そう言われて連れて行かれたのは店の裏手にある細い小道。薄暗く、腕を横に伸ばせば壁をタッチできるこの狭い雰囲気の場所に彼女は案内してきたのだ。ごみ溜めも存在しないし、匂いなんてものは気にならないのだけれど、何かあるのかと思ってしまう。他の2人はまだ店内に残っていて、パフェを頬張っている頃だろうか。
「さて、と。ここなら誰も来ないですね」
園崎さんは店内での服装そのままに、自分の方へと振り向いてきた。それをきっかけに自分も立ち止まる。
「で、亀田さんの話はどうするかの話をしに?」
「え? あー……あはは、そんな話をしたくて呼んだんでしたね」
「あれ? それが目的じゃないんですか?」
そんな訳ないじゃないですかと言いたげに手で否定してきた。話さえ存在しなかった。誤解させてしまってすまないなんて言いたげな様相に自分も茫然とするしかない。
「大丈夫です。その話はまた帰ってからでもしましょう。まぁ善処することだけは約束します」
ここに呼んだのは別の内容である。彼女は今の言葉からそう伝えてきた。
何をしゃべるのだろうか、そう考えている自分に聞かれたのは意外にも単純なものだった。
「孝介さん。あなたはいつ雛見沢に?」
「え……」
「どうしてそんなに驚いた表情をするのですか?」
不思議そうに見つめられて、まるでこちらが悪いように感じてしまいそうだ。だから正直に、考えてたことを言わせてもらう。
「いや……ここに連れ込んだからてっきり……」
「何です? 卑猥なことでも考えたんですか?」
「ち、違う!」
もっと真面目な話……というよりは誰にも聞かれたくないような質問をされるのかと考えていた。それなのに雛見沢に来た経緯を説明してほしい。すぐにでも答えられる内容、それが店内でも答えられそうな内容であることに疑問しか抱けなかった。
「で、どうなのですか?」
「えっと、今月の初めくらいに来た、かなぁ……」
「あはは、自分のことですよ? 曖昧な表現ですね」
変なことを探られているのではないだろうか。これが誘導尋問ではないだろうか。そんな気がしてしまう。それは以前に彼女と話していた時に感じた抵抗と似ていた。
どうしてだろうか、別に彼女に悪意は存在しないというのに。
「どうです? お姉とは上手く付き合えていますか?」
「相手がどう思っているかは分からないけど、まぁそれなりには」
今日だって園崎さんと野球の勝利を一緒に分かち合っていたことぐらいはある。それに部活での関係も悪くない。良好という関係は築けている……だろう。
「そうですか。他の方とは?」
「うーん……。別に特には何もないよ。竜宮さんとは行き帰りを一緒にしているし、北条さんや古手さんとも部活で散々いじられているからさ」
「じゃあ別に学校では何事もなく過ごしていると?」
「まぁ……そうですね」
何か先生と個人面談をしているみたいだ。ただ疑問なのは別に彼女は先生でも無ければ、雛見沢分校の生徒じゃないということ。園崎さんはウンウンと感慨深そうに頷いているけど、理由でもあるのだろうか。
「村の人達はどうですか? 上手くやって行けてますか?」
「うーん……。どうだろう?」
咄嗟に聞かれて思い出したのは北条さんが村人に対する評価にショックを受けていることだ。実際に自分とは何の関係もなく、僕には良くしてもらっているぐらい。それでも、はっきりと雛見沢の村人に悪い人はいない。そう断言する自信はなかった。
「……もしかして北条さんのことで何かありますか?」
そして彼女が自分の心中を当ててきた。思わず口を開けて黙っていると、それが肯定であることを受け取ってくれたようで。
彼女は「うーん」と呻くように呟くと、続けて雛見沢の状況を説明してきた。
「やはりまだ北条家に対してやっていることがあるんですね」
「やはりって……園崎さんは北条さんの家の事情について知っているの?」
「……まぁ、お姉から色々聞いていたので。今はどんな状況なのですか?」
そう聞かれたので、自分は見たこと、聞いたことをそのまま園崎さんに伝えた。
北条家には相変わらず村の迫害を受けていること、そして古手さんなどから見聞きした話なども踏まえて、とりあえず事実だけを語ることにした。途中で聞かれたことも自分の分かる範囲で答えていく。
……そしてそれが終わるころには園崎さんの表情に陰りが差していることに気が付く。まるで当たって欲しくなかった事実を知った。それがはっきりと分かる口元、目であった。
「――――ということなんだけど、これで分かったかな?」
「はい。……やっぱり、辛い思いをしているんですね」
「そう、だね。園崎さんから聞いたのってかなり前の話なのかな?」
「はい。最近は連絡を取り合っていなくて……」
でも、園崎さんは北条家で起きた事件の数々を多分知っている。それは彼女の悲しい笑いで理解が出来る。やはり雛見沢にいない彼女でもこういう話を聞いて面白いと感じるわけがないだろうから。
……まだ雛見沢が良くなっていない。彼女はそんなことさえ思っているかもしれない。
「その……何でこんなこと聞くの? もしかして北条さんのことで何かあったの?」
彼女にそう尋ねた。ここに呼んでおいて話す内容にしてはあまりにも悲しく、ブラックな問題である。だからこそひと気のないこの場所という話で都合がいくが、自分に話をする問題でもない。それなら長い間雛見沢に滞在している前原君に話をすればいいからだ。
だから気になった。僕に対し、この話でないといけない理由、それがこの話をしていくうちに気になったのだ。
「……」
そして園崎さんの答えは“無”だった。何も答えない、誤魔化そうともしない。ただ目を伏せ、この質問だけはされたくなかった。そんな風に感じさせてくれる。
「園崎さん……?」
黙る。彼女は顔を背けて、身体全体で嫌という意思表示を見せてきた。何か嫌なことを思っている。でも何に対してが分からない。
だからこそ、自分も黙るしか選択肢がなかった。黙って、彼女が自分から喋ってくれるのを待ってみるだけ。
数秒の時間が経つ。
閉鎖されたようなこの場所に流れゆく音は、道路を渡る車の音と帰宅を急ぐ鳥たちの泣き声のみ。ここにひぐらしは鳴かない。
「園崎さん、もう一回聞かせて。どうしてそんなことを聞くの?」
「……」
返答はない。だけど諦めることはなかった。
「こんなこと話すってことは、僕だからじゃないといけないことなんだよね?」
「……」
眉一つ動かさない。
「もしかして……?」
「…………」
人形のような彼女は、目を閉じた。
「…………ごめん。変なこと、聞きすぎたかも……、今のは忘れて」
「……」
「その……怒ったなら正直に言ってくれれば、謝るけど……」
いつの間にか自分の中で抑えきれない疑念を吐き出そうとしていたようだ。彼女が嫌がっているのを目にして、それでもなお聞こうとしていた。いや、本当は気にしてあげたかったと言えばいいだろうか。彼女が嫌がるその背景に、暗い過去を持っているような気がしたから。
……でもそれを結局貫き通すことは出来なかった。それは自分の心の弱さなのか、それとも過去に起こしたことへの恐怖心なのか。入り混じった感情を1つの言葉でまとめることが出来ない。とりあえず彼女とは見知ってすぐの関係、深く立ち入ることはよくない。そんな気遣いのもと、退くことを考えただけ。それだけだ。
「……は」
そして――――それを彼女は鼻で笑った。それから肩を震わせて高らかに笑う。笑って笑って笑い続けて、自分が困惑してしまうことをお構いなしに笑い続ける。壊れた人形のようにずっと笑い続ける。
やがて笑い声が治まったかと思うと、彼女は悟ったように悪態をついた。
「はぁーあ。やっぱり優しい人でしたね。優しくて、周りのことをいつも考えている聖者のような人です」
「……そ、それはどうも」
「でも、私は好きになれそうにないです」
「え……」
「好きになれないと言ったんです」
彼女はそう言って、こちらに感情の入っていない瞳を向けてくる。
「そ、そういう言い方は……駄目だと思う……」
相手に面と向かって嫌い発言なんていけない。ちゃんと言葉の選び方もしないといけない。そう言いたいのだけれど、やんわりとした言い方しか出来ない。それを彼女は大きく頷いて、何回もしてくれた。
「そうですね、すいません。私は正直に言わないと気が済まない質なので」
「な、なら――――」
「今日話してよく分かりました。とりあえず付き合って下さってありがとうございます、優しい“だけ”の孝介さん」
彼女が最後に見せた表情、悲しい状況を知り、それをひた隠そうとする必死な姿。
「……また、会えたらその時に」
悲壮感を漂わせる彼女は、最後に感情の乗らない綺麗ごとを述べてくれた。