どうも、ふぁもにかです。復活祭の話を終えてからというもの、何だかんだ平穏な話が続く本作ですが、いずれ波乱な展開が巻き起こることでしょうから、ご心配なく。
ポポがヒルダたち福音使徒と鍋を楽しんだ翌日。ポポを含めた調律騎士団は総員、ポート・ノワール跡地へと赴いていた。ポポが王都に待機している間に、調律騎士団は順調に土・水・火の星歌の楽譜を集めることに成功しており、残る『星歌の楽譜~風~』は、ポポがポート・ノワールで星歌の風パートの一節を奏でなければ入手できないからだ。
道中、例のごとく天使の大群が地上へと来襲してくる不定期イベントが発生したので、サウス・ヴァレーの平原でポポが寿命を削って歌を奏でて天使をすべて倒す一幕を挟みつつ、調律騎士団はポート・ノワール跡地へと足を踏み入れる。
「……」
あらゆる家屋が粉々に壊れ、黒く焼け焦げていて。港に停泊していた船は単なる破損した木材に成り下がっていて。かつて人々を温かく出迎えていたレンガ通りは、無残に瓦礫が積み重なるのみで。乾いた血が所々に飛び散っていて。ポート・ノワールの大火の後、王都の騎士が被害者の埋葬等のために足しげくポート・ノワールに通っているものの、ポート・ノワール跡地には、以前福音使徒がもたらした惨禍の爪痕が未だ色濃く残っていた。
調律騎士団の皆がポポを気遣って自然と口をつぐむ中。どこで歌を歌えば良いかを知っているポポが先頭に立って、ポート・ノワール跡地を突き進む。そうして、中央広場まで歩を進めたポポは、ふと立ち止まった。非常に、聞き覚えのある声がポポの鼓膜を優しく撫でた気がしたからだ。
――タンポポお兄ちゃん!
「ポポ?」
「……だいじょーぶ」
心配そうにリゼットに顔を覗き込まれたことでハッと我に返ったポポは、フルフルと首を軽く振って、福音使徒に殺されてしまった友達:マルコの幻聴を振り払う。そうして、目的の場所までたどり着いたポポは、クルリとアルトへと振り返った。
「それじゃ、千年前の風の魔女さんから楽譜をもらってくるね」
「あぁ、頼んだ」
ポポは皆の前でスッと目を瞑り、星歌の風パートを奏で始める。すると、ポート・ノワール跡地を駆け抜ける乾いた風がほのかな翠色の光をまとい、ポポの周囲を淡く優しく包み始める。まるで蛍に愛されているかのような不思議な感情をポポが抱くと同時に、ポポの視界が瞬時に切り替わった。
濃藍に彩られた背景に、大小さまざまな星が各々個性的な輝きを放つ、幻想的な空間。その空間の中心に1人の女性が悠然とたたずんでいる。金髪金眼で、艶やかな髪をツインテールに束ね、緑を基調としたおしゃれな狩装束を身にまとうその姿は、もしもポポに姉がいたならばきっとこのような姿だったのだろうと想像するにたやすいほど、凛々しく大人びている。そう、彼女こそが千年前の風の魔女:ミリーだ。
「――3年ぶりだね、ポポ」
ミリーからポポに投げかけられた第一声。その言葉を聞いた瞬間、ポポは察した。今、目の前にいるミリーは、ポポと初対面でないことをほのめかすこのミリーは、2周目の世界のミリーではなく、ポポと一緒に未来から過去にさかのぼったミリーなのだと。
「やっぱり、ここで会える千年前の風の魔女は、1周目の魔女さんなんだね」
「薄々察していたみたいだね。ま、私の意思は君が胸に宿した風のクオリアの中に封じているからね。君がヒルダの魔法で過去に、2周目の世界にさかのぼったのなら、当然私も過去にさかのぼることになる。ポート・ノワールで歌を奏でることで呼び出される私も、1周目の私になる」
「そっか」
「……」
「……?」
同じ1周目を生きた経験を持つポポとミリーは、会話が途切れたことを機に、無言でお互いを見続ける。しかし、お互いが何も会話せずとも以心伝心、というわけではなかった。ミリーは何か明確な意図を抱えてポポをジッと見つめており、ポポはミリーの考えがわからず困惑に眉をひそめている。
「えっと。星歌の風の楽譜、くれないの……? あ、それとも。もしかして風の楽譜って1枚しかないの? その風の楽譜をポポが1周目の世界に置いたまま2周目の世界に来ちゃったから、楽譜を渡せなくなっちゃってるの? ど、どうしよう。ポポ、星歌の風パートを全部覚えてる自信ないよ。頑張って思い出さないと……」
「いや、その心配はしなくていい。風の楽譜ならちゃんと持ってるよ」
「え? それじゃあどうして、渡してくれないの?」
「…………エルク、いやアルトの邪魔をするのは本意じゃない。だから楽譜は渡すよ。でも……ポポ、考え直す気はないの?」
「ほぇ?」
ポポが、場を支配する沈黙を気まずく感じて居ても立っても居られなくなり、おずおずとミリーに問いかける。すると、ミリーは長い沈黙の末、ポポに訴えかけるような眼差しとともに、ポポへと問いかけ返した。
「私は今まで、風のクオリアを通してポポのことをずっと見てきた。だから、これからポポが何をするつもりなのか、察しがついている。ポポがそうしたいと願ってしまう気持ちも凄く理解できる。だけど、だけど! ポポ、それはダメだよ。……ポポ、君はみんなから愛されている。慕われている。みんな、ポポの力になりたいと思っている。世界を救って、1人で全部終わらせて、それでポポは満足なのかもしれない。けれど、ポポのことが大好きなみんなは、凄く悲しむし、ショックを受けるよ。みんなにとってのハッピーエンドな世界は、もはやポポがいないと成立しないんだ。それなのに、ポポは、みんなの気持ちを切り捨てていくつもりなの? そんなの自分勝手だよ! ねぇ。お願い、ポポ。もう一度、考え直して。バカな真似はしないで」
「……」
ポポが思惑を把握しているミリーは、必死に言葉を連ねてポポの心変わりを狙う。ミリーがこうしてポポと対面し、直接言葉を交わせる機会が今しかないことをわかっているからだ。対するポポは、己の内に秘めたる想いをすべてミリーにバレていることを知り。ミリーの眼差しから、彼女がポポのことをどこまでも気遣っていることを知り。しかし、それでも己の変わらぬ決意をミリーへと発した。
「ごめん。もう、決めたんだ」
「そう……」
ミリーからの痛切な願いを、ポポは力なく首を横に振って拒否した。そんなポポの回答はミリーにとって想定内だったのか、ミリーはポポの回答を、硬い表情のまま受け止める。だんだんと星がきらめく幻想的な空間が崩れていく。空間が維持されるタイムリミットが近づく中、ミリーはポポに風の楽譜を握らせた後、ポポの両肩を強く掴んで、さらに説得の言葉を紡ぎ始める。ミリーの辞書に、『諦める』という言葉は存在しないのだ。
「忘れないで、ポポ。1周目の君が苦しんでいた時、君を救ってくれた人は誰だった? その人が君を救った方法は、君が想像しえない、調律という名の魔法を使うという、とんでもなくびっくりな方法だったはずだ。そして、たった1人でお務めをするだけの人生だった君の世界を広げてくれた人たちは誰だった? その人たちは君が本を読んで入手した知識の範囲外の、興味深いことをたくさん、君に教えてくれたはずだ」
「ミリー、何が言いたいの?」
「ポポ、君は自分が思っているよりもはるかにネガティブな方向に思い込みが強いタイプの人間だよ。だって今も、ポポは勝手に可能性を切り捨てて、みんなをバッドエンドに叩き込んででも、安直な結末に逃げ込もうとしている。でも、そんなの絶対認めない。それは世界こそ救えているけれど、誰も報われない世界だ。……ポポ。お願い、最後まで諦めないで。1人で勝手に終わらせようとしないで。――みんなをもっと、信じて」
ミリーは千年後の風の魔女を救うべく、ポポを思いとどまらせるために早口にポポに語りかけた。その時、ミリーの体がほのかに発光したかと思うと、無数の光の粒子となって弾けた。ミリーの体を構成していたらしい翠色の光は思い思いに周囲を駆け巡った後、次々と床へと落ちて消失していく。
「……ごめん。ごめんね、ミリー」
ポポは、ミリーの真摯な想いを拒絶するかのようにスッと目を閉じて、もうこの場にいないミリーに謝る。瞬間、幻想的な世界から、ポート・ノワール跡地へとポポの視界が切り替わる。ポポの眼前に映る調律騎士団の皆の様子からして、ポポがミリーと過ごした時間は、現実では一瞬に満たない刹那の出来事だといえた。
「アルト、無事に風の楽譜を手に入れたよ」
「よし、これで星歌の楽譜が全部そろったな。では、調律騎士団! 王都ランベルトに帰還する!」
ポポは何事もなかったかのように、ミリーから受け取った『星歌の楽譜~風~』をアルトに手渡す。星歌の楽譜を無事手に入れることができたアルトは、少しでもポポが天使を殲滅する歌で寿命減らさずに済むように、一刻も早く星歌を完成させて月へと攻め入るべく、調律騎士団の皆に命令を飛ばすのだった。
◇◇◇
北の属州の某所。自然の神秘により生成された氷の洞窟の奥。そこに1人の男性が壁に背中を預けて力なく腰を下ろしていた。白を基調としたきらびやかな金属鎧に身を包み、整った金髪を揺らすその男性は、しかし両眼からは完全に光が消えていた。男性のことを知らない人がもしも今の男性を目撃したならば、よくできた等身大の『人形』と誤解するかもしれない。それほど、今の男性にはまるで生気が感じられなかった。
「マスター」
人形めいた男性に、無機質な声が掛けられる。声をかけたのは、武骨で機械的な羽を背中にたなびかせた藍色の髪の少女ことジゼルだった。硬質な羽で羽ばたきながら、ジゼルはパンの入った紙袋を、人形めいた男性ことゼノの手元にそっと置く。
「食事をお持ちしました」
「……」
ゼノは何も語らない。復活祭が終わってからというもの、もう何日も何も飲食していないというのに、ゼノは欠片も動こうとしない。パンを見ようともしない。それでもジゼルはゼノにパンを、食べようと思えばすぐにでも手にもって食べられる物を毎日ゼノに捧げる。そうしてジゼルは、ふと。ゼノに対して、話したくなった。語りかけたくなった。その理由がわからぬまま、ジゼルは第一声を上げる。
「マスター。もう、本懐は遂げられないのですか?」
ジゼルの声に、ゼノは反応しない。ゼノは焦点の定まらない眼差しで虚空を見つめるのみだ。しかし、ジゼルは、それでも構うものかと声を上げることをやめない。
「マスターはいつも、私にマザー・クオリアの素晴らしさを語っていました。マスターはマザーと再会できる日をずっと楽しみにしていました。私がマスターにより生み出され、マスターの道具となった期間は短いですが、マスターがどれだけ大好きなマザーと再会するために心血を注いできたのかを、私は知っているつもりです」
「……」
「マスター。マスターはもう、立ち上がってはくれないのですか?」
「……」
ジゼルは段々己の行動の意図が理解できてきた。今のマスターが、見るに堪えないのだ。今のマスターは、人造天使のジゼルよりも人間味に欠けている。ただの生きる屍、ただの人形だ。しかし、人形なマスターは見ていられない。マスターには、もっと生き生きとしていてほしい。そう。ジゼルは、マスターによみがえってほしいのだ。表情豊かなマスターに戻ってほしいのだ。それに。
――ほら、歴史も物語っていますよ。千年前の英雄エルクレストは今もなお人々に広く語り継がれ、あなたは千年前にこの国を建国したにもかかわらず、人々に全然語り継がれない。あなたが凡人に過ぎない何よりの証左です。
――ポポの完璧な計画により、己の計画を台無しにさせられてすべてを失った今のお気持ちはいかがでしょうか?
――とんだ道化ですね、クラウス隊長! ざまぁみなさい! これがカシミスタンを、世界を滅ぼそうとしたアンタにふさわしい末路よ!!
何より、気に食わない。ニキという名の土の魔女が気に食わない。あの時、復活祭の折。マスターのことなんて大して知らないくせに、知ったような顔でマスターを好き放題にののしり、マスターの心を散々に傷つけた。そんなニキがすさまじく気に入らない。
ジゼルは、マスターに立ち上がってほしい。
マスターが、ニキにバカにされる程度の存在でないことを証明してほしい。
マスターが、ポポにすべて読まれる程度の存在でないことを証明してほしい。
なぜなら。なぜなら。マスターは。
ジゼルの生みの親にして、ジゼルの特別なのだから。
つまるところ。ジゼルは今のゼノに対して壮絶な解釈違いを起こしており。ジゼルの解釈通りのゼノに戻ってもらいたいというわがままで。ゼノ相手に能動的に語りかけているのだ。
(まさか、人造天使の私がこのような感情を抱くとは……しかしなぜか、この気持ちが、不思議と心地良い。これが、ココロなのでしょうか。アルトたち人間の強さの源。これが、ココロ……?)
「マスター。マスターはどうして今まで頑張ってきたのですか? 頑張るからには、頑張れるだけの強い想いがあったはずです。たとえその想いが、マザーから与えられた偽物の想いだとしても、マスターの想いの強さは決して偽物ではなかったはずです。だからこそマスターは、千年間も、気の遠くなるほどの長い時間を使ってでも、その想いを成就せんと暗躍したはずです。それなのに、たった一度、風の魔女に作戦を潰されただけで想いは潰えてしまうのですか? マスターの想いは、その程度の弱いものだったのですか?」
「……」
「マスター。何があなたの強い想いを打ち消しているのですか? 何があなたの悲願の成就を阻害しているのですか? 教えてください。そして、命令してください。私が必ず、障害を排除してみせます。マスター。どうか、あなたの望みを私へ伝えてください。あなたの望みが、命令が、私には必要です」
ジゼルは己の中に本来なら生じるはずのない概念を一旦『ココロ』と解釈した上で、ジゼルはココロの思うがままに準じてゼノに言葉を重ねる。ゼノがジゼルの言葉に反応せずとも構わずに、ジゼルは言葉を重ねる行為をやめない。やめようとしない。
「――望み、か。そんなもの、叶うわけないだろう」
と、その時。初めて、ゼノが口を開いた。
ジゼルが久しぶりに聞いたその声は、随分とかすれた、情けない声だった。
「ポポは、とてつもなく強い魔女だ。戦闘力もさるものながら、私のことを何もかも調べ尽くし、どのような状況になってもいいようにあらゆる対策を用意する頭脳まで持っている。ニキの言う通り、もう私は詰んでいるのだ。お前だって、わかるだろう?」
「わかりません、マスター。風の魔女ポポが今まで積み重ねたとされる『お務め』という名の行為は、しかしそれは、あくまで土の魔女ニキの発言でのみ言及されているものでしかありません。風の魔女が用意したという対策の存在の裏はとれていません。虚言の可能性を考慮すべきではありませんか?」
「……」
「あの時。火の魔女サクヤが万が一にも死んでしまわないよう、マスターの命でゴウラ火山で待機していた時。私は確かに目撃しました。ゴウラ火山で、福音使徒ドロシーに誘拐された火の魔女サクヤをマスター率いる第9小隊が助けようとした時。風の魔女は何を思ったのか、物陰に隠れていました。その後、彼女は福音使徒ドロシーを狙って弓を構え、しかしある時なぜか矢をあらぬ方向へ飛ばし、呆然と立ち尽くしていました。間違いなく、あの時の風の魔女は何か想定外の事態に気づき、酷く狼狽していたはずです」
「……」
「他にも、風の魔女は福音使徒にポート・ノワールを滅ぼされたことで絶望し、暴走しました。もしも風の魔女がマスターの計画の何もかもを知り、無限の対策を用意できるほどの人間ならば、上手に立ち回って福音使徒からポート・ノワールを守り抜き、己の暴走を防げたのではありませんか? しかし現実では、ポート・ノワールの大火は発生しました。風の魔女は暴走しました。ポート・ノワールの大火こそ、風の魔女が未来の何もかもを読み取れない証左です」
「……ま、れ……」
「マスター。風の魔女は、土の魔女が言うほど、完璧超人ではありません。マスターがその気にさえなれば、簡単に打ち倒せる程度の人間です。私が保証します。……私の論拠を、信じてはくれませんか?」
「――うるさい!!」
「ッ!」
ジゼルはゼノに立ち直ってもらいたい一心で必死に言葉を積み上げる。しかし、当のゼノはギロリとジゼルを睨み上げ、声を荒らげた。ゼノの叫びが洞窟にこだまし、ゼノに圧倒されたジゼルが口を閉ざす中、ゼノは震えを多分に含んだ声色でジゼルの主張への反証を始める。
「ポポが狼狽していた? ポポが完璧超人ではない? だから何だというのだ! そう見せているだけかもしれない。いいや、そうに違いない。ポポは策を人に見破られることを前提に次の策を潜ませる、そういう魔女なのだ。策を講じればポポを倒せる、そう思わされている時点でお前はポポの狡猾な策に嵌っているんだ。ポポは、奴は私が策に引っかかり、無様にのたうち回る姿を手ぐすねを引いて待っているんだ!」
「たとえマスターの仰った通りだとして、マスターはこのまま、未だ明らかになっていない風の魔女の策に怯えて、洞窟に閉じこもっているつもりですか? それこそ風の魔女の思うツボではありませんか? 風の魔女は世界を守るために動いています。マスターが何もしなければ、風の魔女は誰にも妨害されず、至極順調に世界を守る『お務め』を完遂するだけですよ?」
「そんなことはわかっている! だから今、こうして、ポポを出し抜く策を考えている所じゃないか。わかったら、創造主たる私に口答えをするんじゃない!」
「しかし――」
「――黙れ、命令だッッ!!」
ゼノはポポという存在にひたすら怯えて、感情論を基軸にした反論をジゼルにぶつける。一方のジゼルが冷静にゼノの反論を打ち返すと、ゼノは敵意を多分に含んだ眼光でジゼルを射抜きながら、絶叫染みた命令を浴びせた。普段のジゼルなら、ゼノの命令を受け入れただろう。しかし、今のココロを自覚したジゼルは止まらない。止まろうとしない。止まるつもりがない。
「いいえ、黙りません」
「なッ――」
「道具の分際でマスターに不愉快な思いをさせて、申し訳ありません。しかし、最後にどうしてもマスターに話したいことがあります。発言を、許していただけませんか?」
「……なんだ?」
「マスターの悲願を阻害する要因が風の魔女ポポであると理解しました。よってこれから、私が証明してみせます」
「何を、するつもりだ?」
「標的、風の魔女ポポを撃滅します。風の魔女はやり方次第で容易に倒せる存在であると、私の身をもって証明してみせます。だから、だからお願いします。もしも私が風の魔女の破壊に成功したら、どうかもう一度立ち上がってくれませんか? マザーのために粉骨砕身するいつものマスターに戻ってくれませんか?」
「やめろ。お前が余計なことをすると、ますます取り返しがつかなくなってしまう」
「そのご命令は承れません」
「ッ!? なぜだ、なぜ……?」
「今のマスターはただの人形です。すべてを諦めて、ただ無為に日々を過ごすだけの人形です。私は、人間のマスターの手で創られました。人形からは私は生み出されていません。よって、人間のマスターの発する命令しか承服しません。私は……マスターの命令に従うよりも、ポポを倒しに動く方が、マスターのためになると信じています。これが、私のココロです。マスター。私の願いを、聞き入れてはくれませんか?」
「……」
ジゼルは己の体の内に生まれたココロを尊重して、ゼノにこれから己が何をするつもりなのかを宣言する。ポポという存在にとにかく怯えるゼノから拒否されようと知ったことかと、ジゼルは己の行為をゼノに認めてもらうべく、とにかく言葉を重ねる。ゼノは、己の言うことを何でも承服するだけの人形だったはずの普段のジゼルが命令に反抗する態度に、しかし態度とは裏腹にジゼルからゼノに向けられるどこまでも優しい瞳に、困惑することしかできない。
そうして、沈黙。ジゼルは主張を終えて、ゼノは困惑から立ち直れない。
必然と訪れた沈黙がしばし続いた後、ゼノは自嘲するような薄笑いを浮かべた。
「はは。人形が、心を語るか……」
「マスター」
「……勝手にしろ」
「承りました」
ジゼルはクラウスの返事を聞くや否や、洞窟を後にした。洞窟に1人残されたゼノは、ジゼルが持ってきてくれたパンに手を伸ばし、ゆっくり咀嚼する。そのもたついた行為は、己の想いをポポに、ニキに打ち砕かれ。すっかり廃人と化してしまっていたゼノの再誕の可能性に繋がりかねない第一歩となるのだった。
ポポ:金髪ツインテールな風の魔女。何やら良からぬことを画策しているようで、ミリーの説得にも折れなかった。アルトの調律待ったなしである。
ミリー:千年前の風の魔女。ポポが何を企んでいるかを風のクオリアを通じて知ったミリーは、此度のポポと対面する機会を使ってポポを説得しようとしたが、失敗に終わってしまった。
ゼノ:レグナント王国の初代王様。年齢は千歳を超えている。祝歌を実行してエクリプスを実行すべく、レグナント王国の第9小隊隊長として振舞っていた過去を持つ。復活祭の日にエクリプスを発生させたものの、ポポに天使による人類殺戮を防がれ、ニキの言葉責めによりすっかり心折れていたようだったが、ジゼルの心のこもった発言の数々により、何か心に変化が訪れたようだ。
ジゼル:クラウスによって作られた疑似生命体。天使に酷似した体つきをしており、飛行も思いのまま。今の心折られたゼノに対して解釈違いを起こしたジゼルは『マスターはそんなこと言わない』といった己のココロに従い、必死にゼノを説得するに至った。ジゼルかわいい。
というわけで、36話は終了です。千年前の風の魔女ミリーの想いは、当代の風の魔女ポポにあんまり届かない。人造天使ジゼルの想いは、心折れた獅子王ゼノにあんまり届かない。そういう話でした。ところで、何やらジゼルが穏やかじゃないことを画策していそうですね。この先、どうなることやら。