ひぐらしのなく頃に 決 【影差し編】   作:二流侍

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■影差し編【Ⅴ-Ⅶ】

 前原君は真剣な表情を崩さずに、拳を前に突きだしていたのだった。

 真っ直ぐに伸ばされたグー。マンガとかで見たことある拳と拳を付き合せるといったあれをしろと言う事なのか。

 何をされるのだろうか。そんな不安がある。

 

「……ほら。孝介、手を出してみろ」

「うん」

 

 とにかく言われた通り、拳を固めて前原君と重ね合せる。

 固く、がっちりとしたモノを手の甲で感じてしまう。

 これで一体何をしてくれるのだろうか。

 

「ほらな」

「…………え?」

 

 前原君に言われて視線を手元に戻し、そして気づく。

 

「お前はまだ怖がってるぜ……」

 

 前原君と違って、自分の拳は震えていたのだった。

 小刻みに震え、真っ直ぐ伸ばすはずの拳は迷いを表しているようにも見えてしまう。

 それが分かって、咄嗟に引っ込めてしまった。

 

「僕は、何も……」

「さっきから何を躊躇っているんだよ。俺たちのことじゃなくて、お前のやりたいことでいいじゃねぇか!」

「そんなこと言われても……!」

「お前は……自分のことをどう思ってるんだよ?」

 

 強く見つめられそうで、前原君と顔を合わせないようにしてしまう。

 そうしないと、中を覗かれそうな気がしたから。

 こんなに前原君のことが怖いと思ったのは、初めてだった。何も知られたくない。

 ……いや、違う……。

 

「僕は……」

 

 そう、僕は前原君を恐れているのではない。

 それは、自分自身。

 壊れないようにと、ただ見たいだけの自分自身がいることを知ってしまうのが、知りたくないから。

 

「きっと――――」

 

 誰もいなくなってしまう。先に行ったのに、振り返れば、そこには誰もいなくて。

 声も無くて、光も無くて、道も無くて……。

 先を見るのが怖くなって、ずっと後ろを振り返ってばかりだった。

 それで、いつしか前に人がいないと、何も出来なくなって。

 それが、いつの間にか“自分”だとうそぶいていた。

 

「嘘、付いて……」

「……」

「そうか…………そうだよ」

 

 自分は、失敗して、取り戻せない未来になる今を恐れている。

 そしてその失敗は他の人と同じ。

 だって、怖いから。1人になるのは、嫌だから。

 間違えたくない、自分のせいで何かを壊したくない。

 それが、自分の気持ちだ。

 

「孝介。お前はみんなとは一歩下がって見ているって言ったよな?」

「……うん」

「だがよ。今も前にいて必死に頑張ろうとする沙都子を、どうやって引っ張ってやるんだ?」

「……え?」

 

 前原君の顔には、心配を取り除かせるような力強い意志を見せてくれていた。

 

「あいつは今、声も光も届かない所で、1人取り残されてるんだぜ?」

「だから、それはみんなが引っ張ってくれるから……」

「まだ分からないようだなぁ」

 

 そう言って彼は僕の胸を小突く。

 自信に溢れたその拳は、先ほどと同じで何かを払拭させてくれる。

 自分を認め、伝えようとしているのがよく分かる。

 不安だった何かを背中から外へと追い出して、彼から強い何かを受け取ったような気になった。

 

「引っ張るためには、あいつからも手を出してもらう必要があるんだぜ?」

「……でも、みんななら」

「違う。孝介だけだぜ」

「それは嘘だよ、みんなだって出来る」

「いや。必要なのは、お前のその優しさだ」

 

 断言された。 

 気恥ずかしい想いを感じてしまうが、先ほどのように目を逸らそうという気持ちにはならない。

 代わりに思ったことを正直に言おう、そう考えられた。

 

「みんなも優しいのに……?」

「違う。不安を打ち明けて、一緒に悩めて、同じように苦しんだり、嬉しがったりする。その優しさが、今のあいつには必要なんだよ!」

「でも、優しい“だけ”だよ。何も……」

「なら優しい“だけ”でもいいじゃねぇか」

「え?」

「お前はお前だろ……その優しさが孝介じゃねえか?」

「……」

 

 驚いて、何も言えなかった。

 自分が駄目だと思っていたところ、それさえも前原君は認めようと言うのだ。

 それがあるからこその、自分。

 自分で自分を認める。

 

「そして俺たちは部活メンバーだ。足りない部分はカバーし合う。当たり前の話だぜ」

「部活メンバー……か」

「沙都子を元の場所に戻してやるんだよ。俺たちのやり方。そしてお前の、その優しさでよ」

 

 前原君が活路を見出して。

 古手さんが落ち着かせて。

 竜宮さんが勇気づけて。

 園崎さんが勢いづけさせて。

 そして、僕は彼女の傍に居る。

 たったそれだけの話。

 前原君は全てを任せた訳じゃない。自分が出来ると思えることだけでいいと言ってくれた。

 信じるだけじゃない。大きな歯車にならなくても、小さな歯車として動かしていく。

 なら出来る。それなら、僕にだって出来る。

 

「…………はは」

 

 不思議なものだ。こんな事に気付かなかったなんて。

 これだけ否定してきた想いも、認めようとしていなかった自分も。

 こうやって考えてみれば、あっさりと出来たものだ。

 そういえば、どこかの小説で書いてあった。

 『辛い』ことは、一歩踏み出せば『幸せ』に変えることが出来るんだって。

 なら、今がその時なのかもしれない。

 前原君は、歯を出して笑って見せてくれたのだった。

 

「……相変わらず、前原君は無理難題を言ってくるよね」

「何だ、部活の罰ゲームより難しいって言いたいのか?」

「……いいや。部活の緊張感に比べたら、簡単に思えるかもね」

「そうだぜ。あれにはいつも何されるか、分からないからな」

「ま、前原君はみんなより、倍気苦労してそうだけど」

「おい、それどういう意味だよ!?」

 

 顔見せ合い、肩を揺らして笑った。

 笑えた。そういう表現が正しかったのかもしれない。

 

「孝介、手を出せ」

「うん」

 

 またも拳を重ね合せる。

 今度は手も震えていない。しっかりと相手の拳と重ね合せた形になれた。

 満足したように前原君は吐息を漏らすと、もう片方の手で親指を立ててきたのだった。

 

「これで男と男の約束が出来たな!」

「はは……そうだね」

「因みに孝介。破ったら部活より重い罰ゲームが待ってるぜ」

「……はい。頑張ります」

 

 変に気負うなよ。そんな事言って前原君は笑っていた。

 

「ま、孝介っぽいけどな」

「そうさせたのは自分のくせに……」

 

 その時、女子トイレの入り口近くで何かが見えたような気がした。

 よく見た事のあるようなスカート。サッと引っ込んだのだが、それでも分かった。

 

「え、竜宮さん?」

「……いない。かな、かなー……」

 

 分かり易いとはこの事かもしれない。

 

「な、何してるのさ……」

「あはは! ちょっと気になったから、ね?」

「ちょっと、おじさんはまだばれてなかったのに!」

「……男と男の約束なのですよ、にぱー★」

 

 入口から続々と登場。まさか全員がこの話を聞いていたとは。

 

「おいお前ら! 何で勝手に話を聞いてるんだよ!?」

 

 そして前原君は知らなかったらしい。

 

「そりゃあ圭ちゃん。『2人で話したいからお前らは来るなよぉ』なんて言われたら聞きたくなるでしょ?」

「うん。ボタンに『押さないで』と書かれてあったら押したくなるもんねー」

「だ、だが。俺たちが来たときはお前らトイレに入ってなかったはずじゃ……!」

「圭ちゃん。世の中には窓っていう便利なものがあってね」

 

 まさか話を聞きたいがために、外から侵入を試みるとは。

 なんというか、その。

 

「執念が恐ろしい……」

「……因みにボクは元からトイレに居たのです。2人と違って無実なのですよー」

「あ、梨花ちゃんずるいよ!」

「そうだよ。一番聞いてたのに!」

「聞いてる段階で同罪じゃぁああ!」

 

 前原君は顔を真っ赤にさせて怒っている。やはり男と男の約束とか言葉にしていたし、聞かれたくない部分もあったのかもしれない。

 既に園崎さんたちから聞かれた時点で、みんなの約束になってしまった。

 

「ま、それはいいとして」

「そんな簡単に済ませていい問題じゃないだろ!?」

「孝ちゃんは何かきっかけが出来たの?」

「うん。色々と見方が変わったような気がする」

「ふーん」

「な、何……?」

 

 園崎さんが何かを確かめるように覗き込んできたのだ。

 そして何度か納得したように頷いたかと思うと、腰に手を当てた。

 

「孝ちゃん。すっきりした顔になったねえ」

「そ、それはどうも……」

「それで沙都子の件はどうする?」

「魅ぃちゃん。今その話をしなくてもいいんじゃないかな、かな?」

「いや、別にいいよ」

 

 竜宮さんは驚いたように目を2,3回しばたたくと、「うん!」と嬉しそうに引いてくれたのだった。

 何か喜ばしいことでもあったのだろうか。

 分からないけど、今は気にしないでおこう。

 

「それで園崎さん。さっきの件だけど、僕が行こうと思う」

「お、孝ちゃんも決心したんだね」

「それと……園崎さんも来てくれないかな?」

「へ?」

 

 園崎さんは意味が分からないようで、首を傾げるのだった。

 

「何でなのよ?」

「それは、その……園崎さんだからさ」

「孝介、それじゃあ理由になってないだろ?」

「えっと……」

 

 今まであまり思ったことを口にしなかったからか。

 上手く説明しないとうっかりと変なことを口走ってしまいそうだ。

 

「園崎さんはこの村の代表と言える家じゃない? だったら今ある現状を見て欲しいんだ。それで、ちゃんと伝えて欲しいんだよ」

「……でも、沙都子は村からは嫌われてるよ?」

「とは言っても、役所だから何もしないということは無いと思うから。それに、園崎さんが言う事に意味があるからね」

「なるほどな。権力には権力でやっていくってか?」

 

 前原君の簡潔な説明が助かった。つまりは、そういうことである。

 

「相手も何度目か分からないからこそ、信じられる話が必要だと思う。そのきっかけを作りたいんだ」

「……みぃ。なるほどなのです」

 

 みんな感心したように頷いてくれる。

 咄嗟に思いついた提案に、説明だったけど思った以上に説得力があったようだ。

 

「どう、かな?」

「……いいよ。そう孝ちゃんに言われちゃ、動かない訳にはいかないねぇ」

「あはは……」

 

 別に僕がどうかは関係ないと思うけど、何はともあれそう言ってくれると助かる。

 

「圭ちゃんたちは放課後、私の家で待っといてくれない? そこでまた会ったことを話して作戦を練りたいし」

「分かった」

「沙都子を救うための第一歩だからね、みんなで張り切っていこう!」

 

 みんなで力を合わせて頑張る。

 その言葉を胸に、各自で出来ることをしていくことをようやく決めたのであった。

 

 

 ……因みに、休憩時間をとっくに過ぎていて、知恵先生に怒られたのはこの後の話待ってたけど……まぁ仕方ないよね。

 

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