神出鬼没の鬼 作:御似射賛
血の匂いが充満した洞窟内で咀嚼音が反響し、不気味さが増している。熊か何かの巣だと思い、人は寄り付かないであろう場所だ。人が行方不明になるという噂が流れていた場合は尚更だろう。そしてその噂を聞きつけた鬼狩りによる調査がありもすれば面倒なことになる。
ここは枯枝山。十二鬼月の一人、下弦の参の棲家だ。
その棲家に訪れた陽夜はそのまま洞窟の奥へと進んでいき、両頬と額に×の傷がある男を見つけ、にこやかに挨拶をする。
「初めましてですね。私は陽夜。見ての通り上弦の伍です」
「ぇ、ぁ、はい」
突然の陽夜の訪問で呆然とする下弦の参に陽夜は肩を竦める。こいつは何も分かっていないと。
「私は上司です。だと言うのに呆然としているのは何故ですか?」
「し、失礼しましぎゃっ」
言葉の途中、一瞬で目の前まで移動した陽夜に顎を蹴り上げられ、余りの威力に首が吹き飛ぶ下弦の参。陽夜は無言で吹っ飛んだ下弦の参の顔に手を掲げる。
「!?」
そしていつの間にか下弦の参の頭が陽夜の手に収まっていた。陽夜は一切動いていないのにだ。
あまりのことに目を白黒させ、脂汗を流す下弦の参に陽夜は囁く。
「姿ではなく気配を感じたら例え鬼狩りの柱と戦闘中だろうと頭を垂れ、顔を地面に埋め込み、あの御方の許しがあるまで息すらせずに待つ。それがあの御方がいらっしゃった時の跪き方。では上司の場合は? 簡単です。頭を垂れ、上司の用件を済まさせる為に全力を尽くす。決して呆然と見ていることはしてはいけません」
「も、申し訳ありません……」
「……まぁいいでしょう」
また動かずに下弦の参の身体に顔が移動し、鬼特有の高い再生能力で完全にくっつく。下弦の参は血鬼術だという事は察してはいたが、どんな血鬼術なのかまでは推測しかできなかった。体験した身ではまるで瞬間移動でもしたかのような感覚。そう、元下弦の陸であった鼓を体に生やした鬼の背中の鼓。あれは叩けば部屋を転移させたが、陽夜の血鬼術は物に対してなのかもしれない。
そして下弦の参の推測は満点ではないが、正解であった。
十二鬼月上弦の伍・陽夜。血鬼術は空間移送。物や鬼に人。自分も含めた認識している全てを任意の場所へ転移させるというものだ。しかし制限があり、転移させられる距離は最大で100丈(約300メートル)で転移させる対象の視認か認識、正確な距離が分からなければ使えない。
だが陽夜は使える。何故なら、鬼としての能力とは別に一度見たものは絶対に忘れないという能力(絶対記憶能力)と一目見ただけで正確な距離が分かるという能力を持っており、それがあるが故に使えるのだ。
そして同じような血鬼術を持つ鳴女という鬼が居るが、あちらは琵琶を鳴らす事で発動するが陽夜は違う。発動速度は瞬きよりも短く、精度は寸分の狂いもない。
だが、ただの転移させるだけのこの血鬼術を使って陽夜は既に鬼狩り最強の剣士たちである柱を四十人以上も葬っている。
どうやってか。
簡単である。頸を斬られそうになれば転移で逃れる。隙を付いて日輪刀を手元に転移させて奪って粉々に折る。柱の目の前に転移して殺す。これだけだ。
ただ、これは対人には強いが対鬼には弱い。特に上弦などではあまり通用しない手法だ。だからこそ、上弦の陸には相性が良く勝てたが、それ以外には勝てずに陽夜は上弦の伍なのだ。
「貴方には聞きたいことがあります。耳に花札の飾りをした鬼狩りを知りませんか?」
「も、申し訳ありません。知りません」
「そうですか」
あまり期待していなかったのか、陽夜は下弦の参の答えに一言返すと踵を返す。既に下弦の参以外の下弦全員に質問をして来ているので、残るは上弦たちのみだ。
上弦は全員が柱を何人も殺してきている精鋭たち。花札の耳飾りをした鬼狩りがどれほどの実力を持っているのか知らないが、上弦と会えば成す術なく殺されているだろう。殺された鬼狩りの死体がどうなるかなど考える必要もない。
早く見つけ出さねば。
自分の主からの命令を実行できないかもしれないという恐怖と焦りを抱え、陽夜は挨拶をそこそこに洞窟を出る。そしてそのまま血鬼術で視界だけを飛ばし、出来るだけ遠くへと転移したのだった。
大正コソコソ噂話
陽夜「視界を飛ばすのは空間遠隔視という血鬼術です。視界を常に飛ばしているのではなく、写真と同じように使った一瞬のみ見えています」