星見が丘   作:茎わかめ

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お久しぶりです。執筆とは中々ままならないものですね。


04. 綺羅星

 秀星は基本的に押しに弱い。二つ返事のような形を装って頷く動作が相手の誘いを聞き終える前にもう始まっているくらいには、抗う労力とその後の影響を慮った結論が早く出るタイプの人間だ。

 

 そんな自分に嫌気が差すことは間々あることで、特に今回の憂鬱さときたら中々のものだった。

 目の前の趣きを感じさせる古くも広々とした和風建築には、『流星堂』と看板が出ている。

 

 朝方会った香澄に押し切られた形で指定された場所は、後からメッセージで添付された位置情報からもここで間違いなさそうだ。それにしても、と秀星は首を傾げる。

 

(なんで質屋……?)

 

 普通演奏を披露するのならライブハウスやスタジオに呼び出すのではないだろうか。それも質屋なんて高校生にとって縁遠い場所で。いや、質屋に縁があるのがどんな人間かなんて知らないけどさ……などと入口の前で思考を巡らせているのは、単にどうすればいいのか分からなかったからだ。

 ここに来いという指示は受けていたものの、どうやら店の方は既に閉まっているらしく明かりは消えている。それもその筈で、夕方の課外授業を終えてから向かったのでもう七時近い時間だ。個人の商店なら店仕舞いの頃合いとしては妥当だろう。

 

 取り敢えず香澄に「今着いた」とメッセージを飛ばして、秀星は壁にもたれ掛かる。空にぼんやりと浮かぶ下弦の月を見上げると、断りきれずに来てしまったことに対する後悔がじわじわと再燃しそうで思わず目を逸らす。

 暇をつぶそうと手で遊ばせていたスマートフォンをまた開いて、何となしに検索エンジンに香澄の所属するバンドの名前──Poppin’Partyという名前だった筈だ──を打ち込んで検索をかける。

 綴りは合っているだろうかという秀星の心配は杞憂に終わった。早い段階で予測変換の欄に出てきたからだ。それは彼女たちが名の知れたガールズバンドであることの何よりの証左で、検索結果が表示されるまでのコンマ一秒にも満たない内に、何だかそれを見るのも憂鬱になってブラウザのタブを閉じてしまった。

 

「秀くんっ」

「……お、戸山さん」

 

 そんなタイミングで香澄が来て、秀星は素早くポケットにスマホを突っ込んだ。

 薄暮時の中でもその人懐っこい笑みは変わらず眩い。

 

「遅かったからもう始めちゃってたよ〜。早く早く!」

「いや、こんぐらいの時間になるとは言ってたよ、俺。……で、ここのどこで演奏なんてしてるの?」

「ふふーん、ここには私たちの秘密基地があるんだよ」

 

 逸る気持ちを抑えきれない歩調の香澄についていきながら問う秀星に、香澄は自慢げな顔をしながら先導する。

 

「ここの蔵で練習とか、たまにライブもやってるんだ!」

「へー。ってそれ、秘密基地ではないんじゃ……」

「あ、そうだね。でも、大切な場所だから」

 

 香澄は秀星のツッコミを気にする素振りもせず楽しそうに話す。今日は何だかテンションが特に高い気がした。

 

 ここはバンドメンバーでもある有咲という子の実家で、結成当初から場所を借りさせてもらっているのだという説明を受けながら中に入る。外と変わらない薄闇に覆われた室内には、何が入っているか分からない木箱が山積みにされていたり、やたらと大きい壺やらが隅にひっそりと置かれていたりしている。

 

 ただ奥の方からギターの音と女の子たちの話し声が聞こえて、少々物々しい雰囲気だった蔵の中がパッと変わったように秀星は感じた。

 

「こっちこっち」

 

 手招かれて近づくと、床に扉がある。どうやら彼女たちの秘密基地は地下らしい。なるほど確かに秘密基地と呼びたくなる気持ちも分かるなと納得するも、扉に手を掛けた香澄に秀星は「あ、待った」とストップをかけた。

 

「? どうしたの?」

「……いや、ちょっとその、緊張しちゃって」

「大丈夫だよ〜。ちゃんと皆に友達連れて来るって言ってあるから!」

「んー、そういう問題でもないんだけどな……」

 

 香澄がグイグイと来るタイプだから話せているのであって、秀星本人はそれほど人とのコミュニケーションに積極的な人間ではない。孤立しないように立ち回ることはできても、女の子の集団に正面切って入っていく意気地は備わっていないのだ。

 二の足を踏む秀星を他所に、しかし香澄はそのまま扉を開けた。

 

「みんな〜、連れて来たよ!」

「ちょ、戸山さん……!」

 

 ちょうど真下に設置されている階段箪笥をとててっと軽やかに降りていく彼女に続いて、止むを得ず降りていく。

 下にいた四人の女の子の視線が一気に自分に集まるのを感じて、秀星の中でどっと緊張が増し勝手に重圧を感じた。

 

「わ、沙綾の言った通りだ」

 

 そんな風に内心で縮こまっていた秀星を見て開口一番にそう言ったのは、丁度調弦を終えたところのたえ。

 

「なんで分かったの、沙綾ちゃん?」

「なんだろ、香澄の最近の調子の良さとか見てたら……何となく?」

 

 感嘆するりみとたえに、沙綾は少し得意げな顔を見せる。

 秀星には何の話をしているのかなんて検討は付かないが、少なくとも招かれざる客という感じでもなさそうで、そこは一安心だった。

 

「あー……どうも、お邪魔します」

 

 取り敢えずと軽く頭を下げた秀星に「そんな畏まらなくていいよ」と沙綾が柔らかく笑う。

 

「私たちもいきなり連れて来るって言われてさ、結構緊張してるんだ。……あ、私は山吹沙綾。見ての通りドラム担当です」

 

 ドラムスローンから立ち上がってそう自己紹介する。言葉の割に緊張している風には見えないけど、そう言って貰えて幾らか肩の力が抜けたような気がした。

 

「私はギター担当の花園たえ。よろしくね」

 

 ただ久々の新しい来客に興味深そうな視線を向けるたえには、香澄のグイグイ来る圧とはまた違うものを感じていたりもする秀星だった。

 

「べ、ベース担当の牛込りみです。よろしくお願いします」

「あぁいえ、こちらこそ」

 

 りみはりみで少し緊張していて、二人して深々と頭を下げる。肩に提げたままだったベースがストラップに吊り下げられてぶらりと揺れた。

 

「りみりんまでそんな緊張しなくていいのに〜」

 

 そんな二人の様子を見て香澄は笑う。ベースを押さえたりみは「だって、男の子だとは思ってなかったから……」と伏し目がちな視線を香澄に向ける。

 

「沙綾ちゃんは、分かってたみたいだけど」

「本当になんとなくだけどね」

「私はロックでも連れて来るのかと思ってたよ」

 

 確かにガールズバンドと銘打っているくらいだから、男が聴きにくるのは珍しいのだろうか。制服を見るに全員花女の生徒、つまり女子校の子だろうし、りみは勿論沙綾やたえもひょっとしたら本当は緊張しているのかもしれない。

 ……それともう一人。

 

「……もしかして、本当にお邪魔だったり?」

「いやいや、そんなことないよ。ライブも近いし、お客さんがいるのはリハみたいで有難いから」

 

 すぐさま秀星にフォローを入れる沙綾。だけどその表情はその直後に苦笑に変わり、「って言いたいところなんだけど……」と続けられた言葉と共に後方に向けられる。

 

「ありさぁ、そんな隅っこ行かないでよー」

「いや、無理無理! 男子連れて来るなんて聞いてねぇから!」

 

 部屋の奥に置かれたキーボードの更に奥で縮こまる有咲に呼び掛ける香澄。ひそひそとしたやり取りではあったけれど、その概ねは秀星にも聞こえていた。

 実は有咲もたえと同じで大方六花か誰かでも連れて来るのかと思っており、まして初対面の男が来るなんて青天の霹靂もいいところだった。高校生活やバンドを通じて不登校時代だった中学以来の人見知りを克服したかに思われたが、まだ同年代の異性に対する免疫はなかったりする。

 

「じゅんじゅんは大丈夫だったじゃん!」

「バカ、それとこれとじゃ全然違うだろ! あぁもう、なんだって男子なんて……!」

「あ、有咲ちゃん。多分、普通に聞こえちゃってるよ……?」

「っ!」

 

 不味った、と表情を強張らせる有咲。そんな様子から一転、「ご、ごきげんよう〜……」とどこから引っ張り出してきたのか分からない妙に不自然な挨拶を秀星に投げ掛ける。猫被りの癖がまた再発してしまったようで、流石に初対面の秀星でもそのぎこちなさは容易に見て取れたし、ここまで嫌がられると些か以上に精神上くるものがあったりした。

 

「俺、やっぱり帰ろうか?」

「それはダメ! せっかく来たんだから、聴いていってよ」

「やでも、演者が無理って言うんじゃな……」

「有咲なら大丈夫だから、お願い〜!」

「ちょっ……!?」

 

 帰ろうかと提案する秀星にそれを断固拒否する香澄が、腕を取ってグイッと引き寄せる。

 顔が近い。良い匂いもするし、何やら柔らかい感触が当たっているような。引き寄せられた瞬間から五感に色々なものが襲い掛かってきて、秀星はたじろぐ。

 

「おぉー。香澄、大胆だ」

 

 場違いな感想を口にするたえと苦笑する沙綾、どうなるのだろうと狼狽するりみ。

 三者三様の反応だったが、有咲はというと一瞬前までの装った淑やかさをかなぐり捨てて怒鳴る。

 

「ちょ、ななな何してんだ香澄ー!!」

 

 どっかーん、とでも擬音が付きそうな勢いで制止する有咲にギョッとする秀星を他所に、香澄は「だって秀くんが帰っちゃうって……」と譲らない。「良いから離れろって!」と言う有咲だが、それでも離そうとしないのだった。まさに膠着状態といったところで、正直針の筵のような心地がする秀星にとってはあまりよろしくない状況だった。くっつく香澄に対してそれ以外の感情がないかと言えば、嘘になったりするのだが。

 

「だったらほら、有咲がやるって言えば大丈夫じゃない?」

 

 そんな状況に助け舟を出す沙綾の言葉に、有咲はぐぬぬと唸る。香澄が知らない男に引っ付いているという事態は許容し難く、腹を括ったかのように息を吐く。

 

「あー、わかったよ、やるよ! やればいいんだろ!」

「本当!?」

「でもしょうがなくだからな。確かにいきなりとは言え、客を門前払いするのは悪いし……」

「有咲ーっ!!」

「うわっ、くっついてくんなー!」

 

 了承を得た途端に秀星の腕から離れて有咲に飛びつく。左から消えた体温や感触やらに安堵する秀星だが、嬉しそうな香澄と口とは裏腹に満更でもなさそうな有咲を目の前でこうも見せつけられると、当事者の筈が蚊帳の外のような感覚に陥ってそれはそれで何か複雑だった。

 

「あはは、ごめんね。あの二人、いつもこんな感じだから」

「あー、なるほどね」

 

 笑いながら謝罪を入れる沙綾に、何となく納得する。

 少しの間くっつき合っていた二人だったが、待ち切れないといった様子でギターを持ち出したたえが「じゃあ、そろそろ始めようよ」と言い出したことで配置につく。

 

「キーボード担当、市ヶ谷有咲。……そっちは?」

 

 客と呼んでおいて少々睨め付けるような目付きでぶっきらぼうに問う有咲。とは言え小柄で童顔なこともあってか、あまり威圧感は感じない秀星は普通に受け答える。猫被りからえらい変わり身の早さだなという感想はあったが、胸の中に留めておくことにした。

 

「榊秀星。城成高校三年です、よろしく」

「榊……?」

 

 ただ有咲の方は何やら秀星の苗字を反芻して、少し考え込むような仕草を見せる。

 

「どうかした?」

「……あ、いや。何でもない」

 

 呼び掛けるとぱっと我に返りキーボードを軽く鳴らして調子を確かめた。特に大したことはないだろうと納得して、秀星はその澄んだ音を聴いていた。

 

 頷いた有咲を見て、それから皆を見渡して、香澄がにこりと笑う。

 

「それじゃあ改めまして、ギターボーカル、戸山香澄! 私たち──」

 

 音頭を取った彼女に、他の四人が呼応したように笑った。

 これから始めることが楽しくて仕方がないといった笑顔が燦然と輝く。

 

「「「「「──Poppin'Partyです!」」」」」

 

 その輝きはキラキラと眩しくて、メラメラと熱い。

 

「それじゃあ一曲聴いてください!」

 

 正にそれは──

 

「STER BEAT! 〜ホシノコドウ〜!」

 

 星のような輝きだった。




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