愚かなわたしに、罰を与えてくださいませ   作:オリスケ

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第5話

 

 鬱屈とした空気に、血の染みた苔の匂いが混ざっている。

 城と地続きになっている地下坑道は、平坦な一本道でありながら、奈落の底に落ちていくような、重苦しい雰囲気を醸していた。掘り返しただけのむき出しの土は湿り、充満するひやりとした空気が背筋を竦ませる。

 そこは日の光を浴びる事を許されない罪人たちを収容する監獄であった。ごつごつとした壁面に入れ込むように、重厚な鉄格子が等間隔に並んでいる。

 点々と灯る松明により薄く橙に照らされる道を、ガウェインは進んでいた。『不夜』のギフトは届かずとも、鎧に身を包み毅然と歩く出で立ちには、まばゆいばかりの高貴を感じさせる。

「……待っていたぞ」

 固く厳めしい声がすると、ガウェインの目前の仄暗い闇から、漆黒の鎧に身を包んだ騎士が現れる。

 アグラヴェイン。円卓の騎士の中で最も王の傍に控える参謀で、ガウェイン達を動かし実際の実務を行う騎士だ。

 松明の光の中に歩み出た彼は、闇を飲み込んだような暗い瞳をガウェインに向ける。

 

「執務で忙しい中、足を運んでくれて感謝する」

「礼を言われるような事ではありませんよ……それで?」

「ああ、この奥だ。付いてこい」

 

 言葉少なに挨拶を交わすと、アグラヴェインは顎をしゃくり、ガウェインを地下洞窟の奥へと誘う。

 カツカツという靴音が地下洞窟に響く。

 沈黙に滑り込ませるように、アグラヴェインが口を開いた。

 

「……できれば。先陣を切って動いてくれている卿の手を、煩わせたくはなかったのだが」

「構いませんよ。今の執務とて、手が足りない訳ではありません」

「そうか……いや、そうだな。聖都を建立してからが本番だ。それまでの執務は、事前の肩慣らしのようなものには違いないだろう」

 

 先導しながら、アグラヴェインは苦々しくため息を吐き出した。元々厳格で規律の緩みなど許さないタイプの男ではあったが、獅子王に召喚されて以降、その目はますます鋭く、昏い光を宿すようになっている。

 

「遠征の用意も間もなく完了する。陛下の計画はつつがなく進行している……が、全てではない」

 

 そう言葉を切るのと、同時。

 洞穴の奥から、悲鳴が木霊した。

 ちぎれるような絶叫は、長く深い洞窟にわんと反響し、ガウェインの鼓膜を震わせる。

 

 

 くぐもったその声は、けれども間違えようはない。

 聞き慣れた声が振り絞る、聞いたことのない絶叫。

 それに表情一つ動かさず、ガウェインは問う。

 

「いつからですか?」

「今日で四日目になる」

「食事や、睡眠は?」

「不要だ。獅子王のサーヴァントたる我々にとって、空腹や睡魔は、生命の危機ではなく純粋な責め苦になる……だからこそ、こうも折れないのは想定外だよ。普段は我等など歯牙にもかけぬ獅子王も、些か倦ねておいでだ」

 

 はぁ、とまた重たい溜息。それを塗り潰すように、再びつんざくような絶叫が響く。

 これから先に待つ光景を既に知り、実際に指揮も取っていたのだろう。アグラヴェインは眉間を摘まみ、目元に浮いた隈を擦る。

 

「ガウェイン卿……一応聞くが、大丈夫か?」

「何がです?」

 

 ふと振り返り顔色を伺ってきたアグラヴェインは、居住まいを正すように咳払いを一つ。

 

「ん……いや。お前に任せて大丈夫かと……苦しくはないかと、邪推しただけだ。無理を強いるようであれば、もう数日ほど私が――」

「大丈夫ですよ、アグラヴェイン卿」

 

 ガウェインが返したのは、一言。

 また、洞窟内に悲鳴が響く。

 その反響に満ちた中、ガウェインは笑みを浮かべて見せた。

 

「私に任せてください。不貞の弟を、これ以上は放っておけません」

 

 それは青天の下と何ら変わらない、凜々しき笑み。

 目も眩むほど眩く――眩すぎて、全く中身を窺い知れない、清廉な笑顔。

 そこに得も言えない気迫を感じ、アグラヴェインは一瞬表情を強ばらせる。

 

「……そう、か。ならいい。奴も、お前の言葉なら届くだろう」

「ええ。陛下のお気を煩わせる訳にはいきませんからね」

 

 ほんのりはにかんで応える口調もまた、いつも通り。

 歩く度に、絶叫はますます大きく、強烈に鼓膜を震わせる。

 悲鳴の合間に聞こえるのが鞭の音だと言う事にも、とっくに気付いているはずだ。

 なのに、持ち上げた唇は全く動じない。

 アグラヴェインは一人静かに背筋を寒くさせながら、やがて辿り着いた最奥の鉄門扉を指し示し「頼むぞ」と短く呟いた。 

 鉄門扉の前には、顔を黒い布で覆った酷吏がいた。近づいてくるガウェインに向け、統制の取れた動きで敬礼する。

 彼の手には、茨のような棘の付いた鞭が握られていた。一打ちで肉を削ぎ、最大限の痛みを与える為に特化した得物だ。

 

「……私が指を鳴らしたら打ちなさい。いいですね?」

 

 そう指示をし、ガウェインは重たい鉄門扉を押し開ける。

 途端に、濃密な血の臭いが鼻を埋めた。

 とても狭い牢獄だった。縦横ほんの五メートル程度。充満した闇は質量を伴う程深い。

 まるで怪物の腹の中に飲み込まれたようだ。じっとしていると、闇に身体を這われ溶かされるような気さえする。常人であれば三日閉じ込めるだけで泣いて許しを乞い始めるだろう。

 牢獄に掲げられた松明は一つきり。頼りない明かりは闇を取り払う事はできず、空間の殆どが重苦しい闇に覆われている。

 壁には杭が打ち付けられ、小刀から麻縄、鋏などがかけられている。用途を想像させるだけで震え上がるような、禍々しい存在感を放っている。

 その道具のほとんどに、真新しい血が付着していた。

 わずかな明かりにも関わらず、床一面に飛び散った血の赤黒い染みを、はっきりと視認することができた。

 重たく湿った洞窟の空気は、飛び散った血や垂れ流された排泄物により、吐き気を催す悪臭で覆われている。

 

 

 

 地獄とはこんな場所に違いない。そう思わせる程に悲惨で、恐ろしい場所。

 その中央に、ガレスはいた。裸に剥かれた全身に、土と血の汚れと、酷い打撲の跡を滲ませて。

 牢獄の中央に両手を縛られ、宙吊りにされたガレス。その体は、傷ついていない箇所を見つけられないほどに、手酷く痛めつけられていた。

 すらりとした腹には無数の青痣。ブラブラと揺れる足の爪は半分が剥がされ、太ももの薄皮の一部が切り取られている。人体でも特に敏感な胸から脇下にかけての皮膚には、ナイフを当てた跡の蚯蚓腫れが皺のように走っていた。

 他にも、数え上げたらキリがない。常人であれば一日目で絶命するか、痛みで脳を壊していたに違いない拷問の跡。

 虫の羽音のようにか細い、声に鳴らないすすり泣き。キィ、キィと耳障りな音を立てながら鎖が揺れ、足先から滴る血が床を濡らす。

 三日三晩縛り上げられた手はとうに鬱血してソーセージのように膨れ、紫色に腐食している。鎖には血と擦り切れた皮膚が付着しており、度重なる拷問に対する、彼女の必死の抵抗を物語っていた。

 

「……あまり強情だと、槍を持つ手がなくなりますよ、ガレス」

「っ……にい、さま……?」

 

 ガウェインの声に反応し、ガレスはようよう顔を持ち上げる。

 その顔に、かつての天真爛漫な面影は微塵も残っていない。眼窩は涙で真っ赤に腫れ、睡眠も食事も許されずやつれた相貌には、明らかな死相が滲んでいた。ガウェインは吊り上げられて同じ目線になったガレスの、疲弊しきって淀んだ眼を正面から見つめる。

 

「もうすぐ遠征の手筈が整う。聖地を奪還する大きな戦いが、すぐそこまで迫っています。なのに貴方は、なぜこのような場所で、陛下の気を患わせるのですか」

 

 詰問に、ぐっとガレスは喉を詰まらせた。全身を蝕む痛みに呼吸さえ苦しみながら、ようよう声を絞り出す。

 

「……聖地を、奪還して……その後は、どうなるのですか?」

「聖都を建立し、人理を守る。貴方も聞かされた通りでしょう」

「その、使命の中で……陛下は、一体、どれだけの人を、殺めるつもりなのですか? お兄様は、どれほどの……」

 

 

 

 言葉は最後まで続かなかった。

 なんの予兆もなく、ガウェインが指を打ち鳴らす。

 瞬間、目が覚める音が鳴り響き、茨のような鞭がガレスの背中の肉を真一文字にちぎり取った。

 

「ッぎゃあああああああああああああああ!?」

「告解は簡潔にしなさい。今の貴方が、罪人であることを忘れてはいけない」

「あああぁぁ! 間違えてる! 獅子王の行いは間違っています!!」

 

 背中を抉られる悲痛な絶叫のままに、ガレスは胸の内を強制的に吐き出させられた。身悶えする事で両手を縛る鎖がガシャガシャと鳴り、手首の皮膚を擦る。

 

「陛下の行いを許せません! 罪の無い人が殺されていくのを、これ以上見てはいられないのです!!」

 

 ぜいぜいと息を喘がせ、激痛にブルブルと体を震えさせながら、ガレスは叫ぶ。

 それは、激痛に身を苛まれながら叫び続けた、ガレスの魂の絶叫だった。三日三晩の拷問でも曲げられなかった、彼女の善性だった。

 その声を聞いても、ガウェインは眉一つ動かさない。まるで読み上げるように、心ない声で事実を告げる。

 

「あの日、王の側に付いた以上、貴方もまた必要な戦力の一つ。自分の任を放棄するのは、重い非礼ですよ」

「っ……ひ、く……!」

「ギフトを授かりなさい、ガレス。獅子王の力は、必ず貴方を苦悩から解放してくださるでしょう」

 

 ガウェインは、常に最強として獅子王を支えるために『不夜』を願った。

 トリスタンは、心を捨て悪鬼となるべく『反転』を願った。

 聖杯によるギフトは不可能を可能にし、霊核に深く刻まれた在り様すらも変性させる。

 使命を果たせないなら、己を捨てるべきだ。獅子王はそれを成せるだけの力を持っている。

 

「っ……!」

 

 しかし、ガレスはそれを由としなかった。割れんばかりに歯を食いしばり、闇雲に首を横に振る。

 また指が鳴り、鞭が唸る。ガレスの背中が抉れ、噛み締めた歯の隙間から絶叫が迸る。

 

「ッづう゛ぅぅぅぅぅぅぅぅぅ! 嫌です! 例え心を穢されても、私の槍は、民を守る為に――!」

「その忠義は通りませんよ。貴方の槍は、既に同胞の血で染まっているではありませんか」

「それでも! それでもです! 守るべきものを忘れてはいけない! 私は、王の乱心を正さなければいけないのです!」

 

 泣きじゃくりながら、痛みに心を狂わせながら、折れない確かな志を叫ぶ。

 王の乱心を唱えた事が、背後の酷吏の怒りの琴線を弾いた。ガウェインの指示を無視して、鞭が振り上げられる。

 しかしその腕は、ガウェインの途方もない殺気によって、空中でビタリと静止した。太陽の騎士の氷のような瞳に射られ、酷吏の大柄な身体が戦慄する。

 勝手をするなと言外に脅し、ガウェインはガレスの顔を見つめる。

 

「っ……ひ、ぅ……えぐっ、うぅ……!」

 

 ガレスは泣いていた。泣き腫らした目に更に大粒の涙を溜めて、子供のように。

 精一杯の虚勢を張っていても、アグラヴェインが主導する拷問は、確実に彼女を蝕んでいた。

 とうに限界なんて超えていたのだ。虫の息だったガレスの心は、最愛の兄を前に、威勢を保つ事はできなかった。

 

「どうして? ねえ、どうしてなのですか、お兄様?」

「……」

「本当は、分かっているはず。我々の剣は、民を護る為にこそある。国の繁栄と、民の安らぎの為にこそ振るわれるべきだと……それこそが騎士道であると教えてくれたのは、お兄様ではないですか……」

 

 すすり泣く度に鎖が軋み、真新しい血が足から滴る。真っ赤な目から落ちる涙が、頬に付着した血を滲ませて赤く染まる。

 

「こんなの、おかしいです……お願いします。目を覚まして。私の大好きな貴方に戻ってください……お兄様、お兄様……!」

 

 子供のようにすすり泣きながら、ガレスは必死に、最愛の兄に懇願する。

 その痛ましい様子を、ガウェインは静かに、冷ややかに見つめていた。今すぐにも挫けそうな弟を見つめながら、眉をひそめる事さえもしなかった。

 

 

 

「ガレス――貴方は前に、此方側に付いた理由を、私に語ってくれましたね」

 

 疲弊し、弱々しいすすり泣きが小さくなった時。ガウェインは出し抜けにガレスに語る。

 

「かつて貴方は、惨い死を経験しましたね……私を狂わせるに十分な程の、余りに酷い死を」

 

 ガウェインが語るのは、彼等の一度目の生の記憶。

 華々しいブリテン王国が音を立てて崩壊を始めた、その運命の分岐点の一つ。

 湖の騎士ランスロットと、王妃グネヴィアの、許されざる不貞。それを罰するべく、モードレッド、アグラヴェインが主体となって、ランスロットの密会の現場を押さえるべく強襲を図った。

 結果、ランスロットはその魂を狂気に堕とし、アグラヴェインやガレスの兄を含めた多くの騎士が殺された。騎士の多くがランスロットに憤怒を抱き、斯くして円卓は真っ二つに離反した。

 

 その敵意の最中で、ガレスは苦悩していた。

 家族を奪われた哀しみに苦悩するガウェインの傍に、ガレスはいつも寄り添っていた。

 そして同時に、ガレスは敬愛するランスロットを信じていた。何かの間違いで、いつかきっと戻ってきてくれると信じていた。

 

 だからガレスは、決められなかった。

 最愛の兄も、敬愛する騎士も、どちらも大好きだったから。

 家族を失った哀しみが重く心にのし掛かり。けれどもランスロットへの忠誠は捨てきれず。板挟みの心では怒る事も嘆く事も出来ず。

 騎士達の間で募っていく怒りに焦がされながら、けれども一人だけ矛先を向ける先を持てず、苦悩し続けた。

 ランスロットに振るう刃を、探せなかった。

 だからこそガレスは、何の武器も持たずにランスロットと対面し、狂気に落ちた湖の騎士によって、無惨に殴殺されたのだ。

 

「食事も喉を通らず、日に日に窶れていく貴方の姿は、英霊となった今でも脳裏に焼き付いています。その姿を見ていたからこそ、私は貴方を殺したランスロット卿を許してはおけなかった……私は、その過去を悔やんだりはしません。ですが、正すべき認識が一つありました」

 

 

 

 瞬間、空気が一気に凍り付く。

 ガウェインの研ぎ澄まされた瞳が、ガレスの心に致命の刃をあてがった。

 

 

 

「ガレス――貴方は、単なる臆病者だったのですね」

「っ……え……?」

「忠義に厚い訳ではなかった。貴方は失う覚悟を、最後まで固められなかっただけです。自らの芯を持たないために、振り子のように状況に振り回され、何もできずに死んだ……貴方の死は、その軟弱な精神ゆえに起こった必然だったのですね」

「ッ違います! 私は――」

 

 ガレスの反論は、ガウェインの指鳴りによって遮られた。鞭が背中を抉り、言葉が絶叫に塗り潰される。

 

「ぎぃ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「貴方の心は未熟だ。綺麗事を尊び、現実を直視しない。陛下はさぞかし、失望される事でしょう」

「違う! 綺麗事なんかじゃない! 私の槍は、民を護る為に――」

「ならば英霊として召還されたあの時、なぜ王に刃向かわなかったのです? 私やランスロット卿が、いつか騎士道という絵空事に靡くと、夢想していたのではありませんか?」

「っく、ひ……!」

「あの場において、貴方は何の覚悟もしなかった。私やランスロット卿と共に戦える、自分の夢が叶えられるという、甘えた理想に浸って。馬鹿馬鹿しい空想を抱えたまま、本来は手を取るべき側の同胞を殺めた。貴方のそれは――包み隠さず言いましょう。卑怯者の下衆の所行ですよ」

 

 

 

 言葉が、心を砕いていく。最愛の兄に魂を粉微塵にされていく。

 食い縛った歯の隙間から漏れるのは、声にならない悲鳴ばかり。痛みに見開いた目を、ガウェインの氷のような視線が突き刺してくる。

 

 

 

 何の反論も出なかった。

 正しいか正しくないかなど、もう関係ない。

 正義はガウェインの方だった。

 自分の掲げる正義は、全て虚構の理想論で。

 自分はずっと、ずっと、ずっと。

 子供みたいな駄々で、現実逃避をしていただけなのだ。

 

 

 

 砕けた心を踏みにじるように、また指が鳴り、鞭が唸った。ビヂィ! と痛烈な音がガレスを罰し、鮮血が壁まで飛び散る。

 

「ッあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! わあ゛ああああぁぁぁぁ! お願いします! 殺して! 殺してください! 今すぐガヘリス兄様の後を追わせてください! 私の首を撥ねてください兄様ぁぁぁぁぁ!」

「ああ、いけませんよガレス。貴方は死ねないのです。王から賜った使命がある以上、死ぬ訳にはいかないのです」

「嫌です! 殺したくない! こんな兄様見たくない! 嫌、嫌ぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 ガシャガシャと鎖ががなり立て、手首を擦り切らせる。血を吐くほどの絶叫は、この洞窟から抜け出せない。

 ガレスには何もできない。逆らう事も、逃げる事もできない。みっともなく叫び、血塗れの身体を芋虫のように蠢かせるだけ。

 全て自分が選んだのだ。同胞を殺めたその手は、もう二度と清らかな白を取り戻す事はできないのだ。

 狂気に落ち、ガシャガシャと鎖を鳴らすガレスを、ガウェインは冷ややかに眺め、深々と溜息を吐き出した。

 

「ああ、憐れなガレス……まだ、現実を見れないのですね」

 

 そうして、ガウェインは一歩踏み出した。

 叫び続けるガレスに身を寄せ、頬に手を添える。

 

「仕方がありませんね……では私は、兄として、あなたの甘い夢を叶えて差し上げましょう」

 

 

 それは決して、優しさなどではない。

 とうに砕けた心を徹底的に踏み躙る、トドメの鉄槌だった。

 ガレスの目が、恐怖に見開かれる。

 頬に手を添え、彼女の顔を覗き込み――ガウェインは微笑んでいた。

 優しく凜々しい、太陽の騎士の名に相応しい、眩しい笑顔。

 大好きな、兄の顔。

 ぞっ――と、ガレスの顔が、死よりも深い恐怖に青ざめる。

 

 

「いや……やめて、やめてください、兄様」

「心配いりませんよ、ガレス」

「そんな顔で見ないで! 見ないでぇぇぇぇぇぇぇ!」

「私は必ず、貴方を見捨てませんから」

 

 次の瞬間、鞭が唸りを上げて、ガレスの背中を真一文字に切り裂いた。

 兄の微笑に、弟の絶叫が吹き付けられる。

 

「ぎゃああああああああああああ!」

「私が傍にいます。果たせなかった夢を叶えるべく、共に王に仕えましょう」

「う゛あぁぁぁぁぁ! やめて、やめてぇぇぇぇ!」

 

 再び鞭が唸る。肉が削がれ、振り絞る絶叫が洞窟を埋める。

 兄はずっと笑っている。微笑みを讃えたまま、ガレスの背中に鞭を浴びせ続ける。

 見たかった優しい言葉が、声が、途方もない暴力になって心を責め立てる。

 

「ランスロット卿も心配しています。貴方は沢山の人に案じられているのですよ」

「こんなのおかしい! 間違ってます! 目を覚まして兄様! 兄様ぁぁぁぁぁぁぁ!」

「共に王の傍に居ましょう。我々の忠義を共に果たすのです」

「いやだ、いやだいやだいやだ嫌だ! もう許して! 誰か助けて! 助けていやだもう嫌ぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

 

 鞭が唸る。兄が笑う。

 甘えた理想が、激痛と共に叩き付けられる。

 鞭が唸る。

 兄が笑う。

 心が、潰れていく。

 鞭が唸る。

 兄が笑う。

 鞭が唸る。

 兄が笑う。

 

 

 

「共に頑張りましょう、ガレス。貴方もまた、立派な円卓の騎士なのですから」

「う゛わああああああああああ! あああぁぁぁ! あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「大丈夫ですよ――私が必ず、傍にいますからね」

 

 

 

 洞窟を覆う叫び声が潰え、ガレスの心が形も残らず砕け散るまで、ガウェインは延々と、彼女が思い描いていた虚構の笑みで、思い描いていた通りの虚構を囁き続けていた。

 

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