鋼鉄の彼女から流れ出る血潮は、百合の花へと注がれる。   作:山並

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シー・ラヴス・ユー

とある不幸な女性が居た。彼女が名を呼ばれることは稀で、一人しか居ない肉親に「おい」とか「お前」などと呼ばれて育った。

 

彼女の母親は彼女が幼い頃に死に、残ったのは横暴な振る舞いをする父親だけだった。彼はそれまでは母親がしていた家事全般を幼い彼女に押し付け、少しでも気に入らなければ何度も殴り、暴言を吐き、何度か殺しかけた。

 

彼は妻を亡くした寂しさを紛らわすためにギャンブルにのめり込んだ。彼は借金を膨らませ、使える金は殆ど全て自分のことに使うため、娘は擦り切れた服を着回さなくてはならなかった。

 

それでも彼女は健気に笑顔で生きていた。父親の世話をしながら自分の面倒も見るために早朝に新聞配達をして自分の服や下着や文房具を買った。その合間に、すぐにでも独立するために必死に勉強をして、働きながら通える高等学校に進学し、市内の工場で煤まみれになって働いた。

 

彼女は髪を金に染めていた。彼女にとって精一杯のおしゃれで自己表現だったそれはやはり、彼女の父親が暴力を振るう理由の一つになった。

 

彼女の名は「波留」と言った。

 

彼女は人一倍優しいし、なにより行動力に溢れていた。

そう、見知らぬ少女が赤信号を渡ろうとして、大型トラックに轢かれそうになっているところに躊躇なく突進できたりするわけだ。

 

汚らしいセーラー服を着た少女が、彼女を病院に出迎えに来ていた。

 

波留は少女のことをよくは知らなかったが、顔には見覚えがあった。彼女がトラックから助けた、ものすごく汚くて鼻が曲がりそうなほど臭う、それでもとても可愛らしい少女だったからだ。

 

波留は同性愛者だった。彼女はそのことを何もおかしくない、自然な事だと思っていたし世間もそういった方向に向かいつつあったが、彼女の父親はそのことをひどく嫌って、カミングアウトした彼女を家から追い出した。彼は既に職を失っていたのだから、彼女が居ないと生活できないはずなのに。

 

少女の顔は、波留の好みだった。彼女は少女を助けた時にはそれ程顔を意識していなかったのだが、代わりにトラックに跳ねられた時に一瞬視界はスローモーションとなり、彼女の顔が目に入ったのだ。

 

大型トラックに轢かれて瀕死の重傷だった彼女だったが、その少女に運命のようなものを感じ、何とかお近づきになりたいと考え、力を振り絞って少女に話し掛けた。

 

すると、少女の方から抱きついてきた。しばらく状況の理解できなかった彼女だったが、これ幸いと抱きしめ返し、幸福感に駆られたまま意識を失って気がついた時には病院のベッドの上であった。

 

こうなってしまうと、もう一度あの女の子と会うのは無理か、と諦め掛けながら退院したところに、その少女本人の出迎えである。

 

波留は狂喜乱舞した。怪我が痛むのも構わず少女を抱きしめた。

 

「わたしは波留って言うの。可愛い貴女の名前は?」

 

「な、な、渚。その、あ、あたしは渚っていうの。」

 

少女は、初恋の人に名前を教えられて目をキラキラさせた。が、長い間他人との交流を断ってきた彼女には、普通の人間相手ならまだしも恋する相手にまともに口を利くことなどできるはずもなく、かなりどもりながら細く頼りない声をなんとか絞り出しただけだった。

 

自分の出した言葉に若干赤面しながら、渚はもっと強く波留を抱きしめた。

波留を出迎えるに当たって、渚は銭湯に行きいつ頃か分からない風呂に入った。

そのかいあって、彼女からはアスリートが放つようなまっさらな感じのする独特の匂いを発していた。

 

その匂いを嗅いだ波留は、自分のためにこうして臭いを落としてから来てくれたことに感動していた。

渚の持つ純粋さというか、素朴さのようなものは彼女にとって相当珍しいものだったし、かわいい女の子が自分のためになにかをしてくれたということが初体験だったのだから彼女とししては嬉しく無いはずが無いだろう。

 

「渚ちゃん、わたし決めた!!わたし、渚ちゃんを養うよ!」

 

バカみたいに大きな声で、彼女は叫んだ。

波留は病院でおとなしくしている間に、渚という少女の噂は耳にしていた。それは彼女が助けた相手で、そして町では有名なホームレス少女であること。彼女に関わった人間はもれなく死ぬということも。

 

波留はそんなオカルトじみた噂話は信じるつもりがなかったし、もし死ぬような目に遭ったとしても本当に死ぬことはないだろうという風に思っていたから、そんな少女を助けたという縁に乗じて顔の良い少女を囲ってしまおうと考えたのだ。

 

現在彼女は念願の一人暮らしを満喫していたが、それは父親から逃れるためで本当の意味で独りにはなりたくなかったし、部屋も充分に空いていた。

 

渚は突然の宣言に面食らっていたが、かなり魅力的な提案には違いなかった。

それでも、やはり自分は呪われていて、そのうち波留が死んでしまうのではないかという心配が底の方でくすぶっていた。

もう自分の周りでは誰も死んでほしくなかった。

 

「だ、だめ!」

 

という思いを込めて必死にこの一語を彼女は叫んだ。

 

当然波留からすれば拒絶以外のなにものでもないのだから、波留はひどく落ち込んだ。




久しぶりに続き。
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