神出鬼没の鬼 作:御似射賛
今回は単行本3巻の第19話の後で、炭治郎が善逸と会う前辺りです。
2019/09/20 禰 豆子が呪いを解いている描写を削除訂正しました。19話時点で無惨は禰 豆子が呪いを解いたことをまだ知らなかったので。
申し訳ありませんでした。
時代は大正。西洋の文化や技術が入り込み、更なる発展が始まりだした時代。
浅草。街並みが西洋風になり、照明によって夜だというのに明るい多くの人々が行き交う街。その裏路地にある居酒屋は十人も入れば満席となるこぢんまりとした店だ。だが、その店は何年も潰れずに店を開け続けていた。
自分が通って何年になるだろうかと権蔵は思う。自分がまだ学徒であった時分なので、三十年前だろうか。
その間に代替わりしたのは一度のみ。
「おや権蔵さん。今日も来たんですね」
そう言って出迎えてくれたのはひょうかという女将。文字は何度頼んでも教えてくれず、知っているのはたまに訪れる旦那様と呼ばれる青年のみだ。
その青年は父と思われる人物とよく似ていて、先代女将であるようかの文字を知っているのはその青年の父と思われる人物のみだった。
「いつものを頼むよ」
「分かりました」
権蔵は席に着き、権蔵の注文を受けて料理を始めるひょうかを眺める。この居酒屋「鬼の棲家」の女将であるひょうかの料理は美味い。酒の趣味も良く、遠い地の地酒もあるのでそちらでも楽しめる。だが一番は、やはりひょうか自身だろう。
ひょうかは美人だ。綺麗な黒髪も、赤みがかった綺麗な瞳。割烹着姿が良く似合う。
「出来ました。鯖の味噌煮です」
「来た来た。酒はそこの見慣れない酒で頼むよ」
「これですね。どうぞ」
東京だからこそ新鮮な魚が手に入る。その新鮮な魚で作った料理がこの居酒屋の看板商品だ。とはいえ、取れなければ出せないのだが。
権蔵はひょうかから酒を受け取り、杯を傾ける。美味いと呟く権蔵にひょうかはくすくすと笑う。それを見たのか他の客が権蔵を睨むが権蔵は気にしない。むしろ優越感を感じて得意気な顔をする。
「女将、こっちはあじのたたきを頼むよ」
「こっちはいわしの料理を」
「あぁ、はい。分かりました」
他の客の注文を聞いてひょうかは慌ただしく手を動かす。とんとんとんと同じ感覚で包丁が叩く音が店に流れる。時折の注文をこなすひょうかと静かな店内。権蔵はこの店の雰囲気が好きだった。
唯一の不満といえば、居酒屋なのに日没までしかやらないということだろうか。
来店してからしばらくしてそんなことを考えていた頃に彼はやってきた。高級そうな洋装をした青年だ。
「あぁ、いらっしゃいませ。旦那様」
そう、この青年が旦那様だ。
この青年が来るとひょうかはわざわざ台所から出てきて頭を下げる。そして青年が口を開くまでずっとそうしているのだ。
この青年がやってくるのは常に日没後で、この青年が来たということはそろそろ店じまいという事だ。
「では女将。そろそろ失礼するよ」
代金を置いて権蔵が店を出ると、それに続くように客たちが出ていく。噂ではあの青年は良家の御曹司で、ひょうかは愛人ということだ。もしそれが本当だとしたら。
それを邪魔するのは野暮というものだろう。
最後の客が出たのを確認し、看板を店に入れて入口を布で覆って外から見えないようにする。それから瞬時に頭を下げる。鈍い音を上げて床に激突するが何の問題もない。
「陽夜」
「……」
「お前は非常に優秀な部下だ。お前は私の期待に応え、十二鬼月。そして上弦にまで上り詰めた」
「有り難き御言葉で御座います」
御方の言葉で裏返していた目を戻す。御方からの信頼の証。御方から認められた証。御方直属である十二鬼月の証を晒す。
「少し気になることがある。耳に花札のような飾りをした鬼狩りを殺し、その頸を持って来い」
「畏まりました」
「任せたぞ、陽夜」
べんっという音と共に無惨様は店を去る。その直後に頭を上げて店を長期休養するといった旨を書いた札を持って扉を開いた。
「ひっ」
「どうかしましたか、権蔵さん?」
「あ、いや、忘れ物を……」
「そうですか。ですが盗み聞きとは感心しませんよ、権蔵さん」
目の前で怯え、震える権蔵に微笑む。上弦と伍が刻まれた両目で見つめながら。
後始末をした後に割烹着を脱いで店を出る。跳躍して建築物の屋上に行くと眼下で動く人間たちを見下ろして確認をする。
「ふぅむ、鬼狩りは居ないか」
骨ごと肉を喰らって飲み下す。四十代前半の男の肉は、衰え始めているので歯応えがありながら柔らかい。だが油は少ないのであまり好みではないが、残したら鬼狩りに嗅ぎつけられるかもしれない。返り討ちには出来るが、相手にするのが面倒なので全て食べるべきだろう。
「浅草には居ない……遠出をするべきか」
ぼりぼりと腕を食べながら、屋上を伝って街を出る。無惨様の命令を実行する為に。
まずは他の十二鬼月の居場所へ行って情報を仕入れるべきだろう。但し一人は除く。
あの天然クズ野郎は嫌いだ。悪気もなく事実のみで煽ってくるから嫌いだ。あの強さは尊敬するが、それ以外は嫌いだ。早く頸を斬られて死ねばいいのに。
ある一人の上司を除いて、陽夜は最後の肉片を口に放り込むと血鬼術を使用した。
大正コソコソ噂話
陽夜「居酒屋「鬼の棲家」で出している料理は、昔喰らった料理人たちから聞き出した作り方で作っています」
陽夜「それと居酒屋をやっているのは、稀血捜しと青い彼岸花についての聞き込みを行う為です。クソッタレ童磨さんの教祖と同じようなものですよ」