ほどなくして、ガウェインは獅子王のギフトを授かった。謁見の間に座した彼は、獅子王に傅き、今まで待たせたことの非礼を詫びて、陛下からの託宣をその身に受けた。
これにて獅子王に居並ぶ円卓の騎士は、不要と断じたアグラヴェインとガレスを除き、ギフトを賜った事になる。
前日に、ガウェインはガレスにギフトの授与を告げた。ガレスはただ「そうですか」と呟いて、兄の決断を尊重した。
それ以上に語る言葉も、資格も、ガレスは有していなかった。
気高く、凛々しく、鬼になる覚悟を決めた兄。その足をこれ以上引っ張るのは憚られたのだ。たとえ胸が張り裂ける程に、寂しかったとしても。
ガウェインが授かったギフトは『不夜』。常に獅子王を照らし、自らを常に陛下の御身を守る最強の刃とせんが為の祝福。
これにて獅子王の居城は不夜城となり、聖都建立までの仮の居住地でありながらも、精霊王の住まいと呼ぶに相応しい神性を有すに至った。
それと同時に、聖罰の作業も、聖都建立を前に本格化する事になる。王城周辺をあらかた『見繕い終えた』獅子王の眼は、更に外部の周辺諸国にまで及んだ。
アーサー王の顕現、遠征軍の募集、豊かな城下の暮らし……そんな文句を周辺に流布し、民を集め始めた。
王城の門戸は、選定の為に改造された。前後を堅牢な門で固め、高い塀で囲んだ野外回廊……それは集まった全ての民を見定め、同時に一人も逃がさない為の構造だった。
集められた人々を、不夜の陽光が燦々と照らし、獅子王の威光が降り注ぐ。そして選定を終えれば、ほどなくして光が死を告げる極光に変わる。
ギフトを授かり、選定の場を受け持ったガウェインは、出遅れを取り戻すように精力的に役割をこなし、今や円卓の騎士の中でも最も多く、淡々と、無辜の民を殺している。
本格的な選定が始まり、およそ一週間。聖都に攻め入り、獅子王の計略も万全の準備が整うまで、もう数ヶ月かと差し迫った頃。
「……」
ガレスはその日も、門前の警備にあたっていた。
身に纏うのは、霊基として持ってきた戦装束ではない、ありふれた鎧と槍。
ガレスは自ら進んで、一兵卒の仕事を引き受けていた。それ以上の責任を伴う仕事から、意図的に避けていたと言う方が正しいが。
ガウェインと行動を共にしたあの時以来、数度の遠征の機会があったが、ガレスは全てを拒否していた。
兄ガヘリスを殺して以来、ガレスは一度も、己の手を血で汚せずにいる。
そんな心境で、ギフトに何を願うかなど、考えられる訳がない。
未だ落ち込むガレスに、アグラヴェインは眉間に皺を寄せながら、早く心を決めるよう理路整然と説いてきた。モードレッドはいよいよ自分を「腰抜け」としか呼ばなくなり、すれ違う度にドブ鼠を見るような目で睨みつけてくる。
それでも、ガレスは何もできなかった。
「……」
覚悟は決められず、かといって嫌だと言う事もできず。
そうしてガレスは、一兵卒として門の前に立っている。王城に流れていく民の行列を眺めている。
「楽しみだな、なんせあの伝説のアーサー王をお目にかかれるとは、予想だにしなかった幸運だ!」
「聖抜だか何だか……何やら祝福を授けてくれるというそうじゃないか。子供達の腹も膨らむ祝福だったらいいねぇ」
「ぱぱー、おーさまみれるのー?」
「そうだよ。多分、世界でいちばん偉い王様だぞ」
誰も彼も、浮かべるのは笑顔。皆一様に、伝説のアーサー王を見られる事を楽しみに、行儀よく列をなして門を潜っていく。
一人として、疑おうとはしない。王がもはや人を人と見ていない事にも、門を潜れば、死の運命が待ち受けている事にも。
そうして最後の一人が押し込められると、重厚な門が固く閉ざされる。
ざわめきたつ、浮足立った空気。
王の睥睨に、ざわと息を飲む気配。
夜を忘れた陽光が、更に眩く光り輝く。
――後は、絶叫。
空に響き渡るのは、何百人もの断末魔をかき混ぜた、濁流のような音。死にたくないという声も、誰かを呼ぶ声も、理性を失った狂声もごちゃ混ぜに、神々しい光の中に轟く。
聖罰。生き残るべき無垢なる民を選定し、それ以外の民を『慈悲により』処断する、残酷で無慈悲な一斉掃討。
分厚く重たい門はびくともしない。それでも死にたくない人々が一斉に叩くので、小さく低いくぐもった音が此方側まで響いてくる。
ドンドンドンと響く振動は、さながら地獄の釜を覗くかのようで。
「……」
ぎゅっと槍を握り締め、ガレスは佇む。瞬き一つもできず、釘づけにされる。
「っ……」
涙を流す資格さえ、ない。
ただじっと、金縛りにあいながら、本心を檻に閉じ込め、務めを果たす。
その責め苦は、まるで弱火でジリジリと、心を炙られていくようで。
(ああ……お兄様)
地面に立てた槍に縋るようにして、ガレスはギフトを授かったガウェインの事を思う。
(お兄様は、本当に、悪魔になられてしまわれたのですか?)
(一体どのような思いで、民の前に立たれるのですか。どのような心を持てば、守るべき筈の民を手に掛けられるのですか)
(それとも……心なんて、本当に不要ですか?)
(お兄様は、もう……心をなくして仕舞われたのですか?)
「……お兄様……」
弱弱しく、そう呟く。
記憶の中の、優しい兄の姿を必死に思い出す。
いつも気にかけてくれたお兄様。武勲を上げれば、自分の事のように誇らしそうにしてくれたお兄様。哀しい事があった日には、落ち着くまで傍にいて、頭を撫でてくれたお兄様。
あの優しい彼は、もうどこにもいないのだろうか。
それとも……優しさを保ったまま、この城に騎士として立っているのであれば。
果たしてそれは……一体、どれほどの……。
「っ……やっぱり、おかしい……こんなこと、間違ってますよ……お兄様……」
誰にも聞こえないくらいの小さな声で、一人静かにすすり泣く。
最後の悲鳴がなくなって、やがて門が再び開かれる。獅子王の権能とガウェインの能力、近衛兵の働きによって、広間に虐殺の痕跡はほとんどなく、大地はまっさらに清掃されている。
燦々と陽光が降り注ぐ神秘的な広間。そこに時間を置いて、また新たな集団が流れ込んでいく。
その様子はさながら、全てを飲みこみ捕食する、巨大な魔物のようで。
ガレスはもう、顔を上げられない。見ていられない。
振るう意味を見いだせない槍を握り締め、寒さに震える孤児のように身を寄せる。
そんな風に、目の前の地獄からも、己からも目を背け、塞ぎ込もうとしていた時。
完全に閉ざそうとしていた心の扉を、小さく叩く音がした。
「……おねえさん」
最初、それが自分を呼ぶ声だとは認識できなかった。
恐る恐るといった様子のか細い声。
服をきゅっと摘ままれてようやく意識を戻せば、ガレスの足に、二人の少女が縋り付いていた。
年端もいかない、姉妹のようだった。一人は散々泣いて疲れ切ったのか、真っ赤に腫らした目で下を向き、ぐすぐすと鼻をすすっている。ガレスの服を摘まんだのはその子の姉らしかったが、こちらもぎゅっとこわばらせた目や唇が、不安にフルフルと揺れていた。
「あ……ど、どうしたの? 何かありましたか?」
いたいけな少女の泣き顔に我に返ったガレスは、すぐに膝を着いて目線を合わせ、姉に笑顔を向ける。
「もう大丈夫ですよ、お姉さんがお話を聞いてあげますから……どうして泣いてるの? お母さんはどこ?」
「……いない」
「一緒に来たのに、はぐれちゃったの?」
優しい声で尋ねると、こくんと頷く。ぎゅっと引き結んだ顔に、ぼろりと玉のような涙が伝う。
「おーさま、一緒に見に行こうって言って……手を繋いでなさいって言われて、でも、ぎゅーって押されて……おかあさん、いなくなってて……」
「でもあなたは、妹ちゃんの手は放さなかったんですね」
「っ……おねえちゃん、だもん……」
「うんうん、偉いですよ。よく頑張りましたね」
頬に落ちる涙を拭い、そう伝えてあげる。
妹を不安にさせまいと、必死に堪えていたのだろう。回りは大きな大人たちばかりで、とても怖かったに違いない。緊張が解けて、姉はボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。
「うう……うぇぇん……」
「一緒に、おかあさんを探しましょう。どこにいるか分かりますか?」
「ぐす……わかん、ない……おかあさん、どんどん前に行って……待ってってお願いしたのに、聞こえなくて……」
涙を拭いながら、大行列が流れていく門の中を指し示す。
ただでさえ大人数の行列の中、既に半数以上が門を潜り、窮屈な中、獅子王の謁見を心待ちにしている。この状況で母親を探すのは、非常に難しいだろう。
(いや、そもそも……)
探す理由さえ、もうない。
後数分もすれば、最後の人が潜り終え、門は固く閉じられる。
聖罰が始まってしまえば、もう迷子だろうと関係ない。
選ばれなければ、死ぬだけだ。この姉妹も、母親も、皆一様に。
「……」
「ぐすっ……おかあさん、どこぉ……?」
少女の悲痛な呼び声。
自分を縛っていた枷が、砕かれる音がした。
気づけば体は勝手に動いていた。ガレスは後ろで俯いていた妹を優しく抱きかかえると、姉の手を取り走り出した。
「こっち!」
「え……?」
既に行列は最後の方に差し掛かり、兵士は門を閉める作業に移っている。その警戒の隙間を縫うようにして、ガレスは城門の脇、兵士用の通用口を開けて、姉妹と一緒に飛び込んだ。
「落ち着ける場所まで行きましょう。お姉さんが案内するから、離れないようにね!」
「……おかあさん、は?」
「っ……大丈夫! 後で二人を、迎えに来てもらいますからっ」
背後で、ゴォン――と重たい音が響く。
門は閉じられた。もうあの場所で、王に選ばれた人間以外は生を許されない。
二人はもう、二度と母親に会う事はないだろう。
「おかあさん、おかあさぁん……!」
「っ大丈夫、こわくありませんよ」
訳も分からず怯える妹をぎゅぅっと抱き締め、ガレスは走る。一刻も早く、あの悍ましい処刑場から遠ざかるために。
果たして自分が何をしているのか、正しく認識できない。本能が激しく警鐘を鳴らしている。ささくれだった神経はまるで火に炙られているかのようだ。
見つかったら殺されるかもしれない。それでもガレスは走る。背後に張り付いた恐怖から、必死に逃れるように。
「お、お姉さん……手、ぎゅってしすぎ。痛っ……」
「ほんの少しの、辛抱です……! お姉さんが、二人を……っ二人だけでも、守って見せますから!」
即席の王城ゆえに、警備は手薄だ。このまま通用口を辿 悲鳴はもう聞こえない。正面に見えていた城は、今は真横。兵の姿は、まだ見えない。
逃げられる。助けられる。この地獄から、たった二人だけでも。
「お願い……あと、もう少し……!」
「――止まるんだ、ガレス」
淡い希望を打ち砕く声は、裏口の門をやっと視界に収めた時。
道程を塞ぐようにして立ちふさがったのは、今ガレスが最も見たくなかった姿。
神々しい真白の鎧。気品を感じさせる紫の髪と瞳。凛々しく澄んだ美貌は、己の行く先を知らぬ姉妹に、ほぅと羨望の吐息を漏らさせる。
「っ……ランスロット、様」
「顔を合わせるのは久しぶりだな。貴方の様子を聞くに、会うべきでないと思っていたが……かといって、こんな形でも会いたくは無かった」
苦々しくそう呟くと、ランスロットは現出させた剣を、大地に突き立てた。
聖剣アロンダイト。その神々しい輝きを目の当たりにし、否応なしにガレスの身体が強張る。
「その娘たちを離して、ゆっくりこちらに来い、ガレス」
「っ……」
「大丈夫だ。陛下もガウェイン卿も、今は執務中だ。私以外に君を見つけた者はいない……今ならまだ引き返せるぞ、さあ」
片手を剣の塚に添え、ランスロットがもう片方の手を差し出す。
彼の紫の目は、確かにガレスの身を案じていた。彼女が素直に応じれば、この件は二人だけの間で、内密にしてくれるだろう。
だが……高潔な彼は、決して王の背信に手を貸すような真似はしない。
彼の優しさは、今も怯える二人の姉妹には、決して差し伸べられない。
「……手、引っ張っちゃってごめんなさい」
振り返ったガレスは、戸惑う姉に柔らかく微笑むと、抱いていた妹を降ろして、その手を繋がせた。
「寂しくないように、ぎゅって手を繋いで、私の背中から離れないで……お姉ちゃんなら、できるよね?」
「……うん」
「いい返事です。本当に、偉いですよ」
頷く姉の頭を撫でて、ガレスは立ち上がる。
振り返った彼女の顔に、もう笑みはない。
ランスロットの顔を真正面から睨み返し、ガレスはその手に、巨大な槍を顕現させた。
ランスロットの眉目が、痛ましげに潜められる。
「ガレス……」
「そこを退いてください、ランスロット様」
説得は無意味と、手にした槍を翳す。
今まで振う場所を探せなかった彼女の槍は、今、最も敬愛する同胞に向けられている。
「分かっているのか、ガレス。君のそれは、王の道行に真っ向から反するものだ」
「ええ、分かっています。それでも私は、正しい行いをしたいんです」
「正しい行い……か」
切先を向けられ、同胞から敵意を浴びせられ……ランスロットが放ったのは、深々とした溜息。
次いで向けられた瞳は、まるでガレスを憐れむかのようで。
「っ……なん、ですか。その目は」
「ガレス……既に承知の筈だ。我々がこれから歩む路において、その正しさこそ最も不要な感情だということに」
ランスロットもまた、ガウェインと同じだった。獅子王に仕える事を心に決め、その手を血で濡らす覚悟を括っていた。
「あの時、君もまた獅子王に仕える事を選んだ筈だ。陛下に示した誓いは、嘘だったのか?」
「ち、違います! 私は、ただ、正しき行いを……!」
「ガレス。君に人理焼却という未来が描けるか? 人類史にとっては、陛下の行いこそが唯一の正義だと分からないか? 最早この地に立つ以上、目先の感情だけで動くのは愚行だぞ」
ランスロットが鋭い剣幕で詰問する。魂の籠もった固い言葉の一つ一つが、ガレスの心に殴りつけられるように響く。
「でも……でもおかしいです! こんな酷い事、私は」
「ッ――まだ甘えた事を言うのか!」
突然の怒号に、吐き出しかけた言い訳が掻き消えた。
ランスロットは声を荒げて、ガレスを糾弾する。その目には怒りと、今のガレスに対する確かな侮蔑に満ちていた。
「民の一人さえ見捨てられず、陛下の行いを糾弾するのなら――あの時君は、ガヘリスと共に討たれるべきだっただろう!」
「っ……!?」
「兄を殺めたその手で、今更倫理を問うのか!? 余りにみっともない! いつまで臆病でいるつもりだ! 塞ぎ込まずに覚悟を決めろ、ガレス!!」
ビリビリと肌が痺れる程の発破。
罪を自覚してはいたが、敬愛するランスロットから告げられた「臆病」の烙印は、ガレスの心を叩きのめすには、十分すぎる破壊力を持っていた。
後に続く言葉は出てこない。当然だ、例え決して正義でなくとも、正しいのは圧倒的にランスロットなのだから。
卑怯者。臆病者。
暗雲のように立ち込めていた罪悪感が形を持ち、雷を落としたみたいだった。
俯くガレスに、ランスロットはもう一度深く嘆息。
そうして彼は、アロンダイトを鞘に収め敵意を沈めると、その手を静かにガレスに差し出した。
「冷静になって、自分の使命をもう一度思い出すんだ」
「……」
「陛下の道程は、まだこれからだ。やり直そう、ガレス」
指に力が入らず、槍が今にも取り落としそうに震えている。
敬愛するランスロットの手が、自分に差し出される。
力を失った手が、震えながら彼に向けて差し出され。
――きゅっと、それを遮る些細な感触。
反対方向に引っ張る、か弱い力。
振り向けば、少女二人が、ガレスの服の裾を抓んでいる。
「……」
「……おねえ、さん……?」
怯え、怖がり、助けを求めている。
その目は――いや、その目こそが。
自分が本来、護るべきもので。
どくん、と心が拍動する。
失っていた力が蘇り、槍を強く握りしめさせる。
「この件は黙っておく。だから君は早く自分の任務に――」
「……ごめんなさい、ランスロット様」
さながら悪夢を振り払うかのように、ガレスは手にした槍を、ランスロットに叩き付けた。
思い切り振り抜く、竜巻のような横薙ぎの一閃。ゴウと重たい音が鳴り、ランスロットが王城の石壁を突き抜け、視界から姿を消す。
「今です、逃げましょう!」
姉妹の手を取り、遠くに空いた裏門に向けて、一目散に走り出す。
「絶対に、助けます! 見殺しにしていい命なんて、決してありません!」
殆ど自分に言い聞かせるように、ガレスは叫ぶ。
それは彼女の心の悲鳴。
現実に押し潰され続けた良心の、精一杯の叫び。
「私の誇りにかけて、あなた達だけでも生かします! 例え陛下に背く事になっても、私は――」
――その心の叫びは、直ぐに悲鳴に変わる。
ポロン、と、空気が鳴った。
それはこの場において余りに場違いな、美しく澄んだ音。
がくんっと身体のバランスが崩れる。
振り返った目にまず映ったのは、飛び散った赤い水球。
遠ざかった少女が、ぱちくりと目を丸くして、ガレスを見つめている。
その、伸ばされた手の、肘から先が無い。
真っ赤な断面を残して切り取られた、その先の少女の腕は、ガレスが握っていた。
先ほどまで繋がっていた少女の腕と腕に、鮮血のアーチが掛かっている。
なにこれ? と、少女が素朴な疑問を目に浮かべて、ガレスを見つめていた。
「あ――」
「
その顔が、瞳が、美しい音色によって刈り取られた。
斬撃が雨のように降り注ぎ、二人の身体を細切れにする。円らな瞳が、ぽかんと開いた口が、妹が寂しくないように繋がれた手が、斬撃の雨に塗り潰される。
必ず助けると誓った少女は、ガレスの目の前で、物言わぬ肉塊に変貌した。
「ぁ、ぁ、ぁぁぁああああああああ!! うわああああああああああああああああああああああああああああ!!」
呆然と駆け寄り、血の水たまりに膝を折る。少女の腕と指を絡ませたまま、ばしゃばしゃと挽肉に手を叩き付ける。
「そんな! そんなそんな嘘だ嘘だ嘘だ! 嫌、嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ!」
どれだけ肉を掻き混ぜても、そこにもう少女達はいない。叩き付けた指の隙間から、グズグズになった血みどろの肉が押し出てくる。吹き付けられる生臭い死臭が、嗚咽に鳴って喉を突く。
「――狼藉の現場を見つけたからいいものの……このままでは大事になりましたよ、ランスロット卿」
「……すまない、トリスタン卿……手間を、かけたな」
王城の城壁の上に立っていたトリスタン卿が、赤髪を棚引かせながら華麗に降り立つ。併せて、騒ぎを聞きつけてやってきた近衛兵が、彼等の周りを囲む。
瓦礫の粉を払いながら、ランスロットが苦々しく礼を言うと、トリスタンはポロンと弓琴を弾き、
「私は哀しい――ランスロット卿も、まだ慈悲を残されているのですね。王への謀反を企てる者など、首を跳ねれば済む話でしょうに」
「……ガレスもまた、陛下に仕える我々の仲間だ。そうだろう?」
「はてさて……このように脆い者を仲間と呼んでは、陛下の名に傷が付くのではありませんか?」
鼻で笑い、トリスタンは琴をつま弾く。
その顔は……幼い姉妹を殺して尚冷ややかで崩れない表情は……まさしく悪魔そのもので。
「貴様――貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ガレスは激昂し、手にした槍を真っ直ぐ、トリスタンに向けて突き出した。
怒りに塗り潰した、全身全霊の殺す気の一撃は、けれども傍らに控えていたランスロットによって弾かれ、槍が天高く舞う。
その硬直の間に、近衛兵がガレスに飛びかかった。腕に、足に、鎧越しの太い手が掴みかかる。
身体の自由を奪われて尚、ガレスは狼のように牙を剥き、赤毛の弓騎士を睨み付ける。
「殺したな! 罪の無い子供を、よくも!」
「私は哀しい――そんな当たり前の事を、高らかに言われても、片腹痛いだけですよ」
「許しておけません! 戦いなさい、この悪魔! 悪魔めぇぇぇぇぇ! うぅっ、うわああぁぁぁぁぁぁぁ……!」
発狂したガレスは、三人がかりで組み伏せる近衛兵を引き摺りながら、トリスタンに詰め寄る。円卓の騎士たる凄まじい力が、ただ目の前の同胞を屠る為に動こうとする。
しかしその拳が届くよりも先に、更に駆け付けた近衛兵がガレスを取り囲み、物量でもって強引に拘束した。
組み伏せられ、完全に動きを封じられて尚、ガレスは狂犬のように唸りを上げ、ガレスを睨みつける。見開いた眼には、途方もない悲哀を示す滂沱の涙が零れている。
ガレスは怒りながら泣いていた。怒る資格が無いことを承知で、それでも暴れる感情を制御できずに、心を狂わせていた。
泣きじゃくりながら、割れんばかりに歯を食いしばる様は――騎士の誉れや矜持など、欠片も存在せず。
「っぐ……ひぐっ、う、ぅぅぅぅぅ……!」
「まるで、子供の駄々ですね……見苦しい」
トリスタンは吐き捨てるように呟くと、赤髪を翻し、ガレスに背を向けた。
ガレスは、トリスタンの背中が消えるまで、怒りを保つこともできなかった。洪水のように押し寄せる絶望が、感情の全てを飲み込み、真っ黒に塗りつぶしてしまった。
近衛兵に拘束されたまま、項垂れて嗚咽を漏らし始めるガレス。
ランスロットはしばらく、彼女のいたたまれない姿を見つめていたが、やがて沈痛に瞳を伏せ、近衛兵を動かした。
「……連れていけ」
ランスロットの指示の通りに、もはや亡者のように呻くばかりのガレスが、場内へと引きずられていく。
この場においても、ランスロットは凛々しき円卓の騎士であった。王に忠誠を誓った湖の騎士は、愚かな反逆者に対して、決して慈悲を見せることをしなかった。