ゼロの少女と食べる男   作:零牙

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『8月中の投稿』に間に合いませんでした……


ACT-11 昼食

 

 

 

「♪~」

 

 1人の少女が鼻歌を歌いながら、女子寮の自室から出てくる。

 先程の授業が急遽中止となって生じた空き時間。

 一休みした今、これをどう有意義に過ごそうかと考えながらキュルケは階段を下りる。

 

 そこへ下からルイズが階段を上がってくるのが見えた。

 落ち込んでいるのか、俯きながらのその足取りは重い。

 

「あらヴァリエール、もう片付けは終わったの? あなたのお陰で次の授業までゆっくりできそうよ。 お礼を言わなくちゃね!」

 

 

 

   ――「うるさいわよツェルプストー、そこ邪魔だから退きなさいよ!」――

 

 

 

 てっきりそんな憎まれ口が返ってくるかと思ったが、ルイズは何も言わず階段を一気に駆け上がり始めた。

 キュルケはつまらなそうな顔で傍らを通り過ぎるルイズを横目で見送る――

 

 

 

 ――その直前。

 

 

 

 思わず振り向きながらルイズの左手を掴む。

 

「――ルイズ……あなた泣いてるの……?」

 

「……」

 

 決してこちらに顔を向けようとしない彼女の頬に光る筋が見えたのだ。

 ルイズは右袖で目元を強引に拭い、か細い涙声で呟く。

 

「……泣いてないわよ……」

 

 そんな子供にも分かる嘘を聞いて、キュルケは溜め息をつく。

 

「まったく……年頃の娘が袖なんかで拭くんじゃないわよ」

 

 ポケットからハンカチを取り出し、ルイズの左手に握らせ手を離す。

 

「……」

 

「次の授業欠席するなら先生には適当に言っておくわ。 でも、昼食には顔を出しなさいよね」

 

 そう言って手を振りながら階段を下りていく。

 

 

 

 

 

(……さっきまで教室の片付けをやっていた筈。 そんな所に出向いてからかう暇な奴は、あの頭の悪そうな連中や教師の中にはいないでしょう……)

 

 入学した直後はルイズが涙を堪える場面は日常茶飯事だった。

 公爵家の三女ともあろう人物が魔法が使えない……

 そんな珍事、寮生活で刺激に飢えた貴族の子供達が放って置く筈がない。

 ここがメイジ至上主義のトリステインだから尚更だ。

 

 最近ではそんな事は少なくなった。

 だが周囲の生徒達がルイズへの攻撃を止めた訳ではない。

 ルイズ自身が周りの反応に慣れ、それに耐えれるようになり、そしてある程度諦めてしまったからだ。

 

 そんな彼女が誰も居なかったとはいえ、人目をはばからず涙を流すなんて余程の事だ。

 

(なら可能性が高いのは……)

 

 ――キュルケの脳裏に1人の男の姿が浮かぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ACT-11 昼食

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ~い、ボルト。 探したわよ」

 

 昼食の時間となり生徒達が食堂へと移動する中。

 ボルトは入り口から少し離れた壁に背を預け、両手をコートのポケットに入れて立っていた。

 

 そこへキュルケが笑顔で話し掛ける。

 

 

 

 結局キュルケは空き時間にボルトを見つける事は出来なかった。

 先程『土』の授業が行われた教室にも行ってみたが、既に片付けが終わった後だったようで、誰も居なかった。

 

 ちなみにルイズは次の授業には出席していた。

 ただその表情はいつにも増して暗く沈んだ表情だった。

 前の授業の事でからかわれても、時折一瞥するだけで口を開こうともしなかった。

 

 そうして平穏無事に授業が終わるとキュルケは幾人もの男子生徒からの誘いを断り、1人食堂へ急いだ。

 

 ボルトを見つけられなかったのは、彼が何処に居るか分からなかったからという当然の理由だ。

 そして彼が次の授業に姿が見えなかったのは、授業の行われる教室を知らなかったから。

 

 ――ならば彼がこちらの次の移動先を予想可能ならば、その場所に行く事で彼を見つけられるのではないか?

 

 そう思い、食堂へ向かったキュルケの予測は正しかった。

 

 

 

 名を呼ばれたボルトはゆっくりと顔をキュルケに向けると、壁から背を離す。

 

「……何か用か」

 

「――実はあなたと少しお話がしたくて……お時間を頂けないかしら? もっと静かな所で話したいんだけど……」

 

 自分相手にも全く態度を変えないボルトに、キュルケは笑い掛けながら話す。

 もし同じ言葉と同じ笑顔で誘えば、断る男子生徒は存在しないだろう。

 それ程までに魅力的な誘いと妖艶な笑みだった。

 

「……断る」

 

 しかしそれをボルトはあっさりと拒否する。

 

「あら……理由を聞いても?」

 

 こうも簡単に断られた事に驚きながらも、キュルケは問い掛ける。

 するとボルトは今までキュルケに向けていた顔を僅かにずらしながら答える。

 

「……馬に蹴られたくはないんでな」

 

 要領を得ない答えに首を傾げながらも、ボルトが僅かに顔を向けた方を何気なく見てみる。

 元々昼食時だった所為か、周囲には生徒達が多い。

 しかも、男子生徒からの絶大な人気を誇るキュルケと正体不明の平民男性の使い魔。

 その奇妙な組み合わせに、皆が皆好奇の視線を向けている――その中で。

 

 怒りや怨嗟、嫉妬等の負のオーラを漂わせた一団が在った。

 

「……何やってるのかしら……」

 

 それはキュルケを昼食に誘った男子生徒達だった。

 

 彼らは各々の間で多少の差は有れど、自分達こそがキュルケの恋人として彼女に一番近い存在だと自負していた。

 しかし今日は全員が昼食の誘いを断られ、何事かとぞろぞろと付いて行くと噂の使い魔と何やら良い雰囲気。

 その使い魔に詰め寄る事も考えたが、他の生徒達やキュルケ本人が居る手前離れた所からただ負の念を撒き散らしながら傍観するだけとなった。

 

「――はぁ……ま、ここでも別に構わないんだけど」

 

 呆れながら溜め息を1つ。

 そうして改めてボルトと向き合う。

 

「……」

 

「……」

 

 しばしお互い無言で見詰め合った後、キュルケが自然な動作でボルトの『サングラス』に手を伸ばしそっと彼の顔から外す。

 

「――うん! やっぱり『これ』が無い方が断然素敵よ!」

 

「……」

 

 そんなキュルケからの賛辞にボルトは僅かに目を細めるだけだった。

 ――微かにだが、彼女の態度に違和感を感じたからだ。

 

 キュルケは再び妖艶な笑みをボルトに向ける。

 だが今度はその目は微塵も笑ってなどいなかった。

 

 

 

「……ねぇボルト……さっきルイズが人知れず泣いていたの……」

 

 

 

 『サングラス』を持つ左手とは逆の手――その右手にはいつの間にか杖が握られていた。

 

 

 

「……あなた……何か知らない?」

 

 

 

 『サングラス(邪魔な物)』が無くなった今、彼女はボルトの瞳のほんの少しの動きも見逃すまいと見据える。

 

「……」

 

 しかしボルトは、そのキュルケの鋭い視線を真っ向から受け止める。

 そして再び僅かに目を細め、言葉を返す。

 

「――さぁな」

 

「……」 

 

 その言葉を聞いても変わらず見据え続けるキュルケに、ボルトは肩を竦めながら苦笑する。

 

「何気無く言った独り言を、見当違いな勘違いしたようだったが……」

 

「――ふふ、あの子がやりそうな事ね」

 

 ボルトの目を見て、彼の言葉に嘘偽りが存在しないと判断したキュルケ。

 

 ――あの時見たルイズには着衣の乱れや、暴力・暴行の類の痕跡は無かった。

 

 『そういう事をされた』と考えるのは邪推も甚だしいとは思ったが、どうしても確認しておきたかったのだ。

 もしボルトが動揺したり誤魔化そうとしていたら、キュルケは『ファイヤーボール』の1つや2つ躊躇う事無く打ち込むつもりだった。

 

「……あなたが『女の敵』じゃなくて良かったわ」

 

 心から微笑みながら持っていた『サングラス』を手渡す。

 

「――ねぇ、やっぱり『これ』は掛けない方が良いと思うんだけど……」

 

「……」

 

 少し残念そうに呟くキュルケから受け取った『サングラス』を掛け、口元に笑みを浮べながら位置を微調整する。

 

 

 

 ――ちなみにここまでの一連の流れは、会話が聞こえない外野からはどうやっても恋人同士の仲睦まじい語らいにしか見えない。

 容姿や体格から大人の雰囲気を漂わせる男女の睦物語。

 言葉が聞き取れない分その内容は個々の妄想で補完され、妄想故に際限無く事実とは乖離していく。

 

 ある女生徒は頬を赤く染めながら歓声をあげ、ある女生徒達は眉をひそめ「また違う男を……」等ささやき合う。

 ある男子生徒はキュルケの一挙一動に見惚れ、先の一団は瘴気と称するべきナニカをその身から溢れさせていた。

 

 

 

「あら、ルイズ」

 

 廊下を歩いてきたルイズにキュルケは呼び掛ける。

 彼女は暗く硬い表情で食堂へと歩いて来ていた。

 そのまま背を向けたままのボルトを追い越し、手を振るキュルケの横を通り過ぎる。

 

 やや不満顔のキュルケが振り向くと、ルイズが立ち止まっていた。

 そして俯きながら何とか聞き取れる程の声量で呟く。

 

「……ハンカチ……ありがとう。 ……洗濯から戻ってきたら返すから……」

 

 ルイズの言葉にキュルケの表情が緩む。

 

「あら別に良いわよ、貴女にプレゼントするわ。 これからは身だしなみの1つとしてハンカチくらい用意しておきなさいよ」

 

 キュルケが呆れたような溜め息と一緒に言うと、慌ててルイズが反論する。

 

「わ、わたしだってハンカチくらい持ってるわよ! でも今朝はちょっとドタバタしててつい……」

 

 部屋に戻った時に改めて持ち出したのか、ポケットからハンカチを出そうとする。

 そしてルイズはいつの間にか自分がいつもの調子で喋っている事に気付く。

 まさかと思って振り返りキュルケの表情を確認すると、彼女はにんまりとした笑みを浮べていた。

 うまくのせられてしまったと理解して、顔を赤くしながら軽くキュルケを睨む。

 

「さぁ、早く入りましょ。 お祈りが始まっちゃうわよ?」

 

 そんなルイズを見て満足そうに微笑み、入室を急かす。

 そうして食堂の入り口へと移動する2人。

 

「――で、あんたはどこ行くつもりよ。 ここは平民は入れないって今朝言ったでしょう?」

 

 ボルトも後に続こうとするが、ルイズが急に立ち止まり背を向けたまま淡々と話し掛ける。

 一呼吸の間の後、指先で『サングラス』を少し持ち上げながらボルトは答える。

 

「……少しくらい気の利く使い魔になろうと思ってな」

 

 

 

   ――「ちょっと、椅子くらい引いてちょうだい。 気の利かない使い魔ね」――

 

 

 

 そう言われ、ルイズは朝食の時の自分の言葉を思い出す。

 揚げ足を取られた形になり、苦々しく顔を歪ませる。

 そんな表情を悟られないようにしながら、ルイズは言い放つ。

 

「あんたの食事も場所も用意してないわ! 厨房に行って残り物でももらってきなさい!」

 

 そのまま足早にテーブルへ向かう。

 苦笑しながらボルトに軽く手を振り、キュルケも後を追う。

 

 その場に残されたボルトは、位置的に他の生徒達の邪魔になっている事に気付き、ゆっくりと厨房の方へ歩いていく。

 

 

 

 

 

「あっ、ボルトさん!」

 

 厨房に入るなり、シエスタが駆け寄り深々と頭を下げる。

 

「今朝は本当にすみませんでした!」

 

 いくら貴族(ルイズ)に言われたとはいえ、彼女なりにずっと気にしていたのだろう。

 大声で何度も謝罪する彼女の姿は厨房の皆の注目を集めた。

 

「おぅ、どうしたシエスタ!」

 

 そこへ恰幅の良い中年の男性がやって来る。

 身長はシエスタよりやや高い程度だが、その体格から大柄にも見える。

 

 ここ『トリステイン魔法学院』のコック長、マルトーである。

 太い眉にもみあげに続くあごひげの見かけ通り、豪放磊落を地で行く齢40を越えた男だ。

 その太った体を白いコックコートで包み、高いコック帽と赤いスカーフを付けている。

 厨房を一手に切り盛りしており、その腕は百を優に越える貴族の子弟の舌を満足させられる程確かな物。

 しかし平民であるが故に、貴族を毛嫌いしていた。

 

 シエスタの必死の謝罪の声を聞きつけ、彼女が貴族から無理難題を言われていると思い駆けつけたのだ。

 そして厨房の入り口に見慣れぬ大男を見つけ、険しい顔で見上げる。

 

「……見慣れねぇ顔だな。 アンタ何者だ?」

 

 半ば喧嘩腰の問い掛けに、シエスタが慌てて事情を説明する。

 

「マルトーさん! この人が昨日お話ししていた――」

 

「おぉ!? アンタか、平民の使い魔ってのは! 俺は『マルトー』、ここのコック長をやってる」

 

 一転して晴れやかな笑顔を見せた後、ばつが悪そうな表情で頭をかく。

 

「……今朝は悪かったな。 俺らも貴族の連中に言われると、いくら理不尽でもなかなか逆らえなくてよ……」

 

 シエスタと共に軽く頭を下げる。

 

「……いいさ、気にはしてない」

 

「……そうか、そう言ってもらえるとこっちも助かる」

 

 ボルトの言葉に安堵しながら、再び軽く頭を下げる。

 

 

 

「――で、お前さんボルトとかいったな。 今度はどうした! また貴族の嬢ちゃんに何か言われて来たのか!?」

 

 少し暗くなりかけた雰囲気を明るくしようとしたのか、殊更大声で尋ねる。

 

「……その『貴族の嬢ちゃん』にここで食事するように言われてな」

 

 軽く笑みを浮べながら答えるボルト。

 それを聞いてシエスタとマルトーは嬉しそうな笑顔を見せる。

 

「そうなんですか!?」

 

「そりゃ良かった! また朝食みてぇな物を用意しなきゃならねぇのかと心配してたぜ!」

 

 そう言いながらボルトを厨房へと案内する。

 調理は一段落したのか、中に居るほとんどのコックやメイドは片付けをしていた。

 皆にこやかな表情をボルトに向ける。

   

「その図体じゃ小さいかもしれんが、我慢してくれ」

 

 マルトーはボルトを厨房の片隅に置かれたテーブルに案内し、椅子に座らせる。

 確かにそのテーブルは食堂に置かれていた立派な大きな物とは違い、どうやら食事の用意や、厨房の者が賄いを食べる為の物のようだった。

 どちらかと言えば普通の大きさで簡素な造りだが、ボルトが座るとやや小さく感じられる。

 

「しかしお前さんも災難だな。 使い魔なんかにされてメシも満足に食わせてもらえないなんてな……」

 

 ボルトの肩に手を置き、同情の言葉と共に溜め息をつく。

 

「……だが厨房(ここ)まで足を運んでくれたんだ、今度はあんな物じゃなくてちゃんとした食事を食わせてやる!」

 

 そして周りに居た手の空いていたコックやメイドにてきぱきと指示を出す。

 

「貴族の連中に出す料理の余り物で作った賄い食だが、味は俺が保証するぜ!」

 

 笑いながら誇らしげに胸を張るマルトー。

 そこで今まで無言で座っていたボルトが口を開く。

 

「……折角だが遠慮しておく」

 

「……おいおい何だよ、もしかして貴族の嬢ちゃんに賄い食ったなんて分かったらマズいのか? だったら心配すんな! ここには言い付ける奴なんていねぇよ!」

 

 その言葉に厨房の全員が頷く。

 どうやら大なり小なり貴族に対する嫌悪感を皆持っているようだ。

 しかしボルトは続ける。

 

 

 

 

 

「悪いが……メシが合わない」

 

 

 

 

 

 ――空気が凍る。

 

 

 

 そう感じられる程、一瞬で厨房から音が消えた。

 ボルトに向けられていた友好的な視線が、一気に冷たい非難の視線へと変わる。

 

「――なぁそいつはなにか? 俺らの賄いなんざ食えた物じゃねぇと? 貴族様に出してる同じ料理を食わせろ――とこう言いたいのか……?」

 

 怒りを押し殺した声で、マルトーが尋ねる。

 眉は釣りあがり、その太い腕は拳を握り締めている所為か微かに震えている。

 血の気の多い男性コックの中には今にも殴りかからんとして睨み付けている者も在る。

 

 それもそうだろう。

 ただでさえ平民は貴族に使われる存在。

 『使い魔という名の下僕』扱いされているだろう同胞を少しでも慰め、癒し、元気づけようとしていたのだ。

 しかしそこへまるで貴族待遇を望むようにも取れる発言。

 

 正に一触即発。

 ボルトの返答次第では乱闘も始まりかねないその雰囲気に年若いメイドの何人かは怯えていた。

 

 やがてボルトが口を開こうとしたその時。

 

 

 

 ――ガラスが砕ける音が厨房に響く。

 

 

 

「あっ……す、すみません!」

 

 シエスタの足下の床にはガラスのコップだった物とそれに注がれていた水が散らばっていた。

 

 水を入れたコップを運んでいたシエスタはその場の緊張感に動けずにいた。

 そしてつい手が滑り、落としてしまったのだ。

 慌ててしゃがみ込み、破片を拾い始める。

 

「……」

 

「あ……私が片付けますから……」

 

 するとボルトも席を離れ破片を手に取る。

 シエスタが止めるが、構わず大きな破片を2つ3つ摘んでは左手に乗せていく。

 間も無くほぼ全部の破片を拾い終わり、2人は立ち上がる。

 2人が片付けている間に多少は和らいだ空気にはなっていたが、ボルトに対する敵意に変わりは無い。

 

「ボルトさん、破片はこちらに……」

 

 シエスタが身に付けていたエプロンの裾を摘み上げ袋状にして、中に破片を入れる。

 だがボルトは破片を手にしたまま、マルトーに向き合う。

 

「な、なんだ……?」

 

 表情の分からない顔で上から見下ろされ、思わず半歩後退しながら身構える。

 

 そんなマルトーの態度は気にせず、ボルトは左手に乗せた破片の1つを右手で摘み上げ――

 

 

 

 

 

「――勘違いするな。 歯ごたえのある物しか食わない」

 

 

 

 

 

 ――大きく開けた口へと運ぶ。

 

 

 

 

 

 ガリ

   ガリ

       ゴリ

         ボリ       

             ――ゴクン

 

 

 

 

 

「ぉい……」

「ひぃっ!」

「ぇええ~!?」

「……」

 

 反応は様々だ。

 呆然とする者、悲鳴を飲み込む者、自分の目を疑う者、言葉も無い者……

 

 その後も2つ3つと口へと運び、咀嚼し、飲み込む。

 

 そして遂には拾った破片全てを食べてしまった。

 

 

 

 

 

「……言い直そう。 悪いが……他人とは食生活(メシ)が合わない」

 

 

 

 

 

 ――時間が止まる。

 

 先程と似た状況だが、先程みたいな冷たさは感じない。

 ――というよりは、皆どう反応したら良いのかわからないのだ。

 

 互いに顔を見合わせ、そしてゆっくりとマルトーに視線を移す。

 マルトーは俯いていて、その表情はまったく分からない。

 だが徐々にその体が震えだし、肩が上下し始める。

 

「――くっ」

 

 その俯いた状態の口元から微かに声が漏れたかと思うと……

 

「――ガァッハッハッハッハッハッ!」

 

 突如大声で笑い始めた。

 

「そうかそうか、俺らの早とちりか! そりゃ悪かった! クククク……」

 

 腹を抱えて笑いながら謝罪する。

 そして呆然としていた何人かのコックに指示を出していく。

 

「おい! 少し罅の入っちまったグラスが何個かあったよな!? 全部持ってこい! あとお前が1枚割っちまって、使えなくなった4枚組の皿が3枚残ってたろ! 棚の奥から引っ張り出してこい! それから――」

 

 言われた者は慌てて走り出す。

 それを見て満足そうに頷き、改めてボルトに向き直る。

 

「お前さん変わった奴だな……」

 

「――自覚はしてるさ」

 

「そうか、なら問題は無ぇな!」

 

 そう言ってまた大声で笑い出した。

 

 

 

「……お前さんが『そういう物』しか食えないのは分かった。 じゃあ『水』とか『酒』とか飲み物はどうなんだ?」

 

 改めて椅子に座ったボルトに、再び水を運ぶシエスタを見ながらマルトーが何気無く尋ねる。

 シエスタからコップを受け取ったボルトは、口を付け半分程飲み干す。

 

「……飲み物は問題無い。 そして『酒』は食う事に次ぐ楽しみだ」

 

「そうか、そりゃ良かった! 用意するから待ってろ! 他に何か欲しい物はあるか?」

 

 早速取りに行こうとして踏み出し、肩越しにボルトに希望の有無を確かめる。

 暫し考え込んだ後、マルトーに顔を向ける。

 

「――今朝の『あのスープ』はあるか?」

 

「『あのスープ』!?」

 

 予想外な答えにマルトーは怪訝な顔で振り返る。

 

「……ありゃあスープを作る時の下準備で用意する、野菜や肉を煮込んでダシを取っただけの物だぞ? 味付けも何もしてない――」

 

「――だからこそ素材の味と煮込む者の腕が純粋に反映される。 ……違うか?」

 

 話の途中で口を挟むボルトだが、その言葉にマルトーは目を見開く。

 

「見た目はただの液体だが、何種類もの野菜や肉の味がした。 そしてあれだけ澄んでいて苦味が無いのはアクをまめに取り除いたからだろう」

 

 そしてボルトはマルトーに体ごと正面から向き直り、純然たる事実を感想として口にした。

 

 

 

「――美味かった」

 

 

 

「……」

 

 厨房中の人間が満面の笑みを浮べる中、マルトーはボルトに背を向け肩を震わせていた。

 そして右袖で強引に目元を拭うと、やや鼻声で怒鳴る。 

 

「――シエスタァーッ!」

 

「はいぃ!?」

 

「向こうのワイン棚にアルビオンの古いのがあったな!? ボルトに注いでやれ!」

 

「……っ! はいっ!」

 

 

 

 

 

 ――トリステイン魔法学院内の『アルヴィーズの食堂』に隣接した厨房。

 

 奇妙な訪問客を迎えたある日の昼食時、そこは食堂以上の喧騒と笑顔で満たされていた。

 




……予定では『今回でギーシュと一悶着、次回は決闘!』だったんですが。
何故か厨房ネタが予想以上に膨らんでしまいました。

『決闘』は次回で一気に決着か、次回・次々回の前後編になるかもです。

正直に言えば、戦闘描写なんて未経験です。
現時点で頭の中であれこれ妄想してますが、今までみたいな日常風景でも苦労しているのにそれを文章化するとなると……

――とりあえず、いつものように気長にお待ちください。

気が向いたらで構いませんので、ご意見・ご感想を頂ければ幸いです。



※9/3 誤字訂正
……何だ『一色触発』って……
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