気が付くと私は真っ黒な何かに抱かれていた。
「村正、なの?」
返事はない。
ただ、私は徐々に先程まで何があったのかを思い出し、彼が命懸けで私を守ってくれたのだと知って平静を装ってはいられなくなった。
彼のアラガミ化して本来、聴こえる筈の鼓動も聞こえない。
「村正!村正!」
私は不安になって彼に抱かれたまま、必死になって叫ぶ。
だが、村正からの返って来る言葉はない。
「死んじゃ駄目!お願い!生きて!」
それでも私は必死に彼に呼び掛けた。
そんな私の目から涙が零れた。
彼は穢れにまみれている。
それでも、今は月の守護者として役目を果たそうとしてくれた。
なら、彼は仲間に違いない。
いや、理屈がどうのではない。
村正は私の大切なーー
「姉さん!村正が!」
『無事だったのね、依姫?……貴女が無事で良かったわ』
「私の事よりも村正をお願い!」
『村正のバイタルは停止している。
つまり、彼は既に死んでいるわ』
無情にも姉さんの言う言葉に私は何も言えず、村正の胸で泣いた。
「ごめんなさい、村正。本当に……ごめんなさい」
ーーー
ーー
ー
《どうやら、俺は死んだらしいな?》
魂だけの存在となった俺は三途の川の前に立ち、幻想郷の死神である小野塚小町に声を掛ける。
「そうだよ、あんたは死んだ。
でも、正確にはあんた自身は死んじゃいない」
《意味が解らんぞ、小野塚小町?》
《俺は死んだのだろう?》
「アラガミとしてのあんたはね?
でも、あんたは元は付喪神だ。
つまり、本体は刀の方だろう?」
《なら、何故、俺は三途の川に来ているんだ?》
「それはちょっと複雑でね。あんたのヒト型アラガミとしての魂を向こうへ渡す為さ。
あんたは刀としては死んじゃいないけど、アラガミとしては死んだからね?
あんたからすれば、形的なもんさ」
そう告げると小野塚小町は俺の魂を乗せて小舟を漕ぐ。
こうして、俺はアラガミとしての死を迎え、黄泉の国へと旅立つ。
小野塚小町の言う様に形的にはと言う意味で……。
気が付くと俺は木造の天井を見上げていた。
そんな俺の顔を月の頭脳と言われる八意永琳が見て、微笑む。
どうやら、此処は幻想郷の永遠亭らしい。
「お目覚めは如何かしら、月読村正?
いえ、妖刀ムラマサと呼ぶべきかしら?」
「……良い訳がないだろう、八意永琳」
俺はそう告げると頭を振って、上体を起こす。
そこで気付いたが、俺の身体はあの世界に来る前の姿に戻っていた。
体内を流れるオラクル細胞の感覚はない。
つまり、俺は元の状態に戻ったらしい。
「身体に違和感はあるかしら?」
「問題ない。だが、オラクル細胞が消失した気がするが?」
「当然よ。貴方はただの付喪神に戻ったのだから」
八意永琳はそう告げると後ろのベッドへ顔を向ける。
そこには黒焦げの遺体が寝かされていた。
「……俺か」
「ええ。正確には貴方が媒体として構築したヒト型アラガミよ」
八意永琳はそう言って笑うともう一度、此方を見る。
そこで俺はある事を悟った。
「月の緑化の情報はお前の差し金か?」
「そうよ。その目的は大体、察しているんじゃなくて?」
「……ヒト型アラガミのサンプルの入手」
その言葉に八意永琳は満足そうに頷く。
成る程。理解した。
八雲紫は八意永琳の手のひらで踊らされていただけだらしい。
八意永琳の目的はヒト型アラガミのサンプルの入手の様だ。
恐らく、この幻想郷にはアラガミすら隔離する境界が張られているのだろう。
故に八意永琳はアラガミのサンプルを欲した。
全ては月の緑化現象で地上に降りた弟子の為だろう。
だが、月の民と対立関係にある幻想郷は手を貸さないと決めた様だ。
そこで考えられたのが、刀の付喪神である俺を八雲紫に派遣させる事だろう。
そして、俺の行動は豊姫から伝達され、元は幻想郷の住人である俺はアラガミとして死した後にこの世界の幻想郷の境界を越えた訳か……。
「大体、察している様ね?」
「あくまでも推測だがな」
俺はそう言うとベッドから起き上がると八意永琳を見詰める。
「それで俺はどうすれば良い?」
「必要な素材は手に入った。けれど、問題が残っている。
ヨリヒメと呼ばれるアラガミとあのギャラクティックナイトの事よ。
貴方にはその二つを解決して欲しい」
「その前に答えろ。ギャラクティックナイトもお前の差し金か?」
その俺の問いに八意永琳は首を左右に振る。
「ギャラクティックナイトの存在はあくまでもイレギュラーよ。
本来の予定では月読村正として貴方を迎え入れるつもりだった。
だけど、月読村正である貴方は死亡した。結果として、それだけよ」
そう告げると八意永琳は診察台の上に転がっていた刀を俺に差し出す。
「月読村正と言うヒト型アラガミだった貴方を媒体に制作された対アラガミ用の神機よ」
俺はそれを受け取ると赤黒い着物を翻して診察室から出て行こうとする。
「あの子達をお願いね、ムラマサ」
「あんたや豊姫の企ては知らん。
だが、依姫には義理がある。
それを返すだけだ」
俺はそう言うと永遠亭を後にした。
永遠亭を出るとそこで待っていたのは八雲紫だった。
その顔は裏を掛かれて悔しげな物であった。
「まんまとやられたわ。流石は月の頭脳ね」
「先に報告して置くぞ、八雲紫。
月の緑化現象は幻想郷には何も得がない。それどころか、アラガミの脅威を持ち込む事になる」
俺はそれだけ八雲紫に伝えると八雲紫のスキマを通り、再びあの戦場へと赴く。
想定通り、ギャラクティックナイトは派手に暴れているらしい。
俺は妖気を解放してギャラクティックナイトの元へと向かう。
オラクル細胞と言う制限のなくなった妖怪の俺は先程までとは違う。
戦場に立つ高揚感も死に対する恐怖もない。
アラガミを喰らいたいと言う空腹感すらも消失している。
俺は此方の世界を糧に生まれた自身の分身体を振るい、邪魔なアラガミ達を斬って捨てながら、ギャラクティックナイトへと迫る。
そのギャラクティックナイトは依姫と戦っていた。
依姫の奴、俺の弔い合戦のつもりだろうか?
遠目からでも依姫がギャラクティックナイトに押されているのが解る。
俺は刀のオラクル細胞と自身の妖気を混ぜ合わせた飛翔する斬擊を放ち、トドメを刺そうとするギャラクティックナイトとなんとか立ち上がる依姫とレイセンの間に割って入る。
「え?妖怪?」
レイセンが困惑しながら呟き、依姫が真っ直ぐ俺を見ているのを感じながら、俺はギャラクティックナイトと再び相間見える事となる。