俺が外へと出ようとすると入り口の前に豊姫が二人の護衛を連れて待っていた。
「あんた、妹が心配じゃないのか?」
「勿論、心配でしたよ。けれど、これもあの方の想定内の事。
貴方が思われる程、心配はしておりません」
「……八意永琳」
俺がそう呟くと豊姫が笑みを強める。
そんな豊姫に俺は刀を向けた。
「依姫は知らなかったみたいだが、お前は何か知ってる様だな」
「ええ。勿論、知ってます。ですので、交渉と行きましょう」
「交渉?」
おうむ返しをして問う俺の言葉に豊姫は頷き、軽く手を上げて護衛に部屋をロックさせる。
ざっと見た感じだが、この部屋は対アラガミ装甲が使われているらしい。
依姫の盾の時みたく、滅多斬りでもしない限り、抜け出すのは困難だろう。
もっとも、そんな悠長な暇を豊姫達が与えてくれるとは思わないが……。
「私は妹と違って幻想郷ーーそう呼ばれていた場所への連絡が出来ます」
「……何故、妹にーー依姫に言わなかった?」
「それが私達の慕うあの方のーー貴方が八意永琳と呼ぶ方の計画だったから」
「どう言う事だ?」
「忘れられる存在が幻想郷と呼ばれる場所の境界へと入る。それはアラガミとて同じ事。
幻想郷もまた地上の一部である以上、終末捕食は避けられなかった」
「だが、回避した、と。まさか、八意永琳が回避させたとでも?」
「まさか。今回の終末捕食の転移はあまりに突発的で偶発的な物ーーと、私もフェンリル極東支部と言う所のデータをハッキングするまでは思ってました」
豊姫は言葉を紡ぎながら護衛二人から離れ、俺に近付く。
「終末捕食を起こすには一定以上の環境値と文明値のアンバランスに地球が耐えられなくなって起こる現象。
例えるのなら、この惑星なりの治療方法なのです」
「だが、それが覆されたと?」
「そうです。全ては人間に感化され過ぎてしまった終末捕食の核であるヒト型アラガミが原因。
当然、第二第三の終末捕食が行われ、結果的にこの星は緩やかながらテラフォーミングを開始してます」
そこまで言うと豊姫は俺の耳元で静かに囁いた。
「貴方にはヨリヒメを殺して欲しいのです」
俺はその言葉に眉を寄せる。
当然だ。実の妹を殺せとか抜かすんだからな。
「俺が言うのもなんだが、あんた、正気か?
依姫はお前のーー」
「あらあら。気が早いですわよ?
誰も妹を殺せなんて言ってませんわ?」
俺のその言葉に豊姫はクスクスと楽しげに笑う。
こいつ、思ったよりも食えん奴だ。
月の民の中核になっているだけあって、何を考えているのか読み難い。
俺は頭を掻くと溜め息を吐いた。
「詳しく聞かせろ。交渉なんだろ?」
「そうですね。貴方には人間達がヨリヒメと名付けたアラガミを討伐して欲しいのです。
このアラガミは人間達が妹から産み出したクローンの成れの果て。
個体は私達が確認した以上は一体のみ、他はハバキリと呼ばれる地上のアラガミと化して劣化しました。
勿論、ただでやれとは言いません。
貴方には妹にも教えてない私だけの幻想郷回線を開きましょう」
「断れば?」
俺がそう返すと護衛の二人が変化する。
その姿は兵士の姿をしたアラガミである。
俺は身構えるが、眼前の豊姫は臆する事もなく、ただ笑う。
「神機兵と言うのが、過去に地上で作られてましたので私達の叡知を持って、完成させました。
彼らは私の従順な僕。私が止めるまで貴方と戦うでしょう」
「お前を人質にするって手もあるぞ?」
「いいえ。貴方はしないでしょう。
妹に心を赦してしまった貴方には」
その言葉に俺は先の依姫の姿を思い出して頭を振る。
「付喪神とは言え、貴方も心を持つ以上は感応現象に呼応した筈。そんな状態で私を斬れますか?」
「……本当に食えん奴だ」
俺はそう言うと刀をしまい、構えを解く。
それに合わせて、神機兵が通常に戻る。
ーーその刹那、俺は無数の刀を飛ばして護衛の神機兵を壁に張り付けた。
「確かにあんたは殺せない。だが、それ以外の方法もあるぞ?」
「そうですね。これは予想外です」
そう言いつつも笑みを崩さぬ豊姫はいつの間にか手にしていた扇子を扇ぐ。
その風で俺は壁まで吹き飛ばされ、かなりのダメージを受けてしまう。
「くっ!痛っ!」
「私の持つ分子レベルに破壊するこの扇子で原型を留めますか。
流石はあの方の見込んだ人妖ですわ」
豊姫はそう告げると膝をつく俺の額に反対の手に持っていた拳銃を突き付ける。
「もう一度、刀に戻って貰います。
今度は手出しが出来ぬ様に厳重に保管させて頂きますわ」
「……やっぱり、交渉じゃないだろ、これ?」
「貴方が私の僕を倒した時点で交渉は決裂ですよ。貴方には私達の為に戦って貰います。
全ては月の民の復興の為に……」
豊姫はそう呟くと俺に突き付けた銃の引き金を引き、放たれたオラクルの弾丸が俺の頭部にぶつかる。
そうして、俺は意識を失った。