「さーて、もうすぐ晩飯時だけど。2人とも時間は大丈夫?」
夕焼けが綺麗に木々の葉を紅葉とさせている時間帯となっている。2人は家族がいないのだし、今から帰っても家庭作業が残っているのだ。洗濯や掃除に料理……子供には負担が大きいことだろう。
先ほどのおばさん2人が見えなくなったときを見計らって僕はそう聞いていた。
「……別に気にしなくていいのです」
「そう? 仕込みの時間とか取らなくても……」
「仕込みならとっくに終えているのですよ、心配は無用なのです」
「そうなんだ。流石に手馴れていることだけはあるね」
「……にぱー」
古手さんが余裕の笑みを浮かべている1つ奥。一緒に並んでいるのにも関わらず、心ここにあらずと言った表情で歩き続けている北条さん。うつむいて歩いており、何とかしてあげたいんだけど……どう言葉にすればいいのか悩んでしまう。やはり先ほどのやり取りに尾を引いてしまっているのだろうか。
「……圭一は……どうなっているのですか?」
「え?」
全く聞いていなかった。前原君の何について聞いてくれたのだろう。
「……今頃きっと包丁持って慌てふためているのですよ」
「あ、あぁ。そんな事はないと思いたいんだけど……ってか物騒な想像だね」
「事実なのですから、仕方ないのです」
「確かに包丁の使い方さえ分からないような感じだったけど……」
「……沙都子もそう思います?」
「え? え、えぇ……そうですわね。今日の昼ごはんの様子を見ればそう思いますわね」
今日見た料理レベルはとてもじゃないけど不安を取り除く事は出来ない。もしかしたら今頃火事を起こしてしまうのではないのだろうか。この村に消防車の存在ってあっただろうか。山火事も起きそうで大惨事……まぁそれは心配しすぎなのだろうけど。
僕も北条さんに何か質問してみようかな。
「前原君って晩御飯とかどうしているのかな?」
「そうですわね……。きっと圭一さんの事ですわ。意地でも料理をして失敗しているのが目に見えますわよ。カップ麺という妥協は致しませんわ」
「だろうねー。なんか無理して料理しようとして火事でも起こしていそうで怖いよ……」
「孝介さん。それあながち間違えでもないと思いますわ」
「え?」
冗談八割のつもりで言ったにもかかわらず、相手は笑うどころか神妙な表情で僕の意見に賛同してきた。それってつまり、本当に可能性があるということなのだろうか。
料理で家事を起こすというのはよくあるけど、火元をしっかりと見ておけばそんな大きな事態に発展しないはず。前原君だって小学生でもないんだから、それぐらいの危険察知能力はある……と思いたい。冒険心が強すぎるのが難点ではあるし、楽観的でもある。多少の出来事に鈍感であり、料理の知識は皆無。
…………。
「そう……だね。確かに前原君ならやりかねないかも」
「ですわね」
こんな風に思うはずはないと思ってたんだけど。
「……不安なら圭一の家に行こう、なのです」
「え、今から?」
「……そうなのです。いきなり圭一訪問なのですよ」
僕の発言から気持ちをくみ取ってくれたのだろうか。古手さんは僕ら2人と引き留め、そう提案してきた。
「賛成ですわ。どうせなら圭一さんのお間抜けな姿でも見て嘲笑ってやりますわ!」
「でも来た道とは逆だけどいいの?」
僕は前原君の近くなので困ることはない。朝だって一緒に登校することがあるくらいに近くに住んでいる。だが2人の家は今歩いている道から察するに学校を点対称とすれば真逆の位置と言えるだろう。今も道を引き返さないといけないし、時間はかかることは間違いない。
そうなれば夜遅くなるし、歩くのにも大変だろうしと、2人とも大丈夫なのだろうか。
「別に構いませんわ。私たちの心配には及びません事よ」
「古手さんは?」
「……みぃ。ボクも大丈夫なのですよ」
「そう? 無理してない?」
「無理なんてしていませんわ。それとも、孝介さんは私たちをそんなひ弱な小学生だとお思いで?」
「別にそこまで思ってないけど」
小学生であることには間違いないのだし。
「大丈夫ですわ。体力なら自慢がありましてよ?」
「そうなの?」
「時に山登りをするんですわよ? 2人で」
「それは凄いぃーていうか何のために?」
「……沙都子はいつもトラップを仕掛けに行くんですよ」
「うん。何のために?」
「それは言えないですわ」
「うん? どうして?」
「それは言えないですわー!」
……とにかく二人とも帰りに歩き疲れるということなど無いと言いたいのかな。トラップの話云々を置いておくとすると。
まぁ流石にいつも部活をしているだけのことはある。それに田舎だから車といった交通機関を使わないこともあるのかな……それを入れても体力の差を感じてしまう。悲しいものだ。
「なら、そうしようか。前原君の家知らないから、先導よろしくお願いするね」
「お任せあれ、ですわ!」
先導を買って出てくれた北条さんが先に進んでいくのを眺める。ちょっとだけ元気が出てくれたのだろうか。その歩みには覇気が感じられる。
「良かった……」
あれが北条さんらしいし、見ていてこちらも元気になれそうだ。
「……みい」
「うん? 古手さん、どうかした?」
古手さんは僕の顔をじーっと見るだけで何も言ってくれない。何か気になったことでもあったのだろうか。少しだけ疑わしいといった表情が見え隠れしてそうでしてないようにも見えるけど……。
しばらくしても、変わる事が無かったので僕の方から話題を振ってみようとする。
「うーん。何か僕の顔についている?」
「……さっきは黙ってくれてありがとうなのです」
「へ?」
いきなり感謝をされたのでそのような声を上げてしまったのだが、すぐに北条さんの件についてだと理解した。別に僕へそのような言葉をかける必要などない。あれは古手さんが止めてくれたからこそ黙る事が出来たのだから。
それに自分は声を出すことを恐れてしまっていた。行ってしまえば後に引けない。そんな気持ちになって臆してしまった自分に感謝される所以はない。
だからこそ感謝されると逆にこちらが恥ずかしかった。
何かしないと身体がむず痒いので、髪の毛を弄らせてもらう。
「そんな……あれは古手さんのおかげであって、僕が感謝されるようなことはないよ」
「……そうですか?」
「でも、何であんなに北条さんは腫れ物に扱うような対応をされているの? 何か理由があるんじゃないの?」
「……」
どうやら気まずい事を聞いてしまったようだ。それは古手さんの苦い顔から簡単に分かる。
「……ごめん。聞くべき内容じゃなかったね。さっきの質問は無視して」
「……沙都子はとても辛い思いをしているのです。そして耐えて耐えて、耐え続けているのです」
「耐え続けている……か」
「それを理解してほしいのです」
いつも一緒に住んでいるからこそ、古手さんは北条さんの一番の理解者であるのだろう。そして唯一の親友でもある。
だからその痛みは古手さんが一番知っている。あの時目に宿していた悲しみの原因はそれが大きい。
まだ小学生なのに、そんな苦渋をいつも感じながら生きていかないといけないこの状況。
どれほどの固い想いで戦わないといけないのだろう。精神的に追い詰められる感覚。
強い、それが僕の感想だった。
「……篠原は沙都子の友達でいてくれますか?」
しっかりと見据えてきた古手さんはそれが確かな約束であってほしいという思いがありありと見える。正直今の僕は知り合ったばかりで友達と呼べる資格なんて無いのかもしれない。
だけどそれが北条さんの苦しみを少しでも和らげ、そして古手さんの悩みを吹っ切らせる原因となれるのならば、形のないものであっても約束をするべきである。
「うん。僕で良ければ」
「……本当ですか?」
「うん」
「嘘……つかないでほしいのです」
「嘘じゃない。今度からは北条さんの友達でいられるようにするさ」
「…………」
やはり何か彼女のためになれないのだろうか。黙る古手さんの目には何か葛藤しているような、暗く、そしてすがる気持ちが見え隠れしているような気がした。
だが、その事を問いただすことは出来ない。そこまで空気を読めない自分ではないのだ。
「2人とも、何を致しましてー?」
「……みぃー! 少しお話をしていたのですよ!」
先ほどの会話を北条さんに悟られないためなのか、明るく振る舞いながら古手さんは北条さんのもとへかけていった。
「あんなに幼い2人なのに……」
僕はあんな風にはなり切る事なんて出来ない。お互いの事を案じている2人は真の友人なのだろう。
本当に……あんな友人が欲しかった。
「……?」
「孝介さーん! 何しているのですかー、おいていきますわよー!」
「あ、ちょっと待って!」
2人が先行く姿を僕も必死になって追いかけることにした。
……一応いっておくけど、体力ないからって立ち止まってしまったなんてことはなかった。なかったから。