星見が丘   作:茎わかめ

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07. 残光

 どうしても考えずにはいられなかった。

 駅で歌う香澄を見て、話をして、練習風景を見させてもらって。

 

 根雪のような思い出を追憶して、果たして自分は何が出来ただろうと。螺旋をぐるぐると回るような思考は、延々と一つの結論だけを弾き出した。

 

 ──何もできちゃいない。

 

 春の駅のホーム。伸び伸びと歌う姿と、その歌声に、秀星はずっと前の星空を幻視した。

 それでも彼女の方から声を掛けられるまで何も言えなかったのは、あたかも初対面の様に振る舞ったのは。これまで何も思い出そうとしなかったのも。偏に、かける言葉が見つからなかったからだ。

 

 前に香澄から誘われていたライブは、奇しくも田中が秀星を誘ったものと同じだった。

 何グループものガールズバンドが合同で行うものらしく、彼女たちPoppin'Partyの名前は一番最後に載っている。所謂大トリというやつなのだなと、秀星は納得した。

 

 思い出したようにチャットのアプリを開いて、香澄にライブに行く旨を伝えた。

 直ぐに既読が付く。

 

『楽しみにしててね!』

 

 そんな短文とともに添えられたスタンプは、星を模した謎のキャラクターが楽しげに舞っているよくわからないものだった。嬉しそうに入力している香澄の姿がなんとなく浮かんで、微かに苦味を含んだ緩みが秀星の顔に浮かんだ。

 

 電車がホーンと間の抜けた警笛を慣らしながら停留所に停まる。いつも乗る予備校行きの電車だった。扉が開く。アプリを閉じて、口を開けるようなその無機質な空洞に滑り込んだ。

 切り替える為にと開いた単語帳。そこに載っている英字の群をどれだけ覚えれば、彼女に近づけるのだろうか。不意にそんな考えが秀星の脳裏を過ぎる。

 ……何をどうすれば、なんて思考に意味はないのに。溜息混じりに単語帳から目を逸らし、車窓からの景色をふと眺めた。雑多な街並み。暗がりに呑まれる青。星は見えない。いつもの光景だ。

 この光景は変わらない。電車は引かれた軌道の上しか走れないから。

 

 だとすればきっと、今目に見えているものが答えなのだろう。

 

 結局行き着く結論はそこだった。

 

 ──本当に、情けない。

 

 心中で吐き捨てるように呟いて、視線を単語帳に戻す。

 集中しようと努めるも、その労力は無駄に終わりそうな予見が秀星にはあった。

 

 

 

 *

 

 

 

 毎日が過ぎていくことを意外と早く感じることがある。

 作業のような完全に構築されたスケジュールだけで過ごしていると、感覚として緩急の差が激しかったりする、というのが秀星が常々思うことだった。朝に起床し、登校。放課後は予備校に通い、夜はその授業と学校の課題の消化。それの繰り返しだ。

 

 過ぎるのがとんでもなく遅く感じることもあれば、一瞬で終わってしまうこともある。今回は後者だったということだ。

 

 そういう訳で、現在地──ライブハウスの前。

 男の観客もちらほらと見るが、やはりガールズバンドなだけあって大部分の客は女性だ。

 そこそこ大きな会場(ハコ)なだけあって、集まる人数も多い。秀星は居心地の悪さに身を捩りつつ、田中が来るのを待っていた。

 

「おいーす」

 

 聞き慣れた声での気の抜けた挨拶は、こんな時ばかりは少し心強く思えるというのは新たな発見だった。

 

「おー。遅かったな」

「わり、ちょっと準備に時間かかってな」

 

 そう手短に釈明すると、田中は思い出したかのように携帯を取り出しては電源を切る。慌てたような挙動に少し眉を顰めつつも、特に言及することなくハウスの中へと入っていった。

 

 入口を入ってすぐの場所でチケットの確認やらが行われているようで、そこへ行くとスタッフに身分証を出すようにと言われる。

 促されるまま学生証を見せてみると、秀星の名前を見た係員の女性は何か心当たりがあるような顔つきになった。

 

「え、取り置きですか?」

 

 何やら秀星の名前でチケットが取り置きされていたらしい。そんなことは秀星自身初耳で、隣の田中と共に困惑するだけだった。

 

「マジかよ秀、ここに知り合いでもいんの?」

「や、まぁ。でも取り置きなんて聞いてないし──」

「──あ。榊……くん」

 

 果たしてどうするべきかと固まっていると、見知った顔が奥から覗きながら、少しぎこちない風に秀星の名前を呼んだ。

 

「市ヶ谷さん」

 

 まだ衣装には着替えていないのか、スタッフと同じような黒いTシャツを着ている。

 出番は最後だから、もしかすると時間的に余裕はあるのかもしれない。なんて都合のいい希望的観測に頼って、彼女にチケットの件を訊いてみることにする。

 

「丁度良かった。あのさ、俺の名前でチケットが取り置きされてるみたいなんだけど……何か知らない?」

 

 有咲の方は別に時間に問題はなかったけれど、会うのが二回目の男子と一対一(サシ)で話すことに若干の気まずさなんかを感じていた。

 だから声を掛けた訳でもなくて、ただちょっと言葉として出てしまっただけだったのだが。

 

「え……香澄から何も聞いてないの?」

「いや全く」

「……マジかよ」

 

 何を言われるのかと一瞬だけ身構えて、訊かれた内容と此方の質問に対する回答に有咲は溜め息を吐いた。

 秀星はその反応で香澄の取り計らいだったのだと気付くのと同時に、彼女の溜め息に慣れたような(てい)を感じた。

 

 そして有咲がカウンターの方でスタッフと話を済ませて、「ん」とチケットを渡そうとして──漸く田中の存在に気付いたらしい。

 

「あ、もしかして友達と来てたり……」

「そうなんだよ。チケット、こいつからも貰ってて」

 

 当惑する人数が一人増えるだけに思われた。

 

「いや、俺のは気にすんな。取り置きされてんならそっちのがいいだろ」

 

 が、田中が有難い提案をしてくれたことで問題は普通に解決した。

 

「いいの? 悪いね」

「いいっていいって。ま、お互い楽しもうぜ。……じゃまた後で」

 

 そう言うと、田中はそそくさと去っていく。先程とはまた違った挙動の不審さを感じさせたが、またしても言及することは特にしなかった。

 少しの沈黙を挟んだ後有咲が秀星の前に出る。

 

「もう開場してるから、着いてきて。案内してやるから」

「あぁ、ありがと。正直ライブハウスなんて初めて来たから、助かるよ」

「……そ」

 

 振り返ることなく、短く返す有咲。

 多くの人でごった返しその分だけのざわめきがひしめく会場の中で、有咲の淡々とした対応は却って強調されているように感じた。

 

「榊……くんはさ」

「ん?」

 

 やおら、振り返った有咲が秀星に向けて口を開く。

 ちらりと此方を見遣る上目遣いは、少し遠慮がちな光を湛えているような気がした。機を窺っていた有咲としても、これが適切なタイミングかどうかは判断しかねるところではあったけど。

 

 どうしても、訊かずにはいられなかったのだ。

 

「香澄の、なんなの?」

「……」

 

 ずっと気になっていた。

 秀星のことが話題に出るようになったのなんてほんの一週間くらい前からだったが、彼の話をする時の香澄はいつもに増して、その表情が華やいでいるように見えた。

 だから……有咲は確かめたかったのかもしれないと目の前の少年を見据える。

 

 じっと、少したりとも視線を逸らさない琥珀色の瞳に、自分自身が映っている。どこにでも居そうな、パッとしない見た目だ。

 平凡で、凡庸で。そんなやつの大言壮語で、香澄はここまで来たと言うのに。

 否定したい。そんなものは自意識過剰なのだと、自分に言い聞かせてこの劣等感と罪悪感を消してしまいたい。だけど香澄がこのライブに自分を呼んだ理由が分からない程、残念ながら秀星は鈍感ではなかった。

 

 香澄にとっての、自分。

 

(……そんなこと、俺が知りたいよ)

 

 とっくの昔、たった一度だけ話しただけの仲で。

 

 その時も今も、自分が勝手に彼女の歌声に惹かれていただけなのに。

 あの真っ直ぐな声と瞳が、なんでこんな自分を……。

 

「……」

 

 短く、気取られないように息を吐いた。

 詰まって、そのまま窒息してしまわないように。

 

「別に、ただの友達だよ」

「……本当に?」

「うん。何か変な想像してたなら、期待に添えず申し訳ないけどさ」

「ばっ、誰がんなこと!」

「はは、だよな。冗談」

 

 顔を赤くして勢い良く否定する有咲。この前の蔵でも思ったが、結構分かりやすい性格なのだなと秀星は一人納得した。

 

「……ムカつく」

 

 不貞腐れたような呟きは、しっかりと秀星の耳にも届いた。隠すつもりでもなかったようだが。

 

「ムカつくけど、一応客だからな。ウチらの曲、ちゃんと聴いていけよ」

「分かってるよ。楽しみにしてるって、戸山さんにも伝えといて」

「ん。……じゃあ席はここの前から二列目な。チケットにも席番書いてるから、それ見て探して」

 

 そうこうしている間に、観客席の方に着いていたらしい。案内を終えて戻ろうとする有咲に礼を言う。

 無愛想な返事を残して去っていく有咲だったが、その後ろ姿はどこか楽しげで、自信に溢れているように秀星には見えたのだった。

 そんな有咲を後目に指定の席へと向かったが、それにしてもかなりステージから近い。アマチュアのライブとは言え、結構な規模の会場だ。

 チケット代もそれなりにするのだろうなと野暮な考えが頭を過って、今度何かお礼をしなければならないなと思った。

 

 少し経つと、ライブが始まる。全方位から響く歓声と、力強く振られるサイリウムが秀星の聴覚と視覚を圧倒した。

 ステージに現れるガールズバンドの女の子たちは、皆一様に自分たちの音楽を歌い奏でている。そんな少女たちの姿は、秀星にはとても眩しく見えた。

 

 

 

 ただ、それでも。

 彼女たちは、その中のどのバンドとも違っていた。

 

 

 

「「「「「ポピパ! ピポパ! ポピパパピポパー!!」」」」」

 

 

 

 そんな謎のかけ声が、舞台裏から聴こえる。

 思わず笑いを誘われてしまうようなコミカルな台詞。だけれど湧き上がるのは笑い声なんかではなく、それまでとは全く違う質量を持った、そこにある全てを震わせるような歓喜の声だ。

 

 その渦の中、皆で楽しげに視線を交しながら出てくるPoppin’Party。

 各々が位置につき、真ん中の香澄がマイクを口元に持つと、先程までの歓声は水を打ったようになる。

 

「皆さんこんにちはっ! 私たち──」

 

「「「「「──Poppin’Partyです!!」」」」」

 

 そして、また爆発。

 メンバーの名前が至る所から叫ばれて、いつの間にかピンク一色になっていたサイリウムが不規則に振られて咲き乱れた。

 

 メンバー紹介ではそれぞれの色があるようで、叫ばれる名前と共にサイリウムの色が全く同じタイミングで一斉に切り替わる。

 この会場の一体感に、秀星は思わず感心してしまった。

 

「改めまして、Poppin’Partyギターボーカル! 戸山香澄です!」

 

 最後に香澄が前に出て、挨拶へと移った。

 

「ここでライブするの、久し振りで! 今とってもワクワクしてます!」

「前にやったのは何ヶ月も前で、あっという間に春になって、私たちももう高校三年生になりました!」

「色々なことをしっかり考えなきゃいけない一年になって、勿論皆もそんなことがいっぱいあると思います」

「でも、今日のこの瞬間は今だけだから! 来てくれた皆と、私たちとで! たっくさんキラキラドキドキできたらなって思ってます!!」

 

 その言葉が、この前の丘での会話を彷彿とさせた。

 

「それじゃあ早速一曲目いくよー!! 『Happy Happy Party!』」

 

 不意に湧く感慨も束の間、前口上も早々にとギターから入るイントロが始まった。

 

 楽しい歌詞とゆるりとしたメロディが、いかにもポピパらしい一曲だ。ここにいる皆との出会いを喜んで楽しむ、そんな思いが伝わってくるような気がした。

 

「ありがとう! やっぱりライブって楽しいです! このまま駆け抜けようー!!」

 

 次は五人のアカペラから入る特徴的な歌。

 

 前の曲とは違い、疾走感とカッコ良さが魅力的な、最高にロックな歌。「この手を離さない」と言った香澄には黄色い声が沸き上がり、秀星も男ながらに格好良いと思ってしまった。

 

 次に歌われたのは、夢に希望を詰め込んで新たな一歩を踏み出す勇気をくれるような曲。

 

 夢が醒めても、霞んでも。出会うことができて、繋がれたから。

 だから進むのだと。まっさらな未来へと、臆することなく……。

 

(……)

 

「次で最後の曲になります!」

 

 残念そうな声が広がる。それを聞いて、ステージ上の彼女たちは嬉しそうに微笑んだ。

 

 秀星もあっという間に時間が過ぎたように感じて、確かに彼女たちの曲はとてもいいものばかりで、このライブに来て良かったと思っていた。Poppin’Partyはとても良いバンドだとも思えたから。

 

 彼女たちの、香澄の芯のようなものが伝わる。一曲一曲を通じて、流れ込んでくるものがある。

 

「私たちの原点みたいな曲で、何回もライブをしてきた今でも、何度でも歌いたいし、聴いて欲しいと思う曲です!」

「いつか今日のライブが、この歌が。みんなにとっての星の鼓動になることを願っています!」

「それでは聴いてください! 『STAR BEAT! 〜ホシノコドウ〜』」

 

 

 

 きっとそれは、もう秀星にはないものだった。

 

 

 

 *

 

 

 

 ライブ終了後、秀星は香澄に呼び出されていた。

 一応田中に用事ができた旨を伝えると、これまたやけにあっさりと承諾を得ることができた。

 

 幸いにと楽屋の近くに向かうと、既に衣装から私服に着替えていた香澄が秀星を出迎える。

 

「戸山さん、お疲れ様」

「秀くん! どうだった? 私たちのライブ!」

「めっちゃ良かったよ。ライブって来るの初めてだったけど、なんか想像以上だった」

「えへへ、そっかそっか」

 

 秀星の素直な感想に、香澄は顔を綻ばせた。

 ステージ上よりも幼げな表情に少しだけ胸の鼓動が早まって、しかし直ぐに止む。

 

「ホント、凄かった」

「……」

 

 染み入るように吐かれた一言と表情に、香澄の方は何か翳りを感じていた。八年ぶりに会えたこの前の丘でも、確かに見せていた貌。

 それが何かを知りたかった。何か悩んでいるのなら、今度は自分が彼の力になってあげたかった。

 

 あの日確かに、香澄がなくしかけていたものをくれたから。

 

「ねぇ秀く──」

「お、榊くんだ」

「ライブお疲れ様、山吹さん。ドラムカッコよかったよ」

「あはは、ありがとう。面と向かって言われると、ちょっと照れるね」

 

 あることを口にしようとした香澄の後ろから、沙綾が顔を覗かせる。

 

「でも実は私も榊くんのこと見えてたよ」

「え、マジ?」

「うん。だってあんな前列でサイリウム振ってないの、キミだけだったもん」

「あ、そういう……。まぁほら、そこは初参加だったから許してよ」

「次振ってくれるならね」

「えー、なんか難しそうなんだけど。あの一体感」

 

 沙綾の柔らかい物腰での喋り方に、秀星も普段通りの態度で接することができていた。労をねぎらう秀星に礼を言う沙綾。

 二人の会話は香澄を挟んでそこそこに弾んでいた。

 

「そうでもないよ。ノリで振ってればなんとかなるって」

「そうか?」

「うん。あ、じゃあまた今度ライブがあるから──」

 

 そこで漸く沙綾の目が香澄に向けられた。

 少しそわそわと落ち着かないような、二人の間を行き来する香澄の視線。

 そんな様子の香澄に、沙綾は思わず苦笑してしまいそうな気色を抑え込んだ。

 

(こんな香澄、初めて見るなぁ)

 

 羨ましいような、可愛いような、少し寂しいような。

 二人がどんな関係なのかは知らない。知らないけれど、知らないなりに気を遣うことにしようと。

 

「──行ってきたら? 香澄と一緒に」

「……え」

「……!」

「その予定も立てなきゃだし、二人で今から話してきなよ。私たちは先に帰ってるからさ」

 

 そんな提案とウィンクを寄越して、「じゃあね香澄、榊くん」と沙綾は楽屋の扉を閉める。

 

 想定もしていなかった事態に、秀星は呆然と閉じたドアを見つめる他なかった。




お久しぶりでした。色々立て込んでおり投稿が遅れて申し訳ないです。
少し余裕が出来たのでまた今月中に投稿できればなと思います。Poppin’Party秋の単独ライブ全通できたのでモチベも高いですけど、コロナが心配ですね。皆さんも体調にはお気をつけください。
それでは今日はこの辺で。感想等お待ちしております。
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