どうも、ふぁもにかです。ステラグロウで3年前に逆行といったらこの辺の話をやらないわけにはいかないよねといったお話です。まぁサブタイトルからお察しですがね。
「〜〜♪」
ヴェロニカ博士の研究所にほど近い、王都ランベルト東部に広がる森の一角にて。
ポポはスッと優しく目を瞑り、歌を奏でる。この世界には、歌が失われている。歌を歌える者はごくごく一握りしかおらず、それ以外の人は歌を一切歌えない。
しかし、ポポは風のクオリアをその身に宿す風の魔女である。魔女は歌を奏でられる例外だ。魔女は歌の調べを通して己の感情エネルギーを引き出し、その感情エネルギーを物理エネルギーに変換することで、この世の理を凌駕した魔法を行使できるのだ。
「〜〜〜ッ♪」
ポポは元気いっぱいに歌を紡ぐ。すると、ポポの歌はひと纏まりの風を呼び起こし、風は上へ上へと舞い上がっていく。そして、風はポポの住まう地球という名の星を超えて宇宙に突入し、その先の月へと到達する。月の表面を撫でるように風は通り過ぎ、しかしその瞬間。風は一瞬だけ、かまいたちのように鋭利に月の表面を傷つける。そして、削り取った月の欠片を風は包み込み、丁重に地球まで運んでいく。そうして。月の欠片を包んだ風は、ポポが差し出した手のひらに月の欠片をそっと下ろすと、霧散した。
手のひらに確かな鉱物の感触を感じたポポは歌をやめて、手のひらを見る。すると、そこにしかと月の欠片が、旧時代の人間の負の感情の結晶体である月のクオリアが収まっていた。
(やった、ここまでは順調だよ。あ、あとはこれをこうして……)
「〜〜〜♪」
ポポは心の中で小さく喜んだのも束の間、すぐに気を引き締め直して歌を再開する。手のひらの月のクオリアをぎゅっと握りしめて、ポポの魔力をじっくりしっとり注ぎ込んでいく。そうしてポポがしばらく歌っていると。ポポの握った手のひらから緑色の光が溢れる。それに気づいたポポがゆっくり手の拳を解除すると、灰色に鈍く光っていた月のクオリアが、すっかりエメラルド色の風のクオリアへと変化している様子を確認できた。
「で、できたー! 大成功ぅ!」
ポポは己の取り組みが最後まで上手く進んだことに、その場でぴょんぴょん跳ねながら喜びを全身で表現する。ポポの風魔法で月のクオリアを削り取って回収し、風のクオリアに変化させる。これが全部上手くいったことで、ヴェロニカ博士の策の有効性が保証された。そのことがポポにとって何よりも嬉しかった。
『一回しか話さないからよく聞いておくッス。これは
『月を、削る?』
『イエス。そして、削り取った月のクオリアを回収して、君の魔力で風のクオリアへと変質させて魔法ストックとしてため込むなりよ。3年分も溜め込んだ風のクオリアの力があれば、3年後のマザーとの戦いの戦況も大きく変わるだろうよ』
『な、なるほど。……で、でも博士。月を下手に刺激したら、マザーが目覚めちゃうんじゃ?』
『心配ご無用。マザー・クオリアは人間の感情エネルギーの総量が閾値を突破しなけりゃ目覚めない。なら、それまでにどれだけちょっかいかけようとも問題ない。……と、言いたいところだけど。ま、何事にも例外はあるッスからね。あんまりやりすぎると、マザーが己を攻撃されていると判断してお目目ぱっちりしちゃって、エクリプスが大幅に早まるなんてことも起こりえるッス』
『ひぅッ!?』
『だからこそ。マザーを起こさないよう気をつけて、毎日こっそりちょっとずつ削るんスよ。どのくらい削るかのあんばいは君次第ッス。いやはや、1回でも失敗したらマザーが目覚めて人類絶滅エンドまっしぐら。責任重大ッスねぇ、カッカッカッ!』
『あ、あわわわ……』
『まぁそう緊張することないッスよ。君ならできるなりよ。……なぁ少女よ。ヒルダ姐さんはどうして君を過去に飛ばしたと思う?』
『え、う? ……ごめんなさい、ポポには全然わからないんだ。ポポなんかよりも他の仲間を過去に送った方が良かったと思うのに』
『自分はさ、風の魔女にしかできないことをさせたかったんじゃないかと思うんス。風の魔女にしかできないことが、マザー破壊の切り札になる。そう考えたから姐さんは君を過去に飛ばした。じゃあ風の魔女にしかできないことって何かなぁと考えた時に、この月を削る策を閃いたんス。だから大丈夫。きっと上手くいく。もっと己に自信を持ちなよ、少女』
『ポポにしか、できないこと……』
思いっきりはしゃぐポポの脳裏に、先ほどヴェロニカ博士から策を授けられた際の会話が改めて想起される。ポポにしかできないことが、未来を切り開く切り札になる。ポポの風の魔女としての力があれば、アルトたちを救うことができる。そのことが、とにかくポポには嬉しかった。涙があふれるほどに嬉しかったのだ。
そうして。ひとしきりはしゃいだ後、ポポは改めて、月のクオリアから変化させた風のクオリアを見やる。ヴェロニカ博士はこの風のクオリアをストックするようポポに助言していた。それは、3年間コツコツと溜め込んだ風のクオリアの魔力を、カルテジアンとの戦いで盛大に使い果たすことを視野に入れているからこその発言なのだろう。
しかし。ポポはここで偶然、この風のクオリアの別の使い道を思い浮かんだ。
(ちょっとやってみよう)
「〜〜〜♪」
ポポは足元に風を起こして軽く穴を掘り、風のクオリアを埋める。そして、ポポが心を込めて歌うと、埋めた風のクオリアが共鳴し、地面から上昇気流を発生させた。結果、ポポのツインテールが風の力でふんわりと揺らめく形となった。
(で、できた。ポポの歌で、地面に埋めた風のクオリアから風を起こすことができた。……これなら、これなら!)
ポポは、今度は静かに興奮していた。ポポの歌を契機として、地面に埋めた風のクオリアから風を放つことができると証明されたことで、今しがたポポが思いついた、風のクオリアの別の使い道もまた、凄惨な3年後の未来を回避するために有用だと明らかになったからだ。
この時、この瞬間。ポポの今後3年間の行動方針が完全に固まった。
それはまさしく、ポポにとって運命の分岐点であった。
「……?」
と、ここで。ポポはふと、『3年』というワードに引っかかった。
何か、何か大切なことを忘れているような気がしたのだ。
(むむ? 3年後、3年後……いや、3年前かな? えっと。3年前といえば、確かアルトが千年間の眠りから目覚めて、リゼットに見つけられたのが3年前って話だったよね?)
「アルト……会いたいなぁ」
不意に、ポポは己が1人であることが寂しくなって、ポツリと呟く。折を見て、アルトに一度会いに行くのもいいかもしれない。そのように考えるポポだったが、ポポの胸の違和感は未だ消えない。何か大切なことを忘れているとの焦燥感は一向に消えない。3年後、いや3年前。アルトのことじゃないというなら、ポポは一体何を忘れているというのだろうか。
「……」
ポポは首をひねりながら、地面に視線を向ける。ポポが先ほど削った土の欠片が風にさらわれ、砂塵として宙を舞っていく。そんな光景を眺めていたポポは、閃いた。
「――ッ! そうだ、カシミスタン!」
3年前は、カシミスタンの大乱という名の悲劇が発生した年だった。レグナント王国西方に広がる広大なムシャバラール砂漠。その一角に作られた砂の街カシミスタンは、土の魔女サイージャが領主を務める独立領だった。そのサイージャを、レグナント王立騎士団長から福音使徒へと転身する覚悟を決めたルドルフが殺したことを契機として、カシミスタンは戦場となったのだ。
四方八方から火の手が上がり、当時王都ランベルトからカシミスタンへと遠征していたレグナント王立騎士団と、福音使徒との戦いは熾烈を極め。カシミスタンの住民は皆、巻き込まれ、そのほとんどが死滅してしまう。未来の土の魔女であるモルディもまたこの時、母のサイージャと、姉のニキを失い、ひとりぼっちになってしまう。そんな、とても悲しい惨劇が起こったのが3年前、つまり今だったのだ。
「早く行かなきゃ……!」
どうしてもっと早くカシミスタンのことを思いつけなかったのか。
ポポは己の頭の悪さを責めつつも、カシミスタンへと急行した。
◇◇◇
「誰か! 誰か助けてくれぇ!」
「くそ、ここにも火が……! これじゃあ逃げ場がどこにもないじゃないか!?」
「うああああああああ!! パパぁぁあああああ! ママぁぁあああああああッ!」
その時。砂の街カシミスタンは、地獄絵図の様相を呈していた。カシミスタンの領主サイージャがルドルフに殺され。街に、次々と火の手が上がり。カシミスタンを滅ぼすべくルドルフが招き入れた福音使徒と、ちょうどカシミスタンに遠征中だった騎士団との市街戦が各地で勃発し。何もかも唐突に戦場と化したカシミスタンで混乱するばかりの住民は1人、また1人と死に絶えていく。ある者は逃げ場を失い炎に焼かれ。ある者は福音使徒に無残に殺され。ある者は騎士団と福音使徒との戦闘に運悪く巻き込まれ。
市街地の石畳に、住民の死体が次々と転がっていく。水路にも、次々と住民の死体が積み上がり、水路を流れる水を赤で染めていく。
「いや! 熱い、熱いよ……」
「大丈夫よ、モルディ。私が一緒だから」
「うぅぅ。火が、火が来る……!」
「火は来ない。私が、守るから!」
カシミスタンの城内にも、火は轟々と燃え上がっている。そんな城内にて。緑髪の少女:ニキは妹のモルディモルトを背負って必死に逃げていた。モルディモルトはカシミスタンの住民が次々と焼け死ぬ光景を目の当たりにした影響で強いショックを受けているため、体を小刻みに震わせるばかりで自分の足で逃げようとしてはくれない。ゆえに、ニキはその細腕でモルディモルトを背負って逃げるしかなかったのだ。
「後は、この廊下を抜けて武器庫まで行けば……!」
人の焼け焦げた、形容しがたい酷い臭いが場内に充満している中。ニキは極力臭いを意識しないよう努めつつ、武器庫を目指す。城内の武器庫には、地下に通じる道がある。これは母であるカシミスタン領主サイージャとその娘のニキ、それと一部の重鎮しか知らないトップシークレットだ。地下にさえ逃げれば、少なくとも火の脅威からは逃れられる。福音使徒と出くわす可能性もほぼゼロになる。ニキは業火のせいで何度も武器庫までの道の変更を余儀なくされながら、ひたすらに走っていた。
(母さま……)
と、ここで。ニキは、これまた極力意識しないように努力していた母サイージャの最期を思い出し、ニキの頰を涙が伝う。十数分前。ニキは謁見の間で、サイージャがルドルフの戦斧による袈裟斬りをまともに喰らい、倒れる瞬間を目撃していた。
ニキは柱の後ろに隠れ、両手で口を塞いで必死に声を押し殺していた。そして、ルドルフが去った時。ニキはすぐさまサイージャに駆け寄り、理解した。腹部を中心に全身が血に濡れた母さまは息絶え絶えで、もう助からないと察してしまった。
「……ごめんね、ニキ。私が、不甲斐ないばかりに、こんなことになってしまって」
「母さま、喋らないで! あぁ、血が! 血が、こんなに!」
「ニキ、これを……」
「これ、は?」
「土の、クオリアよ。これがあれば、あなたは、魔女になれる。魔女の力があれば、きっと今日を生き残れる。それで、モルディを、守ってあげて。……私のことは、ここに捨て置きなさい」
「いや、いやよ! 母さま! 私もここに残る! 母さまと一緒にいる!」
「――聞き分けのないことを、言わないでッ!」
「ッ!」
「かふッ。……お願い、ニキ。あなたたちは、生きて。死なないで。お母さんの、最後のお願いよ……」
「母、さま……」
結局、ニキはサイージャから土のクオリアを受け取った後、サイージャを1人残して逃げた。母さまはもう助からないから。早くモルディと合流して地下に逃げなければならなかったから。あの場にサイージャを置いていく判断は何も間違っていない。理屈ではわかっている。だが、ニキの心は罪悪感で締め付けられていた。ニキの心は軋み、悲鳴をあげていた。
「きゃッ!?」
「え……!?」
と、ここで。ニキの足元が突然崩れ、ニキとモルディモルトは城の一部崩壊に巻き込まれ、下階へと落ちていく。下階には、瓦礫の山。下手な落ち方をしてしまえば、死んでしまいかねない。ニキはとっさに背負っていたモルディモルトを両腕で抱きかかえ、モルディモルトを庇った。
「か、は!?」
「お姉、ちゃん!?」
「だい、じょうぶ、よ。モルディ。心配、しないで」
直後、ニキの背中に鋭い衝撃が走る。どうやら運悪く背中から落ちてしまったらしい。ニキは背中が訴える激痛に抗い、その場に立ち上がろうとして。ニキは気づいた。ニキとモルディは火に取り囲まれている。逃げ道がどこにもない。
(そん、な……)
あまりに絶望的な状況に、ニキはその場にペタンと座り込み、呆然と空を見上げる。今や半壊しているカシミスタン城ゆえに、ニキの現在地からも空を拝むことはできた。当の空には雲ひとつ存在せず、奇跡的に雨が降ってくれる展開にはまるで期待できなかった。
「……」
この時。ニキは己の死を悟った。
運命がニキに、『ここで死ね』と告げているのだと理解した。
土のクオリアがあれば、土の魔女になれる。
魔女になれば、きっと生き残れる。母さまが言っていたのだから、間違いない。
母さまの娘である以上、ニキにも、モルディにも、土の魔女になれる素質はある。
しかし。土のクオリアは1つのみ。つまり、生き残ることができるのは1人のみ。
ニキに、迷いはなかった。
「……モルディ。このクオリアを抱いていなさい」
「これは?」
「母さまの命……これがあれば、あなただけでも!」
「私、だけ? いや! お姉ちゃんも!」
(大好きよ、モルディ)
ニキはモルディモルトの反論に耳を貸さず、モルディモルトの手に無理やり土のクオリアを握らせ、その上に己の手を被せる。そうして、モルディモルトが土のクオリアを手放せない構図を作った後、ニキはじりじりと迫り来る火の手からモルディモルトを守り抜くべくモルディモルトを腕の中で強く抱きしめ、ギュッと目を瞑った。
(歌……? 誰かが、歌ってる?)
刹那。ニキの鼓膜を、かすかで可憐な歌声が震わせた。かと思うと、ニキの頰に、髪に、冷たくザラザラとした感触が当たり始める。一体何が起こっているのか。ニキが恐る恐る目を開くと、空から大量の砂が降り注いでいた。砂はカシミスタン一帯に等しく降り注ぎ、ニキとモルディを包囲していた業火にも降りかかり、火の勢いが段々と弱まっていく。
「……砂の、雨?」
モルディモルトが不思議そうに手のひらを上に広げて、手のひらに降り積もる砂を眺める中。何が起こっているのかまるでわからず、その場に女の子座りしたまま目をパチクリとさせることしかできないニキの前に、1人の少女が現れた。
「――見つけた! 2人とも、怪我は大丈夫!?」
その女の子はとても小柄で。ふわりと床に着地した女の子は、金色のツインテールを揺らし、紺碧の澄んだ瞳でニキとモルディモルトを覗き込んできた。
これが、ニキ&モルディモルトと、ポポとの出会いだった。
ポポ:風の魔女。風魔法で削った月の欠片の効果的な使い方をこの度閃いた模様。その後、カシミスタンの大乱のことを思い出した彼女は、カシミスタン郊外の砂漠で竜巻を起こしてカシミスタンに砂の雨を降らすことで火の手を弱めつつ、少しでも多くの人の命を救うべく、奔走していた。その最中、ニキとモルディを発見した。
ニキ:土の魔女サイージャの長女。しっかり者のお姉ちゃん。火に取り囲まれ、絶体絶命の時にポポと出会い、己の死亡展開を回避することとなった。
モルディモルト:土の魔女サイージャの次女。マイペースな性格。原作ではこのカシミスタンの大乱によりサイージャだけでなくニキも失うために、モルディが土の魔女となったが、今回はニキ生存ルートに進んだために、多分土の魔女にはならないと思われる。
というわけで、3話は終了です。ニキ生存ルート、始まりましたね。しかしニキが生き残ると必然的にモルディの存在感が薄くなるという悲しみも待ち受けていたりします。