ゼロの少女と食べる男   作:零牙

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……どうも、お久し振りです。
気付けば最後の投稿から1年半も経過してしまっていました。

「あぁ、そういえばこんな小説もあったなぁ」
と懐かしく思っていただいて読んでもらえたら……


BREAK 賭博破戒録

 

 

 

「――ねぇタバサ」

 

「――なにキュルケ」

 

 

 

 ――見知った2人の少女がこちらに背を向けて話している。

 

 

 

「噂なんだけど、最近オーク鬼の討伐で新しい方法が密かに行われているらしいの」

 

「どんな?」

 

「要はオーク鬼の群れを前もって用意した落とし穴に落として一網打尽――ってやり方なんだけど……」

 

「……」

 

「……この方法には『囮役』がいるの」

 

「……!」

 

「オーク鬼を巣穴から誘い出して、逃げながら落とし穴がある地帯に誘い込むって方法」

 

「成る程」

 

「――そしてこの『囮役』……『落とし穴の位置は知らされてない』の」

 

「……っ!?」

 

「一定の距離を逃げれば任務完了、報酬の他に討伐数に応じた追加報酬、そして賞金が出る事もあるみたい」

 

「賞金?」

 

「……実はこの討伐、裏で結構な数の貴族達が囮を賭けの対象にしてるらしくてそこからいくらか流れてくるらしいのよ」

 

「……」

 

「落とし穴の深さは浅かったり深かったり、底は槍衾だったり油だったり、単なる穴もあるらしくて仮に自分が落ちても必ず死んでしまうとは限らないという話なんだけど」

 

「……どうだか」

 

「例え平民でも一攫千金が可能、通称――『勇者達の道(ブレイブメンロード)』」

 

「へー」

 

 

 

 ――そして2人が肩越しに振り返る。

 

 

 

「……ところでタバサ。 彼から配当金は受け取ったの?」

 

「まだ。 貸しにしてる」

 

「そうなんだ。 ……ねぇ、『勝負の借りは一日限り』って言葉知ってる?」

 

「返せない場合……」

 

 

 

 

 

 ――とある深い森の中、10人程の男達が居た。

 少年から壮年と年齢は様々。

 共通項と言えば腹側背中側両方に大きく数字の書かれた簡易な上着。

 そして緊張感と悲愴感溢れる表情。

 皆一様に固唾を飲んで、少し離れた大きな洞穴を凝視している。

 そしてその穴から、黒の覆面・黒の法衣の男が飛び出してくる。

 

 

 

『――ぷぎぃイイイイイイイイイイー!』

 

 

 

 直後、洞穴から甲高い耳障りな鳴き声。 

 その場の全員の顔が強張る。

 飛び出してきた男が何をしたかは問題ではない。

 しかしその結果は嫌でも理解できる。

 

 その時男達の前に張られていたロープが緩み地面に落ちる。

 それを合図に男達は我先に走り出した。

 

 

 

 ――その後を怒り狂ったオーク鬼達が追い掛けていく。 

 

 

 

 『本屋』は走る。

 一心不乱に足を動かす。

 耳に届くのは絶え絶えな自分の荒い呼吸と地面を踏み締める足音。

 

 ――そして悲鳴と断末魔。

 

 背後からはオーク鬼に追いつかれたのであろう壮年。

 先行していたが突如仕込まれていた落し穴へ飲み込まれた中年。

 すぐ近くを走っていて不運にもオーク鬼が投げた岩に潰された青年。

 

 ……いつの間にか走っているのは彼だけになっていた。

 

 

 

 

 

 やがて大勢の黒衣の男達が集まった広場に文字通り転がり込む。

 立ち上がる体力も気力も無く、仰向けのまま夢中で酸素を貪る。

 

「Congratulation!」

「Congratulation!」

 

 周囲の黒尽くめの男達が抑揚の無い声で、拍手と共に賞賛する。

 その男達の背後からしわがれた笑い声と共に、身なりの良い老人がゆっくりと姿を現す。

 

「実に見事な走りだった! 観客達にも盛況であったぞ?」

 

 そして『本屋』の健闘を称える拍手をしていた両手を、彼に向けてゆっくりと伸ばす。

 

「――さぁここがゴールだ。 わしの手を取り、その手に栄誉と金を掴め!」

 

 疲労の中に安堵と喜びの表情を含ませ、『本屋』はゆっくりと立ち上がり覚束ない足取りで老人へと歩み寄る。

 

 

 

 ――『本屋()』は鋭い観察眼を持ち、同年代の生徒達と比べても頭の切れる人物である。

 そうでなければ賭けの胴元を個人で数多くこなせる訳がない。

 

 ……しかしこの時彼は肉体的・精神的共に疲弊の極みに在った。

 だからこそ気付かなかったのだろう。

 

 

 

 

 

 ――その老人の眼がどす黒く濁り、何かを期待する暗い笑みを滲ませていたのを。

 ――『ここがゴール』、その言葉の真意を。 

 

 

 

 

 

 老人の手を取るまであと数サント。

 その時突如『本屋』の体は浮遊感に包まれ、視界は光を失う。

 

「ククク……カカカカカカカカ……!」

 

 ――老人の立ち位置がゴールであり、自分はその直前に配置してあった落とし穴に落ちたのだ。

 

 聞こえる筈のない老人の耳障りな笑い声を聞きながら『本屋』は理解する事が出来た。

 本来であれば考える事すら不可能な、深く暗い穴の底へ叩きつけられるまでの刹那の合間に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   BREAK 賭博破戒録

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ぅわぁあああああああぁあああぁあああぁ~っ!?」

 

 朝陽が差し込むとある少年の部屋から絶叫が響いた。

 文字通り飛び起きた彼は荒い呼吸と共に周囲を見回す。

 

「……夢……だった……?」

 

 少年――『本屋』は額から流れる汗を拭いながら大きな安堵の溜め息。

 寝汗で湿ったベッドから抜け出し、部屋の外に置かれた木桶と水差しを運ぶ。

 

「眠れなかったからとはいえ、読んでた本がまずかったか……」

 

 冷たい水で濡らしたタオルで顔や体を拭きながら呟く。

 彼が読んでいたのはギャンブルを題材にした珍しい小説。

 しかしサイコロやカードといったありふれたギャンブルを取り扱った話ではない。

 

 ――例えば『構造上一見どの方向から見ても正常で、しかし強い目しかないイカサマサイコロ』。

 そのイカサマを逆手に取る為に積み上げられた論理。

 

 ――例えば『通常5枚のカードで作る役の勝負であるサンクをたった1枚のカードで競うワンサンク』。

 その手持ちのカードの情報の一部を敢えて晒す事での心理戦。

 

 夢に登場した『勇者達の道(ブレイブメンロード)』もこの小説からだ。

 ゴール直前の落とし穴も小説と同じ。

 ――ただし小説では、『一度掘り返したような、あからさまに地面の色が違う部分』()()()()()()()だったが。

 

 万人受けはしてはいないが、根強いファンを持つ作品でもある。

 余談だが、詳細は不明だが『Silver & Gold』と同じ作者らしい。

 

 着替えながら確認すると朝食の時間はとっくに過ぎ、急がなければ授業開始にも遅れそうな時間だった。

 『本屋』は深い溜め息と共に、重い足取りで教室へ向かう。

 

 

 

 

 

「……やっぱり『ゼロ』じゃないか」

 

 目の前の惨状に思わず呟く。

 授業が行われていた教室は、ルイズの魔法の失敗で起った爆発で騒然となっている。

 魔法学院に入学してから既に見慣れてしまった光景。

 

 ――しかし今日は、彼女が居た席の隣には見慣れない男の姿が存在していた。

 

「なんで昨日だけ成功したんだよ……」

 

 溜め息と共に零れたぼやきを耳にする者は居なかった。

 

 

 

 

 授業が続行不可能となり、部屋へと戻った『本屋』はベッドに体を投げ出した。

 部屋へと戻る途中で目にした青い髪の少女の後ろ姿。

 背後に位置する自分は見えないだろうに、思わず物陰に隠れてしまった。

 実は今彼女とは顔を合わせ辛い。

 

「……支払いどうしよう……」

 

 理由は単純、賭けの配当金の全額をまだ支払っていないからだ。

 胴元として得た過去類を見ない金額。

 しかし半分近くはその場で賭けの勝者であるキュルケに渡す事となった。

 

 ――そしてもう1人の勝者。

 『タバサ』と名乗る少女には、残った金額と今までに溜め込んでいた手持ち分全て吐き出す事になったとしてもまだ足りなかった。

 寮生活なので日常生活で支払う必要が無いとはいえ、彼のように年頃の少年が街に行っても何も買えないとは苦行に近い。

 そこで残額をそのまま渡し、不足分は暫く待ってくれるように必死に懇願した。

 

「貸し」

 

 ただ一言そう口にし、意外にもあっさりと了承したタバサはキュルケと去っていった。

 この時2人の間でその期限の約束は交されなかった。

 

 ――『本屋』にとってそれは正に僥倖……!

 何故ならこの時の懇願は単なるその場凌ぎ……!

 金策の当ても算段も、そんな物は皆無……!

 

 だがそのお陰で今彼の手元には纏まった金が有る。

 これを元手に増やす事も可能だ。

 ……だがどうやって?

 

 ――『ギャンブル』。

 

 真っ先に脳裏に浮かんだ方法を、頭を振って破棄する。

 ギャンブルの負けをギャンブルで取り戻そうとして、更なる泥沼に沈む人間を何人も見てきた。

 だが他に今の手元以上の金を手にする方法は思いつかない。

 実家からの仕送りが無いでは無いが、それを毎回全額返済に充てたとしても学院卒業までに完済など不可能。

 

 

 

 ――ふと気付けば昼食の時間が迫っていた。

 結局名案も解決策も浮かばず、溜め息の後に重い足取りで食堂へと向かった。

 意図的に移動速度を落としていた為、食堂に着いた時には既に昼食は始まっていた。

 しかし『本屋』は特に気にもせずテーブルの隅の席に座り昼食を取り始める。

 空腹だった所為もあり黙々と食べていたがやがて周囲が騒がしい事に気付く。

 全生徒達が一緒になって食事をしているのだ、それが静かな筈がない。

 

 ――だが今日の騒ぎは明らかにいつもの騒々しさとは違った。

 

 一斉に起る歓声・拍手・笑い。

 その合間は彼の耳には届かないが誰かが話をしているようだ。

 つまりこの食堂に居るほとんどの人間が、何人かの間で交されている会話に注目しているという事。

 

(――へぇ、珍しい事もあるもんだ……)

 

 そんな事をぼんやりと考えながら食事を続ける。

 すると食堂中に響く大歓声の後、生徒達が一斉に移動を始める。

 殆どの生徒が出口へ向かう中、何人かの生徒が彼の方に駆け寄ってきた。

 

「なんだ『本屋』、こんな端っこでメシ食ってたのか!」

 

 その中の1人が興奮状態で話し掛けてくる。

 『本屋』も良く知った男子生徒だ。

 それはつまり『常連客』であり、『カモ』でもある。

 

「知らないのかい? ギーシュが決闘なんか始めやがったんだ、早く仕切ってくれよ!」

 

「何だって!?」

 

 ――『ゴーレムを使っての戦い』。

 ――『軍人の家系』。

 ――『結果的には一人対多数』。

 ――『陣形、指揮次第では或いは上級生相手にも……?』。

 

 一瞬で脳裏にギーシュに関する情報が浮かぶ。

 

「――それで相手は?」

 

「くくく……これが傑作で平民なんだよ、あの『ゼロ』の使い魔さ!」

 

 先程とは打って変わって生き生きとした表情の『本屋』だったが、返ってきた答えにそれが瞬時に凍り付く。

 

「……すまん、やっぱり今回は辞めておく」

 

「えぇ~!? 何でだよ『本屋』、皆待ってるんだぜ!?」

 

 一度は浮きかけた腰が、落ちるように元の椅子に収まる。

 そんな『本屋』の態度に周囲の生徒達は不満を露わにするが、額にびっしりと汗を滲ませる『本屋』のただならぬ様子に渋々口を閉ざす。

 

「……おい、どうする?」

「せっかく前回分を取り返すチャンスなのに……」

「広場見たけど、集まってるのは2年だけじゃないみたいだぜ?」

「決闘も賭けも盛り上がる事間違い無しなんだがなぁ……」

 

 困惑顔の生徒達の中、真剣な表情で何かを考えていた『常連客』の少年が『本屋』に詰め寄る。 

 

「――じゃあさ。 お前がやらないなら、今回は俺が胴元やっても良いか?」

 

「……好きにしろよ」

 

「やったぜ! おい『本屋』、後から胴元やり始めるのは無しだからな!」

 

 実は彼は常日頃から「胴元をやってみたい」と口にしていた。

 別に『本屋』に許可を取る必要は無いのだが、『本屋』が胴元をやれば皆そっちに集まるだろう。

 踵を返して広場へ向かおうとする少年に、周囲の生徒達は心配そうに声をかける。

 

「おいおい……今から色々考える暇があるのか?」

「ギーシュはとっくに食堂出てったぜ」

「間に合うの?」

 

 それを聞いても少年は嬉しそうに笑いながら答える。

 

「――実はギーシュの奴、広場には行ってないんだ」

 

 ――『あれだけ自信満々に決闘を宣言しておいて?』。

 

 生徒達は同じ事を疑問に思う。

 

「広場じゃなくて寮の方へ歩いて行ったから、ワインを拭き取りにでも行ったんじゃないか? 最低でもシャツくらいは着替えて来ると思うぜ?」

 

 そんな答えに皆笑いながら、少年と共に足早に食堂を去って言った。

 

 

 

「……」

 

 

 

 ――そして長大なテーブルにポツンと残された『本屋』は、残った僅かな料理を口に運んだ。

 

 

 

 

 

 特に興味がある訳ではなかった。

 しかし昼食を終えても何かをする気になれず、賑やかなヴェストリの広場の方へ何となく足が向かってしまう。

 その途中で髪の色から性格まで、色々と対照的な2人の少女が視界に映る。

 思わず足を止め、踵を返そうとしたその時。

 

「カァ―!」

 

 甲高い鳴き声が頭上から響く。

 そして羽ばたきの音の後に右肩に軽い重みを感じる。

 そこには昨日自分が召喚し契約した黒い鴉(使い魔)がいた。

 

(……そう言えばまだ名前も決めてなかったな)

 

 そんな事をぼんやりと考えていると、肩の使い魔が短く一声発する。

 

「クァ!」

 

 その黒い嘴で2人の少女の背中を指しながら。

 ――まるで『行け』と言うかのように。

 

 正直気が進まなかったが、今から寮の自室に戻った所で何もやる事が無い。

 遅々として進まない歩みだったが、そんなに遠く離れていた訳でもないのであっさりと2人の元に辿り着く。

 そこで2人が台の上に置かれた1枚の紙を覗き込んでいる事に気付く。

 

 様々な条件が記されていてそれぞれに数字が割り振られている。

 それは『本屋』自身もよく知る物――賭けのオッズ表だ。

 関係無いとは思いつつも好奇心には勝てずつい覗き込んでしまう。

 

「あら、『本屋』じゃない。 今回の胴元は珍しくあなたじゃないのね」

 

「……」

 

「や、やぁキュルケにタバサ。 今回はちょっと思う所があったというか先立つ物が無かったというか……」

 

 やや言葉を濁しながらさり気無くタバサの様子を窺う。

 彼女には前回のルイズの使い魔召喚時の配当金をまだ支払っていない。

 それにも関わらず自分は賭けの胴元の前に居る。

 自分だったら蔑んだ目で見るか、胸倉を掴んで怒鳴りつけているだろう。

 

 ――だというのに、何故彼女達はいつもと変わらない表情なのだろう?

 キュルケに至っては期待に満ちた視線すらこちらに向けている。

 

 予想に反した奇妙な雰囲気に耐え切れなくなってしまい、とりあえず手元にあったオッズ表に目を向ける。

 

(――へぇ、意外に良くできてるなぁ)

 

 『自分ならこう作るだろう』という項目が粗方用意されている。

 『常連』と認識されている少年だ、少なからず『本屋』の作り方を参考にはしているだろう。

   

(俺だったら、ギーシュが『ゴーレム』を錬金できるんだからその数を……)

 

 そこまで考えて、慌てて首を振り思考を無理矢理切る。

 

(いやいや、今の僕にはそんな事をやっている余裕は――)

 

 自分を戒めながら再びオッズ表に目を落とすと、妙にシンプルな項目が視界に映る。

 『本屋』はその部分を確認して顔を引きつらせる。

 内容は簡潔にただ一言。

 

 

 

 

 

 ――『平民の勝ち』。

 

 

 

 

 

 だが『本屋』の表情の直接の原因はそれではない。

 その項目には単純な印が2つ記入してあった。

 

 ――それはつまり『賭けた人物が2人存在する』事を意味する。

 

 ゆっくりと横目で自分の横に居た『2人』の少女を様子を確認する。

 

 キュルケは明るく弾んだ口調で。

 タバサは一見変わらずしかし積極的に。

 

 『平民の使い魔』がどのくらい強いのかを談義している。

 

 

 

(――ありえない)

 

 

 

 これが彼の答えでありこの世の常識である。

 もしこれが『深夜に闇に紛れて寝首を掻く』というのであれば、まだ微かな可能性もあるだろう。

 だが昼日中正面きっての決闘となるとそんな万に一つの可能性も消滅する。

 

 ギーシュの魔法の腕前は知っている。    

 『錬金』に限って言えば『ドット』クラスを越えているかもしれない。

 もし決闘で使い魔が不意打ち気味に距離を詰めても、間違いなくギーシュがゴーレムを『錬金』する方が速いだろう。

 そうなれば、『死なない』・『退かない』・『怯まない』のゴーレムが遥かに有利だ。

 例え使い魔が多少強かろうが、1体倒された所で次を『錬金』すれば良いだけの事。

 複数を『錬金』されればそれで『詰み(チェックメイト)』だ。

 

(――不合理極まりない)

 

 そんな事は『貴族』である彼女達も理解している筈だ。

 

 

 

 

 ――では何故。

 

 ――彼女達はあんなにも『楽しそう』なのか……?

 

 

 

 

 

 ――『不合理こそ博打…それが博打の本質』――

 

 ――『博打の快感』――

 

 ふと『本屋』は好きな小説の一説が浮かんだ。

 この言葉はこう続く。

 

 

 

 ――『不合理に身をゆだねてこそギャンブル…』――

 

 

 

(……昔は俺もギャンブルが『楽しかった』)

 

(勝って金が手に入るからだけじゃない、例えどんなに不利で可能性が低くても自分がこうなると信じた事が実現する所を想像する事も『楽しかった』)

 

(……いつからだ?)

 

(……いつから『楽しむ為のギャンブル』が『金の為のギャンブル』に変わってしまったんだ?)   

 

 

 

 深い思考から抜け出した『本屋』は、昨夜遅くまで読んでいた小説を思い出す。

 『悪辣非道な貴族に挑む平民』の構図は同じ『貴族』としてはやや複雑だが、読んでいて気分が悪くなる程の『悪』ならば話は別だ。

 最後のどんでん返しはいつも愉快痛快だ。

 

 ――そして何より。 

 

 『本屋』は完全にとは言えないが、ギャンブルには『波』・『流れ』が多少は存在すると信じている。

 そして現在、彼の側には彼の胴元人生で最大の大穴を当てた人物達が存在する。

 今なら勝ち馬に乗る事も可能ではないだろうか?

 

 ポケットに入れていた、随分と軽くなってしまった財布を握り締める。

 しかし踏ん切りがつかず逡巡していると、今まで肩で大人しくしていた使い魔がベット表の上に飛び降りる。

 そして一点を嘴で指し示した後に鳴く。

 

「クァ!」

 

 先程と同じように短く力強く。

 間違い無く同じ意味だろう。

 それを使い魔からの真っ直ぐな視線から感じ取った『本屋』は、強張っていた表情を崩す。

 そして口元に笑みを浮かべながらベット表に財布を叩きつけた。

 胴元の少年は呆れながら、2人の少女は軽い驚きの表情でその瞬間を見届けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして前代未聞・空前絶後の『奇跡』が起こる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これを渡しとく。 遅くなって悪いな」

 

「?」

 

 『決闘』が終わった後、タバサは『本屋』から紙片を差し出される。

 同じ物を持っているタバサはそれが何か知っている。

 これを胴元に渡せば配当金を受け取る事が出来る。

 

「……これ、多い」

 

 受け取っていない配当金と『本屋』の配当金の差額を冷静に計算して指摘する。

 

「ハハハ……良いよ。 利子とか延滞金とかそんな感じだ、貰っといてくれ」

 

「ん、分かった」

 

 苦笑する『本屋』から結局タバサは受け取る事にした。

 

「――おい、何カッコつけてんだこの野郎」

 

「ぐふぅっ!?」

 

 突然『本屋』の体に衝撃が加わる。

 胴元の少年が『本屋』の首に勢い良く腕を掛けたからだ。

 

「そっちはそれで綺麗に手打ちかもしれんが、こっちはお前のお陰で大赤字だってんだよ!」

 

「おぅ、お陰で助かったぜ」

 

 決闘が始まるまでの短時間ではあったが、2年生だけでなく他の学年の生徒達も賭けに参加した為人数は『使い魔召喚』時よりも大規模になっていた。

 勝敗は大番狂わせ、賭けに勝ったのはたったの『3人』。

 胴元がほぼ総取りに近い結果だったのだが……胴元の少年は『本屋』と同じ間違いを犯していた。

 

 ――つまり『大穴枠の倍率』。

 

 『来る筈も無い大穴の設定に時間を割く余裕は無い』と、適当な数字を入れていたのだ。

 『勝ち』に賭けた回収分が予想以上だった事、『負け』の賭け金が常識的かつ良心的だった事。

 これらが重なって、胴元は回収分と今までの勝ち分や小遣いやらでの貯金全てを吐き出していた。

 

「――大体お前が最後に『平民』に賭けなきゃ勝ちだったんだよ!」

 

「俺みたいに借金背負わなくて良かったじゃないか」

 

「正真正銘の素寒貧だよっ!」

 

 胸倉を捕まれ揺さ振られながら、抜けるような空を見上げる。

 

(――楽しかった)

 

 久々に胴元ではなかった所為か、決闘を――ギャンブルを楽しむ事が出来た。

 いつだったかは覚えていないが、昔と同じように。

 

(しばらくは胴元休業だな……)

 

 ギャンブルを楽しむ為だけなら、ポケットの軽い財布の中身を小出しにしていくくらいで十分だろう。

 

 

 

「――まぁアレだ」

 

 尚も恨み言をぶつける相手の肩に手を置く。

 何か反論が有るのかと手と口の動きが止まったのを確認して、イイ笑顔を向ける。

 

 

 

「地道にいこう………………!」

 

 

 

「お前がそれを言うのかよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、いい加減お前の名前を決めないとな」

 

 夜になり『本屋』は改めて自分の使い魔と向き合う。

 白い訳でもなく角が有る訳ではなく3本足という訳でもない、よく見かける至って普通の鴉だ。

 

(まぁこれが当り前だ、幻獣やらは珍しくて人間なんがか規格外なんだ)

 

 肝心の名前だが『本屋』は今回のギャンブルを通してもう既に決めていた。

 

「今回のギャンブルは、最初から最後までお前の後押しがあったからこそだったからな」

 

 自信有り気な『本屋』の様子に鴉が小首を傾げる。

 

(あの小説の主人公の名前にしよう!)

 

 

 

 ――極限の状況下で、並外れた度胸と博才と洞察力を発揮し。

 

 ――論理的思考と天才的発想を用いて、強大な相手と渡り合う。

 

 ――それでいて追い詰められた人を見捨てられず、己の利を蹴ってでも救おうとする。

 

 ――良く言えば優しい、悪く言えば甘い男。

 

 

 

「――お前の名前は『カイジ』だっ!」

 

 

 

 

 

『えぇぇ~……』

 

 

 

 

 

「……」

 

 初めて聞こえた使い魔の『声』は、まさかの否定と落胆を込めた物だった。

 

『――だって平常時はソイツどう考えたってクズじゃん』

 

「……それはそうなんだが――って何でお前がそれを知ってるんだよ」

 

『どうせならアカい方が――』

 

「それもどうかと思うぞ? だったら外見に合わせたクロい方が――」

 

『全力で拒絶する!』

 

 

 

   ――しばしのざわざわした討論の末、『テン』という双方納得の名前に決まった事をここに付け加えておこう。

 

 

 

 

 

 




前回の投稿後の年明けから、2度職場環境が変化しまして……
忙しくて文章作成のモチベーションが上がりませんでした。
しかも今回はまた番外編。

(そろそろ1年経過してしまうんじゃぁ……)
何て思っていたらとっくの昔に過ぎてしまっていたのは驚きでした。
その間、一応作りたい内容や展開は考えてはいました。

……作ってみたい別作品的な短編やら中編やらのアイデアも出来てしまったんですがどうしましょう。

これからもまだ投稿は続けるつもりですので、気長にお待ち下さい。
……『年一投稿』にならないようにはしたいです。

気が向いたらで構いませんので、ご意見・ご感想を頂ければ幸いです。

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