鋼鉄の彼女から流れ出る血潮は、百合の花へと注がれる。 作:山並
彼女には様々な呼び名があった。
大半は人と関わろうとしない彼女を貶す言葉で、残りは家の無い彼女を貶す言葉だ。
悪い噂、悪口、はたまた都市伝説まで、彼女を貶す言葉は尽きる事を知らなかった。
学校内で、彼女を褒める言葉が発された事は無かった。
だと言うのに、誰も彼女をイジメの対象にしようとしなかった。
いや、正確にはしなくなったと言うべきか。
彼女に関わった人間は、例外なく死んでいったのだから。
最初に死んだのは彼女の家族だった。
彼女の母は、心臓麻痺で。
彼女の父は、脳卒中で。
彼女の兄は、交通事故で。
頼れる親戚は少なく、彼女は1人になった。
唯一声を掛けてくれた祖母も火事で亡くなった。
1人になった彼女の家は放火され、燃え尽きた。
犯人はその頃話題になっていた放火魔で、なにか彼女に恨みがあったわけでもなかった。
その頃から、彼女は人と関わるのを辞めた。
屋根がある所に居るときっと燃えて無くなる。
人が居る所にいると、人が死んでしまう。
彼女はカラスしかいないような高架下に一人で暮らす。
一日に一個と半分、コンビニのおにぎりを食べる。
残り半分は、カラスにあげる。
それ以上、その日は何も食べない。
最近は学校にも来なくなった。
彼女に声を掛けた下級生が自殺したからだ。
今日も彼女は、既に亡くなった作家の作品を読み漁る。
ゴミ捨て場を漁って本を手に入れる。
書店に買いに行くと、店員さんが死んでしまうかもしれないから。
彼女は捨てられたものしか手に取ることが出来無い。
ある日、彼女は自分の服を洗濯にコインランドリーへ向かう。
学校の制服と、拾った男物のパーカーしか着る物を持っていない彼女は、定期的に服を洗いに行く。
いつもとの決定的な違いは、粗悪な環境下での睡眠不足の進行。
赤信号の交差点、彼女は足を踏み出してしまった。
ぶつかる筈だった、クラクションを鳴らすシルバーのトラック。
背後から突き押した制服の少女が代わりにぶつかる。
凡そ生物が何かに衝突したとは思えないほど鈍い音が聞こえ、黒のメッシュが入った金髪の隙間からは黒々とした血液が。
私の近くに居ただけで、と思う間も無く、跳ねられた筈の少女はむくりと上半身を起こす。
何故かケラケラ笑いだした少女の横顔を見て、彼女は胸を高鳴らせる。
どうしてか、異性に恋をした事もない彼女は、同性の、それも血塗れになった少女に一目惚れしてしまったのだ。
しかしながら、彼女は人と関わらない。
関わると、きっと死んでしまうから。
恋をしてしまった相手だからこそ、彼女は迷う。
彼女を心配して話しかけてもいいか、と。
轢かれた少女が、葛藤する彼女の方を見て元気な弾んだ声で、叫ぶ。
「ねえ、そこの可愛い君!大丈夫だった?!…私は大丈夫だから。だから、ね?泣かないで?」
その言葉の優しさから、ようやく自分が涙を流していることに彼女は気がつく。
拭っても拭っても溢れてくる涙。
きっと、怖かったんだろう。
少女が死ぬことが。
家族が死んだ時も流れてはくれなかった涙は、今、元気に生きて話している少女に流れている。
彼女は、この少女と一緒にずっと居たいと、本気で思っていた、
一目惚れにしては随分と大きな感情を抱いた。
自分の持つ、自分に対するマイナスイメージなど忘れ去って、ただその少女に抱きついていた。
名前も知らない、それも怪我をしているであろう少女を思いっきり。
少女も困惑した様子だったが、彼女の様子を見て直ぐに抱きしめ返す。
どういう状況か分からない、トラックの運転手はひたすら困惑するだけだった。
多分、見てる人はみんな困惑してると思う。