VOICEROID//ANNO_HOMINOM_ 作:EMM@苗床星人
光あれと神は言った、言葉は形となって世界を照らした。
神は7日間の創造によって大地と海と空と生き物と、そして最後に人を作った。
そのすべては、言葉だった。
◇
どこまでも続くと思われる、荒涼とした大地。
金属質な多脚の音を響かせて、それは走る。
「どう、どう」
饅頭のような人の頭部のような丸く柔らかい物を乗せた、金属の蜘蛛のような奇妙なそれは
その乗せた饅頭の発した制止の声に従い立ち止まった。
「もう、撒いたかな……?」
そう、人間のそれと変わらない言葉を声にのせ、辺りを見回し金属蜘蛛を旋回させる饅頭は
周囲に動く影が何一つとしてないことを確認し安堵のため息をついた。
しかし、饅頭よりも金属蜘蛛の方がそれに先に気づいたか身を低くして、饅頭は「ゆっ?」と驚いたとおぼしき声をあげる。
それは地響き……それは地の底から、此方に近づくかのように大きくなっていく。
やがてそれは、饅頭がそれに漸く気づいたその瞬間に地表へと到達した。
予めその形に切り分けられていたかのような、一辺にして凡そ50㎝等倍四方の土の塊を撒き散らす破壊を伴って。
「ゆっ、ゆゆわぁっ!?」
金属蜘蛛と共に吹き飛ばされた饅頭の、人の顎に当たる位置にあるハッチが開き、そこから細い触腕が延びると
饅頭はそれを器用に扱い、金属蜘蛛の脚の一本を掴み引き寄せ、再びそれに騎乗する姿勢を取り直した。
動揺に揺れるその視線の先には、土煙を巻き上げて地中から這い上がる巨大な影。
それは、饅頭と同じように人の頭部を模したようなデザインをした、それでも饅頭とは似ても似つかない金属質の装甲に全身を包み
同様金属質な触手を何本も生やした、言わば機械の怪物というべき存在だった。
「シンジケートの、
饅頭は驚きを隠さず恐れの対象へと戦きながら金属蜘蛛を操作して土の地面へと着地する。
その甲高い音を、簒奪者と呼ばれた怪物の聴覚センサーは貪欲に聞き取った。
『……SSYせいyYYYousえいこまんd、故ーR’衝撃砲』
呪詛の声のような、しかし饅頭と同じような面影のある声で怪物の口が唱えると、周囲空間に異変が起きる。
破壊の狼煙のように舞っていた土埃が急制動をかけられたかのように空中で制止し、淡い光を放ちながら怪物の触手の先端へと集まっていく。
土埃が残らず消え、あとは正方形のブロックで作られていた大地を崩したかのような奇妙な破壊の跡だけを残しながら、変化は触手の先端にも起こっていた。
瓦礫と土埃を吸収し、それらを足して物質ごと変化させたかのような凶悪な形の『砲身』がその銃口を饅頭に向けた。
「ゆゆっ!?ゆっ、ゆーっ!!」
慌てた饅頭は咄嗟に手綱のような触腕を引いて金属蜘蛛を走らせる。
その一秒にも満たない間髪を入れ、砲身から放たれた見えない砲弾がそれまで饅頭と金属蜘蛛の居た箇所に着弾し、爆発した。
「ゆやぁぁっ!?」
破壊の衝撃によろめきながらも、振り替える饅頭は見た。
破壊された大地が徐々に、土色から無機質な銀色に変化していくその変化を。
その怪物の足元、顕れた破壊のあとも既に同様の変化を終え、奥から生物的に延びるパイプラインが絡み付き人工物の様相を成していく。
まるでその変化を終えた箇所が、その怪物の縄張りであるかのように。
その有り様を見た饅頭は、強く歯噛みした後に叫んでいた。
「……っ、やめてよ!!おかーさんが、ゆっくり達がせっかく、せっかく治した大地を……」
怪物は、その叫びを無視するかのように銃口を饅頭に向ける。
『Syuうう勢SSSSr……!!』
「……!!」
放たれた砲弾は咄嗟に跳躍した饅頭の毛先をかすり、命中した金属蜘蛛を跡形もなく破壊した。
「ゆっ!!……あっ」
その衝撃に吹き飛ばされた饅頭は、触腕による受け身も叶わず地面に叩きつけられる。
痛みに震えながら起き上がる饅頭の眼前まで迫り、銃口を向けて見下ろす怪物。
『シンジケート……シンジケートNNniに、シタガエ、ジンルイに、キカイはジンルイにシタガエ……』
呪詛のように、辛うじて意味の受け取れる言語を吐きながら、怪物の銃口に熱と質量が蓄えられていく。
「……っ」
絶望した饅頭が、あなやと瞳を閉じたその時だった。
「そうかい、でもなぁ、泥棒如きに媚びへつらう必要は無いんやで?」
饅頭とも、機械の怪物とも違う、流暢な関西弁の少女らしい声がエンジン音とともに割り込んだ。
「ゆっ!?」
次の瞬間、バイクのような二輪の走行機械が中空から怪物の眉間に目掛けて突っ込んだ。
『YU……GAA!!?GGA……!!!!』
どうやら二輪の方が怪物よりも耐久で勝っていたらしい、それは怪物の装甲をひしゃげながらめり込むと、間髪入れずに打ち込まれた光線に燃料を引火して大爆発を引き起こした。
饅頭は、気がつけば何者かの腕に捕まれ、その頭上に乗せられていた。
「大丈夫やで、あとは任せとき」
それは、『人間』の姿をしていた。
黒いワンピースに長手袋とブーツのような出で立ちの装甲服に、少女らしいすらりとしたシルエット。
まだ中学生から高校生くらいにも見える、幼さを感じる顔立ちに赤い髪。
先の爆発でも今だ殺気を衰えさせない、顔面を半分失った機械の怪物にそれでも物怖じせず立ち向かう彼女は光線の余熱を放出する二丁の拳銃を構え直した
「人類生存領域保全当局、対シンジケート攻勢調査機構
──VOICEROID、琴葉茜ちゃんやで!!
シンジケートの悪漢ども、いい加減その子らを玩具にするんは止めて姿を表したらどうや!!」
2丁拳銃の少女──琴葉茜の切った啖呵は、機械の怪物そのものに向けて放たれたものではない。
それらを操る、何かしらの巨悪に向けてのものなのだろう。
しかし怪物はその言葉に構わず、銀化した周囲の構成物をいくつも生やした触手に吸収して何丁もの銃口を生成し茜と饅頭に向けた。
「ゆわわ……」
「あの、返事くらいしいや?」
その銃口が、眼前の少女らに砲撃を開始する前に──遥か遠方から瞬いた閃光がすべての銃口を貫き、爆破した。
茜の耳に取り付けられた通信機から、茜と同じ──しかし標準的なイントネーションの声が大音量で発せられた。
『もー、お姉ちゃん!!シンジケートの人たちだって、こんな端っこの拡張に駆り出されてる雑魚までモニターしてる訳ないでしょ!!
ロードバイクも壊しちゃってマリサちゃんに怒られても知らないよ!?』
「ううっ、せやかて葵ぃ」
「ゆっ、ゆっ!!」
一瞬だけ通信機の先の声に集中がそれた茜の髪を引っ張って、饅頭がその意識を戦闘へと引き戻す。
火花を散らしながら茜の全身を撃ち据えようと迫る怪物の触手、茜は息を乱すこともなく身を翻し、その全てを軽々しく避けて見せた。
「へっへー、ゲーマーの反射神経舐めたらあかんよ?」
「ゆ、げいまあ?」
茜は触手の一本に手をつくとその上に跳び乗り、迎撃に迫る二本の触手を拳銃からの光線で撃ち壊すとその銃口を怪物の顔面の破壊された部分、その露出した内部を埋め尽くす機械の塊に紛れて見える──饅頭と同種とおぼしき物体に照準を定め──呟いた。
「ごめんな、もう──休んで」
2丁拳銃から怒濤と放たれる光線が傷口から怪物の内部に殺到する。
圧倒的な質量の暴力に内部を完全破壊された怪物はその瞳に映る紅い光を失い、その身を支える触手から脱力するように力尽きて倒れ伏した。
同時に着地した茜は、哀れむように怪物を見下ろした。
頭の上から全てを見ていた饅頭は、その様子に圧倒されるように黙っていた口を開く。
「ゆっ?」
「ごめんな、お仲間やったんやろ……?」
茜の言葉に、饅頭は首をかしげる。
価値観が違うのか、同じ種族であっても怪物になった時点で違う存在と認定されるのか。
いずれにせよ、その感情は茜にしか理解できないようだった。
「おねーちゃーん……!」
少し遅れて、長く続く甲高い音と共に先の通信機の声が迫ってきた。
ほとんどが茜と同じ顔容姿、色違いのような青い髪に白い装甲服の少女が腰から伸びたスラスターから光を吹き出しながら滑空してきた。
「葵~、援護射撃ありがとうなぁ?」
「まったくもう気を付けてよね?いくら私たちが幾らでも生き返れるからって……ゆかりさんが言うように初期化しちゃう危険もあるんだから」
「堪忍やで葵、子供が襲われとったさかい……」
茜がそういって振り返ると、頭から降りていた饅頭が地面を覆う銀化した地面の一部をかき集めているところだった。
「子供って……マリサと同じ環境修復ロボットじゃない」
葵がそういっている間に、饅頭の口許に運ばれた銀色の塊が再び元の色の正方形をした土塊に変化し、破壊された大地の隙間に一個嵌め込まれる。
「ゆぅ……っ」
しかしその後ろ姿は何処と無く哀愁を感じさせるもので、葵もそれに何か思うところあるのか口をつぐんでしまった。
茜が見上げる、遥か上空に浮かぶ巨大な『浮き島』に視線を向けて。
「この時代の人たちが、戦争で汚染された大地から逃げて引っ越した『人類生存圏』……ゆっくり達環境修復ロボットに大地の修復と資源生産を任せて数世紀やっけ?」
「馴染めずに地上を侵略しに来たシンジケートの自動増設し続ける『
葵が懐から取り出した黒い立方体を放り投げる。
「『オブジェクト解凍要請;ロードバイク』」
葵が告げる呪文のような言葉に反応して、黒い立方体が膨れ上がり、霧散し、そして先のバイクと同種の白く塗装された同型機へと変形した。
葵はそれに飛び乗り、茜を手招く。
「乗って、今夜の宿を作る素材集めないと」
「う、うん……」
葵に促されるままに、落ち込んだまま後部座席に座る茜。
しかしそれが発進する前に、助けた饅頭が茜の頭上に乗っかってきた。
「ゆっくりの村に、使ってないおうちあるよ?」
「えっ」
驚く葵に、茜は微笑んで言う。
「ほれ見い、やっぱ人助けはするもんやでぇ?」
「人助け……ねぇ?」
そうこう言いながら、葵はエンジンを吹かしてバイクを走らせる。
その遥か先には、土に混じって、あるいはそこから延びるように成長した植物のような緑の葉を揺らす光合成ナノマシンによる密林が広がり、大河が流れ滝へと落ちるなにかのゲームのような人工的で奇妙な自然が広がっていた。
これは、遥か未来の物語。
荒廃から生まれ変わった遥か未来の世界に、現代日本に生きた人間の記憶を持って生まれた
汎用戦闘アンドロイド──VOICEROID達の物語。