「ジャミングと光学迷彩で私達の基地は目撃される事がありません。
飼い慣らしているアラガミも配置しているので、この一帯は人間で言う禁止区域になっています」
「アラガミを飼い慣らす?可能なのか?」
「はい。アラガミは元々、地球のテラフォーミングによる産物ですので、我々、月の民には本来なら無害な存在なのです」
「だが、先程はアラガミに囲まれて、襲われてなかったか?」
「それだけ、今の私達は地上の民と変わらない位に穢れてしまったのでしょう。
いま現在の野生のアラガミを使役出来るのは穢れてしまう事を恐れた月の民の上層部くらいなものです」
移動中、レイセンとそんな話をしながら、俺達はひたすら荒野を歩く。
「隊長」
新兵の一人である月兎に呼ばれ、レイセンは頷くと見えない壁に手を触れ、これまた見えない扉を開いて中へと入る。
成る程。人間には気付かれない訳だ。
俺はそう思いながら、レイセンの後ろについて歩く。
ーーと、最後尾の月兎の新兵が入ったと同時に扉が閉まり、密閉された空間で俺達は熱風やら温水やらを浴びせられて消毒、洗浄された。
「……こう言うのは先に言ってくれ。身体が錆びちまう」
「あ、すみません。言い忘れてました。
こうやって、私達は少しでも地球の穢れを持ち込まない様にしているのです」
レイセンがそう告げると今度は眼前の扉が開く。
そこで最初に見たのは月兎達が疑似的に造り出したアラガミで演習を行う姿であった。
その中でアインが腕に嵌めていたのと同じゴツい腕輪を嵌めた女が床に刀の先を着け、その柄頭に両手を置いて月兎達の戦いに目を光らせていた。
さながら、その姿は教官か何かの様である。
「そんな腕では、新種のアラガミに対抗出来ないわよ!
もっとフォーメーションを意識しなさい!」
「は、はい!依姫様!」
腕輪を嵌めた女の叫びに月兎の一人が返事をして自身の行動を改めながら演習を続ける。
「あの薄紫のポニテで腕輪を嵌めた女が依姫か、レイセンよ?」
「ええ。そうです」
レイセンは俺の問いに頷くと依姫に近付き、敬礼した。
「依姫様!ただいま、戻りました!」
依姫はレイセンへと顔を向けると顔を綻ばせた。
「レイセン!無事だったのね!
感応種に遭遇したと聞いて心配したわ!」
「その割りには援軍も送って来た様子もなかったが、月の民も人手不足なのか?」
俺がボソリと呟くと依姫は怪訝そうな顔で此方を見て来る。
「レイセン。彼は?」
「刀の付喪神のムラマサさんです」
「あら?妖怪は今の科学とアラガミの存在を否定して皆、幻想郷に引き籠ってしまったと思っていたけど、まだ骨のある輩がいたのね?それとも無知なだけかしら?」
依姫は俺を挑発する様にそう言うと自己紹介をする。
「綿月依姫よ。生き残った月のリーダーをしているわ」
「ムラマサだ。レイセンの話にもあった様に妖刀の付喪神だ」
俺は依姫に返答すると握手しようと手を差し出す。
依姫はその手を見て、冷ややかに呟く。
「穢れ切っていますね。正直、貴方には触れたいとも思いません」
「ああ。そう言えば、月の住人にはそんなしょうもないプライドがあったんだったな?
確か、地上の生物は不浄だって思想だったか?
まあ、その穢れたその地上に逃げて来て、既にその穢れとやらにまみれているだろうなのに今更、拒む理由もないと思うが?
それとも未だに月のお偉いさん方は自分たちを特別だと思っているのか?」
依姫に挑発し返すと俺達は黙って互いの獲物を構える。
そんな俺達を見て、月兎達が緊迫し、レイセンがオロオロと困惑した。
まさに一触即発状態な俺達の間に割って入ったのは二人の月の人間を引き連れた長い髪の女だった。
綿月依姫が迷彩柄のズボンにノースリーブなのに対して、この金髪の女は青いスカートに襟のある長袖と完全に私服である。
「二人共、それ位になさい。その気迫はアラガミにとって置きなさいな」
そう言うとその金髪の女は俺を見る。
「ムラマサさんでしたわね?
妹が粗相をした事は詫びます。
どうか、矛をお納め下さい」
「妹?」
「ええ。私は綿月豊姫。温和派の月の民の代表にして最高責任者代理をしています」
豊姫はそう言って笑うとレイセンを見る。
「レイセン。援軍を送れなくて、ご免なさい。
まだ頭のお堅い過激派の連中との連携がままならなくて増援を拒まれてしまったの」
「豊姫様のせいではありません。まだ月の民である皆が納得するには時間が掛かるのでしょう。仕方のない事です」
レイセンが敬礼しながら豊姫にそう言うと豊姫はおっとりとした様子で俺に視線を移し、頭を下げた。
「大切な部下を助けて頂き、ありがとうございます」
「ん?ああ」
俺は毒気を抜かれた気分で、そう答えると豊姫の目の色が変わる。
表情は変わらんが、目が笑っていない。
俺が生物だったのなら、此処で困惑していただろう。
「それで最早、この世界では絶滅した筈の妖怪である貴方が何故、此処へ?」
「……喋ると思うか?」
「ええ。思います。何せ、貴方は此方の世界の人妖ではないのですから」
豊姫のその言葉に俺は本能的に身構えた。
その瞬間、俺に向かって豊姫の傍らにいた人間ーー月人や演習中だった月兎達が一斉に銃口を向けて来る。
豊姫は片手を上げて撃つのを制すと俺を作り笑顔で見詰める。
「お答え頂けますか、別世界の妖刀さん?」
「その前に教えろ。何故、俺が別の世界の妖怪だと知っている?」
「月の科学力は未だ衰えず、と言う事ですよ。
私達は貴方がこの世界にやって来た空間の揺らぎを観測しているのですから。
それに科学とアラガミを拒絶したあの幻想郷が今更、手を出すとも思えません。
ならば、別世界の存在が紛れ込んで来たと考えるのが道理でしょう?」
「成る程な。筋は通っている」
「まあ、もっと細かに言うとそれを確かめる為に新兵の教育も兼ねて斥候部隊を送ったのですけどね?」
「ん?新兵の教育?斥候部隊?」
俺は豊姫のその言葉を聞いて他の連中と同様に銃口を向けながら申し訳なさそうな顔をするレイセンを見る。
成る程な。レイセンは俺の監視が目的だったか……。
「さて、此方の手の内はお見せしました。
今度は貴方がカードを見せる番ですよ」
豊姫はそう告げると空いている手でレイセンを手招きする。
レイセンは銃口を俺に向けたまま移動し、豊姫と耳打ちする。
こう言う時に頭の上にある兎耳ってのは不便そうだな。
そんな事を考えているとレイセンが弾層を変え、俺の額に向かって撃つ。
無論、元が刀の妖怪で偏食因子まで持つ俺には通常の弾丸は通用しないーー筈だったが、俺は身体が重くなるのを感じて膝を着く。
「月の民が独自に開発したオラクル細胞の活性化を鈍らせる不活性薬入りのオラクル細胞の弾丸です。
その効果はアラガミの細胞を取り入れた貴方にも良く解るでしょう?」
豊姫の言葉を聞きながら、俺は声も発せずに倒れ込む。
そして、人間体である事を維持出来ず、元の姿である一振りの刀へと戻ってしまった。
「あらあら、少し効果が強過ぎましたかね?
これでは質問に答えて貰えませんね?」
豊姫はそう言うと俺を拾い上げようとした月人を制する。
「妖刀と呼ばれる程ですから、迂闊に触れてはなりません。
それにアラガミの細胞を取り入れているのですから、地上の人間が使う神機と変わらない筈です。あとは整備兵に任せなさい」
「かしこまりました、豊姫様」
月人は豊姫の言葉に従うと近くの月兎に声を掛けて整備兵を呼びに行かせた。
俺は物言わぬ刀となってカタカタと震える事しか出来なかった。
そうこうしている間に豊姫は依姫に後を任せて去り、整備兵が俺に触れぬ様に慎重に神機の保管庫へと運ぶ。
そんな俺をレイセンが心配げに見て、依姫に話し掛ける。
何を話していたかは解らない。
その前に俺は神機の保管庫へと入れられてしまったからな。
俺を持つ整備兵は他の神機の様に飾る。
そこで俺が人間体だったなら、こう言うだろう。
馬鹿め、とーー。
俺は他の神機と共鳴し、月の民が使うオラクル細胞の活性化で用いてる電力を吸収する。
突然、飾ってある神機が振動し、部屋が停電した事で整備兵である月兎達が困惑する。
そんな中、再び人間体へと変化した俺は開かなくなったドアを斬り壊して駆け付けた依姫と対峙した。
「よお。さっき振りだな?」
「やってくれたわね?
この基地で使われているオラクル細胞による電力供給の電気を吸収して再度、活性化するなんて……」
「まあ、伊達に長生きはしてないんでな?」
俺は依姫にそう言うと放電する刀を召喚する。
「安心しろ。この保管庫の電力のみを奪っただけだ。他の機能は生きている」
「そう。優しいのね?」
依姫はそう言って笑うと俺に刀を向ける。
「神機解放」
依姫がそう呟いた途端、依姫の持つ刀が変化して人間の使う神機へと変貌する。
「それがお前の能力か?」
「これも月の科学力の結晶よ。私の能力はもう使えない」
「使えない?」
「オラクル細胞を月の技術で解明する為に人間と接触してゴッドイーターと呼ばれる地上の人間と同じ偏食因子を埋め込まれ、その穢れのせいで使えなくなってしまったのよ」
「そうか。レイセンがあんたのオラクル細胞の除去を手伝うのを頼む訳だ」
「あの娘ったら、そんな事まで貴方に話してしまったの?」
「まあ、叱ってやるな。上司思いの良い部下じゃないか?」
俺と依姫はそこで互いに笑みを浮かべると間合いを一気に詰め、お互いの獲物をぶつけ合う。
「同情はするが、敵対した以上は暴れさせて貰う」
「ええ。私が貴方でも、そうするでしょう。
だからって好き勝手させる訳には行きません」
「なら、答えは一つだ」
俺は依姫と鍔迫り合いをしながら保管庫から出て行き、演習場へと戻って来る。
「貴方は私が止めます」
「ああ。やって見ろ」
俺達は同時に離れると互いに飛ぶ斬擊と弾丸の雨を交差させて繰り出す。
依姫も俺も互いの攻撃を避けながら再度、接近戦に持ち込むと何度も神機と刀をぶつけ合った。
月の民って奴は偉そうな奴ばかりだと思っていたが、実力も兼ね備えた奴もいるもんだな。
俺はそんな事を思いながら笑みを強め、攻撃速度を加速させた。