「明日は何で勝負をするべきなのだろう……」
帰り道、僕は明日の勝負のための食材探しに来ていた。といっても僕には遠くへ行くための手段としてはこの足しか存在しないので……。だから園崎さんと竜宮さんに近くでやっているスーパーみたいなのは無いかを聞いて近場の店までやってきたのだ。
聞いた話では僕たちの帰り道とは逆、北条さんたちの方が近い所に肉屋や八百屋みたいな場所があると。そこが雛見沢にて営業しているという情報だった。実際に見れば村の中の唯一の出店なのだ。漏れる明るさや声かけで分かるとも言っていた。
実際に目にして分かる。確かに村の現状を知れそうな店舗の数だと言えた。流石はというべきなのか村の集落である。家などが一列に並んでいる中に店が置かれている他、店を閉めている場所もちらほらと。人も少ないし、過疎化した商店街みたいな状況――――いや、商店街よりも規模が小さいのだからもっとひどいのかもしれない。とにかくあまり誇れるほどの大きさでは無い。
「新鮮さが命だよな……」
あまりこういう場所で買い物をしたことがないので、新鮮さを保障してくれるのか分からない。
遠目から見たところでは大丈夫そうには見える。とにかく細かいところは店前で判断するほかない。
戦うのだからやはりみずみずしい野菜や、血色のよい肉を使う事は最優先事項と考えていいだろう。例え竜宮さんたちに技術で負けていたとしても、食材選びにて勝つ。少しでも出ている杭はきっちり打っておこうという作戦。……小遣いが足りれればの話だけど。
店の前におやじさんが威勢よく2人のおばさんに声掛けを行っているのを眺めていた時、
「おや? 孝介さんも食材を買いに来まして?」
見たらこちらに笑顔と共に光る犬歯をのぞかせている人がいた。そんな気軽に話かけて、そして犬歯をのぞかせる少女は僕の知りうる限り1人しかいない。
「北条さんも勝負のために?」
「もちろんですわ! 食材選びには事欠きませんわよ!」
「流石だね……」
素直に敵対する相手を称賛していた。事前情報として聞いたところ、古手さんと北条さんは二人で生活をしているという。よく2人で切り盛りできるとか、お金の件はどうなるか云々は置いとくとしても、そういう話イコール家事をこなしている事になる。となれば食材選びだってそれなりの知識を持ち合わせているはずだ。……少なくとも僕と同等、いやそれ以上か。
やはり子供であってもそういった家事スキルは大人、いや大人より上かもしれない。
油断できない相手である事は間違いないようだった。
「そこまで警戒しなくても大丈夫ですわよ? 孝介さん。どうせあなたと私では蟻と像ぐらいの力量がありますわ」
「ずいぶんな言われようだね……因みに前原君は?」
「あれはノミですわ」
「あはは……地味な邪魔さなのはよく分かったよ」
北条さんには僕のことを知らないからそう比較しているのだろう。まぁ、思春期の男子が今日まで家事を担当した、なんてことを考える方が少ないだろうから。だけど、油断は己の敵となり敗北へつながる。僕の場合は勝利への唯一の方法でもあるのだ。ギャップ評価を狙うためにも、ここはグッと我慢しておこう。
「お2人とは経験と修羅の数が違いますわよ。数が」
「どうして料理で修羅の話が出てくるのさ……」
「そりゃあただの料理対決、なんて甘い考えはありませんことよ。敵に塩を送るという言葉がありません?」
「おっほう。冗談がお上手なことで」
「そうですわねー。砂糖でもよろしくてよー?」
あれ、純粋に料理対決出来るかどうか自信がなくなってきたぞ。これはお弁当箱じゃなくて金庫でも持っていくべきなのかも。……じゃなくてだ。
「純粋に勝負出来ないのかな……」
「純粋という言葉は部活の会則表にはありませんわ」
「え? 会則表なんてあったんだ」
「問題をそちらにするとは、中々面白い返しですわね……」
コホンと彼女は、脱線しかけた話を元に戻そうとした。
「とにかく私たちにとって敵でもなく、脅威でもありませんと言いたいのですわ」
「なるほどなー。脅威でも、敵でもない……か」
「……流石に自分からやりたいと切り出しただけはありますわね」
「ん?」
「その顔には余裕が見られますわ。ある程度の経験は積んでいるとお見受けしますわ」
いや、単純に料理対決が出来ないと言われた時点でめっちゃ焦ってるんだけど……逆に変な誤解から正解を当てられてしまったか。
「まぁ、それでも勝つのは私ですわー!」
「ははは……そうだね。とりあえず穏便に行こうよ」
「だから孝介さん、穏便は――――」
「会則表にないんだね、分かるから」
「……そうですわ」
ぷくーっと頬を膨らませて言わせてもらえないことに、軽くいじける北条さんはどこからどう見ても子供だ。料理も出来ると言うし、目上の人のようにも見えるけどこういうところは可愛らしいものだと思えた。朝のイタヅラももしかして前原君に気にして欲しいという、愛情の裏返しというやつなのかも。
そんな彼女の評定を行っていると、彼女の背中越しからひょっこりと顔を出したものがいた。
「あ、古手さん」
「……みい。沙都子、ジャガイモを買ってきたのですよ」
手にした満杯の買い物袋をぶらぶらと揺らしながら、北条さんに確認を要求する。無言でそれを受け取り軽く中身を確かめる北条さんを置いて、古手さんはこちらに首をかしげてきた。
「……孝介もここで食材を買いに来たのですか?」
「うん。僕だって、料理スキルぐらいはある事を証明しないとね!」
「……そうなのですか」
因みに『ぐらい』という単語に力を入れてしまったのは仕方がないと言わしてもらおう。
そんなことを気にする様子もない2人は買い物袋をひっさげ、確かめ合うように頷き合っていた。こういうので理解しあえるとは、やはり信頼関係は確かなのだろう。
「キャベツも買ってくれましたわね。ありがとうですわ、梨花」
「……抜かりはない、なのですよ」
キャベツにジャガイモ。今聞いた段階での食材ではなにを作るかなんてわかる訳がない。ポテトサラダなら、弁当としてあまり日持ちのよくないものだし……。
もちろん古手さんたちもそのことを理解しているうえで話を進めているのだろうな。
敵に塩を送るなら……なんて甘い考えはよしておこう。本番までのお楽しみというやつだ。
「で、他にはお肉がありましてよ?」
「了解なのです。それでは行ってくるのですよ」
古手さんは北条さんに買い物袋を託したまま、先ほどまで活気よく営業を行っていた肉屋の方に走り出した。先ほどのおばさん2人も買い物を終え、与太話へと展開させていた。
持ち直した北条さんはふぅと一息つく。動く気配が感じられないので、
「北条さんは一緒に行かないの?」
「へ?」
「ほら、場所も近いし僕も行こうと思ってたからさ。一緒に行った方が……」
「え、えぇ、私はここで待機しないといけませんので……」
急に狼狽してたどたどしくなるので、僕は疑問に感じていた。
「何でさ?」
「その……それは……」
「ん?」
遠くから2人のおばさんがこちらにやってきた。与太話も終わって、家での家事作業に移るためなのだろう。家族分の野菜、肉を詰め込んだ袋を手に持ち、2人は明るい調子のまま北条さんの横を通ろうとしていた。
その時である。
北条さんは息を呑んだかと思えば、自分から引くように一歩後ろに下がっていた。それは王様が渡る道を開けなければならない兵士のような姿。低姿勢な姿がそこにはあった。
そして急に動き出してしまったせいか、袋からジャガイモ1個が袋から漏れて主婦たちの足元に転がってゆく。こつんと小さな音を立てると共に、おばさん2人の会話も止まってしまった。
静寂の中、目線を泳がせながら彼女は早めの行動に移ろうとしていた。
「も、申し訳ありませんわ……」
頭を下げて素直に謝る。そこまでする必要があるのだろうかと疑問に思うくらいの深々と。
僕はてっきり北条さんが過度に気を使っているだけだと思っていた。だから次には「いいわよ」と主婦たちがにこやかにジャガイモを拾ってくれるのだとばかり考えていたのだ。
……しかし僕の予想は大きく外れることとなる。
「あら、こんにちは。今日は買い物?」
2人はにこやかに挨拶をしてきた。挨拶よりも先に拾ってあげろよとか、問題はそこではない。目線である。相手は僕に向けて挨拶をしてきた。顔も固定、目線も固定。そこに1つおかしな矛盾が存在する。
「あ、あの――――」
「いや偉い子ねぇ。自分で買い物するなんて」
「私の息子にも見習わせたいわー。本当」
「そうよねー。この”男の子”はしっかり者で嬉しいわー」
何だこれ。
「ほ……」
思わず声を掛けようとして、出てくる言葉は霧散してしまう。北条さんは諦めきったように足元に落ちたジャガイモを眺め続けている。分かり切っているから、無視をしろと強く訴えかけられた気がした。私はあのジャガイモだけを見てればいいのだ、と。
まるでこの場所に北条さんなどいないかのように……、2人は僕だけを見続ける。
「全く、うちの子にも見せてやりたいよ」
「そうねぇ。でもまぁ、いいわよ。『何も起こさない子』てだけで十分よねぇ」
「そうねぇ。『親は子に似る』ていうのだから困るわよねぇ。あなたみたいな子は優しい親がいるのでしょうねー。誰かのところと違って」
何を話しているのか僕には分からない。今日、昨日という短いスパンなのだからそれは当然の事だろう。だがその言動が北条さんの事を傷つけている。僕はその事だけ、北条さんの姿を見て感じ取っていた。握りこぶしを固め、苦痛に耐える姿が痛ましい。
ふいに湧き上がる疑念と憤慨は僕の中で渦巻き続けた。
「そ、その……!」
「ん? どうかしたのかしら?」
「えっと……」
言い方や態度があるのではないのだろうか。僕はそう注意したかった。
……だけど相手が大人ということもあって、それを言葉にすることを気にしてしまった。もしかしたら変な噂をたてられるかもしれない。力でやられてしまう可能性だってある。自信もない。それに母さんたちにも風評被害を受けてしまうかもしれない。そんなことを頭の中でよぎってしまったのだ。それらが口にチャックをかけてしまっていた。
何も言えずに考えあぐねていると、誰かに袖を引っ張られた。
「古手さん……」
「……みい。言わなくていいのですよ」
「でも……」
明らかにいじめている現場を目撃しているというのにそれを黙っていろというのだろうか。
しかし古手さんの目はそんな感情になっている僕を押さえつけるだけの意思と……悲しみのこもった目をしていた。
「梨花。私は大丈夫でしてよ」
北条さんは強がって笑って見せた。その姿が逆に辛さを誇張していてこちらとしても居た堪れない。
僕は主婦たちに軽く一礼だけすると北条さんに笑いかけた。正直自分が笑っていいのかは分からないけど、彼女が笑っているのだから同じように笑って見せないと。
「じゃあ帰ろうよ。せっかくだもん、家まで送るから」
「べ、別にそこまでいたしなくても――――」
「ならお言葉に甘えるのですよ。にぱ~☆」
古手さんが北条さんの言葉に喰ってかかり、急いで手を北条さんの元に行くとその腕を引っ張ってきた。
僕も北条さんの言葉を聞いていないかのように、半歩遅れる形でありながらもその後を追うような形で歩いて行くことにする。