「本当にあの時は困ったんだぜ!」
前原君がアスパラガスの肉巻を箸で掴みながら、僕に北条さんのトラップについて熱く語ってくれる。まるで自分の伝説でも語るその様が彼の北条さんに対する気持ちが伝わってきそうだ。
聞き手に回りつつ、卵巻きに手を付けうんうんと話を聞き入っていた。
自己紹介も終わった昼休みだった。
一通りの名前を覚えたのはいいけど、こんなにも積極的に話し掛けるメンバーとは思っていなかった。もう少し下手に行くと思っていたものだから、これが田舎と都会の違いなのかと驚いてしまう。
……いや僕としては積極的に来てくれたら話しかけやすいし、まぁ嬉しいのだけれど。
メンバーとしては園崎さん、竜宮さん、北条さんに古手さん。そして前原君というメンバー構成だ。これがいつもいるメンバーらしい。どういう基準で集まったのかはよく分からないけど、いつの間にか出来たようで。
園崎さんはこのグループのリーダー的存在。いや、クラスの委員長をしていることから的ではないのかもしれない。その活発的かつ積極的な姿勢は僕とは真逆の性格と言える。みんなのムードメーカーといっても過言ではないのだろう。僕を食事に誘ってくれたのも彼女である。
竜宮さんはおしとやかでとても家庭的だ。そしてさっき前原君とお似合いですよ、と言ったら顔を赤くするというかわいらしさもある。本当に裏のない素直な性格だと思えた。そんな彼女は自分で作ったとされるお弁当を手にして、みんなにおそそわけをしている。
それに古手さん。まさに人形みたいな不思議な雰囲気と愛着さが見える。前原君曰くかなり出来ると言っていたけど、何が出来るということなのか意味が分からない。そういえば古手さんが昨日あっていたと言ってた。あったような、なかったような……どうだっただろう。そんな彼女は現在ニコニコと明るい笑みを見せて北条さんとしゃべっている。
こんな個性的なメンバーと転校初日から出会えるなんて……予想だにしてなかった。いや、何か最初から出会ってしまう運命だったとさえ思える。最初のチョークを受けた瞬間から。
そんな事考えている時にも竜宮さんは大きな包みを開けていて僕にサツマイモの煮物を勧めてくる。まぁ『まるで五重塔!?』と思うくらい大きすぎるし、もとよりみんなにあげるつもりだったのだろう。数に余裕がある。遠慮なくいただいて、竜宮さんの料理に思わず舌鼓を打っていると、前原君の話し相手は園崎さんに変わっていた。
「それにしても沙都子ってなんであんなトラップを仕掛けられるんだ?」
前原君はいつも北条さんのトラップを受けているという。時には夏場であっても、バケツを頭からかぶってびしょ濡れということもあるらしい。本当によく身体が持っているものである。これで不登校にならないのは、一重に彼の信頼が窺えるものだ。
園崎さんがまさにそれ、と指を突き出しながら同意した。
「それは確かに思うね。あたし達も時々手伝う時もあるけど、なんでこんなところにって思う事がいっぱいあるしさ。全く、沙都子には驚かされてばかりだよ」
「をーほっほっほ!! 私の知恵を用いれば、クマをあしらう事も造作もないことですわー!」
確かにそれは凄い。クマさんがかわいそうに思えるほどだ。理不尽に攻撃を喰らうのだから。
思わず苦々しい表情をしたくなることもサツマイモの甘味に消されていた。大学イモのような甘い味覚にほっこりとさせてしまう。
「しかし沙都子。教室のドアに画びょうを仕掛けるイタヅラ。やめてくれよな?」
「何を言いますの圭一さん。あれくらいのトラップを避けられなければ私のトラップを受ける資格なんてありませんわー!」
「……いや別に受けたくて受けているわけではないんだがな」
前原君が分かりやすくため息をついている。彼は穏便な形をご所望のようで、確かに扉に画びょうは度が過ぎた遊びにしか聞えない。彼女自身はそれは序の口でしかないと言いたいようだけど。それを信頼ととるべきなのか、微妙なものだ。
そんな様子を見ているとトントンと指で肩をたたかれた。誰だろうと思うよりも前に、何だろうだった。竜宮さんがこちらをじっと見てきてる。何かを確かめるような、純真な眼。しかしその後言葉を続けてくれない。何か言いたげなのはよく分かるのに。
なんだか視線を合わせるのが辛くなってきたからはずそうかと考えていた時だった。
「ねえ孝介君。孝介君って○×県から来たんだよね? 茨城県じゃなくてさ」
「あ……う、うん」
なぜに茨城県限定?
「雛見沢に来たことは?」
「え? 一度もないよ」
「本当に?」
「そ、そりゃあまぁ……嘘を言う必要はないからね」
思わず首を傾げようとした。彼女がここまで聞いてくる理由も見つからなかったし、彼女自身も確信めいた発言でもなさそうだから。それに、まずこれを聞いてきてのその後の発言が分からない。
もしかして以前に出会ったことがあるというのだろうか。
それは次に前原君が聞いてくれた内容から察することが出来た。
「レナ。なんでそんな事を聞くんだ?」
「うーん……。どこかで孝介君を見た事があった気がするかな、かな?」
「見た? 僕を?」
「うん。話したりもしたような気がするんだけど……」
そんな事あっただろうか? 自分の中の記憶に問いかけてみてもそれらしい返答が返ってこない。でも竜宮さんは確かにあるという。ぼんやりと、おぼろげなものではあるがそんな気がすると。これをデジャブとするなら、過去の出来事がないと起きないはずだし……。
これはどういうことなのだろうか?
「……レナはどうしてそう思うのですか?」
ここで今まで黙っていた古手さんが問いかける。その口調は真剣だ。今までのようにおぼけた調子ではなく、人生相談されたときに思わずしてしまいそうな真剣な面持ちであった。
竜宮さんは顎に手を当ててその理由を考えた後、ゆっくりとその理由を口にする。
「分からない。多分、他の人と勘違いしているんだろうなあ」
「あ、おじさん知ってるよ! 世界で11人くらい似たような人が――――」
「そんなにいねぇよ! 3人だ3人!」
「ありゃ? そうだっけ?」
「あはは。それだと同じ顔の人でサッカーが出来るね」
「…………そうですね」
古手さんにとって外されたくない話題だったのかもしれない。
彼女は少し声のトーンを落としてそういってから、ハンバークを口に含んで苦虫と共に噛み締めていた。
「……でもあたしもその気持ちわかるなぁ」
園崎さんがこのまま沈黙の状況になると予測したためか、そのような言葉で話を繋げようとする。
「なんだ魅音。お前もどこかで会った気がするのかよ?」
その言葉に隠された意味をくみ取るかのように前原君も話を合わせにかかっている。
なるほど、このグループの関係がよく見える会話である。誰かが悩ましげに思うときは、気づいた誰かがカバーをし、それにみんなが合わせていく。これがこのグループの結束力というやつか。園崎さんがムードメーカーとしてみんなから尊敬されているのも分かる気がする。
「いやぁ、あたしはそんな感じじゃないんだけどね」
「何だよ? 会ったことないってなら、何に共感したんだ?」
「おじさんはね。ただ孝ちゃんが他とは逸脱した何かを持っているような……そんな気がしたんだ」
「ははは、なんだそれ?」
「それは飛躍して考えすぎだよ……」
僕はふつうの中学進んでいたし、なにより今まではみんなに目立たないように過ごしてきたような人だ。そんな人が逸脱した何かを持っている訳なんてないだろうに……。
「翼が生えるとかそんなモノあるわけないじゃねぇか」
「いや、園崎さんが言いたいのはそんな直接的に分かることじゃないと思うよ……」
「じゃあ満月にオオカミになるとかか!?」
「それも何か違う」
前原君はこの世にそんな存在がいると思っているのだろうか。
「私が言いたいのはもっと曖昧なものだからねぇ。言葉では説明しづらいなぁ」
「だから……僕はそんなのはないよ。別に特別なことをしてきたわけでもないんだし……」
「まぁ、それはおいおい分かるだろうねぇ」
「え、どういう事?」
「体育があるのは知ってるかな? かな?」
「うん。午後からあることは聞いてるよ」
確か体育は担当となる先生がいない。つまり体育での条件としては外に出て、自由に遊ぶというのが条件という超ゆるい授業内容である。自習と似たようなものだ。運動が苦手な僕にとってはありがたい話だけど。どうしよう、グラウンドの隅っこで蟻の数でも数えていようかな。
「実はその時に私たち部活メンバーはみんなと一緒になってゲームをしようと思うんだよ」
「部活?」
部活の単語が出てきたのか理解が出来なかった。思わず繰り返して呟いただけだった。それだけのつもりだったのに――――
「お、食いつきたね!」
「え? 食いついてきたって――――」
「知りたいなら教えてあげよう! あたしたちの部活は古くから伝わる武勇、そして伝説を考慮し応用を重ねたもの! その試行を繰り返されたものは全世界において最高の形となって具現化された!」
「私たちは常に弱者、強者に分かれ、その至福か絶望かに一喜一憂する! それこそが本当のスリル、本当の興奮というものですわー!」
「はう~! みんなで楽しく遊んだあと、レナが全員おっ持ち帰りぃ~!!」
「……つまりみんなでゲームをして、そして敗者にはきついお仕置きが待っている。そんな部活なのですよ。にぱ~☆」
「……はぁ?」
思わぬ連携に口を開けっ放しにしていたことに気づく。
えー……古手さんの適格かつ要点をまとめた説明のおかげで理解が出来たのだけど、それでもなんで今部活なのかは分からない。というよりそれが何を意味しているのだろうか。僕と関係がある話なのだろうか。頭を悩ませていると、隣に座る人からの手助けを頂けた。
「まだ分からないか? 孝介?」
「ごめん。まだ分からないよ」
「つまり! 体育の時にみんなでゲームをしてその中で敗者を決めよう! ――――そんなところだろ?」
「流石圭ちゃん! 分かってるねぇ」
「伊達に一か月くらいお前らと付き合っていないからな」
なるほどそういう事か。だったら理解は出来る。みんなに罰ゲームが適用されるから、今回は部活という名目が使われているのだろう。
「つまり、僕にも同じように部活に参加してもらうことで、僕に何かしら特別なものを感じ取れると同時。楽しむことも出来ると言いたいの?」
「ザッツライト!」
「へぇ……」
なるほどなるほど。それで部活を使ったのか。よく分かったと思わせるためにも、首を縦に振っておこう。……さて。
「因みに棄権ってあり?」
「もちろん。別にいいよ」
「はぁ、良かったぁ! 僕あまり運動を――――」
「……その代わりこれ着て、今日一日中いてもらう」
「――――したいんだよね! うん。いやあ最近動いてないから、これはいけないなぁって思っていたんだよぉ、くそぅ!!」
「そうなの? 別に無理しなくていいんだよ?」
ならその手に持っているナース服を片付けて……。
「まぁ、着たくないとか言って拒否権を発動した場合、強制的に実力行使で着させるから注意してね」
「ガッチリと逃げ道を防がれたような気がする!」
「そりゃあそうだよ。人は戦争で背中を向けた瞬間は死を意味するんだから」
「そんな極限の状況じゃないのに……」
園崎さんが不気味に笑っていて恐ろしいので、とりあえずそれを片付けてもらうようにお願いをする。これは半ば強制的じゃないか……、みんなよくやるようになっているよね。女子は良くても男子にとって恥ずかしいことこの上ない。
「どうせあいつらだ。きっと恐ろしい罰ゲームを提案してくるに違いないぜ……」
横から前原君がそう耳打ちをしてくれる。
「え、僕みんなをあまり知らないけど――――そうなの?」
「……お前、これまでのことを見てきて十分理解出来ただろ!?」
「はぁ……」
そういわれて今日起きた出来事についてを簡単に思い返してみる。
・北条さんにチョークをぶつけられて、額にダメージ
・前原君から聞いた北条さんのトラップ地獄
・竜宮さんの常人ならざる巨大弁当
・園崎さんがどこからともなく出してきたナース服
……おかしい。たった6時間だけの情報量としてはお釣りが出るくらい多いな。
「そういう事だ。気を付けた方が自分のためだぜ」
「で……でも、みんな共通の罰ゲームだよ? 部活関係者ならまだしも、僕らには優しいんじゃない?」
「それチョコレートよりも甘い考えだぞ……」
「2人とも、何話しているのかな? かな?」
「「なんでもありません」」
ハモってしまったから余計違和感だったような気がした。
「そうなの? なら良かった」
「あれ?」
てっきりこういうことについては何かと追及してきそうなのに、いやにスッと引いてくれた。
それよりも、竜宮さんはそんな事を気にせずに、自分の世界に入っているようだ。頬を赤らめているし。……一体何を妄想しているのだろうか。
「今日は圭一にメイド服、孝介君に幼稚園の制服を着せてからお持ち帰りしてぇ! 家であんな事、こんな事。はぅううはぅうう!!」
鼻血が出てるのに周りを気にしない竜宮さん、マジ凄いです……。
「どうした孝介? まるで倒産寸前で悩んでいる人みたいだぞ?」
「恐怖っていう言葉をよく知れたような気がするよ……」
「今日は孝介さんがいますし、グレードアップした罰ゲームを希望ですわー!」
「ふっふっふ。それはいいねぇ、今日ね実は新しいコスを手に入れたから試したかったんだよ。……男のコになってもらうために」
そうか、僕のために……そうか……。
僕は静かに肘を机に置き両手で額を当てて、絶望した表情をみんなに見せないように必死になるしかなかった。
「ごめん。僕が甘かった……」
「分かってくれて助かるぜ……」
だがな、と前原君は僕に顔を上げるよう励ましてくれる。
「それは俺たちが負けた時の話だ。負けなければどうってことはない!」
「ま、まぁそうだけど。勝てる可能性が……」
「そんなのやってみないと分からないだろ! 希望は簡単には捨てちゃダメなんだぜ!」
「……そ、そうだよね!」
こういうときこそ気持ちを強く持つことが大切なのだ。前原君の言うとおり、まだまだ勝負は分からないはず……。
『ねぇ、次の時間どうなるかなぁ?』
『体育でしょ? 園崎さんがみんなでやるって言ったもん。前のサッカーみたいだったらいいね!?』
『あれは凄かったよね! 突然ボールが消えたり、燃えたりするし、刺客がいて拘束行為が発生するし、ゴールにはよく分からないけど透明な壁があって入らないもんねぇ!』
『透明な壁を突破するために用いたあれも凄かったよね!』
『爆発したしね!』
『今回はどんなのが出るのかなぁ?』
『楽しみだねぇ!』
「「……」」
近くのグループから聞こえてきたそんな内容。その内容を聞いたうえで僕は前原君に目で訴えかけた。さぁ、この場合に前原君はどう対処する……。
「すまん。安易な励ましは注意するべきだったな……」
「ですよねぇ」
あはははと向こうでは盛り上がりを見せている中、僕らはお通やモードに突入していた。
何? ボールが消えたり、燃える? 刺客? 透明な壁? 最終的には爆発?
おかしい。僕の知っている国民的サッカーはそんな事一つも起きてくれない……。
「まぁ、いいよ。僕たちは素手で軍隊を倒しにいくようなものだったんだ……」
ズーンと絵にかいたような青いオーラを放っていると、流石に園崎さんたちにも気づいてくれたようだ。みんなはとっくに食べ終えた後始末をし始めながら僕たちに話しかけてくる。
「どうしたんですの? まるで窮地に追い詰められて絶望している人のような顔をしましてよ?」
「実際そんな気分……」
「はい?」
訳が分からないという表情を見せている中、カランカランとこの昼時間が終わりを告げましたよという合図があった。