ゼロの少女と食べる男 作:零牙
前回の投稿が5月だったので5ヶ月振りとなります。
随分遅くなってしまいました。
今回タグに『月1詐欺』を追加しました。
とりあえず言い訳は後書きの方で……
長期間投稿してなかったこの作品がまだ皆さんの記憶の片隅に残ってて、今回また読んで頂いているのでしたら大変嬉しいです。
「――あ」
厨房に何かが砕ける音が響く。
その場に居た者達の視線の集まったその先には、床に落ち割れた皿があった。
「す、すみませんっ!」
落としたメイドの少女が慌てて散らばった破片を拾い集める。
コック長であるマルトーはそれを横目で確認しながら、しかし咎めもせず片付けや仕込みの作業を続ける。
少女が拾った破片を、壊れ物等の廃棄物を置く所定の場所へ持っていくとそこには既に皿やカップ、ワイングラス等十数点があった。
現在厨房はいつもと違う雰囲気で満たされている。
皆が皆心ここに在らずといった感じで、作業に集中できていない。
普段ならそんな状態で仕事をしていればマルトーの叱責や拳骨は免れない。
だが今日のマルトーはそうしなかった。
何故なら彼自身何かを気にしながら仕事をしていたからだ。
その証拠に先の置き場に積まれている内で最も高価な物だったワイングラスは、彼の不注意の結果だ。
いつもと様子が違う厨房。
その原因はマルトーだけでなく、厨房の全員が分かっている。
だがそれはこの場の誰にもどうにもできない事。
だからこそマルトーは何も言わなかった。
――ボルトが貴族と決闘する。
先程厨房に慌てて駆け込んできたシエスタが持ってきた知らせ。
確かにボルトが(食生活を含めて)只者ではない事は分かっていた。
しかし貴族と決闘など余りにも無謀だ。
そして続くシエスタの言葉に皆言葉を失う。
ボルトは難癖にもならない言い掛かりをつけられたシエスタを庇い、貴族の不興を買ったというのだ。
その優しさ・男気に感動し、そして何も出来ない自分達を悔やんだ。
かと言って、シエスタのように貴族に混じって貴族と戦うボルトを応援する勇気も無い。
そして応援した所で決闘の『結果』が変わらない事も理解している。
ただその『結末』が少しでも良い物に――ボルトの怪我が少しでも軽傷で終わる事を祈っていた。
そんな折、突然中庭に続く厨房の扉が勢いよく開かれる。
驚いて一斉に向けられた視線の先には、荒い呼吸を繰り返すシエスタの姿があった。
「シエスタ!」
マルトーを先頭に厨房中の人間が彼女の周りに集まる。
「決闘はどうなった!? ボルトは無事かっ!?」
詰め寄るマルトーにシエスタは答えようとするが未だ息が整わない。
額から汗が流れ、呼吸と共に両肩が上下する。
ヴェストリの広場から厨房まではそう遠くはない。
それでもこの様子だと、どうやら全速力で駈けてきたようだ。
苦しそうな表情はさっきまで考えていた『結果』と『結末』を全員に予感させた。
「シエスタ、これを」
メイドの1人が気を利かせて水を入れたコップを差し出す。
シエスタ無言のまま会釈の後に受け取り、それを一気に飲み干す。
そして胸に手を当て深呼吸。
動悸は収まってないが、なんとか話せる状態になったようだ。
「ボルトさんが――」
言葉を切り、もう1度深呼吸。
皆一様に息を凝らして、シエスタの次の言葉を待つ。
そしてそんな僅かな沈黙の中で、シエスタは破顔一笑。
「――勝ちましたぁっ!」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
『……はぁ?』
思わず漏れた皆の声が重なる。
――勝った?
――貴族との決闘に?
――
隣同士の人間が顔を見合わせ、今の言葉が聞き間違いでない事を確認する。
そしてその意味を理解すると同時に徐々に湧き上がる歓喜と興奮。
その衝動の赴くまま一斉に声を上げる寸前。
「それでボルトの様子はっ!? 怪我は酷いのかっ!?」
マルトーの言葉に全員が我に返る。
ボルトが勝ったとはいえ、相手は貴族――つまりは
例え使い手が『スクエア』だろうが『ドット』だろうが、平民にとっては魔法はその悉くが脅威である。
決闘となれば打ち身・切り傷程度で済めば御の字だ。
例え勝ったとしても下手をすれば四肢の骨折、或いは欠損も有り得るだろう。
そんな『結末』を思い浮かべて、それぞれが悲愴の表情でシエスタの返答を待つ。
しかし彼らの心構えはあっさりと裏切られる。
「え? ボルトさんですか? 怪我なんてしてませんよ?」
――良い意味で。
「凄かったんですよボルトさん! 剣や槍をもったゴーレム相手に踊るみたいに攻撃を全部避けたんです! 途中で絶体絶命の場面もあったんですが、私が思ってもみなかったやり方で切り抜けて――って……あれ? 皆さんどうされたんですか?」
夢中になって話していたシエスタは、いつの間にか周囲の呆気に取られた顔に気付き思わず話を止める。
『平民が貴族との決闘に無傷で勝利する』。
ボルトはここに居る全員の予想していた『結果』のみならず『結末』すら覆してしまった。
「くくく……」
そんな破天荒振りに、マルトーは笑いを我慢できなくなった。
「貴族に勝った? こいつぁ愉快だ! 大した奴だぜボルトは! ガァッハッハッハッハッハー!」
その笑いを皮切りに先程上げ損なった大歓声が厨房から一気に溢れ、厨房中の窓ガラスが割れんばかりに響き渡った。
ACT-17 報酬
軽いノックの音が学院長室に響く。
オスマンが杖を振って開錠すると、入って来たのはロングビルだった。
「――失礼します」
コルベールが譲ったオスマンの正面に立つと、古びた鍵を机に置きながら報告をする。
「『眠りの鐘』を用意して待機しておりましたが、決闘が終わったようなので『眠りの鐘』を返還後宝物庫の施錠を完了しました」
「おぉ、すまんかったのミス・ロングビル!」
「いえ、構いません」
オスマンの労いの言葉に、急に命じられた事を特に気にせず答えるロングビル。
「ミス・ロングビル。 貴女は決闘の様子をご覧になっていましたか?」
「はい、始めからではなく使い魔の男性がゴーレムを殴った辺りからですが……」
傍らへと移動していたコルベールの質問にロングビルは答える。
「その一撃が決闘の開始のような物じゃったからほぼ最初からじゃな。 して、ミス・ロングビルの目から見た決闘の感想を聞かせて欲しい」
「感想……ですか」
オスマンが興味深げに尋ねると、ロングビルは暫し考え込む。
「――身のこなしがどう考えてもただの平民ではありません。 それが喧嘩で養われたのか戦場で培われたかまでは不明ですが……」
同意見だと頷くコルベール。
「では彼の『武器』についてはどう見えたかの?」
「……その、わたくし達の待機していた場所がやや遠目だったのでよく見えなかったんですが……」
オスマンからの問いにロングビルは言葉を濁す。
しかしオスマンとコルベールの2人はそれだけで答えが予想できた。
「……投げるその直前でさえも、彼の『武器』は彼の手には影も形も確認できませんでした。 気付いた時は既に相手に向かって投じられていたとしか……申し訳ございません」
「いやいや、構わんよ。 ここから見えた光景もそうとしか思えん物じゃったし」
困惑顔で頭を下げながら詫びるロングビルを、やんわりと宥めるオスマン。
その言葉に顔を上げるも、ロングビルの表情は曇ったままだった。
「ん? どうしたんじゃ?」
その態度を不思議に思ったオスマン。
ロングビルは言おうか言うまいか僅かに躊躇したが、おずおずと口を開く。
「……あの……これもはっきりとは確認出来なかったんですが……」
「ふむ。 気付いたことがあれば何でも言ってみてくれぃ」
オスマンに先を促され、言葉を続ける。
「……使い魔の彼が青銅のレイピアを口にして……その、食べていた……みたいなんですが……」
「……」
「……」
――学院長室に沈黙が漂う。
『遠見の鏡』越しとはいえ、ロングビルと同じ光景を見ていたオスマンとコルベール。
当然今彼女が言った事象にも気付いていた。
先の2人の考察は『彼がガンダールヴかもしれない』という前提で行われた物。
だがあんな奇行が『ガンダールヴ』の能力とは思いたくはない。
となると彼個人の異能、もしくは嗜好という荒唐無稽な話になってしまう。
その為2人は意識的に話題にする事を避けていた。
――その考えが実は的を射ているという事を知る者は、ここには存在しなかった。
(……どうしましょうか……)
(……どうしようかの……)
「?」
無言のままアイコンタクトを試みるが、お互いに動揺していた為無意味な行為だった。
そんな変な様子の2人に、ロングビルは小首を傾げる。
彼らの常識に『剣を食べる男』という物は存在しない。
片や『伝説のガンダールヴ』。
『伝説』とはいうものの、その実詳細は今の所『始祖ブリミルの使い魔たち』でしか確認できてない。
……もしかすると『剣を食べる』という能力があったのかもしれない。
『常識』と『伝説』を天秤に掛ける。
そこへ先程の『ガンダールヴは他言無用』が『常識』と同じ皿に乗り、一気にそちらに傾く。
「……えぇ~っと、その事も含めて彼に聞きたい事があるんでな。 ミス・ロングビル、すまんが彼に言伝を頼む」
やや苦し紛れではあったが、なんとかそれ程不自然ではない言葉を返す事に成功。
しかしそんな怪しげな挙動のオスマンを、ロングビルは冷やかな目で見る。
「秘書のわたくしがいない隙に、悠々とお仕事をサボるおつもりですか?」
「……わしってそんなに信用無いんかのぅ」
「何を今更」
オスマンのぼやきに、その言動に普段から振り回されているロングビルが変わらない眼差しのまま言い放つ。
心なしか傍らのコルベールからの視線も非難じみてきた。
「――ゥオッホン。 伝言じゃが、『今度の“虚無の曜日”に学院長室に来て欲しい。 空いた時間で構わないので諸々の事情の説明が聞きたい』――と」
「……」
「……」
わざとらしい咳払いで誤魔化しつつ、伝言の内容をロングビルに伝える。
「……何故この伝言をわたくしが?」
秘書として、学院長の仕事を
「もし食堂や教室で会えんかったら、寮の彼女の部屋へ直接行った方が手っ取り早いじゃろ?」
「それなら確かに他の男性教員よりはわたくしの方が適任でしょう。 ですが……」
そこでロングビルは困惑の表情で言いよどむ。
「どうかしたかの?」
「つまりその、……ミス・ヴァリエールと使い魔の彼は一緒の部屋……という事なんでしょうか?」
「……え? あれ? そう言えば……」
つい普通の使い魔と同じ感覚で考えてしまっていた。
慌ててコルベールを見ると、彼も驚きの表情で小刻みに首を左右に振る。
交渉の時はとてもじゃないがそこまで確認する余裕は無かった。
――という事は、成人男性と年頃の少女が一晩同じ部屋だった可能性がある。
『人間召喚』に続いて『ガンダールヴ疑惑』の騒ぎで、細かい事の確認を怠った結果である。
徐々にオスマンの顔色が悪くなり、その顔に次第に汗がにじみ出る。
「……わかりました。 伝言ついでにミス・ヴァリエールに確認し、問題があるようなら対策を用意します」
「――おぉ、すまんがよろしく頼む!」
「それでは失礼します」
一礼して学院長室を退室しようとするロングビル。
その背後からオスマンの愚痴が聞こえた。
「やれやれ、次から次に問題が……これでミス・ヴァリエールの貞操関係が手遅れじゃったら――」
大きな溜め息の後に更に続ける。
「やっぱり『
「――そうですねぇ」
ロングビルが足を止め、楽しげな笑いを浮かべながら振り返る。
「きっと、『厳しいようで、娘には甘い』と評判のラ・ヴァリール公爵手ずから『
細い指を伸ばして手刀を作り、自分の白い首に当てる。
「……笑えん冗談じゃのぅ……」
椅子に背を預けながらのオスマンのぼやきを背に、ロングビルは学院長室を後にした。
その表情は日々の鬱憤を多少ながらも晴らせたのか、晴れ晴れとしていた。
「ボルトさぁ~んっ!」
ヴェストリの広場では、近付いてくるボルトを待ちきれずにシエスタが駆け寄っていた。
「貴族の方と決闘して勝つなんて凄いです、ボルトさんっ!」
「……」
興奮の余り、ボルトのコートの袖を両手で掴み上下左右に振り回す。
一方のボルトは普段通りの無表情で、されるがままに特に拒絶する様子もなかった。
そんなはしゃぐシエスタとされるがままのボルトを、ルイズは眉間に皺を寄せながら見ていた。
『ギーシュに勝ちなさい』。
半信半疑だったとはいえ、どう考えても無茶な命令だったと今でも思う。
『受けた依頼は遂行する』。
しかしボルトはやってのけた。
自身が命の危機に瀕してもその意志を決して曲げる事はなく、拘束された状態でもその気迫はギーシュを圧倒した。
己の使い魔が命令に従い、そして命令以上の戦果を上げたのだ。
主としてその働きを存分に労うべきだろう。
だが『主人』は『使い魔』の帰還を待つものだ。
『貴族』は『平民』を呼び付け足を運ばせる事が常識。
そして『年頃の少女』としては『男性』の下に駆け寄るのは気恥ずかしかった。
……実の所、ルイズは自身が真っ先にボルトに声を掛けたかったのだ。
ところがシエスタに先を越され、かといって後を追う訳にもいかず。
結局1歩も踏み出せず、あからさまに不機嫌な顔で(一方的に)ボルトとじゃれるシエスタを見ていた。
そんなルイズの右腕に軽い痛みが走る。
痛む箇所に左手を当てながら右を向くと、何かを言いたげなキュルケの視線があった。
どうやらキュルケの左肘で突付かれたようだ。
(忘れてないわ、分かってるわよ……)
キュルケの言いたい事は聞かずとも理解できている。
自分でも、決闘が終わったらきちんと話し合おうと心に決めていた。
しかし心の準備がまだ出来ていない。
そう考えれば、案外シエスタに横入りされた事は悪い事ではなかったかもしれない。
(……『マイナス』……か。 わたしはつい『
朝の授業の後、壊れた教卓等を補充する為に行った教材機材の保管部屋。
そこで呟かれたボルトの言葉。
思わずボルトを蹴り飛ばし、そのまま部屋へ駆け込んでしまって抗議も弁解も何も聞いていない。
――少なくとも、お前は『ゼロ』じゃない――
その少し前に、左手の『使い魔のルーン』を示しながらのボルトの言葉。
彼は得体の知れない平民の男で――だがルイズの使い魔だ。
彼女に一生付き従う事になる。
――これから先彼との主従関係は一生続くのよ?――
キュルケからの苦言も思い出される。
あの『ツェルプストー』の言葉だというのが非常に腹立たしいが、冷静に考えれば正論だ。
(……まずは謝罪……か。 キュルケの指摘でしかも平民相手にってのが癪だけど、わたしの勘違いだっていう事なら悪いのはわたしだし……)
「――あぁっ!?」
ルイズが「よしっ!」と心の中で決断したその時、広場で嬉しそうにボルトに話し掛けていたシエスタが突然大声を上げる。
「忘れてました! 厨房の皆もボルトさんの事心配していたんでした! 私急いでボルトさんの勝利を伝えてきますね!」
慌てて一礼すると、スカートを軽く摘み上げ猛然と走り出した。
1人広場の中央に残され、しばらくその背中を目で追っていたボルトだったがやがてゆっくりとルイズ達の方へ足を進めだした。
それを待つ形になり、やや緊張の面持ちのルイズの右腕に再び軽い衝撃。
「分かってるわよ!」
その加害者を軽く睨みながら呟く。
睨まれた当の本人は「あらそう」と口には出さず肩を竦めた。
そんな仕草にまた苛立ちながら正面に視線を向ける。
――つまり『死が2人を分かつまで』よ? ある意味伴侶みたいな物でしょ、貴女の場合は特にね?――
「ぶっ!?」
唐突に、何の脈絡も無くキュルケの言葉の続きを思い出してしまい、思わず吹き出してしまう。
顔が熱くなり、赤面しているのが自覚できた。
変に意識してしまい、つい先程の決意があっさりと揺らいでしまう。
(……ど、どうしよぅ……!?)
ボルトの歩みと共に緊張が高まり、鼓動が早くなる。
――あと5メイル。
いっそこの場を走り去ろうかと考えたルイズだったが、当のボルトの歩みが止まる。
「……」
そして無言のまま体を180°回転させ、広場の方へ引き返していく。
「ちょ、ちょっとボルト!? どこ行くのよ!」
(……た、助かった……)
慌ててボルトを呼び止めるキュルケと、ほっと胸を撫で下ろすルイズ。
そんな事を気に止める事なく歩くボルトの行く先には、1組の男女の姿があった。
ボルトの背中が遠ざかりはじめると、ギーシュは再びへたりこむ。
身体的にも体力的にも問題は無いが、精神的にはかなり疲労していたようだ。
(……さて、少し休んだら他の3人にも――)
俯くギーシュに近付く足音。
大方平民に決闘で負けた自分をからかいに来た級友だろうと、暗い気分でゆっくりと顔を上げる。
しかし予想に反し、目の前には最も会いたくて最も顔を合わせ辛い少女が無言で立っていた。
「……」
「――モンモランシー……」
咄嗟に顔を逸らす。
下級生と二股をかけておいて、その後に彼女を模したゴーレムを造り自信満々で臨んだ決闘には平民相手に降参する始末。
愛想を尽かされても仕方ないだろう。
そう覚悟したギーシュの顎にモンモランシーの手が軽く添えられ、顔を正面に向けられる。
(……そういえば食堂ではワインを掛けられただけだったな)
そう思い、頬に加えられるだろう衝撃に備え奥歯を噛み締め目を閉じる。
「ぅわぁっ!?」
「きゃっ!」
思わず大声と共に座ったままの体勢で無理矢理後方へ体を移動する。
『頬への平手打ち』と思い込んでいたギーシュが感じ取ったのは、予想外の『首への冷たい何かの接触』だった。
つい先程のナイフを思い出してしまっての行動だった。
見開いた目に映る光景は、ハンカチを手に目を丸くしたモンモランシー。
荒い呼吸を鎮めながら左手を首に当てると濡れていた。
どうやら湿らせたハンカチで首を拭おうとしてくれたようだ。
余談だが、モンモランシーは『水』系統の魔法を得意とするメイジ。
『水』系統の初歩的な魔法『
「ごっ、ごめんなさい! 染みたの!? 痛かったの!?」
「……いや違うんだ、大丈夫だよ」
慌てて駆け寄るモンモランシーに、脱力しながら応えるギーシュ。
再びギーシュの首を、下から覗き込むように確認しながら先程よりもゆっくりとハンカチで拭いていく。
「……良かった、どこにも傷は無いのね」
「……」
彼女の呟きを耳にしたギーシュはばつの悪い表情をする。
何しろボルトとの決闘で彼自身が受けた攻撃は無い。
傷はおろか痣すらないのだ。
首を終わらせ汗や砂埃で汚れた額や頬を拭ってくれるモンモランシー。
「……モンモランシー……その……ごめん……」
「……」
そんな彼女に罪悪感を覚えながら謝罪を口にする。
モンモランシーは無言のまま手を休めない。
やがて一通り終わらせた後、口を開く。
「……食堂であの1年生が出てきた時は、本当にショックだったし頭にきたわ……」
「……」
淡々と話す彼女と目を合わせられず、ギーシュは顔を僅かに伏せる。
視界にあるハンカチを握り締めた手は微かに震えていた。
「……でも私をモデルにゴーレムを造ってくれたのは嬉しかったし、あなたがあの男にナイフを突きつけられた時は心臓が止まるかと思ったんだから……」
そのハンカチに何かが落ち、小さな染みが広がる。
それに気付き顔を上げたギーシュの目に、涙を滲ませた少女が映った。
思わず体を乗り出し、固く握り締めた少女の拳をガラス細工を扱うかのように、そっと両の手で包む。
「――本当にごめんよ……モンモランシー……」
「……今回だけだからね」
「――っ! あ、ありがとうモンモランシー!」
ギーシュの手の中からゆっくりと手を取り出し、持っていたハンカチでモンモランシーは涙を拭う。
その最中に手を止め、拭い終わった片目を半分程開きギーシュを見る。
「――次は無いから」
「……き、肝に銘じておくよ……」
春の日差し溢れる暖かな広場で、氷のように冷たい汗が背筋に沿って流れていくのをギーシュは感じた。
そんな穏やか(?)な恋人同士の語らいを邪魔する無粋な足音。
モンモランシーはまだ赤い目のまま振り向いた。
「――っ!? あなたはっ!」
その邪魔者の姿を認識した途端、柳眉を逆立て立ち上がる。
「何の用!? これ以上ギーシュに危害を加えるつもりなら、私も相手になるわよ!」
そこに立っていたのは、7体のゴーレムを操るギーシュとの決闘に無傷で勝利した男。
その一部始終を自分の目で見ていたモンモランシーだが、それでもギーシュの前に立ち身構える。
だが彼女が得意とする『水』系統は本来『癒しと心を司る』魔法。
『
ましてやモンモランシーの二つ名は『香水』。
香水や『
だがそんな事は彼女自身が百も承知で、厳しい表情で相対している。
しかしその微かに震えている彼女の肩にギーシュは手を置き声を掛ける。
「大丈夫だよ、モンモランシー。 彼にそんな事をする理由も無いし、理由も無く力を振るう人じゃない」
「ですよね?」と笑みを浮かべながらも、自然な動きで足を踏み出しその背にモンモランシーを庇う。
「それで、僕に何か御用ですか? ミスタ――えぇっと、ボルト……?」
――そういえば目の前の男の名を知らない。
仕方無しにギーシュは決闘中にルイズが叫んだ男の名らしき物で問い掛ける。
「……ボルト・クランク。 貴族じゃない、『ミスタ』は不要だ」
コートに両手を突っ込んだままの無愛想な物言い。
背後のモンモランシーの苛立ちが募るのがギーシュには分かった。
「そ、それじゃあボルト、僕に何か?」
不安と不満と不信の気配を背後に感じながら、モンモランシーの態度にボルトが気を悪くしない事を祈る。
「あぁ、報酬を受け取りにな」
「……報酬?」
予想外な返答に一瞬思い悩む。
――……この件の『報酬』は後で請求しよう――
「――あぁそうだった、忘れてたよ……」
しかし直ぐに食堂を出る寸前の言葉を思い出す。
『自分との決闘を受ける』という依頼に対しての対価。
確かにそんな約束をした。
勿論こんな結果になるとは微塵も思ってなかったが。
そしてギーシュが思考していたその束の間に、後ろの少女の堪忍袋の緒が派手な音と共に千切れ飛ぶ。
「報酬ですって!? いくら決闘に勝ったからって図々しいんじゃないの!? 大体平民が貴族にンググーッ!」
「あ~……とりあえず落ち着いて、モンモランシー」
ギーシュを押し退けながらまくし立てる少女の口を、ギーシュが無理矢理塞いで宥める。
「この件は僕とボルトが交した約束。 決闘の勝敗の如何に関わらず、僕には彼に報酬を支払う義務がある」
「フガーッ!」
例えギーシュの言葉でも腹に据えかねるのか、口を塞ぐ手を振り解こうともがくモンモランシー。
そんな憤まんやるかたない少女に声を掛け宥めながら、ギーシュは恐る恐るボルトの顔色を窺う。
「……」
しかしさして気にした様子もなくボルトが立っている事に、ギーシュは安堵する。
「――それで報酬には何を? 僕も貴族だ、君の望む物を用意する!……つもりではあるんだが」
頬を指先で掻きながらボルトから目を逸らす。
「実は諸事情で懐が寂しくてね……金銭的要求にはあまり応えられそうにはないんだ」
「……」
その『諸事情』はボルトとその主が関係しているのだが、彼ら自身に責任は全くないので言うつもりはない。
それに言った所で好印象を与える事はないので尚更だ。
「……いや、金はいらない」
そう言うとボルトは広場を見回し始める。
そして目的の物を見つけたのか、口元に笑みを浮かべて歩き出す。
「え? えぇ……?」
ボルトの返答とその足が向かう方向に存在する物を見て、呆然とした言葉がギーシュの口から漏れる。
ボルトの歩みが止まったそこには、レイピアを切られた7体目のゴーレムが未だ立ったままだった。
「……」
「……あぁ、ゴーレムかい? それなら新しいのを造るから少し待ってくれないか? 今はちょっと疲れてしまって……」
――通常、魔法の発動には3つの要素が必要になると言われている。
『魔法の杖』、『詠唱』、そして『精神力』。
『精神力』は魔法を使用する度に消費される力であり、これが足りないと魔法を使用する事が出来ない。
『精神力』が不足しているにも関わらず無理に魔法を使おうとすると、気絶してしまう事もある。
ギーシュの場合単純に造るだけなら8体目も可能だろうが、決闘で7体を『造る』・『操る』事でかなり『精神力』を消耗してしまっている。
それ故に先の言葉なのだ。
「明日なら君好みのゴーレムを進呈できるよ。 何ならルイズをモデルにするかい?」
からかうように笑うギーシュの言葉に、ボルトは変わらず笑みを浮かべたままの顔をギーシュに向ける。
「必要無い。 これで十分だ」
「――え? でもそれは……」
ギーシュの言葉を無視しながらボルトはゴーレムの両肩に自分の手を置く。
このゴーレムはモンモランシーをモデルにしているが、『女騎士』という事で大きさはギーシュの身長よりも大きく造られている。
それでもボルトの長身には及ばず、その差は約頭1つ分。
そのやや下方にあるゴーレムの頭にボルトはゆっくりと顔を近づける。
――まるでその額に口付けをするかのように。
「ちょ、ちょーっと待ちたまえっ!」
「えぇ!? そんな……」
ゴーレムとはいえ、自分の思い人を模した物ならば即止めさせるべきだろう。
この行為は儀式的な何かなのか、それとも真の目的は彼女自身という暗示なのか……。
もし後者ならばギーシュにはボルトから彼女を護りきれる自信は無い。
そして当の本人は驚きながらも僅かに頬を赤く染めていた。
本来は平民なんか相手にもしないが、
その強さに加え、高身長は男性としての好感が持てる。
センスを感じられない帽子や、表情が分かり難い『黒いメガネ』は正直感心しないが。
(……これってアレかしら。 いつか『私の為に争わないで!』って展開になるの!?)
今し方ギーシュと仲直りしたばかりにも関わらず、年頃の乙女心は自重しない。
この一連の出来事は当然決闘を見物していた生徒達の目の前で行われた。
この時、ほとんどの生徒がお財布に痛恨の大打撃を受けて打ちひしがれていた。
一部の生徒達はボルトの『食生活』を目撃して、口元や胸を手で押さえながら退避していたが。
それでも彼らは、衆人環視の中堂々と行われようとしているボルトの奇行に騒ぎ始めた。
憂さ晴らしだろう、野次を飛ばす者もいる。
「おいおい……」
「何あれ……?」
「これはあれか? 『俺は銅像しか愛せない』ってやつか?」
「いや違うね! あれは女を生きたまま像に塗りこんで愛でる快楽殺人者だ!」
「ん~、確かにギーシュが造るゴーレムは出来は良いんだよなぁ」
「……って事は、次の標的はモンモランシー……?」
「明日になったらモンモランシーが姿を消して、そっくりの銅像が1体増えてると……」
「ちょっとっ!? そんな恐ろしい話しないでよ!」
「……私の部屋、彼女の隣なんだけど……」
「どっちにしろ変態じゃねーか」
「使い魔が変態なら主も変態か?」
「変態というか『爆発魔法の変人』だな!」
さて当のルイズだが、そんな飛び交う野次には耳を傾けず渋面でボルトから目を離さない。
その隣のキュルケは苦笑しながら、さらに横のタバサは無表情のまま。
異口同音……よりはこの場合は『異心同思』とでも言おうか、3人の予想は一致していた。
(まさか……)
(もしかしてぇ……)
(多分……)
そんな衆目の中、ボルトの動きは止まらず変わらず。
ゴーレムの額部分まであと数サント。
そして遂にその唇が触れる
――その寸前。
――ボルトの口が大きく開かれた。
――『ボルト・クランク』ってだけで、最後の
前回の投稿の後、少しずつ作成してはいたんですがなかなか上手くいかず……
その内仕事が忙しくなり、忘れてはいなかったんですがあまり気分が乗らず……
仕事が一段落してハッと気付けば夏も終わって秋になり……
流石に半年空けるのはまずいだろうと、なんとか5ヶ月振りの投稿となりました。
今年中に出来れば2話、最低でも1話投稿したいなぁと。
ただ年末は年末で忙しいので、『月1詐欺』になる可能性大……
……たった今コミックの事を思い出して検索したら2巻どころか3巻もっ!?
これは買いに行かねばっ!!
気が向いたらで構いませんので、ご意見・ご感想を頂ければ幸いです。