風の魔女ポポ(逆行)の奮闘記   作:ふぁもにか

27 / 39

 どうも、ふぁもにかです。此度は前書きで多くを語るつもりはありません。前回、ポポの精神世界に己をねじ込むことに成功したアルトは、はたしてポポを救えるのか。



26話.ポポの調律②

 

「ここが、ポポの精神世界……」

 

 ポポの精神世界へと突入したアルトは、きょろきょろと周囲を見渡す。魔女の精神世界に広がる光景は、魔女の深層心理の投影である以上、アルトの視界に広がる光景もまた、ポポを調律するヒントになるからだ。決して、ポポの精神世界の光景が物珍しいからではない。

 

 ポポの精神世界。淡いエメラルド色の光を放つ、白と黒が織り混ざった地面。最奥には、ポップな絵柄で描き上げられた夜の街並みと、昼の牧場の景色の両方が映し出されている。何だか、ポポの精神世界は絵本を彷彿させるようだとアルトは第一印象を抱いた。ただ一点、地面と、ポップな絵柄の景色のあちらこちらに、赤いひび割れが走っていることを除けば、であるが。

 

 

「やっぱり、ポポの精神世界に入れたのは俺1人だけか」

 

 アルトは周囲に第9小隊の仲間たちがいないことを把握し、ひとりごちる。ポポは、アルトがポポを調律することを強く拒絶していた。それでもアルトがポポの精神世界に侵入できたのは、突如としてアルトの脳裏に響いたあの謎の声の持ち主が何かしらの介入をしたからだろう。だが、その介入があってなお、ポポの精神世界にアルトのみを送り込むので精一杯だった、ということか。

 

 

「おーい、ポポ? どこにいるんだ? いるなら返事してくれ」

 

 ポポを救えるか否かはアルトの双肩にかかっている。そのことを改めて認識したアルトは、ポポを探すべく、探索を始める。魔女の精神世界には、どこかに必ず魔女本人か、または魔女の抱え持つ負の感情が反映された、魔女の影が存在するからだ。

 

 

「――」

「ポポ、そこにいるのか?」

 

 そうして、アルトがしばらくポポを探していると。アルトの前方からわずかながら声が反響する。どうやらアルトの向かう先に、何者かが、きっとポポがいるのだろう。アルトは声の聞こえた方向へと駆け寄っていく。

 

 はたして、ポポはそこにいた。ポポの影ではない、ポポ本人が膝を抱えて、顔を埋めて、身を縮こませて座り込んでいた。そして、ポポの周囲には、アメジスト色のオーラをまとった、大量のゼリー状の魔物がポポを取り囲み、人の言葉をポポに叩きつけていた。

 

 

「死ね、死ね。ポポは死ね。汚らわしい魔女。お前の価値などどこにもない」

 

 ゼリー状の魔物が、ポポの価値を否定する。

 

 

「死ね、死ね。ポポは死ね。グズなお前が死ぬことで、世界のゆがみが修正される」

 

 ゼリー状の魔物が、ポポの命を否定する。

 

 

「死ね、死ね。ポポは死ね。お前がいるから何もかもうまくいかない。お前がいつも余計なことをするから、世界の命運はより悪い方へと転がっていく」

 

 ゼリー状の魔物が、ポポの行いを否定する。

 

 

「死ね、死ね。ポポは死ね。福音使徒からカシミスタンだけは中途半端に救うくせに、福音使徒が他の街を襲っても一切救わないエゴの塊。お前の性根の醜さはとどまるところを知らない」

 

 ゼリー状の魔物が、ポポの精神性を否定する。

 

 

「死ね、死ね。ポポは死ね。失敗作はとっとと死んでしまえ。さっさと風のクオリアを次代に渡すことだけがお前に残された、たった1つだけの、世界にできる奉公だ」

 

 ゼリー状の魔物が、ポポの畢生を否定する。

 

 

「死ね、死ね。ポポは死ね……」

 

 ゼリー状の魔物が、ゼリー状の魔物が、ゼリー状の魔物が。代わる代わるポポに罵声を浴びせていく。罵声に次ぐ罵声をひたすら縮こまった体に受けるポポもまた、うわ言のように己の存在を否定する言葉を呟いている。

 

 

「なんだよ、これ」

 

 『死ね』という言葉が聞こえない瞬間が一瞬たりとも存在しない異常な空間に、アルトは思わず圧倒されるも、すぐに己の使命を思い起こす。アルトはポポを調律して、ポポを救うためにここにいる。だったら、アルトに立ち止まっている暇はない。やることは1つだ。

 

 

「そこをどけ!」

 

 アルトはポポに呪詛を送るゼリー状の魔物を剣で斬り払うと、ポポの元へと駆けつける。そして、剣を鞘にしまい、有無を言わさずポポを背負うと、ゼリー状の魔物に背を向けて全力逃走を図った。アルトは今までに他の魔女の精神世界であの手のゼリー状の魔物と戦ったことがあり、この魔物の特徴をよく知っている。あの魔物は皆、その異常に柔らかい体躯ゆえに物理攻撃が全然通じないため、アルト1人では倒すことが困難なのだ。

 

 それゆえに、アルトはひたすらゼリー状の魔物から逃走する。幸いにもあの魔物は体をグネグネと揺らしながらでしか移動できないため、移動速度は非常に遅い。結果として、アルトはゼリー状の魔物とポポとを盛大に引き離すことに成功した。これで、ゼリー状の魔物の罵声は、ポポの耳に届かなくなった。

 

 

(ここまで来れば、大丈夫だよな?)

「降ろすぞ、ポポ」

「死ね、死ね。ポポは死ね……」

 

 アルトが丁重にポポを地面に降ろすも、ポポは相変わらずブツブツと同じ言葉を放ち続けるのみだ。そのままポポは再び地面に座り込み、膝を抱えて、顔を埋めようとして――そこでアルトがポポと目線を合わせるためにその場に膝をつき、ポポの頬に手を添えて、ポポの顔を無理やり上げさせた。結果、アルトとポポは互いに至近距離で見つめあう構図となった。だが、肝心のポポはアルトを見ているようでアルトを見ていない。ただ力なく虚空を眺めているだけだ。

 

 

「ポポ、俺だ。アルトだ。わかるか?」

 

 アルトにとって、ポポはどこまでも頼もしい存在だった。強くて、カッコよくて。だけどそれだけじゃない。ちゃんと見た目通りの女の子っぽいかわいらしさもあって。そんなポポは、アルトの憧れだった。威勢だけは1人前で、中々結果の伴わないアルトとは対極の存在、それがポポなのだとアルトは勝手に解釈していた。それほどまでに、3年前にアルトをウルフの攻撃から華麗に守ったポポの姿が。ついこの前、孤月の丘で福音使徒からニキとモルディモルトを救ったポポの姿が。カッコよかったのだ。

 

 けれど。そんなポポの鮮烈なカッコよさは、ポポが無理をして作った、いびつなカッコよさだったのだろう。『お務め』とやらを完遂するために、ポポには元来の繊細な心を削ってでも、強い自分を演出しないといけなかったのだろう。そうして、心を傷つけて傷つけて。だけど『お務め』を果たすために、じっくり心を癒すことすらできなくて。誰にも己の秘密を話せずに抱え込んで。そのままリゼットを襲う魔剣カルブンケルの呪いを分かち合おうとしたことでポポの心についにガタが来て、福音使徒にポート・ノワールを滅ぼされたことですっかり壊れてしまった。

 

 

「……あル、と?」

「そうだ、アルトだ。やっと俺をちゃんと見てくれたな、ポポ」

 

 ポポを救いたい。この小さな体にあまりに重すぎる責務を背負ってしまっているこの少女を救いたい。どのように声をかければポポを救えるのだろうか。アルトが脳裏で必死に考えを巡らせつつもポポをジッと見つめ続けていると、段々とポポの紺碧の瞳に光が宿り、焦点が定まり、アルトの名前を口にする。どうやらポポは、アルトと言葉を交わせる程度の理性を取り戻せたようだ。

 

 

「アルト、ポポを殺してほしいんだ」

「……どうしてポポは死にたいんだ?」

「だって、ポポはいつだって、ポポは裏目になることしかしないから。ポポがやることはいつも、全部全部、悪い結果になっちゃうから」

「例えば、ポポはどんなことをしたんだ?」

「……ポポはね、『お務め』を果たすために3年前から世界中を巡る旅に出たんだ。そこで、ポポはカシミスタンを中途半端に救った。でも、ポポはもっと早くカシミスタンを救うことだってできたのに、それをしなかった。そのせいで、ニキとモルディのお母さんが死んだ。カシミスタンをちゃんと救えていれば、領主を継がないといけなくなったニキが治世に苦しんで、福音使徒から強要された自殺をあっさり受け入れることはなかった。モルディが福音使徒にさらわれて、ニキの自殺する光景を見せつけられそうになることもなかった。キースがルドルフに殺されかけることもなかった」

「……」

「あの時、第9小隊がゴウラ火山で、ドロシーにさらわれたサクヤを救おうとした時、ポポはそれを妨害した。サクヤを殺したかったわけじゃない。サクヤを助けたくて、でも、バカなポポにはサクヤをギリギリまで追い詰める方法しか良い方法を思いつけなかった。でも、あんなことしなければよかった。そしたら、サクヤがドロシーに殺される恐怖を味わうことはなかった」

「……」

「リゼットの時だってそう。ポポは知ってたんだ。福音使徒が王都に侵入していて、魔女の命を狙っているって。わかっていて、ポポはリゼットを見捨てた。ヒルダがリゼットに魔剣カルブンケルの呪いを使う時を、ただずっと見ていた。リゼットを見捨てるのが一番マシな選択肢だって思ったから。でも、あそこでリゼットを守ればよかった。そうすれば、リゼットがあの魔剣カルブンケルの呪いの痛みに苦しむことはなかった」

「……」

「ポポは、みんなを救いたくて、世界を救いたくて『お務め』を頑張ってきた。だけど、ポポは救いたいはずのみんなを傷つけてばかり。ポート・ノワールの人もみんな死んじゃった。ポポを殺すために福音使徒がどんな手段に打って出るのかなんて、少し考えれば思いつけたはずなのに、バカなポポにはわからなかった」

「……」

「それに、ポポは、ポポは。ポート・ノワールが滅んだ姿を見て、頭が真っ白になって、たくさんの福音使徒の人を殺しちゃった。あの人たちだって、ポポの救いたい人たちだったのに。それに、ヒルダの胸をドリルで掘り続けるなんて、あんなにむごいことをしちゃった。悪いのは全部、ポポなのに。ポポは暴れる感情の矛先を、福音使徒に向けちゃったんだ。何もかもポポのせいなのに、福音使徒のせいにして、やつあたりしちゃったんだ」

「……」

「バカでグズで救えない魔女、力を持ってるだけに余計にたちが悪い魔女。それがポポなんだって、思い知った。……もう、死にたいよ。消えたいよ。ポポは生きているだけでみんなを不幸にする悪い魔女なんだ。どうあがいたって、ポポはみんなを、世界を守る良い魔女にはなれないんだ。こんなポポなんて、消えてなくなった方がいい。それこそがみんなの、世界のため。……お願い、アルト。ポポを殺して?」

 

 ポポはアルトに自身を殺してほしいと懇願する。アルトがポポにその理由を問うと、ポポはポツリポツリと己の所業を告白する。アルトはポポの話に一切口を挟まず、ポポの望むままにすべてを語らせた。そうして、ポポが今までため込んでいた想いを一通り吐き出した後に、再度アルトにポポの殺害を依頼した時、アルトは努めて優しい声色でポポに言葉を返した。

 

 

「ポポ。俺の話を少し聞いてくれ。……少なくとも俺は、ポポのおかげで救われたよ。ポポがいてくれたから、3年前の俺はウルフに殺されずに済んだ。ポポが俺を想って語りかけてくれたから、俺は自分が記憶を失っていることを気にしないで、ミトラ村のアルトとして新たな人生を歩もうって思えたんだ」

「……」

「俺だけじゃない。この前ラスティと2人で話した時に、ラスティとポポが出会った経緯について聞いたよ。ラスティの奴、『あの時、ポポが俺を見つけてくれなかったら、今頃俺は砂漠の骸骨の仲間入りしてただろうな』って笑ってたぞ」

「……」

「他にも、ユアンとポポの出会いについても聞いた。ユアンもさ、『ポポさんが協力してくれたおかげでユアン商会を順調に発展させることができました。ポポさんは商売の女神とも言えるでしょうね』って自慢気に言ってたぞ。『ポポさんと出会えたことこそが僕の人生最大の幸運です』とも話してた」

「……そんなの、ポポがいなくても何も変わらなかったよ。アルトならポポがいなくてもウルフの群れにちゃんと対処できた。それに、アルトにはリゼットがいる。ポポがいなくても、いつかはリゼットのおかげで立ち直って、記憶のことを気にしない今のアルトになってたよ。ラスティだってポポが助けなくたって自力で生き延びれたはずだし、ユアンだってすごい商才があるんだから、ポポがいなくてもユアン商会を普通に発展させられたはずだよ」

「確かに、そうかもしれないな。ポポの助けなしでウルフの群れをどうにか切り抜けて、その先でリゼットに励まされて前向きに生きられるようになる、そんなアルトもいたのかもしれない。だけど、それはもしもの話だ。今、ここにいる俺は、誰でもない、ポポに救われた俺なんだ。ラスティやユアンも、ポポに助けられたからこそ今の自分がいるって思ってる」

「……」

 

 アルトは、自分のことやラスティ&ユアンの話を持ち出して、ポポの行いが全て裏目になったわけではないことを主張する。しかしポポは知っている。ポポが過去に戻る前の世界で。アルトはポポがいなくてもウルフに殺されなかったし、普通に立ち直っていた。ラスティは砂漠で死ななかった。ユアンはユアン商会を全国展開していた。その事実を踏まえてポポが反論するも、アルトにあっけなく一蹴されてしまった。

 

 

「そりゃ人間、これが最善だって信じて選んだ行動が逆効果になる時はあるさ。自分のせいで事態を余計に悪化させることだってよくあることだ。でもさ、俺は思うんだ。大事なのは、結果だけじゃないって」

「……ほぇ?」

「だって、ポポが今まで頑張って色々動いていた動機は、悪意からじゃないだろ? いつも、いつだって。ポポは人のためを思って、善意で動いていた。だからこそ、ポポは今、『慈愛の魔女』って二つ名と一緒に、多くの人から慕われてるんだ。あの一筋縄じゃいかなそうなラスティやユアンだってポポを気に入っているんだ。あと、ニキなんか凄いぞ、口を開けば話題の6割はポポの話なんだから」

「……」

「正直、『お務め』のことを知らない俺には、どうしてサクヤを追い詰めたり、リゼットを敢えて呪わせることが一番マシな選択肢になるのかはわからない。けど、ポポがとっても優しい女の子だってことはよく知ってる。そんなポポが選んだ選択肢だ、きっとそれが正解だったんだって思ってる。……だからさ、たとえポポが動いて、望み通りの結果を得られなかったとしても、人の幸せを想って動いた優しいポポ自身のことまでは否定しないでやってくれないか? だって、ポポは善意に従って、最も正しい選択肢に従って、動こうとしただけなんだから」

「……」

「ポポ。あの時ポポが俺に言ってくれた言葉を返すよ。ポポが何か大切なことを隠していて、それを言いたくないんだなってのは俺なりに理解しているつもりだ。だけど、重大な秘密を抱えているからって、俺たちが協力できないわけじゃないだろ? 俺は、俺たちはみんなポポの味方だ。強くて弱い、そんなポポの味方なんだ。愚痴や悩みのはけ口にくらいはなれるし、たとえ理由を伏せられたって、やってほしいことをポポから言ってさえくれれば、喜んで協力することだってできる。だから、独りで何もかも全部抱え込むのは今日でもうやめて、一歩を踏み出してみないか?」

「一歩を、踏み出す……」

 

 アルトがポポに真摯に語りかけてくる。アルトの一言一言が、ポポの心に熱を伴って滑り込んでくる。ポポの壊れた心に熱が沸き上がる。離れ離れとなった心のパーツが熱を発して溶接しあい、ポポ本来の心を再形成し始める。

 

 

「――っと、ポポの背中を押す前に、まずはこっちを言うべきだったな。今、ここにいないみんなの分も代表して、ぜひとも言わせてくれ」

「アルト?」

「今まで俺たちのためによく頑張ってくれたな、ポポ。ありがとう」

「――ッ!」

 

 そこでアルトから感謝の言葉を告げられた時、ポポは目を見開いた。気づけば、ポポの瞳からはボロボロと涙が零れ落ちていた。拭えど、拭えど、涙が止まらない。とめどなくあふれでてしまう。どうやらポポは心の奥底で、ポポの3年に渡る孤独なお務めを誰かに認めてもらえることを希求していたようだった。

 

 

「あうぅぅ…゛ぅ゛ッ……」

「ポポ、まだ死にたいって思ってるか?」

「……わからない。ポポ、生きてていいのかな。ポポは、今まで散々間違ってきた。こんなポポに、生きる権利はあるのかな?」

「当たり前だろ。俺も、みんなも、ずっとポポに生きていてほしいって思ってる。それだけ、ポポは魅力的な女の子なんだからな。……なぁポポ、いつかは、ポポのことを全部教えてくれないか? 教えたくなった時でいいからさ」

「……わかったよ。祝歌計画が終わったら、みんなに全部話す。だから、それまで待ってて」

「そっか、わかった。約束だぞ」

「うん。約束、だね……」

 

 アルトがそっと差し出した手の平に、ポポがおずおずと手を乗せる。直後、ポポの精神世界は白い光に包まれ、盛大にガラスが破砕したかのような衝撃音が響き渡る。かくして、アルトとポポは精神世界から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

/\

/ 調 \

/  律  \

\  完  /

\ 了 /

\/

 

-complete tuning-

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 気づけば、アルトとポポはポート・ノワールから少し離れた草原に転移していた。ポポはアルトが自身の精神世界に入り込む前に大量の使い魔を第9小隊にけしかけていたことを思い出し、即座に使い魔たちを送還する。その後、ポポはアルトを見上げて、少しだけ躊躇した後、声を上げた。

 

 

「……ねぇ、アルト」

「どうした、ポポ?」

「ぎゅぎゅーって……していい?」

「あぁ、どんと来い」

「ぎゅぎゅー……」

 

 ポポはアルトから許可をもらうと、アルトにゆっくり近づき、そっとアルトの背中に腕を回して、アルトに正面から抱き着く。アルトの体に顔を埋めて、静かに涙を零す。ポポの感情の許容量を飛び出してしまい、行き場を失ったあらゆる感情を、ポポは涙という形で放出する。

 

 アルトに抱き着いて涙するポポと、ポポの頭を優しく撫でるアルト。2人だけの静かな世界は、しばし続いていく。ポポの使い魔が一斉に消失したことを機に、調律を終えたはずのアルトとポポを捜し始めた第9小隊が、アルトとポポを見つける瞬間まで、2人だけで完結した世界が続いていく。

 

 かくして。ポポがアルトに調律されたことで、ポート・ノワールで勃発した一連の悲劇がついに幕を下ろすのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 その日の、ポート・ノワールを舞台とした一連の悲劇は、『ポート・ノワールの大火』と命名された。ポート・ノワールの大火において、ポート・ノワールの住民の生存者はゼロ。ポート・ノワールを滅ぼした福音使徒はその後、第9小隊と激戦を繰り広げた後、敗北。生存している福音使徒は、トップのヒルダを筆頭に皆、捕縛した。そのような情報を王都主導で発信していった。

 

 この時、ポート・ノワールの大火に大きく関与した風の魔女ポポのことは、王都が公開する情報には一切含まれていなかった。その理由は大きく2つ。1つは、風の魔女の精神安定上のため。もう1つは、風の魔女がポート・ノワールで多くの福音使徒を殺害したことが一般に広く知られてしまうと、世間のポポへのイメージがすこぶる悪くなり、ポポを含めた魔女4名が欠かせない祝歌計画に多大な支障を被ってしまいかねないためだ。ゆえに、王国の一部高官による協議の結果、ポート・ノワールの大火におけるポポの動きは厳重に秘匿する方針となったのだ。

 

 

「……」

 

 そして、5日後。ポート・ノワールの大火におけるブラックボックスと化した当の本人は、大火発生以降、3年ぶりに己の自宅である小屋に滞在していた。王都から派遣された騎士団とともに、ポート・ノワールの住民の埋葬を行うためには、ポート・ノワールにほど近いポポの小屋で寝泊まりすることが最も都合がよかったからだ。

 

 しかし、当然ながら第9小隊がポポの単独行動を認めたわけではない。福音使徒をまとめて捕縛できた以上、ポポに迫る命の危険はもはや存在しない。しかし故郷を滅ぼされたばかりの少女を1人で放っておけるわけがない。アルトの調律のおかげで我を取り戻せたとはいえ、例えばポポが故郷を失った悲しみに、多くの福音使徒を殺した罪悪感にふと心を囚われて衝動的に自殺する、といった可能性も否定できないのだ。ゆえに。

 

 

「ポポ、本当にもういいの? 無理してない?」

「……うん、だいじょーぶ。いつまでもみんなを待たせるわけにはいかないからね」

 

 ポポの監視役という名目で、ここ5日間、ポポと寝食を共にしていたニキが、ポポの小さな背中に問いかける。対するポポは、小屋から焦土と化したポート・ノワールを眺めた後、ニキへと振り返る。

 

 

「王都に行こっか、ニキ。みんなを、世界を救うために」

 

 かくして。王立騎士団によるポート・ノワールの住民の埋葬が一区切りついたことを機に、ポポは正式な第9小隊の一員として、ニキとともに王都ランベルトへと帰参するのだった。

 

 




ポポ:金髪ツインテールな風の魔女。アルトの調律により、泣いて、泣いて、ひたすら泣いて。心がぶっ壊れる前の元の自分をどうにか取り戻せたようだ。
アルト:原作主人公にして、記憶喪失な第9小隊の一員。一応、17歳。己をとことん否定するポポを前に、ポポを全力で肯定する方針で調律に挑み、成功して見せた。ポポが無意識に渇望していた言葉をしっかり引き当てるあたりが指揮者にして主人公の貫禄といえよう。
ニキ:土の魔女にしてカシミスタンの領主だった緑髪の少女。16歳。此度、ちゃっかりポポの小屋で5日間、ポポと同居した事実が発覚した。これはニキポポてぇてぇ案件待ったなし。

 というわけで、26話にして『風の魔女ポポ』編は終了です。仕事人アルト、やってくれました。いやはや、良かった良かった。しかし、何かエンディングな雰囲気になっていますが、この物語はここで終わりではありません。これからどのような展開が待ち受けているのか、お楽しみに。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。