ゼロの少女と食べる男 作:零牙
それが見えたのは偶然だった。
コルベールに連れられ応接室へ向かうその途中。
窓から見えた外の風景。
『アレ』を見た瞬間怒りで頭に血が上ってしまった。
お陰でつい馬鹿な事を口走ってしまう。
――これから人生の行く末を左右する話し合いだというのに。
だがコルベールは許可してくれた。
ならば急いで終わらそう。
そう思いながらルイズは階段を駆け下りていく。
「あの馬鹿をせめて1発ブン殴ってやる!」
さっき見えた『アレ』――つい先程『いつか闇討ち・爆殺リスト』に追加した男子生徒の顔を思い出しながら。
BREAK 賭博黙示録
その少年は『本屋』と呼ばれていた。
本が大好きで、常日頃から図書館に通い、片時も本を手放さない内気な少年。
――という理由ではなく。
明るい性格のお調子者で、事有るごとに周囲の人間に賭けを持ち掛け、その胴元を買って出る。
つまり
そんな彼が学院の中庭の片隅に独りでいた。
今はコルベールに告げられたように、使い魔との交流の時間。
だが彼は先程召喚した使い魔そっちのけで――
歌う、笑う、にやける。
走る、歩く、跳ねる。
回る、踊る、転がる。
――狂喜乱舞していた。
彼は今日の使い魔召喚に向けて一月前から準備を進めてきた。
高位の幻獣や強い生物を召喚する為に……ではなく。
大きな『場』を用意する為に。
標的はあの『ゼロのルイズ』。
学院で知らない者などいないという知名度。
だからこそ何かあればすぐに周囲に広がる話題性。
そんな『成功の可能性ゼロ』な彼女が何を召喚するのかという関心度。
間違い無く多額の賭け金が動く大きな大きな『場』になるだろう。
だが全員が『失敗』に賭ければ胴元としては大損だ。
ならば『失敗』の状況と賭け率を細かく分けて、配当金に差を付ける。
その為に他の生徒達にそれと無く話を振って、どうなるかの予想を聞く。
定番の『回数』の他に、『気絶』だの『コルベール・ストップ』だの予想が多かった状況を用意する。
そうして賭け率の微調整が終わったのが1週間前。
参加者を募ってみると希望が殺到、対応に追われた。
1口5エキューという決して安くはない設定にも関わらず、複数口賭ける者もいた。
そうして『本屋』主催の『場』で過去最高の盛り上がりと過去最高額の賭け金が動いた今回。
――結果は『成功』。
――大穴も大穴である。
今彼の手元には貴族の息子の小遣いにしても多すぎる金額があるのだ。
奇行の十や二十は仕方ないだろう。
そうして『本屋』は突然懐に転がり込んできた大金の使い道を考えていた。
「そうだ、キュルケに何かプレゼントしよう!」
彼もまた、美貌と抜群のプロポーションを持つゲルマニアからの留学生キュルケに憧れている男子生徒の一人だった。
恋多き彼女の周囲には恋人のような男子生徒が何人もいる。
そんな奴らに差を付け、一歩でも二歩でもキュルケに近付く為には奮発しなければ。
――キュルケともう1人――
無意識に頭に言葉が浮かんだが、興奮した彼は気付かなかった。
「――そうだ、今度の虚無の曜日に食事に誘うのはどうだろう? 街で一緒にプレゼントを選ぶというのも……」
ああでもないこうでもないとぶつぶつ呟きながら計画を立てる彼の背中に声が掛かる。
「ねぇ、ちょっといいかしら?」
まさかと思って振り向くと、そこには一瞬前まで想っていた対象である少女がいた。
「や、やぁキュルケ、僕に何か用かな?」
動悸を抑えられず、声が上擦りながらも平静を装う。
そんな『本屋』を流し目で見ながらポケットから1枚の紙片を取り出し、彼に差し出す。
ただそれだけの動きが艶かしい。
「これをあなたに渡そうと思って……」
(まっ、まさかあれは恋文!? 来た! 僕にも遂に春が来たっ!!)
震える手でゆっくりとキュルケから紙片を受け取る。
そこにはただ一言簡潔に書かれていた。
『成功 20倍 5口』
「…………………………ぇ?」
間違い無く自分の筆跡で書かれた言葉だ。
途端に頭から冷水を叩きつけられた様に感じた。
先程とは違う意味で動悸がさらに早まり、手も震えだす。
脳裏で、積まれたエキュー金貨の山の半分強が崩れていく。
そして春と夏を通り越して秋が来たかのように、木の葉が舞い落ちる。
「……は……ははは、す、凄いじゃないかキュルケ。 見事に大穴的中だ……」
なんとか取り乱さずに答えられたと本人は思っている。
そして深呼吸で何とか落ち着きを取り戻す。
まだ懐には山の半分近くが残っている。
それだけあれば当初の目的にはまだ余りあるだろう。
「ど、どうかな? 今度の虚無の曜日に僕達の勝利を祝って一緒に街で食事でも……」
若干顔が引き攣りつつも笑顔でキュルケを誘う。
「あら、素敵な話ねぇ」
そう言って魅力的な笑顔の後、考えるキュルケ。
その視線が『本屋』の背後に向けられる。
「あらタバサじゃない。 どうしたの?」
ざわ‥
気付くと鳥肌が立っていた。
そしてゆっくりと振り返ると1人の少女がこちらに歩いて来る。
小柄な体にその身長よりも大きな杖。
青い髪に青い瞳。
今年ウィンドドラゴンを召喚した女子生徒で名が確か『タバサ』。
無口で無表情、それこそ『本屋』と呼ばれてもおかしくない程いつも本を読んでいる。
そんな少女が2人の前に立つ。
ざわ‥
ざわ‥
今ここには3人しかいない。
――筈なのに何故かざわめきのような音が聞こえる。
――キュルケともう1人――
そうだ、もう1人だ。
あと1人――『成功』に賭けた奴がいなかったか?
「これ」
言葉少なに二つ折りの見慣れた紙片が差し出される。
ざわ‥
ざわ‥
ざわ‥
これは全身を巡る血の音か?
もちろんそんな音聞こえる筈はない、ただの幻聴だ。
ふと気付けば受け取ろうと伸ばした右手が妙に深爪していた。
いつの間にか長く尖っていた、自分の鼻と顎が視界に映る。
目を閉じ2、3度軽く頭を振ると、そんな幻覚も消えて右手も鼻も顎もいつも通りだ。
先程と違う意味で震える手で紙片を受け取り、両手でゆっくりと開く。
『3回以内に成功 50倍』
がくがくと膝が震える。
疑う余地も無く、自分の文字だ。
しかもまだ続きがある。
額に脂汗を滲ませながらもはや痙攣していると言っても過言ではない、文字に重なる右手をどかす。
『3回以内に成功 50倍 10口』
ぐにゃぁ~~~っ。
そんな音を立てながら視界が歪む。
「あら、タバサ凄いじゃない!」
そんなキュルケの声を聞きながら『本屋』は膝から崩れ落ちた。
脳裏には、冬の雪山で凍りついた自分と残っていたエキュー金貨の山が奈落へ落ちていく絵が浮かぶ。
そしてそこで意識が途切れた。
そこへオグル鬼の様な形相でルイズが走ってきた。
今の彼女なら、コボルトも回れ右の後全力疾走するだろう。
「あら、ヴァリエールじゃない。 どうしたの酷い顔して」
そんなルイズを笑いながら声を掛けるキュルケ。
「……げ。 何でここにツェルプストーがいるのよ」
嫌そうな表情で答えたルイズはキュルケの側にもう1人居る事に気付く。
「えぇっと……タバサ……だっけ?」
キュルケと一緒の所を何度か見掛けただけで面識はあまり無い。
小柄の自分よりさらに小柄な少女が無言で頷く。
他にも色々キュルケに言いたい事は有ったが今の自分には時間が無い。
「ねぇあなた達、この辺で私で賭けをやらかしていた男子生徒が居なかった?」
キュルケはタバサと目を合わせた後自分の背後を指差す。
「彼の事?」
そこには真っ白に燃え尽きた感で座り込み、目も虚ろな男子生徒。
――あの口から漂っている白い靄みたいなのは放っておいても大丈夫なのだろうか。
肩には彼の使い魔だろう鴉が止まり、ルイズ達に向かって甲高く一声鳴く。
傍から見るとホラー小説によくある死体を啄ばもうとする鴉だ。
窓から見えた時は踊っていたのに、あまりの変わり様に拍子抜けしてしまう。
こんな状態の彼を殴る気も起きなかった。
「ねぇヴァリエール、今度街に行く時は私にも声を掛けなさいよ。 美味しいクックベリーパイを奢るわよ」
仇敵とも言える彼女が自分の大好物を奢ると言う。
……毒でも盛るつもりだろうか。
「……ツェルプストーからのお誘いなんて、今日は槍でも降るのかしら」
訝しげな顔で棘の有る言葉のルイズに、キュルケは笑いながら返す。
「そうかもしれないわね、あなたが魔法を成功させる日ですもの」
「……くっ……」
いつもならこちらからも言い返すのだが、今は余裕が無い。
急いで応接室へ向わなければ。
「所で『コントラクト・サーヴァント』は成功したの?」
「うるさいわね、これからよ!」
もう何を言われても無視して走ろうと踵を返す。
「
突然普通に名を呼ばれ、思わず振り返る。
「召喚おめでとう」
――それは今まで見た事が無い柔らかな微笑みだった。
自分をからかう笑いではなく、男子に媚を売るような笑顔でもなく。
ごく普通の少女としての、自然な微笑みだった。
思わず言葉に詰まり、無言で再び背を向ける。
そのまま深呼吸を1回。
「…………ありがとう…………」
小声で呟き、一気に走り出す。
微笑んだままキュルケはその背中を見送った。
「素直じゃない」
そんな2人の行動を無言で見守っていたタバサが呟く。
「ところでタバサ、あなたはどうして『成功』に賭けたの?」
気恥ずかしさからか、キュルケがやや強引に話を変える。
キュルケは『成功』すればそれはそれで良し。
『失敗で延期』とかになっても「あなたを信じて賭けたのに」と後でからかうつもりだった。
しかしルイズとあまり面識の無いタバサが『成功』に賭けた理由が分からない。
「いくら何でも『サモン・サーヴァント』くらいは成功すると思った」
「じゃあどうして『1回で成功』にしなかったの? 『100倍』だったのに」
キュルケの言う通り、どうせ賭ける奴もいないだろうと『本屋』は『成功』部分は適当に設定していた。
『成功 20倍』『3回以内で成功 50倍』『1回で成功 100倍』のたった3つである。
そして実際2人以外に賭ける生徒は存在しなかった。
「……さすがに1回で召喚は無理だろうと思った」
「あっはははは!」
事も無げにそういい切ったタバサの肩を叩きながらキュルケは大笑い。
「痛い」
「あなたも結構言うわね! そうだ、あなたのウィンドドラゴンもっとよく見せてよ!」
連れ立って去って行く少女達の背中に向って、鴉がまた甲高い声で鳴いた。
『彼は出会った者の
財産・未来・良心を喰いちらかす
この世でもっとも性悪な魔物……
――ギャンブル――』 Silver & Gold 第4章38節『地獄に堕ちた勇者』より
ざわ‥ ざわ‥
福本先生の作品が好きです。
『アカギ』に『カイジ』、大好きです。
『
億越えポーカーとか兆越え麻雀とか熱いです。
今回引用した言葉は、福本先生の作品の中で個人的に1番好きな言葉ですね。
「倍プッシュだ……!」とか「死ねば助かるのに………」も好きなんですが、これがギャンブルの真理かなと。
……そう思っているんですが、今度出る新作の「モンハン」とか「サムスピ」とか気になるんですよね……
先週はお気に入り数が倍になったり、アクセスが2000越えたりして驚きました。
どうもありがとうございます! ……バグじゃないですよね?
気が向いたらで構いませんので、ご意見・ご感想を頂ければ幸いです。