ゼロの少女と食べる男   作:零牙

22 / 25
……こんにちは、お久し振りです。
前回よりは多少早い――と言っても4ヶ月も空いてしまいました……
昨年末には投稿のつもりだったんですが……


ACT-18 変化

 

 

 ――ここハルケギニアに生きる者達が幼い頃に必ず1度は耳にするお話。

 

 それは『始祖ブリミル』の物語。

 今から6000年前、今では『聖地』と呼ぶ地に降臨するブリミル。

 『虚無』という強大な力と4体の使い魔を駆使しエルフ達と戦った――と言われている。 

 ハルケギニアにおける歴史であり信仰の始まりである。

 

 それからもう1つ。

 こちらは伝承や御伽噺ではない。

 例えば泣き止まない子供や駄々をこねる子供に言い聞かせる物。

 「泣く子は夜中に連れ去られて……」「悪い子は山奥に捨てられて……」等々差異はあるものの、肝心な部分は同じ。

 

 ――『オーク鬼に頭から食べられてしまうぞ』。

 

 子供を脅かして躾る為の他愛無い話だ。

 しかし全くの出鱈目という訳でもない。

 

 100年にも満たない一昔前は、森の中の村がオーク鬼の群れに襲われる事はよくある話だった。

 そんな時最も犠牲になりやすいのは、戦う力も逃げる体力も少ない子供だ。

 故に『オーク鬼は人間の子供が大好物』という話が出来たのだろう。

 それが真実かどうかは、検証する人間も方法も存在しない。

 そんな豚に似た顔と醜く太った巨躯の化物の被害は、今となっても年に数件は耳にする。

 オーク鬼は悪い意味で最も身近な亜人と言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ACT-18 変化

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――父に怒られながら……。

 ――母に寝物語として……。

 ――祖父と山を歩きながら……。

 ――祖母と暖炉で暖まりながら……。

 

 幼き頃に聞いたであろうそんな話が、ヴェストリの広場に集まった生徒達の脳裏に浮かび上がった。

 『人を食うオーク鬼』を彷彿させる光景が眼前にあったからだ。

 

 その始まりは『ゴーレムの額にボルトの唇が触れ、そして離れた事』。

 この表現は正しいが、しかし真実には少し足りない。

 

 『ボルトの唇が触れた』――これは間違い無い。

 ただしその口は開いていて、触れていたのは唇だけではなく歯もゴーレムに接触していた。

 そして鈍い音と共に『離れた』時にその口は閉じられていた。

 

 

 

 その結果ゴーレムの額部分は欠けていて、そこにはくっきりと歯型が残された。

 

 

 

 ――ガリ。

 ――ボリ。

 

『………………』

 

 騒いでいた生徒達は皆一様に黙り込み、欠けたゴーレムと動くボルトの口とで視線を行き来させる。

 

 ――ゴクリ。

 

 周囲の変化を気にする事なく、ボルトは十数回程咀嚼して飲み込む。

 一呼吸の後ボルトの口元には笑みが浮かび、今度は開いたままの口がゴーレムに向かう。

 

 それからボルトの行動は加速する。

 2口3口と続けて齧り、数回の咀嚼で飲み下しまた齧る。

 瞬く間に額部分が消え、顔・顎・後頭部……と完全に頭部がボルトの腹に収まる。

 しかしボルトの動きは止まらず首・鎖骨部分と胴体部に移りながら、右手でゴーレムの左手首を掴む。

 次に左肩を食べる事で左腕を切り離す。

 そしてまるで骨付き肉を食するかのようにして、手首を持ったまま左上腕部に食らいつく。

 

 ――人の形をしたモノが食べられている。

 無論それは飽くまでゴーレムであり人ではない。

 だがボルトの食べ方が、各々が漠然と思い描いていた『人を食うオーク鬼』と重なる。

 

 ――噴き出る血を。

 ――流れる血を。

 ――滴る血を。

 

 生徒達は在りもしない鮮血を幻視する。

 それが止めとなりほぼ全員が広場を後にする。

 比較的余裕の有る生徒は自分の足で、または余裕の無い生徒に手を貸しながら。

 昼食後という事もあり、精神的にも応えたのだろう。

 肩を落とし足下が覚束ない者が大部分を占めた。

 

 ……もっとも、その一因はまた別に存在するのだがそれは後述するとしよう。

 

 因みにゴーレムのモデルになった少女は始めは呆然としていたが、『自分の顔』が無くなり始めた所で小声で悲鳴を短く発し気絶。

 ギーシュがその倒れる体を慌てて支えて事無きを得た。

 

 現在広場に残っている者の中に当然ルイズ達も含まれていた。

 苦虫を噛み潰しているかのような表情でボルトを睨むルイズ。

 難解な内容の古書を読むかのような真剣な表情でボルトを見るタバサ。

 そんな2人に挟まれたキュルケは実に楽しそうな表情だった。

 

 

 

 基本的に彼女は自分の欲求に素直で、感情の赴くままに行動する。  

 日々をどう楽しく過ごせるかが最大の関心事。

 ちなみに恋愛はそれを満たしてくれる最大かつ最重要項の1つである。

 その点昨日今日は実に充実している。

 人生で恐らく1度しか経験しない使い魔召喚はサラマンダーという上々の結果だった。

 

 そして何より3人の視線の先の『人間の使い魔』――『ボルト・クランク』。

 始めは単純に初めて見る人間の使い魔という興味本位だったが、なかなかどうして面白い。

 その言動から無口な変人かとも思ったが予想以上の強さと、そして若干分かり難い優しさも持ち合わせていた。

 何よりもキュルケが喜んだのは、それに影響されたであろう主であるルイズが見せてくれる予想外の反応だ。

 

 国境を挟んで隣接している『フォン・ツェルプストー家』と『ラ・ヴァリエール家』。

 古くからの因縁によりルイズはキュルケを目の仇にしているが、実はキュルケの方は然程拘ってはいない。

 ただからかい易く弄り甲斐があるので、意図して憎まれ口を叩いているだけだ。

 その所為もあるが、キュルケの知るルイズの表情とは大体が悔しさ・不機嫌・怒り……

 そんなルイズが昨日今日と見た事もない少女らしい表情を見せている。

 ルイズがはにかむ姿なんて物をキュルケは初めて見た。

 

 ――そして影響を現在進行形で受けているもう1人がタバサ。

 

 彼女の1番で、そして唯一の友人を自負するキュルケだが、彼女に関して知っている事は実は多くはない。

 そもそも『タバサ』という名も本人がそう名乗っているので、そう呼んでいるだけだ。

 魔法学院の生徒であるからには貴族の生まれなのだろうが、何処の何という血筋かすらも知らない。

 

 入学当初はその幼い容姿故に何人もの生徒達から好意的に話し掛けられもしていた。

 しかし彼女は全く喋らなかった。

 休み時間にも食事の時間にも、授業中も放課後も、寮の社交場でも、誰とも口をきこうとしない。

 とにかく黙々と本を読む。

 その振る舞いは傍若無人。

 ――正しく『傍らに人無きがごとし』である。

 

 そんな彼女に試合を申し込みあっさりと負けた男子生徒と、キュルケに恋人を奪われた女生徒達の共謀により2人は相争う事になった。

 しかしこの事件をきっかけに互いを深く理解し合い、以後無二の親友同士となったのだった。

 お互いに『トライアングル』のメイジだと分かったのもこの時だ。

 ただそれ以降も彼女の日頃の行動は変わる事はなく、反応を示し口を開くのはキュルケだけである。

 

 ――そんなタバサが初めて他人に興味を持った。

 友であると同時に、姉の様に或いは母の様に彼女を気遣うキュルケはこの事を好ましく思った。

 その表情を見るに、キュルケがからかったように好意や恋慕の情に起因する物ではないだろう。

 だが自分から他人に意識を向ける事すらしなかった彼女が、負の感情抜きの目を向けている。

 自分の世界が広がる事は悪い事ではない筈だ。

 男子生徒が見れば見惚れそうな柔らかな笑みを浮かべながら、キュルケは隣の小さな親友を見ていた。

 

 

 

 ……これは余談でしかもキュルケ本人は知らぬ事だが。

 昨日今日とで『キュルケの年相応の、少女らしい見た事もない笑顔を見た』と、ルイズ・タバサ両名から実は内心驚かれている。

 

 

 

 ――さて肝心のボルトだが。

 あれからペースを落とすことなく未だ食べ続けている。

 既にゴーレムの上半身はボルトの腹に収まった。

 彼女達は目の前で一部始終見ていたのだからそれは間違いない……のだが。

 上半身――つまり頭部・胸部・胴部・両腕。

 いくらゴーレムが中空構造だからと言っても、『人間大の半分』は胃の収容限度量を明らかに超えている。

 体形の変化も見られず、とても丸々上半身分を食したとは思えない。 

 ゴーレムは下半身分がまだ残っているが、変わらないボルトの表情はまだまだ余裕があるように思えてしまう。

 

 

 

 

 

「……やれやれ、彼は一体何者なんだろうね?」

 

 

 

 

 

 ここで起こった決闘を目にした者達その総意であろう言葉。

 それを耳にしたキュルケは声の主に目を向け、そして思わず体を硬直させる。

 

「……?」

 

 自分に向けられた訝しげな態度に、その男子生徒は首を傾げる。

 

「……貴方……誰……?」

 

「……いや、『誰?』と問われても僕には『ギーシュ・ド・グラモン』以外に名乗る名は無いんだが……」

 

 そんな奇妙な会話に、ルイズとタバサもキュルケと同じ行動を取りそして同じ反応を示す。

 

 やや癖のある金髪にフリルの付いたシャツ、手には薔薇を模した杖。

 そんな特徴的な男子生徒――ギーシュ。

 しかしその表情は彼女達が見た事もない、憑き物が落ちたようなすっきりとして晴れやかな物だった。

 彼の後ろには未だ気を失ったままのモンモランシーがゴーレムに抱き抱えられている。

 その体にはギーシュの物であろうマントが掛けられていた。

 

「そんな事より――」

 

 呆然としたルイズ達の顔を見回し、ギーシュは言葉を続ける。

 

「――あのメイドは一体何処へ行ったんだい? 僕はまだ彼女の名前すら知らないんだが……」

 

『っ!?』

 

 その言葉にルイズは目を見開いた後ギーシュを見据える。

 

「――ギーシュ、決闘に負けた腹いせにシエスタに何かしようって事だったらタダじゃ済まないわよっ!?」

 

 吼えるような言葉と共に杖を手に身構えるルイズ。

 しかしギーシュはさして気にもしなかった。

 

「そうか、彼女は『シエスタ』というのか……」

 

「……」

 

「……」

 

 ギーシュの何気無く口にしたような言葉に、今度はキュルケとタバサも無言で杖を握り直す。

 事ここに至って、やっとギーシュは3人の目が剣呑な光を宿している事に気付く。

 

「ちょっ!? ちょっと待ちたまえ君達っ! 何か勘違いしていないかい!? 僕は彼女に謝罪しようとしただけだよ!?」

 

「……はぁ? 謝罪ぃ~!?」

 

 余りに予想外な言葉に呆気に取られる3人。

 タバサでさえも目を丸くしていた。

 

「……謝罪するって事は『自分の非を認めて謝る』って事?」

 

「その通りだ」

 

「その……それは貴族(貴方)平民(シエスタ)に頭を下げるって事よ?」

 

「当然だよ」

 

「……」

 

 ルイズ・キュルケの質問に真顔で答えるギーシュ。

 タバサはさらに目を丸くする。

 

「――そうだ、丁度良い」

 

 そう呟いたギーシュは自身の身嗜みを簡単に整え、直立の姿勢から――

 

 

 

「ミス・ヴァリエール! 今日までの貴女に対する暴言・誹謗・中傷……その総てを撤回し、それに対する謝罪をさせてほしい!」

 

 

 

 ――深々と頭を下げた。 

 

「本当に申し訳ない!」

 

「ぇ……? え? えぇ~!?」

 

 ギーシュの予想だにしなかった行動に慌てふためくルイズ。

 貴族が頭を下げる場面を見た事が無い訳ではない。

 だがそれは、王族や自分の両親に対してだったりと地位が明らかに上の者に対しての物だ。

 同年代から、しかも常日頃馬鹿にされている自分が下げられるとは思ってもみなかった。

 

「ちょ、ちょっと急にどうして……」

 

「……『ゼロのルイズ』」

 

「――っ!?」

 

 ルイズは問い質すがギーシュの言葉に顔を強張らせる。

 

「例えば今まで僕は何度もこの言葉を口にした。 記憶してはいないけど、その回数は百を超えるのは間違いない。 他にも君を侮蔑した行動を数え切れない程取っている筈だ」

 

 頭を下げたままの姿勢でギーシュは続ける。

 

「だが昨日君は『サモン・サーヴァント』・『コントラクト・サーヴァント』の2つの魔法に成功し、『ゼロ』の汚名を返上した」

 

「……」

 

「……」

 

 キュルケもタバサもギーシュの独白に口を挟まず見守っている。

 

「……そして今日僕は君の使い魔――ボルトに決闘を申し込み完敗した。 この結果から鑑みれば、彼を使い魔にした君のメイジとしての力は僕を上回る物なのかもしれない」

 

「――ぅひゅっ!?」

 

 顔を真っ赤にしたルイズの口から妙な声が漏れる。

 魔法に成功してからまだ2日。

 こんな賛辞に対しての耐性はまだ持てていない。

 

「こんな事で今までの君に対する非礼が償えるとは思えないが、けじめを付ける為にもどうしてもこうしたかった……」

 

 もしこの謝罪がからかいや嘲りを含む物だったならば、躊躇無くその頭部に蹴りや踵を打ち込んだであろう。

 だが声とその態度からは真摯さが伝わってくる。

 

「きゅ……急にそんな事言われても……」

 

 助けを求めるように見回すが、生憎と傍らに居るのはキュルケとタバサだけだ。

 

「……」

 

 そしてタバサは当然のように無言。

 代わりにキュルケが心底楽しそうな笑みを浮かべながら答える。

 

「あらルイズ、貴女の好きなようにしなさいな。 許せないならその頭を蹴っちゃっても良いじゃない」

 

 ――ビクンとギーシュの体が一瞬震える。

 

「そうだ、聞いたわよ? 貴女の蹴りでボルトがダウンしたんですって?」

 

「あ、アレは違うわよ!? あれはアイツがわたしの事を……」

 

 ――ガタガタとギーシュが小刻みに震え続ける。

 

「――ってギーシュ! そ……『そんな所』蹴ったりしないから落ち着きなさいっ!」

 

 自分が歯が立たなかったボルトですらダウンしたと聞いて、ギーシュの額から地面へ変な汗が滴る。

 1つの可能性に思い至り、その足はやや内股の状態になっていた。

 ルイズが顔を赤くしながら慌てて弁明して、それを見てキュルケはまた一層大声で笑う。 

 そんなキュルケを横目で見た後、タバサは穏やかな表情で騒ぐルイズに視線を戻した。

 

 

 

「――とにかくっ! 金輪際わたしの事を『ゼロ』と呼ばないならそれで良いわよっ!」

 

 

 

 混乱したその場を鎮めようと大声でルイズは言い放つ。

 これがギーシュには意外だったらしい。

 

「……そんな事で良いのかい? 僕は平手打ちの2つ3つは覚悟してたんだが……」

 

「あんたはわたしを何だと……」

 

 驚くギーシュを睨むルイズ。

 しかし表情を曇らせながら目を逸らす。

 

「……直接何かをされた訳じゃないし、誰から何を言われたかなんて多すぎて一々覚えてないし……あんたが態度を改めてくれたら、わたしの耳に入る『ゼロ』という言葉は確実に減る……ならそれで十分よ……」

 

「……」

 

「……」

 

 陰鬱に顔を曇らせながら呟くような小声のルイズ。

 加害者側だったギーシュは何も言えず。

 タバサは口を開く様子もない。

 だがこの場にそんな空気を好まない人物が1人。

 

「あら。 じゃあ私もルイズに1回頭を下げておけば今までの事は全部無かった事にしてもらえるのね?」

 

 この言葉を聞いた瞬間、ルイズのそのほっそりとした眉根が一気に吊り上がる。

 

「――はぁあ!? 寝言言ってんじゃないわよっ! あんたの場合はわたしに対する言動について1つ1つ地面に額を擦り付けながら謝ってもらうわよ!」

 

「嫌よ、面倒くさい。 大体そんなの覚えてないわよ」 

 

「それから! 戦争でツェルプストーに殺されたご先祖様達と、ツェルプストーに恋人を取られたご先祖様達の分もよ!」

 

「何よそれ……多少思う所もあるけど、戦争なんだし殺し殺されるのは仕様が無いでしょう? それにねぇ……昔の人の魅力不足を私に言われてもねぇ?」

 

「な……なんですってぇっ!?」

 

 大声で言い合いを始めたルイズとキュルケを冷静にギーシュは見ていた。

 以前は完全に外側から見ていた光景だが、今回は内側に1歩足を踏み出した場所に居た。

 だからこそ気付いた事がある。

 

「あれは……もしかしてキュルケは……『わざと』?」

 

 キュルケの発言は、ギーシュには沈んだルイズの怒りを煽る為に思えた。

 現に今のルイズについ先程まであった陰鬱な感情は無い。

 思わず口にして隣のタバサに目を向ける。

 自分よりもキュルケを知る人物――それと単に自分以外は気絶したままのモンモランシーしかこの場には居なかったからだ。

 

 魔法学院入学当初、ギーシュは何人もの女生徒達に声を掛け、タバサもその対象だった。

 しかし結果は返答どころか反応すら無かった。

 これはギーシュに限った話ではなく、他の男女問わず同じ物だった。

 最近になってキュルケとだけ交流していると知った。

 だから答えなんか期待してはいなかったのだが。

 

「……」

 

「……ぁ」

 

 ――ギーシュの方を向き、僅かに首を傾げる。

 

 予想外の対応に言葉が出なかったギーシュを気にも掛けず、タバサはまた未だ言い合う2人に視線を移す。

 

(『分からない』――って事かな……?)

 

 知らぬ内に加速している鼓動を胸の上から押さえつけるようにして、その吸い込まれそうな青い瞳の先を確認する。

 

(……変わったのは僕だけじゃなくて彼女()も……って所かな……)

 

 その原因であろう人物がいつの間にか口角泡を飛ばす2人の傍らに立っていた。 

 タバサがそちらへ歩き始めたので、ギーシュもモンモランシーを抱いたゴーレムを伴いながら歩く。

 

(――それとも僕が気付かなかっただけで、案外キュルケだけは前から変わっていないのかも……)

 

 

 

 

 

 ――ゴリ。

 

 

 

 突然の間近の音に2人が同時に目を向ける。

 そこにはまたも骨付き肉を食すかのように、ゴーレムの足首を持ったまま脛部分を齧るボルトが居た。

 その部分以外は影も形も見えないので、どうやら既にボルトの腹の中のようだ。

 

「……あんたね。 心臓に悪いから『ソレ』少し自重しな――」

 

「あらボルト、お疲れ様! ギーシュじゃ役者不足だったみたいね。 素敵だったわ♪」

 

「ちょっと!? 今わたしがこいつと――」

 

「……ここにその本人が居るんだけどねぇ。 まぁ僕の敗北は揺るぎない事実だし、例え何度やっても勝てる気はしないのも確かだ」

 

「ギーシュ、あんたっ!? だからわたしが先に――」

 

「そうだボルト、実はいくつか聞きたい事が有るんだが良いかい?」

 

「……あぁ構わない」

 

――ゴリボリゴリ……

――ゴクリ。

 

「……ゲフ」

 

「わたしを無視するなぁーっ!」

 

「……」

 

 何故かルイズ抜きで進む会話を、タバサはいつものように1歩離れた場所から見ていた。

 

 

 

「――それじゃあまず1つ目。 あの決闘の『勝ち方』はルイズからの指示かい?」

 

 ナイフを押し付けられた首の部分に手を当てながらギーシュが問う。

 

「……いや」

 

「……わたしはそんな事言ってないわよ……」

 

 ゴーレムを完食したボルトは言葉少なに、ルイズはまだ不機嫌そうに否定する。

 

「じゃあ次は……もしあの決闘の時――」

 

 首に当てた手はそのままに、真剣な目でボルトを見ながらやや顔を強張らせる。

 

 

 

 

 

「ルイズが僕を――『殺せ』――と命令していたらあのナイフの刃はどっちを向いていたのかな……?」

 

 

 

 

『……っ!?』

 

 3人が息を飲む。

 ギーシュの質問に対しての反応だが、同時にその意図に気付いたからだ。

 

 ――それは伝承とも言うべき古くから伝わる話。

 『忠実な使い魔』――否、『忠実()()()使い魔』の話。

 

 忠実すぎるが故に、主の何気無い言葉や頭に血が昇ったままで口にした命令を遂行してしまう。

 時に喜劇、時に悲劇として広く知られた話。

 だがボルトは『ただの使い魔』とは違い、理性も常識も持つ人間だ。

 ルイズ()が口にした言葉が本気かどうかくらいの判断は容易な筈である。

 

 しかし人間の盲信的あるいは狂信的な忠誠心が『理性と常識(そんな物)』をあっさり塗り潰してしまう事がある。

 

 命令に従い貴族と決闘しそして勝利する事ができる『使い魔』。

 主であるルイズが、嬉々として他人に危害を加えようとする人間ではないと認識はしている――つもりだ。

 ――しかし彼女はここ魔法学院に入学してから、ずっと馬鹿にされ罵倒されてきた。

 それら全部を赦せるのは聖人君子くらいだろう。 

 そうでないからこそ、僅かずつでも彼女の心の奥底で暗く濁った澱みとなる。

 もし何かの拍子にそれが零れ落ち、ボルトが拾い上げてしまったら……。

 

『……』

 

 ――これからは自分の言動にそれ程の責任が課せられるのか。

 他の3人以上に緊張した面持ちでボルトの返答を待つルイズ。

 そんな時彼女が『ソレ』に気付いたのは、僅かの差ではあるが昨日今日とで最もボルトとの関わりが長かったからだろうか。

 

(――あれ? もしかして……ちょっと怒ってる……?)

 

「……」

 

 ボルトは黙ったまま右手で『サングラス』を軽く持ち上げた後、簡潔明瞭に答えた。

 

 

 

 

 

     「――俺は『殺し屋』じゃない。 『冒険屋』だ。 『殺し』の依頼は受けない」

 

 

 

 

 

「……そうか、不躾な事を聞いてしまったようだ。 申し訳ない……」

 

 ボルトの僅かな変化にギーシュも気付いたのか、謝罪を口にする。

 この時少女達はボルトの言葉で気になった部分を反芻していた。

 

 

 

(……『殺し屋』……『殺し』……『屋』……)

 

(……『ボウケンヤ』……『ボウケン』……『屋』……)

 

(……『望見』……『冒険』……『冒険屋』……?)

 

 

 

『冒険屋!?』

 

 疑問が氷解した瞬間、少女達の声が重なる。

 

「――『冒険』――危険を承知で行う事……」

 

「……まぁ王族からの依頼なら一筋縄では行かないような物でしょうから間違いではないと思うんだけど」

 

「言葉の意味としては正しいけど、響きで何だか軽く感じるのよねぇ……」

 

「……」

 

「ははは……」

 

 3人が口々にする感想をボルトはただ黙って聞いていた。

 その歯に衣着せない言い方にギーシュの口から乾いた笑いが漏れる。

 

「……どうせなら『傭兵』って言った方が良いんじゃない? まぁ『傭兵』って言葉の印象は悪いかもしれないけど、アンタは外見でも弱くは見えないんだし」

 

(……うん、確かにそれも悪くない)

 

 ルイズの言葉を聞いてギーシュは目の前のボルトを見る。

 表情が少なくてしかも『黒いメガネ』で分かり難く、長身故に威圧感がある。

 しかも強者の風格というか雰囲気というか、ルイズの言葉通りその外見だけでも『只者ではない』と分かる。

 貴族ならともかく、同じ『傭兵』からなら侮られる事は無いだろう。

 

「……生憎と名付け親がいるんでな。 それに……『長い間』使ってるんでこれが性に合っている」

 

 『サングラス』を片手で軽く持ち上げながら、ボルトはルイズの提案を断る。

 

「えぇ~、何それ……『冒険()』ならまだしも『冒険()』なんて聞いた事ないわよ?」

 

「確かにねぇ……」

 

「……」

 

「まぁ本人が納得してそれで良いって言ってるんだから……」

 

 不満気なルイズに、同調するキュルケ。

 無言で会話を見守るタバサに、苦笑しながら宥めるギーシュ。

 

 ――4人からは見えないボルトの上げられたその手の陰。

 彼にしては珍しく、その口元は純粋な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

     『定職を決めるのが嫌なら俺がお前の仕事を決めてやる』

 

 

 

     『“冒険屋”ってのはどうだ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あぁボルト、最後の質問なんだが……あ~、その……報酬は何故『あのワルキューレ』を選んだのかな……?」

 

「……『アレ』が1番近かったからな」

 

「え? そ……それだけ?」

 

「あぁ。 それに他のは1度は地面を転がったり首が無かったり……」

 

「は、ははは……そうか、良かったぁ……あぁ気にしないでくれ、こっちの話だから」

 

 

 

(……ッチ)

 

 

 

「ん? 目が覚めたのかい、モンモランシー!?」

 

「……」

 

 

 

 ――返事が無い。

 ――気を失っているようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




――『今年中に出来れば2話、最低でも1話投稿したいなぁと』
前話後書きでそんな事言っておいてこの体たらく……
最早確定事項となりつつある『月1詐欺』です……。
月どころか年まで跨ぎ、年中行事を4つか5つ程すっ飛ばしての投稿でした。

そして相変わらず話が進まない……。
こんな鈍足進行な作品をご覧いただき、ありがとうございます。
なのに次回も殆ど話が進まない幕間的な話の予定です……。
もしまだ覚えていてくださっていたら、次話もよろしくお願いします。

気が向いたらで構いませんので、ご意見・ご感想を頂ければ幸いです。



※誤字修正
『被害者側』だったギーシュ→『加害者側』
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。