「……沙都子め。俺から逃げ出すとはッ!」
「そんなことはないと思うよ……むしろ助けられたぐらいだし」
「孝介。その発言だが、お前とゆっくり語り合う必要がありそうだ」
語り合う必要はないと思う……。
「う~ん。今日の部活は中止だね、こりゃあまた明日だね」
「何だと!? 今日は俺が発案したゲームで勝利する計画がぁ!!」
「あっはっは……そりゃあ明日に持ち越すんだね。もちろん私たちは認めないだろうけど」
「ちくしょー! 沙都子の奴……学校に来たら耳たぶをナンのようにしてやるッ!」
「別に北条さんのせいでもないんだよなぁ……」
僕の苦言に、あーだこーだと言い訳を始めた前原君の口を園崎さんは抑えて、彼女はシーッと指を立てた。一応は授業中、小声で喋らないと、待っているのはカレーの知識(洗脳)である。
「でも、沙都子ちゃん。本当にどうしたのかな、かな? 梨花ちゃんも何も言わないし……」
ペンを置いて、北条さんの席の方をみんなで見る。変わらない空白の席。隣の古手さんは前にある黒板に書かれた内容をノートに書き込んでいる。
北条さんについては知恵先生曰く、体調不良とのことだけど、部活メンバーにはそうは思えていない。そんなことは朝の出来事を考えれば分かることであった。
しかし、それが何かは分からない。
古手さんの横顔を見る限り、北条さんが深刻な状況ではないと信じたいのだけど。
「確かに古手さんが何も言わなかったのは意外だったね」
もちろん朝の定例行事が行われないと知るや、みんなで古手さんに尋ねた。もちろん北条さんの欠席理由、それだけ聞くつもりで他に脅迫的なこともしていない。
でも、返ってきたのは、首を横に振って「……気にすることはないのです」と弱々しい答えだった。体調が悪い、家の用事と言う理由を言わずに気にすることはない。それに何か意味があるのだろうか。
でも、僕らも古手さんに強く言い寄ることは出来なくて、互いに顔を見合わせて席に戻るしか出来なかった。
「梨花ちゃん。何だか辛そうだった……」
「だな。いつも沙都子と一緒にいる分、寂しさもあるんだろう」
「ううん。圭一くん、そうじゃないかな。もっと違う、何かを恐れてるみたいだった」
流石の前原君もそれについては分からないようだ。首を傾げ、もっと具体的な言葉を求める。
「私も分からない。ただ何か良くないことが起きたということがよく分かる表情だったかな……」
「良くないこと……それって北条さんに関係するって意味で?」
「……分からない」
そう言って、彼女は申し訳なさそうに唇を噛んだ。
竜宮さんは人のことをよく見るんだけど、その彼女でさえ分からないのか……。
前原君は腕組みをして考え込む。
「やっぱり梨花ちゃんにもう一度聞くのがいいかもしれない」
「圭一くん、それは止めといた方がいいと思う」
竜宮さんが冷静に前原君の発言に対してストップをかける。
「何でだよ? 仲間だったら助け合うのが普通だろッ!?」
「言いたいことは分かるよ。でも、今の梨花ちゃんは心の整理が出来ていないようにも見えるから。今は……今だけはもう少し時間をかけて聞くべきだと思うんだ」
「でもよ。苦しんでいるのに、時間で解決してくれるのか……」
竜宮さんは僕のことを見つめ、そして園崎さん、それから前原君と目線を合わせた。
「私も……時間で解決しないといけないことがあったから、よく分かるかな。こういう時はあっちから言ってくれるのを待ってあげるべきなんだと思う」
心なしか、彼女の持つペンがギリッと悲鳴を上げた気がした。それは彼女の過去の出来事への悲鳴かもしれない。
僕たちは先ほど質問をして、一度答えたくないという拒否を貰っている。その時点で、彼女の葛藤に対してもう関わるべきではない。それは彼女のためでもあり、そして何より、これからのためでもあるのだから。
「……レナ…………あんたはそうかもしれないけど、あたしはそうは思わない」
だけど、園崎さんが竜宮さんの言葉に対して意見を言う。
「魅ぃちゃん……梨花ちゃんは強いんから。きっと後で喋ってくれるよ」
「それは、ちゃんと言えるレナだからの話なんだよ。正直に言えば、理想でしかない」
そこで園崎さんは横目で僕の方を見る。
「じゃあ魅音は言った方がいいと思うのか?」
「あたしだってそこまでは言わないよ。でも、何かしらのアプローチをしてもいいんじゃないかなって思うのは本当」
「具体的にはどういったことなんだ?」
「……考えられるのは、実際に梨花ちゃんの家に行ってみるかな? 沙都子ちゃんに何かあったなら、梨花ちゃんも色んなところに行くと思うし……」
「私は反対だよ。そんなことするのは、梨花ちゃんを信用してないから。だって梨花ちゃんは「気にしないで」って言ってくれたもん」
「分かるけど、仲間だからこそ協力したい。あたしはその気持ちを隠す必要は無いと思う」
2人の意見、どちらも譲るつもりはないようで。どちらも自分の正しいと思う考えを持っている以上、この話し合いは平行線をたどるのは目に見えていた。
正解なんて存在しない。この答えはどちらもYesであり、仲間である証拠だった。
待つか動くかの違い。
「圭ちゃんはどうする?」
「俺は…………魅音と一緒に行くぜ。沙都子が心配なのもそうだが、梨花ちゃんが思いつめている姿も気になるからな」
様子を窺うと言う意味で古手さんのところに行く。前原君は園崎さんの方を見て、頷いて見せていた。
「孝介はどうする?」
「僕は……2人が行くなら、その結果を待とうと思う。僕が行っても迷惑をかけそうだし……」
「迷惑って……別にそんなこと思ってないぜ?」
「あはは。でも自分の心の話だから」
おっちょこちょいな自分が一緒に付いていけば、古手さんに気付かれかねない。あくまで可能性の話でも、そういう時によく当たるのが自分でもあるし……。
とりあえず明日、2人の調査の結果を聞いて、手伝えることがあるなら手伝うで。
「今日は二手に分かれるでいいんじゃないかな? 前原君たちも真っ先に古手さんたちのところに向かうんでしょ?」
前原君は僕を見て、その後に北条さんや園崎さんを見る。
何を考えているのだろうか。言い淀むような雰囲気は出しているんだけど……。
「……そうだな。今日はそれで行くしかなさそうだ」
そう言って前原君はシャーペンを持ち直したのだった。
……部活は園崎さんが言っていた通り、今回は中止となった。古手さんも早めに帰りたいという希望のもと、みんなも早めに帰るということに。
実際は園崎さんの個人的な理由も含まれた帰宅なのだけど。
「圭一くんたち……上手くいってるといいんだけど……」
一緒に帰っている竜宮さんも自分と同じような心配をしていた。
学校も帰り始めてしばらくした道中、僕らは出来るだけこの話題に触れないようにしていたかもしれない。勉強の話、祭りの話、家族の話。何の関係もない話をずっとしていたような気がする。先ほどの発言も会話が途切れてしまったからのこと。
「そうだね。……変なことはしていないと思うんだけど」
周りに田んぼしかない場所で竜宮さんは立ち止まった。僕も数歩歩いたのちに合わせて止まる。竜宮さんは後ろを振り返って古手さんがいるであろう家へと視線を向けていた。
……残念ながら全く見えない。
「沙都子ちゃんが元気ならいいんだけど……」
「竜宮さん。心配するなら今からでも会いに行ったら?」
「あはは……あれだけ言ったんだもん。引き返すなんて出来ないかな」
彼女はそう言って笑う。
「それに圭一くんたちなら何かあった時にすぐ助けてくれるはずかな」
「そうだね」
でも、彼女はそう言っているからには心の中で何か良くないことが起きているという予感はしているのだろう。古手さんから口にしてほしいと言っても、言いだした時にはもう遅くてどうしようもない。そんなことでは意味がないのだから。
「北条さんはみんなに助けられているし、きっと大丈夫だよ」
「うん、そうかな……」
「……。……竜宮さん」
竜宮さんがこちらを見てくる。
「北条さんって、お兄さんがいたんだよね?」
「え? どうして孝介くんが……」
「前原君からそういう話を聞いたんだよ」
やっぱり、彼女は北条さんのお兄さんのことを知っているんだ。
入江先生や園崎詩音さんから聞いた名前。失踪した北条沙都子さんの兄。そして僕に似て、優しい性格。そして、失踪。それぐらいが自分が知り得た情報だった。
「そう、なんだ……」
「お兄さんって、北条悟史さんだよね? 何で妹がいるのに、失踪したんだろう。こうやって助けが必要な時があるのにさ。…………僕なら何とかしてここに戻ってくるだろうし」
「……」
「どうなの、かな?」
知りたかった。北条悟史とはどんな人物なのか。北条さんは自分のことを「にぃに」と呼んでいた。それほど彼女は兄のことを慕い、必要としていたのだ。
それなのに、失踪をしてしまう。音沙汰もなく、彼女への書置きもない。
それは何故なのか。その理由がまだ自分の中で分からないままであった。だから聞きたい。多分学校も同じであるはずの彼女なら何か深い事情を知っているのではないかと思ったのだ。
……それに、園崎詩音さんに言われた言葉が気になってしまう。
『優しい“だけ”の孝介さん』、そこに彼女が感じた僕と悟史さんとの大きな違い。それは何なのか。
「……孝介くんは悟史くんが失踪したのは自分の意思だと思ってるの?」
「え?」
そこで風が吹く。髪がなびくのも気にせず、彼女は目をスッと細める。
「悟史くんは優しかった。それは孝介くんに言われなくてもみんな分かってるよ」
「だから、そうやってみんなに気を使っていたら、段々耐えられなくなったんじゃないの?」
優しすぎた。彼が失踪した理由として入江先生がそう言っていた。
だから、そう思っていたのだ。
「違うよ」
「じゃあ、誰かに何かされたって言いたいの?」
それこそ警察が黙っているわけがない。事件性の話が転がっているのに、拾わないはずがない。でも、ここまで彼のことについての進展が一切ないのだ。
警察の目を逃れ、北条悟史さんを隠すことの出来る人、そんな人が本当にいるのだろうか。
「そうだよ。そして“い”る」
「……もしかして、誰かがやったとか、予想出来るの?」
「オヤシロ様」
断言された。聞いたことのある単語、そして架空の存在。
「……あ…………あはは……。冗談なら今はいらないよ……」
「冗談じゃないよ。悟史くんの失踪はオヤシロ様の仕業かな」
「じゃあ何? 北条さんの両親も、北条悟史さんも全部がオヤシロ様のせいだって言うの?」
「あはは! ……だってオヤシロ様の祟りだもん」
何を楽しそうに笑っているんだろう。北条さんの周りで不幸なことが起こったのが全部オヤシロ様のせいだって言っているのに。それを彼女は良かったと考えているのだろうか。
「……もし、本当にそうなら、悟史さんはどこへ行ったのさ」
「分からないよ。でも、見つけることは出来ないと思う。だってオヤシロ様に裁かれた人はそういう運命だもん」
「何でそんな断言できるのさ。オヤシロ様なんて、曖昧な存在をさ」
「だって会ったことがあるもん」
「そ、そんな馬鹿なこと……」
あり得ない。神様であるオヤシロ様に会うなんて出来るはずがない。そもそもいないはずなんだから。神様なんてオカルト染みた話を信じる方がおかしい、おかしいはずなのに。
……なのに、何で彼女は笑っていられるんだろう。
「孝介くんも、やっぱり信じられないんだね」
「当たり前だよ……。そんなことが、」
「今年もおこるよ。オヤシロ様の祟りは」
全身から身の毛がよだつ。彼女から言われた預言のようなものは、誰も望んだものでもない。空想も甚だしい話であるはず。
今年も1人消えて、そして1人死ぬとでも言いたいのか。
そして、この場、この時に言われると、嫌な予想しか立たない。
「……まさか、それに北条さんが含まれるなんて言わないよね?」
「分からない。だってオヤシロ様はランダムに人を選ぶもん、サイコロで適当に決めて、問答無用で採決を下すから」
「そんな、馬鹿げた話が……あるわけない」
そんな適当な神様がいてはいけない。それはただの……悪魔や鬼でしかない。
「あるかどうかはすぐに分かるよ。綿流しの後に」
「……もし、竜宮さんはそれに選ばれたら……素直に受け入れられるって言うの?」
「……」
彼女は僕の質問を無視して、歩きはじめる。表情を見せないように顔を伏せ、ただ黙々とこちらを無視して向かってくる。
「ねぇ……」
答えて欲しい。なんで竜宮さんは何も――――
「 」
「……え…………」
彼女は通り過ぎた。そして聞こえる、彼女の反応。
答えも、反論も、意見も、無言でもない。
彼女が発していたのは、声を押し殺してもなお漏らす、笑い声。
嘲笑なのか、苦笑なのか、失笑だったのか……。
分からなかった自分は竜宮さんの後姿を眺めるしかない。
僕は、ただ1人残される。