しい口論をする者達で溢れていた。

 メナサ近郊に建設されたこのO.C.U.軍基地は、グレイロックに次いで前線に近い。

 補給で戻って来る部隊や、これから補給に行く部隊、ヴァンツァーを破壊されて救出されたパイロットなど、様々な兵達が募っている。

 そのハンガーの一角には、女と男が揃ってヴァンツァーを見上げていた。

 煙草を銜えた長身の女が、横にでっぷりと太った髭だらけの整備士と、他と例外なく舌戦を繰り広げているのだ。

 

「まだ重いな。もっと軽量化できないのか? 余剰なパーツを極限まで減らしてくれ」

「おいおい、ダイエットに夢中な女みたいに言うんじゃねえよ! 既に削れる部品は全部とっぱらっちまったぜ。てめえの無茶な要求をすべて満たしたはずだろうが」

「そうか? この程度のわがままで根を上げるようでは、一生独身で過ごすぞ?」

「ってめえが女に勘定されるってんならそうだろうな!」

 

 げんなりした様子で女を見上げた整備士のボブは、頭を抱える羽目になった。

 とにかく女のヴァンツァーの改造は、それまでにない装備の追加ばかりだったからだ。

 

「膝に付けたワイヤーカッターが長すぎる。削って軽くしてくれ」

「ヘリにくっ付いている既製品の流用だ。削ったところでてめえ分も軽くなるまい」

「左肩の脱着式のチャフグレネードなんだが、スモーク弾と閃光弾も入れたい」

「使いきりでよければ問題ない。ただし、弾数はそれぞれ一発ずつだ」

 

 女は頷いて言葉を続けた。

 

「機体の赤外線放射は抑えられたのか?」

「動力部を特殊な繊維でコーティングしたからな。多少はマシになったろう」

「レーダーセンサーの方は?」

「そっちはレーダー吸収塗料でどうにかなった。Aセンサーには大丈夫なはずだ」

「頼りないな。Bセンサーにはどうだ?」

「さっきのコーティングで動力音も抑えられている。が、ゼロにはできてねえからな」

「右肩のシールドにアナコンダを下げられるスリリングベルトは下げられるんだろうな?」

「ジョイント式のワイヤーを注文している。もうすぐ届くだろうよ」

 

 女は要求した装備がほとんど片付いている事に満足そうだった。

 

「ったくよ、アナコンダ吊り下げたって重量オーバーで他武器が持てねえだろうに」

「おいおい、ボブ。ヴァンツァーの武器は何も重火器だけじゃないだろう? 耄碌するのがちょっと早いんじゃないか、おじいちゃん?」

 

 そう言って女は煙草を持った拳を突き上げる。

 

「っけ。そういやおめえ、元はストライカーだったな」

 

 ボブはこれ以上の皮肉を聞きたくないとばかりに背中を向けたが、女は煙草の吸殻を近くの缶入れに放り込んで話を続けた。

 

「この間なんだがな、とある任務でモーガン高地を偵察していたんだ。そうしたら戦車師団特機中隊の戦車部隊と遭遇したよ。正面の重装甲には辟易したし、主砲の威力も半端じゃない。なんとか逃げ果せたが、こちらのライフル弾を弾き返された時には冷や汗が出た」

 

「なんでい、てめえでも逃げる場合があんのか?」

 

 ボブは白い歯を出してにやりと笑った。

 

「まあ、ヴァンツァーに地上の主役を取られたとはいえ、分厚い装甲に大口径の主砲を備える鋼鉄の棺桶は恐いものさ。おまけにヴァンツァーよりも安価とくりゃあ、なかなか侮れない存在だろうよ」

 

 同意を示したボブを見てから、女はまたしても無茶な要求を突き付ける。

 

「対戦車ロケット砲が欲しい。バズーカではないぞ。筒状で使い捨てのタイプが理想だ。そっちのほうがより軽量になるだろう。弾頭の予備も括り付けられるタイプがいいな。装着場所は脚の部分ですぐに対応出来る形にしたい。どうにかならないか、ボブ?」

 

 盛大な溜息をついてから、ボブは大声で喚いた。

 

「てめえは本当に無茶なことばっかり言いやがる! そんなもんねえよ! こっちはてめえのヴァンツァー整備で手一杯なんだよ!!」

 

 女は目を丸くし、意外そうに言った。

 

「そうか。奇跡の早業師と云われた名整備士ボブも、所詮は一介の整備士だったか。悪かった、出来ないことを頼んでしまって。残念だ。歳には敵わないか」

 

 ボブにとっては毎度毎度、女のこの言い方は可愛くないものだった。

 この女は発破をかけるのが旨い。

 乗せられるのは癪に障る。

 だが、それで出来ないと認めてしまっては整備士としてのプライドが許さない。

 

「勘違いするなよ。民間のいくつかには心当たりがある。今すぐは無理だが、手が空き次第にでもやってやらあ」

「期待しているぞ」

 

 ボブの答えに満足した女は、用は済ませたとばかりにハンガーを出て行こうとする。

 

「てめえのヴァンツァーだし、どんな改造を施しても勝手だがな。いくら軽くしたいからって前面の装甲を削り過ぎるのはよくねえ。これじゃ被弾した時に安全装置作動が先か、コックピットを貫通した弾丸が先かは、微妙ってもんよ」

 

 去ろうとする女の背中に投げかけた、ボブからの老婆心からなる忠告なのだろう。

 いくら機体の軽量化をしたいとはいえ、装甲を薄くすることは自殺行為に他ならない。

 女はゆっくりと振り向くと、不敵に笑った。

 

「機動性を優先した結果だ。仮にそんな事態があったら、呆気なく死ぬだけだろ」

 

 恐らく、女の本音は後者であろう。

 ボブは苦虫を噛み潰した表情を浮かべる。

 未だに仲間の死を引きずっている女が痛々しい。

 が、それだけではない。

 あのラークバレーが壊滅した日にも女が付近にいたのを聞いた事がある。

 U.S.N.軍の非道な無差別攻撃にはボブも怒りを感じ得ないものがあった。

 戦争にだって一定のルールがある。

 特に非武装の民間人を攻撃対象にすること自体が、軍人としての資質を問われる依然の、腐った頭の連中が行う愚劣な行為であろう。

 虐殺に等しい行いを目前で見せ付けられた女はそれ以来、偵察機動部隊の任務から帰還する度に顔から精彩が消えていく。

 それでも、敵地の奥深くで友軍の支援なしに、数週間も潜伏して情報収集する過酷な任務にも一切弱音を吐かない。

 期限までに決められた回収ポイントに来なければ、二度とO.C.U.の土を踏めないのにだ。

 未帰還兵の数も多いと聞く。

 しかし、女だけは必ず貴重な情報を持って帰還するという。

 いつしか女はクラッシュではなく、ウィザードと呼ばれるようになっていた。

 魔法使いのように、鮮やかにヴァンツァーを駆る姿にだ。

 ボブは何かを懐かしむよう、虚空に向けて話し出した。

 

「ヴィルとは第一次ハフマン紛争を共に戦った仲だ」

 

 女の歩みが止まる。

 

「当時、俺とヴィルを残して部隊が全滅したことがあってな、あいつも悔やんだ時があったよ。だが、これは戦争で仲間を失うのは仕方ないと納得し、俺達は戦い続けた」

「……何が言いたいんだ、ボブ?」

 

 これといった感情も浮かべずに女が訊く。

 

「最前線にいるとな、部隊の壊滅なんてものによく出くわすのさ。生き残った奴らは大抵の場合、後悔している。それが隊長であっても、部下であってもだ。軍属を離れる者、後方勤務に行く者、昇進する者。後悔を乗り越えて、再び最前線に戻ってくる者……」

 

 ボブは口髭を撫で付けて、昔を懐かしむように語った。

 

「俺と違ってな、そうやって戻っちまったんだよ、あいつは。覚悟は二十年前からとうに持っている。あん時は誰も助けられなかったが、今度はちゃんと救えて満足してんだろうよ」

 

 それは、ボブなりの慰めなのだろうが、今の女には不要だった。

 女に必要なのは優しさや気遣いなんてものではない。

 自分の失態で仲間が死んだのだ。

 軍はそれを栄誉という形で、名誉勲章と階級特進を与えた。

 お門違いな話だ。

 今の女が求めているのは、断罪。

 断罪がもっともふさわしいとさえ思っている。

 死んでしまった仲間に許しを請いたい。

 おまえのせいだと罵声を浴びたい。

 だが、死んだ者が口を利くわけがない。

 ラークバレーの女将のように、はっきり言われても構わない。

 誰でもいいから、自分の罪を罰して欲しい。

 しかし、誰も女に罪を問おうとしない。

 戦争なのだから、軍人なのだから、戦死は当たり前なのだから、

 罪ではないのだという。

 女はそれが許せなかった。

 

「わたしは……」

 

 逡巡した女は言いかけて、止めた。

 都合のいい話だと自嘲する。

 断罪を受ければ、仲間から許されると思っている。

 

 ――浅はかだよな、わたしは。

 

 沈黙してしまった女に、ボブも掛ける言葉がない。

 女は微かに首を振り、自分のヴァンツァーを見上げた。

 黒一色の面白みのないヴァンツァーが、女の内面を投影しているように佇んでいる。

 

「これは君のヴァンツァーかな?」

 

 唐突に声をかけられた女は、いつの間にか横に立っていた男に目を見張った。

 立派な軍服をきちんと着用し、背筋はぴんと伸びている。

 基地司令官のラインマン大佐だった。

 

「なんでぇ、おめえがここに来るのも久々じゃねえか。逃げてきたな?」

 

 一介の整備士であるボブが、基地司令官の大佐をお前呼ばわりするのにも驚いた。

 上官に対する口の利き方ではない。

 名の知れた整備士だからといって一つ間違えれば営倉行きは確実だろうに。

 

「私はこちらのクラッシュ・ウィザード大尉に会いにきたのだよ。貴様の横に広がった醜い姿をわざわざ見に来るわけがないだろう」

「ちっ、階級も上がれば毒舌も磨きがかかるんだな。昔は俺達の隊で足手まといのマイクで通ってたのを忘れるなよ?」

 

 豪快に笑いながらラインマン大佐の肩を叩くボブだ。

 

「……ボブ?」

 

 二人の交わす親しい会話に、女は首を傾げて説明を求めた。

 

「ああ、こいつとは前の紛争からの付き合いだ。まあ、昇進したほうだよ」

「何の話をしていたのかね?」

 

 大佐が興味をそそられた様に問いかける。

 

「俺とおめえのヴァンツァーの操縦が下手糞すぎたって話よ。ヴィルの野郎に大分仕込まれたってえのに、てんであの野郎の足元に及ばねえってな」

 

 またしても笑い出すボブに、大佐も昔を懐かしむように同意していた。

 

「君、知っているかね? クラッシュという名はヴィルが付けたんだ。格闘武器のみで突っ込む無茶な行動で敵を葬るとは、我々にはない大変な度胸でもある」

 

 大佐が可笑しそうに顔を綻ばせる。

 

「だが、私は偵察機動部隊のウィザードのほうに興味を引かれた。君が作成した報告書は実に面白い。フォートモーナス攻略において、もっとも脅威なのがモーガン要塞だ。しかし、構わずに大部隊をフォートモーナス前面に展開させる。モーガン要塞はそれに注意を取られ、周囲の警戒から目を逸らしたところに、少数精鋭部隊による奇襲をかければ容易に攻略可能と。要塞砲の脅威が排除されれば本隊の側面に危険はなくなり、フォートモーナス攻略も難しくない」

 

 ラインマン大佐の目付きが鋭くなった。

 

「我が軍が開戦初頭にフリーダムでやられた陽動作戦の意趣返しで面白いじゃないか」

 

 女は身動ぎ一つせず大佐の話しに耳を傾け、その会話の真意を探ろうとしている。

 

「闘技場での遊びもその一貫かな? テンダスにジェットバックパックを積み、立体機動で頭上からナックルをぶち込む。モーガン要塞を空挺による奇襲で破壊する想定をしているようにも見受けられるがね」

 

 女は軽くボブを睨み付けた。

 素知らぬ振りで明後日の方向を向いている髭親父だが、闘技場の出所はこいつしかいない。

 偵察機動部隊の任務の性質上、近接格闘をする機会はほとんどない。

 だからこそ、元ストライカーとしての腕を落としたくなかっただけだ。

 別にモーガン要塞奇襲を想定したつもりなんてない。

 

「では、私がそのモーガン要塞奇襲の部隊を率いて貰いたいと言ったら、どうする?」

 

 背筋が一瞬の内に凍りついた。

 鼓動が高まり、口の中が乾いてくる。

 女は基地司令官の言葉に、何の言葉も返せない。

 

「少数精鋭での奇襲だ。相当な被害が予想される。君は、その被害を承知で報告書を上げたんだろう? まさか断るという選択肢を持っていないだろう?」

「おい、マイク……」

 

 ボブは基地司令官を窘めるが、それを手で制止して言葉を続けた。

 

「君の経歴はよく知っている。激戦区でそれなりの戦功を上げたのだから、適任だと思われるがね。それとも、また同じ目に合いたくないからといって、まったく別の兵士に、まったく同じ思いをさせたいのかな?」

 

 ラインマン大佐は厳しく女を見据えている。

 女は、そんなつもりで報告書を書いたつもりはない。

 ないが、大佐の言った事は、事実だ。

 偵察任務の観点から、もっとも有効かつ効率的な作戦を提案した。

 しかし、内容は自分の過去を棚上げにした、損害覚悟の決死作戦でもある。

 

「勘違いしないで貰いたいのだがね」

 大佐はそこで咳払いをする。

 

「このO.C.U.軍劣勢の状況下で選べる選択肢は少ない。正攻法で戦争に勝てるのは戦力が相手より上回っている時だ。もし、仮に、国防軍が攻勢作戦を実施するのだったら、君の作戦は有用だと、個人的には思っている。もちろん、この奇襲作戦に君が参加したいと思っているならば止めはしないが、私としては攻勢が決定した暁には、最前線に出て欲しい。優秀な士官が不足しているのでね、君さえ良ければ、いつでもその席を用意できる」

 

 一転して、ラインマン大佐からの部隊スカウトに変わった。

 これが大佐の真意なのだろうが、即答が出来ない。

 即答どころか、返事の声さえ出せない。

 女は、自分がここまでメンタルの弱い人間だとは思わなかった。

 たったこれだけの揺さぶりに動揺して、舌が動かないとは情けない。

 情けないとは思うが、それでも、どうしても、

 仲間の顔が、視界に張り付いて消えてくれない。

 

「そのへんでいいだろう、マイク」

 

 ボブが間に入り、ラインマン大佐を遮った。

「ったくよう。おめえのヴィルを真似した”からかい”は”からかい”になってねえんだよ」

 

 整備士の背中が、大きかった。

 大きく逞しい、巌のような背中だった。

 

「私は本気で言っているのだがね」

「うるせえ。いいから司令室にでも帰りやがれ。ここはパイロットと整備士の楽園なんだよ」

 まるで部外者は引っ込んでろといった態度だ。

 しかし、大佐に気分を害した様子はない。

 

「分かった」

 

 と、その一言であっさりと身を引き、踵を返した。

 

「最前線はいつでも君の帰りを待っている」

 

 去り際の台詞が、放心状態の女を刺す。

 呪いのような言葉だ。

 最前線での単機の偵察なら構わない。

 むしろどこへだって行ってやる。

 そこが地獄だろうとなんだろうと、臆する理由もない。

 ただし、仲間だけは、付けないで貰いたい。

 部隊なんて、いらない。

 一人でいい。

 だが、単機では、駒にすらなれない。

 大佐が欲しがっているのは、部隊の指揮官だ。

 戦況を、戦術単位で動かせる、優秀な駒だ。

 女は、そんな駒にも、なれないのだ。

 

「不器用なスカウトだ。てめえの頭がいかれて(クラツシユ)いるのも気付いちゃいねえしな」

「…………、何の事だ?」

「この楽園に女はいねえし、例えいたとしても誘い方が下手糞だ。頭のネジが残らず外れてる男みてえな女に気付けねえ察しの悪さに同情もねえわ」

 

 大袈裟に肩を竦める茶目っ気たっぷりのボブだ。

 おまけに、察しの悪さが自分にも当て嵌まってるのを忘れている。

 

「……か弱い乙女に何て事を言うんだ。おまえも”真似事”は下手糞だよ」

 

 女は静かに笑い、足取り重くハンガーを去ろうとする。

 

「大佐以外にもてめえをスカウトしたい物好きが腐るほどいるぞ。辛いかもしれねえけど、せいぜい上手くかわしやがれ」

 

 不器用で世話焼きな髭親父だ。

 後ろを向きながら、女は手を振ってハンガーを後にした。

 

 

 

 食堂は昼の時刻をとうに過ぎているので、がらんとしている。

 女にとっては都合のいい場所だ。

 煙草は吸えないが、吸える場所には人がいて一人になれない。

 紙コップを持って食堂の端に腰を落ち着ける。

 中身は珈琲で満たされているのに、なぜか女は口を付けようともしない。

 それはそうだろう。

 基地のお世辞でも旨いといえない珈琲を、好んで飲んでいたのはヴィヴィアンだからだ。

 いつもなら香りさえ忌避するというのに、今日に限っては紙コップに入れてしまった。

 大佐の言葉が強烈に効いているのだろう。

 心のどこかが自分を慰めようとしているのか、感傷に浸ろうとする無意識の行動に嫌悪感を抱かずにはいられない。

 

 ――馬鹿にしやがって。

 

 女は勢いに任せて、珈琲を喉に流し込んだ。

 その強引さに食道が燃え上がり、胃袋が熱さを訴える。

 珈琲の香りが鼻腔を抜け、酸味と苦さが舌に留まり続けた。

 一気に吐き気を覚え、咄嗟に口を抑える。

 たかが珈琲でこうなるとは、情けなさに涙が出そうだった。

「ひょえ~。おたく、ええ飲みっぷりやね。アルコールでも入ってたんそのコーヒー?」

 いつ食堂に入って来たのか、目の前には金色のポニーテールを揺らす少女がいた。

 童顔で幼さが残る青い瞳はきらきらと光っていて、無邪気な顔を浮かべている。

 

 ――よりにもよって、こんな時に

 

 少女の天真爛漫な雰囲気が、アンジーと被っていて、更なる吐き気を催した。

 

「うちアリスゆうねんけど、おたくクラッシュやろ? いま優秀なパイロット探しとってな、噂を聞きつけてここまで来たんや。どや? おたく、うちと組まへん?」

 

 女の心情に頓着せず、自分の要求だけを述べる少女に良い印象など持つはずがない。

 しかし、今は口を抑えたまま、黙って睨み付けるしか出来なかった。

 

「アリス。いきなりそれは失礼じゃないかな?」

 

 温和な声で少女の肩を突付いたのは、グレーのスーツに身を包んだ、おおよそ軍人ではないのが明らかに判る優男だ。

 

「せやけど、噂通りの腕前やったら今のうちに声かけとかな取られるで、ショウさん。うちの率いる部隊にテストパイロットが必要なのはわかるやろ?」

「そりゃわかるけど、彼女を見てみなよ。いかにも一人になりたい空気出してるよ」

 

 だったら話しかけるなと思った女だが、吐き気が収まる様子がない。

 口を抑えていないと胃袋から珈琲が逆流しそうで手が離せないのだ。

 

「だから好都合やん! おかげでうちら以外に声かけようとするやつおらんかったやろ? これ逃したら絶対あかんやんか」

 

 声を掛けられた当事者を無視して会話を弾ませる二人組みだ。

 この珍妙な組み合わせが、まさか激戦区に出るBGだとは思えない。

 金髪ポニーテールの少女が着用しているパイロットスーツはO.C.U.軍のものではない。

 男のほうも最前線基地では場違いなスーツ姿で、軍属なのかも理解に苦しむ格好だった。

 

「……失礼だが、お二人とも、わたしは……、誰とも組む気はない」

 

 女は何とか吐き気を飲み込んで言った。

 その弱々しい様子に二人は瞬時に会話を引っ込める。

 だが、少女はお構いなしだった。

 

「うちはE.C.のインターゲーンちゅう会社と契約しとるテストパイロットやねんけど、今は戦術研究の名目でO.C.U.軍に協力しとんねん。でもE.C.としてはO.C.U.側に荷担していると思われとうない。企業かて絶好の実戦データが得られるチャンスがもったいない。っちゅう感じで仕方なしに、戦術顧問という形でここにおるんや。んで、そない中途半端なもんやから、なっかなかうちの部隊に入りたいパイロットがおらんねん。ほら、ぶっちゃけおたく、煙たがれとるやん? 部隊を全滅させた隊長なんて、不吉すぎて嫌やん? よくある死神設定やん? おたくを部隊に入れたいなんて、余程の物好きしかおやへんやん? うちらにとってはまさに好都合やん? そんでこうやってスカウトしに来たっちゅううこや」

 

 と、間髪入れずに早口で捲くし立ててくる。

 ハフマン島が兵器の見本市となっている現状を言うところも、女が鼻摘み者として厄介な立場にいるところも、包み隠さずあっさり指摘するとこは、いっそ清々しい。

 口元から白い歯を覗かせて、快活に笑う様が眩しい。

 表裏が微塵も感じられない。

 

 だからこそ、

 

 珈琲の残り香共々、

 

 煩わしい。

 

「……きみの、素性は理解した。が、そこの不気味な格好の男の素性が皆目検討が付かない」

 

 女は不快感を隠そうともせずに眉根を寄せた。

 

「不気味って……」

 

 スーツの男はいかにも傷ついた顔を浮かべる。

 軽快な仕草を引っ込め、襟を正し咳払いをした。

 

「僕は部隊の専属整備士だよ。これでも腕は確かなんだぞ?」

 

 嘘八百、白々しいのにも限界がある。

 どこの国の整備士がスーツの格好でヴァンツァーを整備するというのだ。

 

「身元の怪しい者が整備するヴァンツァーに乗りたくないのでお断りしよう」

 

 女は紙コップを握り潰して立ち上がった。

 

「ちょっ、待ってや」

「なにか……?」

 

 断る理由が真っ当なだけに、少女は二の句が継げないようだった。

 話が続かないのなら、当然、この場に用はない。

 女は二人に一瞥もせず食堂出口に向かう。

 

「もうっ、ショウさんのバカ!」

 

 スーツの男は少女の罵声を浴びているようだが、どうでもいい。

 おかしな輩には関わらないほうが身の為だ。

 

「大尉は確か、ルーピディスの出身だろう?」

 

 その言葉に、女は足を止めた。

 が、すぐに何事もなく歩を進める。

 

「ラーカス地区の工場に何があったか知りたくないかい?」

 

 足取りが重くなる。

 

「そこはね、メタルワーカープロジェクトの関連施設なんだよ」

 

 スーツの男はとっておきと言わんばかりに放ったようだが、生憎と女の琴線に触れる言葉ではなかった。

「ハフマン島はメタルワーカープロジェクトの実験場にされている。島は大尉にとっては故郷そのものだろう? 祖国が玩具にされててもいいのかい?」

 

 実験場とは今更の表現だ。

 そんなもの少女からはっきり言われている。

 兵器の実験場になっているくらい、ヴァンツァー乗りなら誰だって気付くものだ。

話に構わず、苛立ちながら女は食堂の扉から出て行った。

 残された少女のほうは、スーツ姿の男を驚きの表情で見ていた。

 

「ショウさん、めっちゃ思い切っとんな。結構、深いとこまで言うてもうて」

「大尉を入れる為なんだから仕方ない。ただこれだけじゃ駄目みたいだね。彼女の信頼をどうにか勝ち取らないと進まない」

 

 そう言って、スーツの男は改めて襟を正した。

 

 

 

 晴れ渡る外の空気を胸一杯に吸い込んでから、女は煙草に火を点けた。

 格納庫に近い場所であるが人の気配はない。

 遠くのほうから風に乗って、微かな人のざわめきが聞こえるだけだ。

 それくらいなら問題ない。

 ようやく心を落ち着かせる事が出来た。

 しばらくの間、煙草を満喫する。

 ゆっくりと吐き出した煙が、きままなに流れていく。

 その流れのように、女は偵察機動部隊に入った最初の任務を思い出した。

 ロクスタ砂漠での選抜をクリアした後、正式に偵察機動部隊に配属されたのだが、翌日に早速指令が下された。

 ルーピディス周辺のU.S.N.軍の動向を探れというという内容だった。

 女にとってはまさに青天の霹靂でもあった。

 ルーピディスは、幼い頃に住んでいた街だ。

 もともと両親は移民で、ハフマン島に渡った時に自分は生まれたらしい。

 おぼろげな記憶なのだが、確かにルーピディスに住み、出生の話を聞いた気がする。

 数年の歳月をルーピディスで過ごしたのを忘れた事はない。

 ある日、両親の長期休暇が自分の運命を変えた。

 久々に家族揃ってO.C.U.側の西ハフマンへと旅行に出掛ける事になり、母親が嬉しそうに喜んでいたのを覚えている。

 ところが、その矢先にタイミング悪く、第一次ハフマン紛争が始まった。

 町中が混乱する最中に、両親は市街戦に巻き込まれて命を落とした。

 当時、何の身寄りもない子供にルーピディスへ帰れる手段は持ち合わせていない。

 そのまま戦争孤児として施設に収容され、O.C.U.に帰化したのだ。

 おそらく、軍司令部の指令は女の経歴を加味しての任務だったのだろう。

 地理に明るいということであれば、打って付けの人員配置だ。

 それとも、もしかしたら自分が信用されていないのかも知れない。

 実は選抜試験は継続中で、この任務で亡命するかしないかを見極めるつもりなのだろうか。

 軍としてはU.S.N.に亡命されたら、危険分子を早急に排除出来たともいえるし、亡命しなかったら、軍に忠実な兵士として優秀な人材を確保出来たとして、どちらにしろ一石二鳥だ。

 あるいは、二重スパイになるかもしれないから適当に泳がせる算段なのかもしれない。

 考え出せばきりがないのので、女は無用な考えを捨てた。

 遠い過去や軍の思惑よりも、重要な事がある。

 敵地であるルーピディスの目と鼻の先に、ラーカス地区があった。

 第二次ハフマン紛争の発端、ラーカス事件の舞台である工場がそこにある。

 女は本来の任務とは別に、戦争の原因になったラーカスを見てみたかった。

 記憶を探れば、ヴァンツァーを隠せる森はルーピディス郊外にたくさんある。

 敵地の偵察任務では、極力ヴァンツァーを動かさず、予定された偵察ポイントで潜み情報収集するのが基本だ。こんな大きいのを動かせば、たちまち居場所を露見させてしまう。

 夜陰に紛れて上陸し、偵察ポイントに到着した女は、そこにヴァンツァーを隠してラーカス地区の工場跡へと向かう計画を立てた。

 僅かな携帯食料を持ち、移動はもっぱら夜のみに限定し、昼間は身を潜める。

 徒歩に加えて夜間限定での道程は数日間必要なのだが、のんびりとしてはいられない。期日の予定ポイントに間に合わなければ、敵地に取り残されてしまう。

 おまけに任務だっておろそかにしてはならない。

 有力な偵察情報を、ラーカスに向かう間に入手しなければならないのだ。

 だが、偵察については有益な情報を確保出来るという自信がある。

 軍司令部はヴァンツァーでの偵察を想定しているようだが、それだとひたすら遠方からの情報収集のみで、その程度の写真撮影では衛星によるサテライトスキャンと変わりはない。

 女の偵察行動は大胆だった。

 夜間の行軍中に発見したヴァンツァー部隊を、日中に至近距離で撮影したのだ。

 U.S.N.本土から観光に来たバックパッカーを装い、ヴァンツァーに夢中な振りをした能天気な女として兵士に愛想を振りまいて一緒に記念撮影する。

 その間に、服に隠したカメラでヴァンツァー部隊の装備、徽章等を画像に収めた。

 内心、ここまで器用な事が出来たのは驚きなのだが、何の事はない。

 アンジーとヴィヴィアンの行動を真似ただけだ。

 普段の女であれば、絶対にしようともしない行動なのだが、ラーカスを見るという目標の前には致し方ない。

 そして、三日目の夜に到着した。

 悲惨なものだった。

 工場の建物は無残に破壊されていた。

 ひしゃげた鉄骨が爆発の激しさを物語る。

 煤に塗れた破片と、埃だらけの残骸が墓場のように鎮座していた。

 それ以外にあるものはなかった。

 ラーカス事件の現場は、ただの廃墟と化していただけだった。

 女は呆然となって佇んだ。

 どういった目的の工場だったのか、判別出来るものはない。

軍事施設だったのかも分からない。

 ここに何の意味を持って、偵察が行われたのかも不明だ。

 ただ、その任務が偵察ではなく破壊工作だったのではないかという推測は付く。

 潜入したヴァンツァー4機が通常兵装だったら、ここまで徹底的な破壊は無理だ。

 建物の基礎となる複数の鉄骨が焼き切れている状況、残骸の元が分からない程の威力。

 おそらく、大量の爆薬が使われたのだろう。

 軍事的な破壊工作としてヴァンツァー4機を動員するという事は、それ相応の何かがあったに違いない。

 O.C.U.軍はラーカス事件を否定していた。

 否定するからには、軍としては根拠があったはず。

 否定をしたい、何かしらの理由があるはずだ。

 それが、

 

 ――メタルワーカープロジェクト。

 

 いつの間にか、吸いもしない煙草が灰となって地面に落ちている。

 女は再び煙草を取り出して口に銜えた。

 火を点けようとしたら、無意識のうちに手が首元の認識票に触れる。

 六つに繋がれた仲間達の認識票。

 ライターに変わって、それを握り締める女の心中は複雑だった。

 あのスーツの男が告げた言葉。

 メタルワーカープロジェクトとは何なのか。

 ラーカス事件に関わりがある。

 そう示唆しているようだった。

 だが、彼等とスコードロンを組むのは論外だ。

 一人で行動したいのも勿論あるのだが、偵察機動部隊の任務を続けていれば、あのフリーダムで襲撃してきた敵の情報が掴めるかもしれない。

 仮に、彼等と組んで最前線の激戦区で活動していれば、いずれ鉢合わせるかもしれない。

 頭の中では、仇を討てば何かが変わると思っている。

 心の中では、仲間が許してくれると感じている。

 しかし、女の魂は、それを思い感じる事は許されないと咆えていた。

 仲間の復讐が目的ではない。

 仲間を失った理由は、自分の未熟さゆえに起こった結末だからだ。

 後悔とか、懺悔とか、

 たかだか、その程度の感情に溺れて、反吐が出そうになる。

 示された一縷の望みに縋ろうとする様に怒りさえ覚える。

 

 そんな自分が、

 

 今は一番、

 

 許せない。

 

 二本目の煙草が、根元まで灰になっていた。

 自責の念にかられた女の目は虚ろだった。

 生きてるのか死んでるのか、死者には見えないが、生者にも見えない。

 活力を失った、生きる屍。

 例え賢者が正しい道を問うても、今の女の耳には届かないだろう。

 だが、唯一、女を動かせる”音”はある。

 基地全体に響き渡る、警報音。

 全パイロット緊急発令、敵機襲来。

 女の止まってた思考が、

 戦士の思考が、

 

 ―――覚醒した。

 

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