風の魔女ポポ(逆行)の奮闘記   作:ふぁもにか

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 どうも、ふぁもにかです。さてさて、ポポが離脱した後の祝祭の間で何が起こっていたのか、その一部始終を紐解きましょうぞ。



32話.名女優ニキ

 

 復活祭当日の正午。ランベルト城内の高層に位置する祝祭の間にて。地水火風の魔女ことニキ、リゼット、サクヤ、ポポの4名は祝歌を奏で終えた。結果、祝歌は世界中に轟き、ヒルダの堕歌により結晶化させられた街や人を瞬く間に解放することができた。

 

 刹那、アルトたちが祝歌の成功を確信したまさにその時、祝祭の間に唐突に福音使徒が飛び込んでくる。時魔法で転移してきた福音使徒4名(ヒルダ、ダンテ、ドロシー、ルドルフ)は、アルトたちの様子や王都の広場から湧き上がる「万歳」の大歓声から、既に祝歌が奏でられた後だと悟り、絶望に顔を歪ませる。

 

 ニキがちゃっかり生成していた土人形の兵士を駆使して地下牢から解放した福音使徒は、ニキの狙い通りに、完璧なタイミングで祝祭の間に姿を現してくれた。おかげで今、皆の視線は福音使徒に注がれている。ゆえに、この場から既にポポが姿を消しており、代わりにニキが生成したポポの土人形が置かれていることに誰も気づいていない。

 

 

「止められ、なかった……!」

「福音使徒!? なぜここに!? 厳重に捕縛して、地下牢に閉じ込めていたはず――」

 

 福音使徒を代表してヒルダが悲痛に満ち満ちた声を上げ、エルマー閣下が唐突な福音使徒の登場に目に見えて驚愕する中。

 

 

(ここまでは順調ね、あとは――)

 

 ニキは表面上は目をカッと見開いて福音使徒を凝視することで、第9小隊の面々と一緒に驚いている演技をしつつ、脳裏でポポと話し合って築き上げた作戦を反芻し、これから己がやるべきことを見つめなおす。

 

 

 ◇◇◇

 

 『はなれ湯 華蝶庵』での一泊二日の慰安旅行。

 その夜。ニキがポポに頼まれたことは以下の2つだった。

 

 1つ目の頼みは、ポポが祝歌を奏でた直後に、祝祭の間から離脱したことをすぐに気づかれないよう偽装すること。

 ポポがこの件をニキに頼んだ目的は、ポポが世界中に埋め込んだ風のクオリアを励起させ、天使を全部殺すための歌を奏でる行為を誰にも妨害されないためだ。ポポがエクリプス発動とともに降臨する無数の天使をすべて撃退するためには、ポポが誰にも邪魔されずに渾身の歌を歌いきる必要がある。そのためには、ポポが調律ノ館に向かう必要があった。ポポが調律ノ館に向かったことを誰にもバレないようにする必要があった。

 

 そして。もう1つの頼みは、クラウス隊長と人造天使ジゼルを、戦わずして撃退すること。

 ポポは祝歌を奏でてエクリプスを発生させた後、月から大量に降臨してくる天使を全部倒すための歌を奏で続けることになる。だけど、ポポが世界中に埋め込んだ風のクオリアでできることは、あくまで人類を殺すという目的しか持たず、単純な動きしかできない天使を捕捉して片っ端から殺すことのみで。ポポが埋め込んだ風のクオリアの力では、まずクラウスやジゼルを退けることはできない。

 

 だから、人類を殺す気満々なクラウスやジゼルを退ける方策として、ポポの歌は使えない。加えて、天使を撃滅するための歌の真っ最中なポポ自身がクラウスやジゼルと戦うこともできない。仮に天使の襲撃が収まるまでクラウスとジゼルが人類を殺そうとせず、ポポが祝祭の間に戻れたとしても、渾身の歌を歌い切った後の疲弊したポポではとても戦力にならない。それゆえポポを戦力として換算できない状態で、2人を退ける必要がある。だけど、クラウスやジゼルは非常に強い。エクリプスが発生した時点のアルトたちでは到底、敵わない。ポポが過去に戻る前も、ルドルフが命を賭してクラウス&ジゼルと戦ってくれたおかげで、どうにか2人を退かせることができた。それくらい、クラウスとジゼルは強いのだ。

 

 ゆえに、クラウス&ジゼルと直接戦ってはいけない。直接刃を交えずに、2人を撤退させないといけない。それはつまり――ニキの繰り出す言葉だけで、クラウスとジゼルを倒さないといけない、負けを認めさせないといけない、屈服させないといけない、逃げ帰らせないといけない、ということだ。とはいえ、現時点のジゼルはクラウスの従順な配下でしかないため、ニキが言葉で戦う標的は、クラウス1人になるわけだが。

 

 

(ホント、つくづく厳しいオーダーよね)

 

 だけど、この無茶を通さなければ、例えポポが歌を歌って世界中の人を天使から救った所で意味がない。祝祭の間にいるニキたちが、王都ランベルトの住民たちが、天使の代わりに、クラウスとジゼルに殺されてしまうからだ。そうなってしまった時、どこまでも優しくて、どこまでも繊細なポポは確実に、修復不可能なほどに粉々に壊れてしまう。そう、ニキは確信している。

 

 

(……)

 

 ニキは脳裏に思い起こす。

 ポート・ノワールの大火の折の、すっかり壊れてしまった、痛々しいポポの姿を。

 

 ニキは脳裏に思い起こす。

 華蝶庵の屋根でニキが告白した折の、ポポの真っ赤に染まったかわいらしい表情を。

 

 

(もう二度と、誰にもポポを壊させたりなんてしない。ポポは笑顔が一番似合う、太陽の女の子なんだから)

 

 ニキが初めて恋をした、同性の女の子。放っておけばいつの間にか何もかも抱え込んで苦しんで消えてしまいかねない、どこまでも危なっかしい女の子。そんな難儀な女の子の明るい未来のため。ニキは今日――悪鬼になる。

 

 

(クラウス隊長。あなたもまた、マザー・クオリアに侵された被害者だってことはポポから聞き及んでいます。だけど、だけど、私は今日――あなたの心を完膚なきまでに壊し、廃人にします。……ごめんなさいは、言いません。ポポを救うため、世界を救うため、あなたは犠牲になってください)

 

 ニキは心の中でクラウスへの想いを紡いだことを最後に、クラウスへの一切の情を捨てた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「クラウス、早う福音使徒を捕らえよ! 陛下をお守りするのだ!」

「くくくッ……その必要はない。もはやその女は不要なのだからな」

 

 福音使徒は皆、祝歌が実行され全てが手遅れになってしまったことに絶望している。呆然と立ち尽くしている。その隙に、エルマー閣下は福音使徒を無力化するべくクラウスを急かすも、しかしクラウスはエルマー閣下の要請に応じず、心底愉快そうに嗤い、アナスタシア陛下に侮蔑の視線を送る。

 

 

「は? そなた、なにを言っている……?」

「ク、クラウス?」

 

 そんな、普段のクラウスの言動からはまるで想像できない言葉に、この場の皆がギョッとした眼差しをクラウスに向ける。皆がどれほど困惑しているかは、エルマー閣下やアナスタシア陛下の反応が如実に代弁していた。

 

 もしかして、さっきのクラウス隊長の発言は何かの聞き間違えだったのではないか。だって、誰よりもレグナント王国に、アナスタシア陛下に忠義を尽くすあのクラウス隊長に限って、陛下を愚弄する発言を口にするはずがないのだから。

 

 

「さぁ、いよいよ始まるぞ。千年ぶりの大祭典、神のための復活祭。……感謝しているよ、アナスタシア。愚かで醜いお前のおかげで、この日をようやく迎えられた」

 

 そのように誰もが考えた最中、しかしクラウスは止まらない。クラウスがアナスタシア陛下を指差し、しみじみと呟いた瞬間、祝祭の間を強烈な地響きが襲った。

 

 

「きゃああッ!?」

「い、一体何が起こってやがる……!?」

「ふぁああ!? み、みなさん、外を、外を見てくださいぃぃ!」

 

 不意に発生した地震にリゼットが尻もちをつき、ラスティが困惑と苛立ちが混じった声を漏らす一方、いち早く異変の元凶に気づいたののかが祝祭の間の外を指差す。そこで、皆が目撃した光景は、今までの人生で各自が積み上げてきた常識の範疇にない、尋常でない光景だった。

 

 月から木の根のようなうねうねとした太い何かが地球へと伸びて、次々と突き刺さっていく。月から次々と天使が舞い降りてくる。一目見ただけで、軽く万を超える数の天使が地上へと降り立ち、近場の人々を爪で、魔法で、容赦なく惨殺していく。まるで、地球最後の日。世界の終わり。そんな、皆が到底受け入れがたい残虐な光景が広がっていた。

 

 

(よし。みんなを騙せているみたいね。……クラウス隊長も、この光景を疑っていない。第一関門は無事突破できたわね)

 

 しかし、ただ1人。ニキのみは冷静に天使が王都の人々を虐殺する光景を眺めていた。当然だ、なぜなら今、王都に広がる光景は、ニキがアルトたちに見せている、偽りの光景(エクリプス)なのだから。

 

 ニキは福音使徒を祝祭の間に登場させることで皆の視線を福音使徒に集中させている間に、ポポの土人形を作る以外にも、王都一帯に大結界を展開する作業を行っていた。

 

 土の魔女が行使できる、結界の御業。この結界には、2つの効果がある。1つは、結界を通過できる物を選別する効果。これは人間のような実態のある物体から、声のような実態のない物にも作用させることができる。そして、もう1つの効果は、結界の中で、幻覚を構築できること。結界の中にいる人や動物に対して、現実世界では発生していない、ニキの妄想を投影して、見せつけてやることができるのだ。

 

 

(これで舞台は整った。あとはタイミングを見て、私の全力をぶつけるだけ!)

「なんだよ、これ……!?」

「どうなってんのよ!? だって、祝歌は成功したはずなのに!」

「隊長、ご指示を! 我々は一体どうすれば良いのですか!?」

「――まだわからないとは、つくづく愚かなグズどもだな」

 

 ニキが虎視眈々と機会を狙っている一方。王都に火の手が上がる。次々と人々が天使の手にかかり、鮮血をまき散らして命を落とす。祝祭の間の眼下に広がる地獄絵図にアルトやサクヤが狼狽の声を響かせ、アーチボルトがすがるようにクラウスに駆け寄る中、当のクラウスは深いため息混じりに皆に侮蔑の眼差しを向ける。

 

 そして、クラウスは語る。己の正体は、神聖レグナント王国を建国した初代国王、獅子王ゼノであること。己こそが、祝歌計画を通して、神の、マザー・クオリアの復活を企み、神が遣わす天使による人類虐殺ショーこと『エクリプス』発動を誘導していたこと。

 

 続けて、クラウスは嗤う。長きにわたって眠っていた神の復活を心から祝福し、次々と人々が死に絶える姿を『神の祝福』と称して、にこやかな笑みとともに眺め続ける。事態の深刻さを悟ったアナスタシア陛下がいくら己の権力を振りかざして、クラウスの暴虐を止めようと言葉を重ねても、クラウスはどこ吹く風だ。

 

 

「クラウス! このような暴虐、もうやめて! 民には何も罪はありません! 王国に恨みがあるというのなら、国民ではなく、私に……!」

「愚かしい。愚かしいな、アナスタシア。我が血脈の末路がこれとは、嘆かわしい限りだ。……今日をもって、人が世を統べる時代は終わりだ。これからは神が人類の主となる。……アナスタシアよ、今はせめてレグナント王国最後の女王として、美しく――」

 

 アナスタシア陛下が少しでも民を救うべく必死に声を張り上げるも、クラウスにはまるで届かない。クラウスはどんどんアナスタシア陛下への失望を深めながら、一歩、一歩。アナスタシア陛下の元へと歩み寄る。誰も、動けない。誰も、クラウスの動きを阻止できない。エクリプス発動により開催された人類虐殺の光景、すっかり豹変しきったクラウスの姿。これらの情報に対し、脳の処理が追いつかず、現実のものと到底信じられず、誰も行動に移せないのだ。

 

 

「――死ね」

 

 クラウスは流れるような仕草で胸元から鋭利なナイフを取り出し、アナスタシア陛下の胸元に突き刺そうとする。その瞬間を、ニキは待っていた。

 

 

「させない!」

 

 ニキは瞬時にアナスタシア陛下の眼前に、ニキの土人形を作り出す。結果、クラウスの繰り出した凶刃がアナスタシア陛下を貫くことはなく、アナスタシア陛下の盾となって胸を貫かれた土人形のニキはボロボロと崩れていった。

 

 

「ほう? よくアナスタシアを守れたものだな、ニキ」

「……あなたには思う所がありましたから、ずっと疑っていたんですよ、クラウス隊長」

「随分と意味深な物言いだな。せっかくだ、聞かせてもらおうか?」

「ええ、構いませんよ」

 

 アナスタシア陛下殺害を妨害されたことにクラウスが意外そうに眼を見開き、ニキに視線を移す。クラウスの後を追うように、祝祭の間の皆の視線がニキに集中する中、ニキは独白とともにテクテクと歩みを進め、アナスタシア陛下の前に立ち、クラウスと真正面から対峙する。それから、クラウスから促されたことを契機に、ニキは深呼吸を挟む。

 

 ここから先は、ニキの舞台だ。ニキはこの舞台の主演の女優として、クラウスを相手に大立ち回りを行う。目的はただ1つ、クラウスの心を折ること。クラウスの心を折って、クラウスが人を殺さずに撤退させること。そのために、ニキはこれから、あらゆる手段を使って、手練手管の限りを尽くして、クラウスの心を殺しにかかるのだ。

 

 

(――さぁ、始めるわよ。愛するポポの輝かしい未来のため、死力を尽くしなさい、名女優ニキ! ポポの期待に、応えるのよ!)

「私は見ていたんですよ。あの時、あなたがカシミスタンに火を放ったのを」

 

 ニキは己がクラウスを疑っていた嘘の理由を告げる。当然、ニキは3年前のカシミスタンの大乱でクラウスがカシミスタンに火を放つ光景なんて見ていない。これは、ニキの賭けだ。あくまで魔女を殺すことを至上命令に据えていた福音使徒が、ルドルフが、ニキの母親たる土の魔女(当時)サイージャを殺す際にわざわざカシミスタンに火を放つ理由がないというニキの推測。あの時、カシミスタンに火を放つ理由があるのは、福音使徒よりも、福音使徒を極悪人に仕立て上げて、祝歌計画をスムーズに遂行させようとしたクラウスの方なのではないかというニキの推測。そのような己の推測を元に、ニキは堂々と、嘘を吐いた。

 

 

「なッ!? 隊長が、カシミスタンに火を!?」

「おい。何だよそれ……どういうことだよ、クラウスッ!」

 

 ニキが祝祭の間に投下した爆弾発言に、皆が衝撃にどよめく。とりわけアーチボルトが狼狽を深め、ラスティがクラウスに激昂する中、クラウスは、凶悪な笑みをますます深めた。それは、ニキの発言をクラウスが認めたも同義だった。

 

 

「……見られていたのか?」

「ええ、見ていましたよ。この眼で見ていましたとも。だから私は最初にあなたたちと会った時、あんなにも強硬に、難癖をつけまくってでも祝歌計画に反対し、カシミスタンに残る意思を示したのですよ。この私がどうして、あの時カシミスタンに火を放った仇の、憎くて憎くてたまらない、あなたの提言を易々と受け入れられましょうか?」

「なるほどな、尤もな意見だ」

「第9小隊に入ってからも、私はずっとあなたのことを、そしてあなたが進めようとした祝歌計画のことを疑っていました。だから、私たちが祝歌を奏でた後に、あなたが豹変した時、『やっぱり』と思いました。……普段のあなたがあまりに清廉潔白な立ち振る舞いをしていたものだったから、もしかしたら私があの時に見た、カシミスタンに火を放った人物は、実はクラウス隊長の双子だったのではとか、クラウス隊長に変装した別の人が火を放ったのでは、とも考えましたが……真実は単純なものですね。あなたが良い人を演じていた、それだけだったわけです」

「それほどまでに常日頃から私を疑っていたからこそ、とっさにアナスタシアを守れた。そういうことか」

「そういうことです」

「だが、私を疑っていたから何だというのだ? たった一度だけアナスタシアを守れたから何だというのだ。すでにエクリプスは始まった! 止める手段はどこにもない! お前たち魔女が祝歌を奏でて、人類絶滅の引き金を引いた事実は何も変わらない!」

 

 ニキがクラウスを疑っていた。ニキがクラウスを警戒していた。それゆえニキがアナスタシア陛下を守ることができた。ニキが得意げに語る一方、クラウスは語勢を強めてニキを攻め立てる。クラウスの望んだ通りにエクリプスが始まったというのにただ1人、全く動じずに不敵に微笑むニキに、得体の知れなさを感じ始めたからだ。

 

 

「ほら、聞こえるだろう! 次々と神に裁かれていくランベルトの民の、悲鳴が! 怒号が! 絶望の声、が……?」

 

 クラウスが右腕を大仰に振ってニキに地上を指し示す。が、そこで。クラウスの発言が止まった。クラウスの目線はとある一点に定まっていた。それは、王都ランベルトの城門だった。ランベルトの住民を外敵から守るためにそびえる城門。その先に、クラウスは目撃した。幾何学模様を描く純白の紋章が王都を取り囲み、天までそびえる光景を。

 

 

「ふ、ふふふふふふ。あんなに目立つのに、今さら気づいたんですね、隊長。まぁ、それも仕方ありませんね。人は誰しも、己の勝利を確信した時は、得てして油断してしまうものですから」

「あれは、土の魔女の大結界……ま、さか――!?」

「――ええ、そのまさかです。良い夢は見られましたか、クラウス隊長? あなたの思い通りに事が運び、人類が神に滅ぼされていく様を眺めているあなたはさぞ、夢心地だったことでしょう。ですが、夢はいつか覚めるものです。これからは、あなたにとっての残念な現実を見てもらいましょうか」

 

 目に見えて動揺を見せるクラウスを相手に、ニキはますます笑みを深めていく。そして、ニキはスッと右手を高らかに掲げて、パチンと盛大に指を鳴らす。ニキの指パッチンの音が祝祭の間を駆け巡った刹那、バリンと。強烈な破壊音が場に響き渡った。王都ランベルトを囲うように展開されていたニキの大結界が、まるでガラスが割れたかのような破砕音を引き連れて、粉々に砕け散っていく。

 

 直後、アルトたちは信じられない光景を目の当たりにした。さっきまで地上で天使に為すすべもなく殺されていたはずの住民たちが当然のように生きている光景が広がっていたからだ。

 

 否、住民たちは決して安全な状況にはいない。アルトたちが地上を見下ろしている間も、月から降臨した無数の天使たちは住民の命を刈り取るべく次々と攻撃を仕掛けている。しかし、それらの攻撃が住民に届く前になぜかかき消され、天使自体もいつの間にか切り刻まれて消失する。そんな不可思議な光景が、アルトたちの眼前に広がっていた。

 

 

「マスター、異常事態です。天使たちが次々と、謎の攻撃により撃滅されています」

「そんなことはわかっている!」

「申し訳ありません、マスター」

 

 と、ここで。クラウスの元に、彼の忠実な部下である人造天使ジゼルが焦った様子でクラウスに報告する。対するクラウスは想定外極まりない王都の光景を吞み込めず、声を荒らげるのみだ。

 

 

「ジゼル!? どうして……」

 

 かつて、リゼットを魔剣カルブンケルの呪いから救うために福音使徒のアジトたるファーレンハイトに乗り込んだ時にアルトたちを助けてくれたジゼルがクラウスに寄り添い、眉根を下げて謝罪する姿を目の当たりにして、ジゼルが敵であるとアルトたちが察してしまい、アルトがショックを多分に含んだ声を漏らす中、ニキが言葉を綴り始める。

 

 

「それでは、種明かしをしましょうか。先ほどまで、皆さんが目の当たりにしていた、天使が王都の住民を惨殺する光景は偽物です。土の魔女が行使できる結界には、結界の中に入っている人に、私が想像した光景を見せつけることができる、そういう効果があるのです。今回はそれを利用して、クラウス隊長が望む光景を特別にお見せしてあげたんですよ。ふふ、見事な演出だったでしょう? お楽しみいただけましたか?」

「「「……」」」

 

 饒舌に、流暢に、泰然と。己の仕込んだネタを披露するニキに、誰も口を挟めない。衝撃的すぎる展開が立て続けに襲ってきているせいで、現状把握が追いつかないのだ。

 

 

「しかし、現実はこの通り。天使に殺される住民なんて存在しないのです。ふふ、なぜでしょうね? 気になるのなら、耳を澄ましてみましょうか。そこに答えがありますから」

 

 ニキが片耳に手を添えて、もう片方の手の人差し指をピンと立てて、祝祭の間の皆が安易に音を発しないように誘導する。ニキの誘導に導かれるままに、アルトたちは耳を澄ませ、聴覚に全神経を集中させる。結果、アルトたちは王都の住民の喧噪の中に歌が混じっている事を察知した。かわいらしい声色と、勇壮な声圧が混じった歌。その声に、祝祭の間の誰もが聞き覚えがあった。

 

 

「これって、ポポの声? ポポが、歌ってるの?」

「いや、それはおかしいですよ! だってポポさんならそこにいるじゃないです、か……!?」

 

 リゼットがいち早く歌の主がポポであるという事実にたどり着き、しかしユアンが異を唱える。ユアンは祝祭の間にたたずむポポを指差し、そこでようやく違和感に気づいた。ポポはただ直立不動で立っているだけだ。祝歌が奏でられた後、天使が住民を虐殺する光景や、クラウスがアナスタシア陛下を殺そうとする光景、ニキがクラウス相手に弁舌を振るう光景、ニキが大結界を壊す光景など、衝撃的な光景はいくらでもあった。だけど、祝歌を奏でて以降、ポポの声を、リアクションを一度だって聞いていない。そのことにようやく、祝祭の間の皆が気づいたのだ。

 

 

「今、この場にいるポポもまた、私が作った土人形(にせもの)です。今、ポポは、人々を天使から守るために特設ステージで歌を奏でている最中ですよ」

「「「ッ!?」」」

 

 ニキは皆の反応からタイミングを見計らい、己の土魔法を解除する。結果、直立不動で無表情なポポの体が突如として、ボロボロと崩れ始め、土塊を残して消え果てた。

 

 

「さて、ここら辺で一つ訂正しますね。クラウス隊長、あなたがカシミスタンに火を放った光景を目撃したのは、私ではありません。だって当時の私は領主館にいて、正式に福音使徒に寝返ったルドルフが母さまを殺す瞬間を、物陰に隠れて見ていることしかできませんでしたから」

「……なに? ニキが見ていたのではないのか?」

「はい。カシミスタンに火を放つ。その光景を見ていたのは、私ではなくポポなんですよ」

 

 ニキの思わぬカミングアウトにクラウスが目を見開く中、ニキは畳みかけるように言葉を続ける。すべてはクラウスの心をへし折るため。その目的めがけて、ニキは全速力で疾走していく。

 

 

「当時。3年前のポポは、大好きで仕方ない、冒険譚が綴られた大作小説に憧れて、世界一周の旅行を始めました。その折、砂漠の都カシミスタンに滞在しようと足を運んだ時、ポポは偶然にも、クラウス隊長がカシミスタンに火を放ち、邪悪に嗤う姿を目撃していたのですよ。……当時のポポは、人間の悪意なんて知らずに生きていました。みんなみんな、誰もが良い人なんだと信じて、疑っていませんでした。それくらい純粋な女の子でした。それゆえ、クラウス隊長のあまりに邪悪な表情に戦慄して、動けずにいました。ポポが平静を取り戻した時は、既にカシミスタンは滅びかけていて、ポポは必死にカシミスタンの生き残った民を救うべく行動に移しました。結果、あの時カシミスタンはかろうじて滅ばずに済みました」

「「「……」」」

「その後、ポポはカシミスタンの復興に尽力する傍らで、クラウス隊長の情報を調べ上げました。彼がどういう人物なのか、どうしてあの時カシミスタンに火を放つに至ったのか。風の魔女の特色である、風のうわさを集める能力を全面的に駆使して、クラウス隊長のことをどこまでも調べ尽くしました。その結果、ポポはすべてを知ったのです。あなたが元々はレグナント王国を建国した獅子王ゼノであり、今のあなたは神の愛に汚染されたがゆえに、エクリプスを発生させて人類を滅亡させるための祝歌計画の遂行に尽力している、という事実を」

 

 コツコツ、と。ニキは祝祭の間に己の靴音を響かせながら、まるでミュージカルの舞台を観衆に見せつけるかのように、皆の注目を集めるムーブを心掛けつつさらに言葉を紡ぐ。

 

 

「当時、ポポはクラウス隊長が腹に抱える邪悪な計画を、その悪辣な計画を完遂するためにカシミスタンに火を放ち、大乱を勃発させた所業を王国に告発しようとしました。しかしその時、ポポは心から絶望しました。なぜならポポが告発するつもりのクラウス隊長が、ルドルフの後を継いで王国の騎士団長に、武官の長に成り上がっていたんですから。……世界を、人類を滅ぼそうとしている敵が、国の中枢に入り込んでいる。この事実を叩きつけられた時から、世界を、皆を救うためのポポの孤独の戦いが始まったのです。……ポポはわきまえていたのですよ。片や女王の信任の厚い騎士団長、片や後ろ盾のないただの魔女。素直にクラウス隊長の所業を告発した所で国がどちらを信じるかなんてわかりきっていると、どうせ魔女の妄言だと吐き捨てられて終わるどころか、クラウス隊長の思惑を知る自分が消されてしまうだけだと、ポポにはわかっていたのです」

 

 ニキは両手を緩やかに動かし、皆の耳目を己に引き寄せる。皆がニキの話を傾聴している。誰一人として、ニキの発言を妨害しない。そのような最高な環境の中、ニキは引き続きポポの軌跡(フィクション版)を語っていく。

 

 

「ポポは必死に考えました。ポポが望む世界は、皆が幸せに生きるハッピーエンド。その世界にたどり着くために何をすればいいのか、どのような準備が必要なのか、己に足りないものは何なのか。ポポは毎日、頭を限界まで振り絞って考え続けました。その思考の果てに、ポポは1つの方針を決めました。結局のところ、月に鎮座するマザー・クオリアを倒さない限り、祝歌計画を進めようとするクラウス隊長の暗躍を妨害しようが、福音使徒に加入してエクリプスを防ぐために動こうが、遅かれ早かれエクリプスが発生して人類が滅亡する未来は確定している。だけど、マザー・クオリアを倒すためには、まず月まで行かないといけなくて、しかしこの地上から月までの道は、エクリプスを発生させないと作られない。だったら、エクリプスは敢えて発生させた上で、天使から人類を守るためのシステムを作ろう。そのようにポポは方針を打ち立てたのです」

「「「……」」」

「それから、ポポは天使から人類を守るためのシステムを作るために3年間、身を粉にして、己に課した『お務め』を行いました。そのお務めの内の1つが、この地上のありとあらゆる場所に風のクオリアを埋め込むというお務めです。その結果が今のこの光景です。ポポは今、世界中の風のクオリアを己の歌をトリガーにして起動させ、風のクオリアから風魔法を発生させることで、月から無数に降り注ぐ天使を1匹残らず殲滅しているのです」

 

 絶句。誰もが言葉を失っていた。ニキによって開示された、ポポの軌跡(フィクション版)に。ポポの今までの意味深な行動に秘められた思惑に。

 

 ニキは内心で笑みを深める。今、祝祭の間に集う皆は、ポポに対する評価をガラリと変えているはずだ。世界を、人々を救うために、常人にはまず考えつかない方針を確立し、3年間かけて入念に準備をしてきた、そのような途方のない人物に思えて仕方ないはずだ。特に、アナスタシア陛下やエルマー閣下、第9小隊の面々からの厚い信用を利用して、皆を祝歌計画を完遂する駒として思い通りに動かしてきたと思っていた、クラウス隊長にとって。

 

 

(クラウス隊長の心をへし折る。そのためには、クラウス隊長のプライドを壊しつつ、クラウス隊長視点のポポを、得体のしれない強大な敵に据える必要がある。この調子でいくわよ)

「よって、クラウス隊長。エクリプスは発生しましたが、エクリプスが終わるまでの29日間、誰も死ぬことはありません。ポポの作ったシステムは完璧ですから。……エクリプスを利用して人類を滅ぼし神を人類の主に据えるという、あなたが千年に渡り画策した計画は、ポポがたった3年で準備した、ハッピーエンドな未来にたどり着くための計画によって、失敗したのですよ。ふふ、今のお気持ちはいかがでしょうか?」

「……何だ、何だそれは? 私の計画は、目的はすべてポポに筒抜けで、私はポポの想定通りの動きをしていただけだとでも言うのか?」

「その通りですよ。あなたは自分が神に愛された、選ばれし者だと勘違いをしているようですが、しょせん、あなたは十代の女の子が思いついたアイディアで、己の計画をひっくり返されるだけの、凡人だったんですよ。凡人のくせに『自分は特別だ』だなんて粋がっちゃって、自分を信用する陛下や第9小隊のことを愚かな駒だと思っちゃって……ふふふ、年齢の割に随分と愛らしいじゃないですか。かわいいですよ、千歳児のお子様クラウス」

「あり得ない! そんなふざけた話があってたまるかッ!」

「私がこんなに懇切丁寧に説明してあげているのに、現実を認めようとしないんですね、愚か者。そういうところが、あなたの凡人たる由縁ですよ。ほら、歴史も物語っていますよ。千年前の英雄エルクレストは今もなお人々に広く語り継がれ、あなたは千年前にこの国を建国したにもかかわらず、人々に全然語り継がれない。あなたが凡人に過ぎない何よりの証左です」

 

 現状の種明かしをある程度済ませたニキは、ここから本格的にクラウス煽りを開始する。クラウスが千年もの歳月を費やして準備した完璧なはずの計画が、ポポがたった3年間で準備した計画によって打ち砕かれたという事実を突きつけて、お前は大したことのない人物なのだと、ニキは言葉巧みに突きつける。ニキから次々と繰り出される言葉の刃に、クラウスは目に見えて狼狽し、声を荒らげるだけで精一杯のようだ。

 

 

「さて。ただいまクラウス隊長は、失敗した己の計画について、ここからどうやって挽回するかを必死に考えていることでしょう。……しかし、無駄ですよ。ポポは3年間で過酷なお務めを完遂し、すべての準備を終えました。ポポはハッピーエンドな未来にたどり着くために、ありとあらゆる状況をシミュレートし、そのすべてに対して対策を用意しています。凡人のあなたごときが思いつく程度の凡庸な策では、決してポポの想定を超えられない。あなたがポポの思惑を知らないまま今日を迎えた時点で、あなたはもう詰んでいるんですよ」

「……まれ……」

「さてさて。では、己の考えていることがすべてポポに読まれているのなら、マザー・クオリアに泣きついて知恵を求めてみますか? それも無駄ですよ。マザー・クオリアが人間の自殺願望により生み出されたことはよく知っているでしょう? マザー・クオリアがあなたを選び、神の愛で汚染したのは、決してあなたが特別な人間だからではなく、マザー・クオリアがあなたに利用価値を見出したからです。人類滅亡に使えない奴なんて、マザーは愛しませんよ。マザー・クオリアに会えば最後、あなたはゴミとして廃棄処分されるだけでしょうね。母さまに泣きつけないなんて、困りましたね? お子様クラウス?」

「……だま、れ……」

「ならば、あなたの傍に控える、忠実なしもべのジゼルに相談してみますか? 残念、それも無駄ですよ。あなたが作った道具に過ぎないジゼルが、あなたが教えた知識しか知らないジゼルが、ポポの策を超えることなど不可能です。無能な部下を持つと苦労しますね?」

「黙れッ……」

「クラウス隊長。あなたは人類を裏切りました。しかしあなたの計画は大失敗、マザー・クオリアに失望されてしまいました。もう、あなたは誰にも頼れません。あなたの居場所もどこにもありません。……では、改めてインタビューしましょうか。ポポの完璧な計画により、己の計画を台無しにさせられてすべてを失った今のお気持ちはいかがでしょうか? 率直な感想でよろしくお願いしますね?」

「黙れぇぇえええええええええええええええええッ!!」

 

 ニキはクラウスの心の逃げ道を塞ぐために、淡々とした口調で、今後クラウスが取りうる行動を潰しにかかる。落ち着いた口調ながらも苛烈なニキの舌鋒に、クラウスはニキを黙らせるべく、激昂の雄叫びとともに、一息にニキとの距離を詰めて槍を突き出した。対するニキは、敢えて回避をしなかった。代わりに、槍に対して己の右手を差し出し、結果、ニキの右手が深々と、クラウスの槍に貫かれた。

 

 

「ニキッ!?」

(い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!)

 

 クラウスの繰り出した俊敏な一撃によりニキが深く傷ついたことに、アルトが動揺に満ち満ちた声を上げる中。ニキは内心で右手の激痛に絶叫する。しかしニキは鋼の意思で、表情を苦悶に歪めることはしなかった。悲鳴を上げることはしなかった。代わりに、ニキは槍に貫かれた右手を放置して、ズイッとクラウスへと顔を近づけてさらなる言葉の一撃を繰り出す。

 

 

「無駄ですよぉ?? あなたがここで私を殺そうが殺さまいが、すべてポポの想定内です。言いましたよね? あなたはもう、詰んでいます。あなたに、未来はありません。くっふふふふ、きゃははははははははははは! とんだ道化ですね、クラウス隊長! ざまぁみなさい! これがカシミスタンを、世界を滅ぼそうとしたアンタにふさわしい末路よ!!」

「あ、ぁあ……!?」

 

 ニキはこれまでの淡々とした口調をここで取っ払い、強い口調で渾身の一撃を言い放った。一方のクラウスは、ニキに完全に気圧されていた。槍に手を貫かれたにもかかわらずクラウスへの言葉責めを一切やめず、悪辣な笑顔を引き連れて、お腹を抱えて爆笑する、そんな不気味なニキを前に、ニキから突きつけられた口撃を前に、クラウスはただ愕然としたまま、かすれた声を漏らすことしかできない。

 

 

(あと一押しね。あと一押しで、クラウス隊長の心をへし折れる)

 

 状況は作り出せた。

 ニキはクラウスに、ポポが強大な敵であると信じ込ませることができた。強大な敵であるポポの策を打ち砕かないといけない。それなのに、クラウスはマザー・クオリアを頼れない。ジゼルを頼れない。己の知恵や武力すらも頼れない。そう信じ込ませることができた。

 

 己がどのような言動をしたところで、すべてがポポの手のひらの上。そのように信じ切っている以上、今やクラウスの中で、得体のしれないポポへの恐怖心が増幅しきったはずだ。

 

 ならば、あとは土魔法でポポを作ってクラウスに見せつければいい。何体でも何十体もポポの土人形を作って、クラウスを包囲する。これで、ポポへの恐怖が爆発し、クラウスは衝動的に逃げ帰るはずだ。

 

 ニキは体中を駆け巡る激痛を耐え忍びながら、土魔法を行使しようとして、中断した。代わりに、ニキはにこやかな笑みを浮かべて、クラウスの背後に向けて語りかけた。

 

 

「――さぁ、ポポ。この救いようのない愚か者をどうしましょうか?」

「ッ!!」

「「「えっ?」」」

 

 ニキの言葉にクラウスは弾かれたように己の背後を振り向く。アルトたちもクラウスに続いて、ニキの視線のその先を見やる。そこには、風をまとったポポがふわりと祝祭の間に着地する姿があった。

 

 

「……」

 

 ポポは周囲を一瞥し、状況を軽く確認した後、平然とした表情を引き連れて、テクテクとクラウスの元へと歩を――。

 

 

「や、やめろ、来るな。来るなぁぁあああああああああああ!!」

「マスター!?」

 

 クラウスはもはや恐怖の権化と化したポポから逃れるべく、ポポに背を向けて全力で駆け出し、祝祭の間から飛び降りた。クラウスの唐突な逃走に、反応が一瞬遅れたジゼルもまた、クラウスの後を追うように祝祭の間を飛び降りる。普通の人間なら祝祭の間の高さから地上に落ちれば死亡確定だが、いくら取り乱しているとはいえ確かな実力のあるクラウスや、そもそも天使の翼で飛行できるジゼルはまず死なないだろう。

 

 

(何とかなったわね――ッ)

「ぅ、えぅぅぅ……!」

 

 クラウス隊長と人造天使ジゼルを、戦わずして撃退する。ポポの協力者として、ポポの依頼を達成できたことに、ニキは心の底から安堵した。そして、緊張の糸が切れたニキは、プルプルとその場で震えだし、右手を抱えてボロボロと涙を零し始めた。

 

 

「ニキ!」

「わ、私も!」

 

 ポポはクラウスとジゼルが十分遠ざかったことを確認してから、ポポもまた、先ほどまでの平然とした表情を崩し、血相を変えて慌ててニキに駆け寄り、風魔法リトルヒールを連続使用してニキの傷の高速治療にかかる。リゼットもまたハッと我に返り、ポポに続いてニキに水魔法ヒールを行使し始める。

 

 

「ありがとう、ございます。ポポ、リゼット」

「ありがとうじゃないよ! だいじょーぶなの、その怪我!? どうして、ニキが傷つくなんて展開、ポポたちが考えた作戦にはなかったのに……」

「……ごめんなさい、少しクラウス隊長を煽りすぎましたね。けれど、後悔はしていません。手加減した言葉攻めで、クラウス隊長の心を折るのに失敗してしまったら元も子もありませんから」

「ニキ……」

 

 右腕から伝播し続ける強烈な痛みに、ニキは脂汗をダラダラと流しながらも、ニキは己を治療してくれるポポとリゼットにペコリと頭を下げる。対するポポは全力で風魔法の治療を続けながらも、ニキが大怪我を負うことになってしまった原因を問う。そのような、ニキの怪我に動揺しまくるポポの姿は、必死にニキを治療するポポの姿は。アルトたちから見て、先ほどニキが話していたような、すべてをシミュレートして完璧に準備をしたポポとはとても思えなかった。

 

 

「……ポポ。一体、何がどうなってるのか、説明してくれないか? ポポは、全てを知ってるんだよな?」

「アルト。……うん、話すよ。この場のみんなにね。元々、祝歌計画が終わったら話すって約束だったし。……でも、まずは王国の皆を落ち着かせないと、だよ。皆はきっと今の出来事に動揺してるはずだから、陛下の言葉を欲しがってるんじゃないかな。……陛下、皆に伝えてください。これから29日間、天使が皆を殺しに月からやってくるけど、全部ポポが倒して見せるから、心配しないでって」

「そ、その通りですね。民に、当面の危機が去ったことを伝えなければ。エルマー、早く行きましょう」

「お、お待ちくだされ、陛下!」

 

 アルトが困惑しながらもポポに近づき、おずおずと状況の説明を乞うと、ポポはアルトの要請にうなずきつつも、アナスタシア陛下に向き直り、王国民への伝言を託す。ポポから伝言を受け取ったアナスタシア陛下は、未だ動揺冷めやらないながらもポポの要請を即決して受け入れ、エルマー閣下を伴って、パタパタとした足取りで祝祭の間を後にする。

 

 

「ニキの怪我が心配だし、話は救護室でしよっか。みんなも、それでいい?」

「あ、あぁ」

 

 かくして、未だ動揺冷めやらぬアルトたちは、ポポの提案のままに、救護室へと場所を移すのだった。

 

 




ポポ:金髪ツインテールな風の魔女。天使をゴッ倒す歌を奏でた後、祝祭の間に戻ってきた際に、場の状況からニキがクラウスを追い詰めまくることに成功していることを悟り、最後の一押しをするべく、右手を深く怪我しているニキに駆け寄りたい衝動を抑え込んで、クラウスにプレッシャーを与えるムーブを遂行するに至った。
ニキ:土の魔女にしてカシミスタンの領主だった緑髪の少女。16歳。今回のMVP。人類を殺す気満々なクラウス&ジゼルと、戦闘せずに撤退させるために、全力でクラウスの心を追い詰める演技を振舞って見せた。ニキかっこいい。
クラウス:レグナント王国の騎士団長にして第9小隊隊長の男性。に、扮していたレグナント王国の初代王様ゼノ。年齢は千歳を超えている。千年前に当時の英雄エルクレストたちとマザー・クオリアを倒すために月に赴いた際に、マザー・クオリアに敗北し、その時マザー・クオリアの愛に汚染されたことをきっかけに、エクリプス発生を目指して暗躍し続けていた。でもって、今回の被害者枠。ニキの言葉責めにクラウスは屈してしまった模様。
ジゼル:クラウスによって作られた疑似生命体。天使に酷似した体つきをしており、飛行も思いのまま。この度、ニキの精神攻撃によりプライドをズタズタに引き裂かれたクラウスとともに撤退することとなった。

ニキ「ざーこざーこ。千年も生きてるくせに、たった十数年しか生きてないポポよりも頭よわよわなんて恥ずかしくないの? このマザコン♡」
クラウス「あ、ぁあ……!?」

 というわけで、32話は終了です。いやぁ、やっとこの回を執筆できましたよ。ここの苛烈な言葉責めを仕掛けるニキを描写したくてたまらなかったんですよね。

 そして、ポポが天使を全員ゴッ倒し、ニキがクラウス(+ジゼル)を逃げ帰らせたことにより、アナスタシア陛下生存ルート&フランツ生存ルートが確定しましたね。これでエルマー閣下やレナちゃんが嘆き悲しむ未来を消し去れましたね。良かった良かった。

 にしても、この手の場面を描写する時に何が難しいって、ニキが無双している間、蚊帳の外となったアルトたちや福音使徒の描写をとてつもなくしにくい点ですね。なので今回は、あまりアルトたちは喋りませんでしたが、読者の皆さんの中で、「アルトたちは今こんなリアクションをしているはずだ」と、好きなように妄想してもらえると助かります。
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