ひぐらしのなく頃に 決 【影差し編】   作:二流侍

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■影差し編【Ⅴ-Ⅳ】

「……そうですか。話については分かりました」

 

 昼休みになった瞬間、みんなで知恵先生がいる職員室へ駆け込んだ。驚き、慌てる知恵先生も今は冷静で、僕らの話を聞いて、納得したように頷いていた。出席簿の北条沙都子の名前を指でなぞり、苦い顔をそのままにため息をする。

 この反応を見る限り、思い当たる事は1つだけであった。

 

「やっぱり先生も北条さんの状況については分からなかったんですか?」

「えぇ……。私には体調不良と聞かされていましたから」

 

 そう言って古手さんの方を見る知恵先生。騙していたことについて反省しているのか、古手さんはバツが悪い様子。軽く頭を下げて、今の状況をまとめる。

 

「沙都子はおじさんのところにいるのです。今もきっと家にいるのですよ」

「なぁ知恵先生。先生からアプローチをすることで、沙都子の様子を窺うことは出来ないのか?」

「それは出来ます」

 

 断言してくれたことに安堵するのも束の間、「ただ」とお茶を濁すように先生は続けて口を開いた。

 

「今は動けないというのも事実です」

「どうしてですか?」

「北条さんが体調を崩したという話が本当かもしれないという以上、安易な行動をするわけにはいかないのです」

 

 園崎さんがその言葉を受けて、悔しそうに顔を歪めていた。当然と言えば当然の反応である。隣にいた竜宮さんが代わりに、先生に質問を投げかける。

 

「それは梨花ちゃんが言っていたということもあります。この事実を知った以上、先生は沙都子ちゃんに確認をする必要があるんじゃないですか?」

「そうだぜ。確かに梨花ちゃんと別の場所に住んでいるとなると、確認する必要が出てくる」

 

 だが、そのアイデアでも先生は首を縦に振る事はない。

 

「残念ですが、それでは家庭訪問をすることは出来ません」

「どうしてですか?」

「教育の立場では、憶測で行動をしてはいけないからですよ。篠原さん」

「いなくなっていたのに、急に親なんて名乗る事が出来るんですか?」

「一応ではありますが……親権は北条鉄平さんにも存在します。それがあるので、親を名乗ることは出来ます」

「でも、過去に沙都子はおじさんといざこざがあったんだぜ!?」

「過去は過去です。今とは関係ありません」

 

 冷酷な言葉に聞こえなくもないが、知恵先生も教職員という立場では出来ないことが多い。先ほどから言葉の節々には悔しさを滲ませていたし、出来ることなら今からでも様子を見に行きたいのだろう。大人の対応、なのかは分からないけど、これが社会のルールなのかもしれない。

 だが、知恵先生は暫く考えたように黙り込むと、おもむろに机の引き出しから何かを取り出した。

 そこにあったのは少し昔に作られたとされる名簿。しかも住所や電話番号が書かれている個人情報を含んだ名簿であった。先生はそれを何枚か捲ったと思うと、1つの項目で手を止める。

 

「ですが、北条さんに聞く必要はあります。無断で休んだとされる可能性がある以上、直接ではないにしろ確認の義務が教員にはありますから」

 

 自分に言い聞かせるように、そう呟くと、先生は受話器を取って北条さんのいるであろう家に電話をかけはじめた。

 

「沙都子のやつ、無事ならいいんだけどな」

 

 先生が受話器の向こうにいる人物とコンタクトを取ろうとしている中、前原君が北条さんの安否を心配していた。

 

「流石に……大丈夫だと思うよ。いくらなんでも無事かどうかを確かめる状況ではないと思う」

「だがよ。あの野郎だったんだぜ? 沙都子のことを考えてる奴には見えなかっただろ……」

「……まぁね」

 

 ヤクザを身に纏った姿をそのまま見せたといってもいい。確かに間違えたら手を出す人物であることは間違いない。でも、まだ悪い方に考えても2日しか経っていない。

 そんなすぐに北条さんに暴力を振るうとは思えないんだけど……。

 

「それに、やっぱ過去にやらかしたことは変わらねぇんだ。悪い未来が見えるなら、それを先に止めておくべきだ」

「……そうなのです」

 

 古手さんが前原君の言葉に賛同する。どうしてだろうか、その頷き方には力強さが感じられた。

 

「あ、すいません。私は雛見沢分校にて北条沙都子さんの担任教員の――――」

 

 繋がった。

 知恵先生がチラッとこっちを見てから、話を続ける。固唾を飲んで見守る中、先生は今回の北条さんの欠席について、そして今は彼女の家庭環境がどのように変わったのか。

 そのようなことを聞き出そうとしていたのが分かった。やはりこういう仕事に携わっていることが大きいのか、変に刺激しないように言葉を選び、そして丁寧に話を進めようとしていた。

 だが、彼女の努力とは無関係に相手は電話越しからでも怒声を上げている。それは自分たちが先生と距離を空けていてもよく聞こえる程だった。

 内容は簡単だ。

 

「ですから、北条さんに代わって頂いてもらっても――――」

『何でお前さんに言われんといけんのじゃい!? 沙都子は風邪を引いてるんじゃ、それ以上のことが必要なのかぁ!?』

「ですが、教員としては直接言葉を聞きたいんですよ。家庭環境を変わってしまったのもありますから」

『だから大丈夫やっていっとるやろ! 上手くいっとるのに、関係にヒビ入らすのか? 担当さんはよ!?』

 

 そう言われては何も言えない。一応形式上では親子関係なのだ。そして今あるのは、全て仮定の話。全て先生が危惧していた内容だ。

 担当教員として穏便な形で終わらせなければいけないのは、先ほどの様子からヒシヒシと感じさせる。下からいこうとする姿勢が感じさせる言葉使いだ。

 

「……分かりました。では、何かあればまた連絡しますので、今回はここで。お時間を取らせてしまい、すみませんでした」

『おう、分かればええんや』

 

 結局知恵先生はその後2分くらい粘っていたけど、平行線を辿ったまま、何も分からないままで収めるしかなかった。

 一方的に相手が切って電話でのやり取りが終わってしまった瞬間、次に出たのは知恵先生の深い嘆息を漏らしていた。

 

「すみません。何とかして北条さんに代わってもらおうとしたんですけど……」

 

 この一瞬だけで若々しく見えた知恵先生の顔が一気に疲労で老けたように感じてしまう。

 それぐらい、先生にとって精神的にきつかったことなのだろう。誰も、何も責めることは出来ずに互いの顔を見合すことしか出来ない。

 

「鉄平とかいうやつ……沙都子を出したくないってどういうことだよ……!!」

 

 怒りに拳を固めて、知恵先生の代わりに前原君が顔をしかめていた。それは園崎さんや古手さん、もちろん僕も同じで、神妙な顔で事の重大さ、そして不安を感じさせていた。

 冷静に考えていたのはこの中で1人だけ。

 

「知恵先生、あの様子で沙都子に何もなく幸せに過ごしていると思いますか?」

「…………思えないですね。憶測ですが」

 

 1つの間を空けてから、先生はみんなが予期していることを口にする。

 

「――――北条さんは暴行を受けています」

「そんな……」

「彼女に何も無ければ、電話に出すだけであれだけ抵抗をしません。何かやましいことがあったと考えれる以上、その説が一番考えられることでしょうね」

「なら、児童センターに訴えることで対処してくれたりしないんですか?」

 

 児童センター。竜宮さんのアイデアを聞いて、前原君も水を得た魚のように元気になる。

 確かに暴行を受けているというのであれば、親権を無くし、再び古手さんと一緒に暮らすことが出来る。

 

「……一応過去に親から暴行を受けていたという事実があれば、以前の事案から児童センターに家庭訪問をしてもらうことは可能です」

「なら!」

「でも、無理なんですよ」

 

 自分の言葉に喰ってかかるように、知恵先生はその可能性が無い事を断言した。

 何故可能性がないと言い切れるのか、みんなが腑に落ちていない中、その理由を先生は述べてくれた。

 

「北条さんのところでは、以前に暴行を受けたという過去記録はないのですよ」

「は? いや、あれだけ騒がれていたんだからあるんじゃないのかよ!?」

「いいえ。それがないんですよ」

「それはまた、どうしてですか?」

「何度か児童センターに訴えかけ、家庭訪問をしたのはありますよ。北条さんに事情を聴いたこともあるそうです」

「なら、あるはずだろ!?」

「ないんですよ。何度も行って、聞いても……北条さんは暴行を受けていることを否定していたんです」

 

 そこで先生は古手さんの方をまた見る。今度は責めるようなものではなく、悲しみを含んだ辛いものであった。

 その目線を受け、古手さんが状況の説明を続ける。

 

「……沙都子は強くなろうとしたのです。そのために、我慢することが強くなることだと思っているのです。だから何も言わなかったのです」

「だがよ? 痣が出来ていたら子供が脅されていると思って強制的に引きはがすんじゃないのか?」

「……沙都子はそれよりも前に、児童センターに何度も連絡をしたのですよ。内容も同じなのです。ただ……その時は嘘だったのです」

 

 嘘、何故嘘をついたのか。

 みんなの疑問は竜宮さんの口から出された。

 

「何でそんなことをしたのかな?」

「嫌がらせのつもりだったと聞きました。その時はまだご両親も健在の時でした。母親に対しての反抗のつもりもあったんでしょう。しかし、それで信用を失っていたのも事実です」

「だからって……」

「……魅ぃが言いたいことはよく分かるのです」

 

 でもこれが現実、今の状況なのである。古手さんは言い切って、口を閉めた。

 

「何だよそれ、過去は過去じゃないのかよ……」

「それは分かっています。文字通り痛いほどに、分かっています」

 

 どうしようもない。それが分かったような気になってみんなが押し黙っていた。

 北条さん……。

 あれほど明るい笑みを見せてくれて、僕のことをにーにーと呼ぶようになった北条さんはもう見られないというのだろうか。次に会う時は頬に痣を作って、無理に笑って見せようとする痛々しい北条さんの姿なのか。

『それでは沙都子ちゃんが可哀想じゃないですか』

 入江先生が言っていた言葉が蘇る。北条さんを想い、考える入江先生ならこの時でも諦めないのだろうか。それとも、無力な状況であることを嘆き、運が味方するのを待っているのだろうか。

 ……そんなわけない。きっと諦めないはず。そしてそれは自分も同じだ。

 にーにーと呼ぶと言ってくれてから、まだ一度もそう呼ばれていない。たった1つの彼女が見せてくれた我が儘。それをまだ自分は何も果たさせていない。

 なら、どうすればいい。考えなくてはならないのに。

 

「……児童センターも暴行を受けていたことが真実だと知れば動きますよね?」

「ま、まぁそうですが」

 

 園崎さんが確認のために聞いて、先生はそうであることを認めた。

 みんながその真意を確かめたい中、園崎さんの視線は僕へと向けられる。

 

「今日は連絡とかの話があったから、沙都子のところにも伝えないといけない。つまり直接会いに行くことが出来る唯一の方法がそれなんだよ」

「もしかして……」

「……孝ちゃん。お願いしてもいい?」

 

 まさかである。何故自分を選ぶのか、それが分からない。

 それはみんなも同じだった。別に僕が駄目だからという意味ではない。ただ1人で行かす意味が分からない。それならみんなで行ってもいいのではないか。そちらの方が相手に対してけん制が出来るというもの。

 それらの指摘を受けても、園崎さんの意見は変わらない。

 

「孝ちゃんは1人で行くべきなんだ。みんなとじゃなくて、1人で行って、確認する必要があるんだよ」

「何を?」

「……孝ちゃんが、沙都子の心許せる人物なのかどうか」

「心許せるって……それはみんなにも言えることじゃないか」

「違うんだよ。それとは違うモノ……孝ちゃんだって分かってるんでしょ? 自分が悟史に似てるから、だから……」

 

 その後は何も言わない。とりあえず値踏みするような目で確かめてきた。

 また悟史という言葉だ。何故こうも、見たこともない人物に僕は振り回されないといけないのか。そして、頼られないといけないのか。

 とにかく園崎さんは北条さんが最も心を許しているのが自分だと言いたいんだろう。

 そして、相談するには僕1人で聞かなければ意味がない。多人数、しかも心配をかけたくないような面子に出会えば、我慢をしたくなる彼女のことだ。きっと嘘をつくに決まっている。

 だからこその僕1人での訪問。それを言いたいということは何となく理解出来た。

 そして、もう1つ……

 

「で、どうなのかな?」

 

 竜宮さんが不安そうに聞いてきた。

 

「……正直言うと、かなり不安なんだよ」

「そりゃあ相手が相手だしな」

「違う、そうじゃない」

「は?」

「…………」

 

 前原君が首を傾げるが、僕自身もあやふやな感情だ。相手が怖いというのと、1人で行かなければならないという恐怖。怖いのは当然だ。

 でも、それ以外にある。やってはいけない。そんな胸の中にある小さな警鐘が今まさに大鐘と化して鳴り響いているからだ。不明瞭な感覚、これは一体どういうことなんだろう。

 

「孝介?」

「あ、うん……ごめん…………」

「孝ちゃん。別に今答えろとは言わないよ。後で、帰りにどうするか教えて」

 

 期限は放課後まで。それまでに考えなくてはならない。

 僕の……自分の中にある正しい答えを。

 

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