神出鬼没の鬼 作:御似射賛
ここはどこだろうか。一番古い記憶はそんな疑問だった。
気づけば見知らぬ漁村に居り、戸惑うことしか出来なかった。だが、その戸惑いもすぐに消えることとなった。腹が減ったのだ。
凄く、凄く、凄く。酷い空腹。痛いほどの飢餓感が私を絶え間なく襲う。何かを食べねばこのまま死んでしまうと思うほどだ。
人。人が喰いたい。
そう思うとダラダラと口から漏れる唾液が滝になって地面を濡らす。既に限界が近い。だが、食べ物が全くないのだ。それも仕方ない。今は夜。漁村の朝は早いので既に寝静まっている頃合だろう。
ふと、美味そうな匂いが鼻に届き、そちらへと足を向ける。ほんの少し歩き、それを見つけた。まだ年端もいかない子供だ。肉付きは良くないが、無いよりはマシ。それにもう限界だ。そのまま本能に従って子供に襲い掛かり、頭をがぶりと噛み砕き、血と脳を啜る。子供が持っていた壺が割れ、その中から骨や鱗が散らばるが気にせずに喰らい続けた。
子供を肉片一つ残さず喰らい尽くし、血溜まりと壺の破片にその中身が散らばるだけとなった頃。とりあえず一息をつけば、気づけばそこに居た。
紅梅色の瞳に猫のように縦長の瞳孔。白い肌をした眉目秀麗な青年。その青年を目にした途端に理解する。
彼が、自分を支配する主なのだと。
そして青年が口を開く前に飛びかかるように青年の下へ向かい、空中で土下座の体勢を取り、そのまま軽い砂煙を立てながら地面を滑って青年の少し前で停止する。
「……物分りが良い。私を一目見ただけで私と己の立場を理解し、私が口を開く前にそれ相応の距離にまで近づく。それも頭を上げずにだ」
「……」
口は開かない。私の一挙手一投足。呼吸すらもこの御方の許しを得てから行うべき。喋るなど言語道断。己の血の一滴までこの御方の物なのだ。だから待つ。この御方からの許しを、御言葉を。
「お前に聞きたいことがある」
「……」
御方からの質問。こちらの事情など気にせず、既に決定事項である言葉。だからどうした。己はこの御方の所有物。こちらがこの御方に合わせるべきなのだ。何の問題があるのだろうか。
「お前は突然ここに現れた。それは何故だ」
「はっ……申し訳ありません。己の名も含めて何も覚えておらず、私も気づけばここに居ましたので分かりません。貴方様のご質問に完璧に答えられず申し訳ございません。ご所望であれば、私の命を捧げる所存であります」
「……嘘は言っていないようだな」
こちらの考えが分かるかのような言葉。そう、正しく分かっているのだろう。流石は我が主。まさに全知全能。末席とは言え、配下に加えられていて己も鼻が高くなるというもの。なんと幸福なことだろうか。
「まぁいい。お前は鬼になったばかりのようだが、気に入った。人を喰らい、強くなれ。そうすれば私の血を与え、更に強くなり……十二鬼月となれるかもしれんな」
「……」
十二鬼月……恐らくはこの御方の直属か何かだろうか。強くなればこの御方の直属に……な、なんというご褒美だろうか!
「私の名は鬼舞辻無惨。私のことを誰にも言ってはいけない。喋ったらすぐに分かる。私はずっとお前を見ている」
この御方……無惨様の言葉に私は地面に頭を沈みこませながら頷く。この御方が駄目だと言うなら絶対に駄目だ。ならば言わない。死んでも言わない。
「何も覚えていないのなら、お前に名をやろう。
「あ、ありがたき幸せにございます!」
ま、まさか無惨様より名を頂けるとは……光栄の極み! なんということだ! 私は今、幸せの絶頂に居る!
「では陽夜。お前には期待しているぞ」
「ははぁっ!」
べんっという音と共に無惨様の気配が消える。期待している、とあの御方は仰った。なんという幸せだろうか。己の主に期待していると言われては全力でその期待に応えねばならない。
「あぁ、ほんのしばらくお待ちください。すぐに十二鬼月となり、貴方様のお側へ参ります」
一分一秒たりとも無駄には出来ない。手始めにこの村の人間を全員喰らおうではないか。
そう決意し、まだまだ空く腹を摩りながら、私は近くの家屋の戸を静かに開いた。
大正コソコソ噂話
陽夜「私が最初に喰った子供が、後の原作の上弦の伍である玉壺さんだったらしいですよ」